「青学ー、ファイ!」 何時ものように、テニスコートから青春している掛け声が響く。 「手塚くーん!」 「キャー、菊丸君ー!」 「河村先輩、ファイトー!」 「不二君、カッコイイー!」 「乾先ぱーい!」 「海棠君、頑張ってー!」 「桃ちゃんも負けないでー!」 「大石先輩、こっちを向いてー!」 「リョーマ君、可愛いー!」 そして、フェンスの外側でも青春している声が響く。・・・こちらは声というよりも悲鳴の域に達している気がするが。そして、部員達にはかなり、迷惑な青春の仕方のような気がするが。 それはさておき、その迷惑な青春集団からやや離れた場所で楽しそうに、けれども真剣に部員達の練習を見学している少女が一人いた。 サラリと風に揺れる髪は闇のような漆黒。肩より少し長いそれを頭のやや高い位置でポニーテールに纏めている。漆黒の瞳には強い意志を感じさせる光が浮かんでおり、薔薇色の唇と共に白い肌に調和していた。少女としてはやや高い身長だろうか、スラリとした背格好にピンと背筋を伸ばした背格好から大人びた雰囲気が漂う。いや、実際、彼女は高等部の制服を着用しているから中等部の少女達と比べれば大人びてはいるだろう。だが、それを差し引いても彼女の落ち着いた雰囲気は年齢よりも上に見せていた。普通の美的感覚を持つ人間ならまず『綺麗だ』と評するだろう少女である。 「桃先輩、あそこの高等部の人、ここに用事なんスかねー?」 「さぁな。けど、綺麗な人だよな」 目敏いというのか、最年少レギュラーが一緒に柔軟をしていた先輩に問い掛け、後輩の言葉に視線をそちらへ向けた実は曲者レギュラーも首を傾げる。 「・・・なんか、俺達を見ているっていうよりも観察しているような・・・」 「・・・高等部だから偵察って訳でもないだろーしな・・・」 二人して首を傾げつつ柔軟を続けていると、それが気になったのかアクロバティックプレーが売りのレギュラーが話しかけてくる。 「二人ともにゃーにを一緒になって首を傾げてるのー?」 「いや、あそこの人が気になって・・・」 二人の指し示す方向を見た菊丸は一瞬、目を丸くしたかと思うと突如、その人物へ向かって走り出していった。 「ちゃんだーっ」 「え?先輩だって?」 「あ、本当だ。先輩が来ている」 菊丸の声がテニスコートに響くと部員の一部・・・三年がざわざわと騒ぎ出した。 「先輩達・・・あの人、知り合いっスか?」 「先輩。俺達が一年だったとき三年生でテニス部のマネージャーだった人だよ。当時の部長の片腕的存在。そして敏腕で鬼マネージャーだった」 データテニスを駆使する先輩の台詞に後輩二人は驚き、もう一度人目を惹く容姿を持つ少女へと視線をやった。 「敏腕はともかくとして、鬼・・・?」 「そんな風には見えねーな、見えねーよ」 綺麗な外見と清楚で大人びた雰囲気は『鬼』という形容詞から掛け離れている。仲良く首を傾げている後輩二人に乾は重々しく告げた。 「見かけで判断してはいけない代表だよ、先輩は」 何やら、実感の篭った言い方であった。 「当時、何があったんすか、一体」 「先輩は・・・目端がよく利いて、痒いところにも手が届くような気のつく人なんだが・・・目が利きすぎて誤魔化しは一切きかない人でもあったんだ」 「それって、つまり・・・?」 「手抜きをすればすぐに見抜かれる。個人が持つそれぞれの体力の限界なんかも分かっているからそのギリギリまでの強化メニューを組む。記憶力も抜群だから誰がどこまでメニューをこなしたのか気がついているし、当然サボリなんて出来ない。サボろうものなら速攻で気づかれて、その後に待っているのは地獄の特訓メニュー。正に敏腕で鬼マネージャーだったよ」 「・・・なんか今、その時にいなくて良かったとか思ってしまいました」 「俺もっス」 そんなことを言っているうちに菊丸がダッシュしていた勢いのまま、に抱き着こうとする。 「ちゃーん、久しぶりーっ」 「はい、久しぶりね、菊丸君。んで、抱き着かないでちょうだい」 にっこり笑ったはその友好的な笑顔のまま、抱き着こうとしていた菊丸の顔面に容赦なく掌打を食らわせた。ベシャ、という擬音が響きそうなほど、その掌打は容赦がなかった。 「にゃー、ちゃん、酷いにゃー。痛いにゃー」 「痛くしたんだから当たり前。だいたい、ずっと言っているでしょう。私は家族と好きな人以外に抱き締められるのは嫌だって」 「だってー、もう俺のこと、好きになってくれているかもしれないじゃん」 「一生ないから諦めなさい。そして、いい加減抱き付くのをやめなさい」 「にゃー・・・」 容赦ないの言葉に項垂れる菊丸。なんとなく、猫耳がパタッと伏せられ、尻尾も垂れ下がっているような雰囲気である。だが、同情心を買いそうなその風情にもはまったく動かされることはなかった。 「相変わらずですね、先輩」 「どういう意味かしら、不二君」 「お久しぶりです、先輩」 「本当に久しぶりね、河村君」 「今日はどうしたんですか、先輩」 「待ち合わせをしているのよ、乾君」 テンポよく会話を交わす彼らだったが、最後のの台詞に落ち込んでいた菊丸の顔が再び上げられる。 「にゃ、ちゃん、待ち合わせって誰とにゃのー?」 「君達もよく知っている人とね」 にっこりと笑うの笑顔に外野の部員達多数が顔を赤らめる。清楚な美人が浮かべる笑顔はやはり威力があり、見惚れる者がいないはずがないのだ。 「俺達がよく知っていて、しかも先輩との待ち合わせをここにしたっていうことは・・・」 「ん?乾君、お得意のデータ推理ではどう結論を出す?」 どこから取り出したのかノートを開き、ぶつぶつと推論を呟いている乾を見たは面白そうに問い掛ける。 「そうですね・・・まずは、テニス部OBってことは間違いなさそうですね」 「ええ、その通りね」 「で、ここを待ち合わせに使うということは、俺達、もしくは竜崎先生に用がある」 「ん。それで?」 「中学時代の先輩の人間関係を見れば・・・95%の確立で」 「あら、随分高い数字を叩き出したわね」 「大和部長でしょう」 「あら、まぁ」 「はい、正解ですね。流石は乾君」 の驚きの声に被さるように穏やかな声が何の違和感もなく会話に入ってくる。 「大和部長!!」 「こらこら。ボクはもうキミ達の部長ではありませんよ。今の部長は手塚君でしょう」 の背後から現れた青年は穏やかに訂正をいれながらの体に腕を回し、彼女を抱き締めた。 「お帰り、祐」 「お待たせしてすみません、」 先程、抱き着こうとした菊丸には容赦ない掌打をお見舞いしたが今、自分を抱き締めている大和に対しては何もしない。その事実からどんなに鈍い人間だって、この二人がどんな関係なのか推測できないはずはないだろう。 そう、はこう言ったのだ。『家族と好きな人以外に抱き締められるのは嫌だ』と。 だから、つまり。 「大和部長、じゃなくて・・・先輩と先輩、付き合っているんですか?」 「ええ、そうですよ」 「というか、これだけナチュラルにバカップルしていれば誰でも予想出来ますけど」 「あら、随分な言い草ね」 「でも、いつの間に・・・」 「そうですね・・・四年は確実に経っていますよ」 「えええええーーーーーっ!?」 思ってもいなかった年数に集まっていた彼らから一際大きな驚愕の声があがる。ちょうどそこに部長&副部長コンビが通りがかったのは・・・彼らにとっては運が悪いとしかいいようがないだろう。伝統の部長必殺技「グラウンド20週してこい!」が当然のごとく飛び出したが、それを上手い具合に取り成したのはだったというのはここだけの話である。 「それにしても、皆、すごく驚いていたわね」 「何に対しての驚きですか?」 「私と祐が付き合っている事実」 「まぁ、部活ではそんな話をするどころか気配さえみせませんでしたからね」 穏やかに頷く大和はふと、隣を歩く恋人を見下ろした。 「どうしたの?」 視線を感じ、隣を見上げたは長身の恋人の瞳に浮かぶもの問いたげな光に首を傾げる。 「貴女は・・・それで良かったのですか?」 「何が?」 「ですから・・・ボク達が付き合っていることを公にしなかったことですよ」 「ああ、なんだ。そんなこと」 「そんなことで済ませるんですか、貴女は」 微妙に声色が堅くなったのを察したは苦笑を浮かべた。基本的に穏やかで大人ではあるが、彼とて聖人君子ではない。人並みに怒りもすれば拗ねたりもする。さっさと機嫌を取っておかなければ明日からの部活が大変だ。主に、八つ当たりされる周囲の人間が。 「だって、私にとっては祐との恋人生活より、祐の夢を一緒に見る事が大事だったもの」 「・・・」 「言ったでしょう。『同じ夢を見させて』って。『貴方と同じ夢を見たい』って」 「・・・ええ、そうでしたね」 確かに彼女はそう言った。『好きだから、同じ夢を追いかけたい』と。言葉を変えながらも、同じ意味の台詞を何度も言っていた。 『同じ夢を』 それは、普通に『好きだ』と伝えるよりもずっと・・・ある意味とても強い告白だろう。 『貴方の夢を』 そして、自分の心よりも相手の想いを大事にする言葉だ。 『一緒に見たいの』 想いを押し付けるのではない。想いを受け入れる言葉。 相手を自分の中へ招き入れる想い。 「私の想いは、あの時から変わってはいないわ。ううん、あの時よりもずっと、強くなっている」 『あの時』を思い出すかのように、の瞳が細められる。 夕暮れに染まっていた、大和の俯いた横顔とその時に抱いた感情を思い出す。 「悔しいわ。もっと、もっと祐に伝えたいことはあるのに、心に溢れているのに、その半分も伝えることが出来ない。もどかしくて、それでも伝えたくて、でも精一杯で」 ずっと、彼を見ていた。 苦しい思いを、血の滲むような努力を、上へ目指す貪欲さを、そして敗れた悔しさを。 だからこそ、想いを伝えきれないことがもどかしくて、切ない。 「伝わっていますよ」 自分の手よりもずっと細くて華奢な手を取り、包み込むように握り締めると大和は笑みを浮かべた。 「がボクを抱き締めてくれて、言葉をくれて、ボクは迷いから抜け出すことが出来ました。がくれた言葉がボクに光をくれたんですよ」 「そうだと嬉しいわ」 嬉しそうに微笑むの体を大和はそっと抱き締めた。 『あの時』に気づいたのだ。ずっと側で自分を見ていてくれていた少女が、自分にとって誰よりも大切な人だと。 「。ボクの夢は彼らに受け継がれていますよね」 「見ていて分かるでしょう。祐の夢は確実に彼らに受け継がれていることが」 大和の腕の中、視線を恋人の視線と合わせたはふわりと笑う。 「でも、祐。今の祐は今の祐でちゃんと夢があるでしょう?」 微笑みながら、愛しい恋人は彼の言って欲しい言葉をさらりと紡ぐ。 「一緒に見てくれますか、」 答えの分かっている問いをあえて投げかけるのは、一種の甘えだ。だが、その甘えを恋人は微笑んで受け止める。 「言ったでしょう、祐。『貴方と同じ夢を見させて』って」 夢が形を変えても、それが彼の夢である限り、望みは一緒。 「そう言ってくれる貴女が好きです」 大和の囁きはの唇の上で呟かれた。 「夢を追いかけている貴方が好きよ」 大和の暖かな温もりを唇で受け止めながらは囁く。 『ずっと、貴方と同じ夢を見たい』 それは、未来をも指し示す言葉。 (END) |