雨が降っていた。 土砂降りとまではいかないものの、周囲の景色がぼやけるような量の雨。 ギイィィィーーーンッ!!! ドゴォッ!!! 物静かな雨の風景をブチ壊す騒音が辺り一面に響き渡り、白と黒の影が縦横無尽に駆け巡る。 「お休みなさい。魂に安息を」 白い人影が静かに呟くと紅い稲妻が黒い球体へと吸い込まれ、爆発を起こす。 「子守唄を捧げましょう・・・」 黒い人影が優しく囁き、銀色の稲妻が周囲の黒い球体へと突き刺さり、サラサラと塵へと返す。 それは人知れず闘う者達の世界を護る闘いだった。 黒い服は喪服なのか。神父として在籍しているからなのか。 胸に『黒の教団』のシンポルである『ローズクロス』を抱き、伝説の『イノセンス』の力によって悪性兵器『AKUMA』を『破壊』する『エクソシスト』 彼等の存在は世間には知られていない。 世間に知られればパニックに陥るだろう事実があるからだ。 故に。 『黒の教団』も『エクソシスト』も世間には表面上の事しか知らせず。 彼等は・・・ただ、闘い続ける。 世界を終末へ進ませないために。 全てのアクマを滅した2人の空間に静かな雨音が響く。 純白の絹糸のような髪をしっとりと湿らせた少年がアクアマリンの瞳を傍らに立つ少女へと向けた。 「怪我はありませんか、」 純白の少年と同様に黒真珠の髪から雫を滴らせている少女は黒真珠の瞳を少年へと向ける。 「私は大丈夫です。アレンは?」 「僕もありませんよ」 「イノセンスも?」 「はい」 「そう、良かった。また、室長の毒牙にかかったらどうしようかと思いましたけれど」 「・・・嫌なことを連想させないでください・・・」 げっそりとした顔で呟く純白の少年に黒真珠の少女はくすり、と笑みを零すとイノセンスが寄生しているがために異質と化している赤い左手をそっと取った。 「・・・でも」 「?」 「私が側にいる間は室長に手を出させませんから。イノセンスに傷がついたら言ってくださいね」 もちろん、普通の怪我をしたときもですけど。 そう、微笑んで呟きながら少女は多数のアクマ達を滅した空間を見つめた。 何時も思う。アクマとは何て矛盾に満ちた存在なのだろうと。 アクマが生まれる大元はその人を亡くした哀しみと戻ってきて欲しいと願う愛故で。けれども愛で生まれたアクマは破壊と殺戮の兵器へと変貌する。戻ってきて欲しいと願った人を最初の犠牲者にして。 そうしてアクマにされた魂は血の涙を流しながら表面は空虚な顔で殺戮と破壊を繰り返す。 それは何と皮肉で矛盾なことか。 だから。 「?」 「少し、時間を頂いてもいいですか?」 少女が何をするつもりなのか察した少年は静かに頷くと数歩、後ろに下がった。逆に少女は数歩、前に進み出る。 腰に佩いていた漆黒の漆塗りの鞘に美しい鳥を金箔で押した刀を掴み、目の前に掲げた少女は優しい声で囁いた。 「でていらっしゃい、」 優しい声に誘われるように、掲げた刀の輪郭が霞み、空気に溶け込むように消えた時。天上の美声が辺りに響いた。 「主様。お呼びにより、顕現致しました」 純銀の髪と真紅の瞳の絶世の美女が優雅な微笑みを浮かべ、優雅な物腰で少女に頭を下げる。 「魂鎮めの歌を」 「はい」 纏っていた教団のコートを脱ぎ捨てると、紅の地に鳳凰と麒麟を金の刺繍で象った着物・・・少女の祖国である衣装を西洋風にアレンジした服が鮮やかに霧雨でぼやけた周囲へ色を添えた。 懐から扇を取り出しつつ、手短な少女の要求に美女は頷き、すっと姿勢を正す。 形のいい唇が開くと、天上の歌声が零れだした。 至上とも例えられる歌声に合わせ、少女は舞を舞う。 左右の手に扇を持った黒真珠の少女は、純白の少年にとっては異国のものである舞を舞い、静謐な空間を作り出していた。 静かに霧雨が降り、けぶる空間の中で黒真珠の少女が静かな舞いを舞う。 静かに柔らかに慈愛に満ちた空気を纏い、愛故に望まぬ兵器へと変貌してしまった魂の平安を祈り、至上の歌声を伴い、舞い踊る。 白き繊手が銀色の扇を翻す。 黒真珠の髪が緩やかに流れる。 柔らかな唇が慈愛の微笑みを湛える。 黒真珠の瞳が祈るように天を見上げる。 厳かで神聖な葬送の舞は純白の少年をただ一人の観客として静かに終了した。 「・・・手伝ってくれて、ありがとう。」 「主様が望まれるのならば、わたくしは出来うる限りの事を致しますわ」 微笑む純銀の美女に感謝の視線を送り、黒真珠の少女は両手を差し出す。 「さぁ、」 「はい、主様。・・・また、このわたくしを必要としましたら、いつでもお呼びくださいませ」 至福の微笑みを浮かべ、再び優雅に頭を下げた美女の姿が霞み・・・そして空間に溶け込むように消えると、黒真珠の少女が差し出した両手には漆黒の漆塗りの鞘に金箔で美しい鳥を押した優美な刀が現れていた。 「・・・・・時間を取らせて、すみません、アレン」 「謝ることはないですよ、。とても綺麗なものを見せて貰って、逆に役得ですから」 にっこりと笑顔を浮かべながら少女が舞った舞を褒める純白の少年に、黒真珠の少女は苦笑を浮かべる。 天然タラシか、ホストか?と思われそうな台詞をサラッと口に出来る辺り、少年の英国紳士の血を感じさせる。 英国紳士もある意味、天然でホストみたいですよね、などと心中で思いながら少女はローズクロスを抱いた黒のコートを羽織った。 「アレン」 「なんですか、」 「・・・・・辛かったら、泣いてもいいんですよ」 雨に濡れ、幾分か重くなったコートを肩に感じながら少女は振り返り、少年のアクアマリンの瞳を見つめた。 「僕は大丈夫ですよ」 安心させるかのように微笑みを浮かべる純白の少年の頬に、前髪から滴り落ちた雨の雫が滑り落ちる。 まるで、『泣かない』と言外に語った少年の涙のように。 「・・・アレン」 少年は優しい。けれども、『優しすぎる』とも少女は思う。 その『優しさ』は時に『甘さ』と取られかねない。(事実、黒髪長髪の青年は少年に向かって堂々と言い放った) 情が深く優しく、そして呪いを受けた左目でアクマの真実を見抜いてしまうから・・・少年は一風変わったエクソシストとして存在する。 しかし、優しいからこそ受け止める哀しみと苦しみは重いはずなのだ。 「アレン」 なのに、やはり優しい少年は周囲に心配をかけまいと自分の心の傷を綺麗に包み隠し、笑顔を浮かべる。 「、僕は大丈夫ですから」 優しい笑顔を向ける純白の少年へ手を伸ばし、黒真珠の少女はしっとりと雨に濡れた純白の髪に触れ、そのまま少年の頭を抱き締めた。 「・・・・・馬鹿」 「・・・・・」 小さく呟く黒真珠の少女の言葉に純白の少年は頭を抱かれたまま、動くことなく静かに抱擁を受け止める。 少年の純白の頭を胸に抱き締め、少女は黒真珠の瞳を天へと向け、静かに閉じた。 いまだに降り続ける霧雨を受け、黒真珠の少女の頬にも幾筋もの雫が涙のように流れ落ちる。 どうか、と少女は祈る。 どうか、これ以上、この優しい少年の心が傷つかないように、と。 いつか、安息の場所が出来ますように、と。 戦場だった場所で霧雨に全身を濡らせながら少女はただ、祈る。 (END) |