「ちゃんって怖いものあるのかにゃー?」 休憩時間に呟かれた某猫の疑問によって、その場は議論の渦に巻き込まれた。 「確かに先輩って外見とは違って妙に豪気なところがありますよね」 褒めているのか貶しているのか、微妙な発言をするのは某ルーキー。 「殆どの女性の敵に遭遇しても冷静だったしな」 何故かノートを取り出し呟くのは某データマン。 「・・・女性の敵って?」 彼の比喩の意味が分からなかった某食欲魔人が首を傾げる。 「台所の天敵でもある黒光りする昆虫。ガサガサガサという擬音付き」 某魔王の説明にそういえば、と某年齢詐称疑惑人間が部室を振り返る。 「部室でアレを目撃したときも慌てず騒がずきっちり処理したな」 「具体的には?」 「ちょうど側にあった古新聞で一撃。死んだのか気絶しているだけなのか分からないからと、更に古新聞の上から踏みつけてその古新聞ごと丸めて焼却炉へ捨てに行った。因みに床も帰ってからきっちり水拭きしていたぞ。知ったら嫌がる人間がいるだろうからと」 「す、凄く豪快な処理の仕方のような気がするんだけど」 タラリ、と冷や汗を流すのは某バーニング。因みに今はラケットを持っていないので温和バージョンである。 「・・・先輩、蜘蛛も平気らしいです」 ボソリ、と呟くのは某マムシ。我関せずの態度を取っていたのだが、今までの会話を聞いていて思い出したものがあるらしい。 「何を目撃したのかな?」 何時の間に取り出したのか、ノートを片手に聞く体制準備万端の某氏。 「偶然、図書室で鉢合わせたんですけど。何処かの女子が蜘蛛がいるとパニックになって。それが図書室全体に広がりそうになったんです」 「女の子なら・・・仕方がないんじゃないかな?」 特殊な嗜好の持ち主でない限り、あの節足昆虫を好きだという人間はそういないはず。某マザーの意見はきわめて常識的であった。 「で、そこにたまたま先輩がいて。パニックになっている女子達を『騒ぐんじゃない!』と一喝して原因の蜘蛛を箒で窓の外へ放り出しました」 「ふわー、ちゃんってば、男前だにゃー」 「因みに、蜘蛛の大きさは?」 「足も含めて5センチ前後ってところです」 「ふむ。大きくもないが、小さくもないってところか」 ノートに何事かを書き込む姿にその場にいた全員が心の中で突っ込んだ。 (それをデータに取って、どうするんだ!?) 彼の場合、データ集めはすでに趣味なのだろうが、それは置いといて。 「・・・蛙も平気だと言っていたな・・・」 何故か遠くを見つめる無敵の部長の姿に全員の視線が集まる。 「何を見たのか、教えてくれるね?」 疑問系であるが、背後に黒いオーラを背負った魔王に逆らえる人間が果たしているだろうか。 「そうだな。こうなったら彼女の武勇伝をことごとく調査したい」 データマンの台詞に何人かの常識人がいや、それは何かが違うのでは、と心の中で突っ込んだ。口に出すのは躊躇われた模様である。 「女テニの部室に蛙が入り込んだらしいのだが・・・女テニの部員に助けを求められて部室から放り出していた」 「でも、蛙ならまだ可愛いんじゃないかな?」 「平気で手掴みしていても、か?」 ただ追い出すだけならまだしも、手掴みは普通の女の子の行動ではないような気がする。奇妙な沈黙に陥ったその場のフォローのつもりか、皆を沈黙へと蹴り落とした当の原因が言葉を続けた。 「尤も本人曰く、掴めるのはアマガエル程度でそれ以上大きな物は勘弁して欲しいとは言っていたが」 だが、アマガエルなら掴めるというのだね、マネージャー殿。 彼らはその場にいない豪気なマネージャーに(心の中で)突っ込んだ。 「女の子達が騒ぐ蛇とか蜥蜴なんかも平気なのかにゃー?」 「このパターンでいくと、そうなりそうだけど」 「平気らしいっス。ちょっと、条件ありですけど」 「ふむ。今度は越前の情報か」 「越前?話すよね、勿論」 いや、だから、一々黒いオーラを出さなくっても、とは周囲の人間の心の言葉。 「少し前に、中庭に蛇が出たと大騒ぎになった話、聞いていませんか?」 「ああ、そういえばあったな。蛇自体は唯の青大将だったけど、大きさが普通より大きくて女の子達を宥めるのが大変だったとか」 流石は青学一の情報通。少しだけのヒントに詳しい情報を提供する。 「その現場にというか、蛇に一番近い場所にいたのが先輩だったんですけど。周囲の大騒ぎなんか何処吹く風って感じで蛇がいなくなるのをじっと見ていました」 「見ていたって事は、越前もその場にいたわけ?」 「昼寝をしていたんですよ」 何時でも何処でも寝られる特技を持つ後輩の台詞に全員が納得する。 「それで、中庭の大騒ぎに直面したってわけか」 「いきなり悲鳴が聞こえて飛び起きたんスけどね。大騒ぎする中心部に先輩が悠然と腕組みして立っていたら嫌でも目に付きますよ」 「なんだか・・・その光景が容易く想像できるよ・・・」 しみじみと呟く副部長にうんうんと頷く者、数名。 「騒ぐ人とのギャップがあまりにも大きかったんで、つい話しかけたんです。先輩はああいうのは平気なんですかって」 「で?」 「そしたら、『見るだけならどんなに大きくても平気。触るとなると人からの受け取りじゃないとちょっと無理かなぁ。動物園とかのね』って言っていました」 やはり、普通の女の子とは違う反応のような気がする。 「ちゃんが結構、男前の性格をしているって事は、知っていたつもりだったけど」 ここまでとはなぁ。 寿司屋の跡取りの言葉に言いづらそうにバンダナ少年が発言する。 「・・・先輩の逸話、まだあります」 「・・・・・まだ、あるのか?」 「海堂?」 これ以上、何があるのかと言いたげな視線に狼狽えつつ、視線の後に続いた魔王の黒いオーラに脅されたバンダナ少年は口を開いた。 「夜のロードワークの途中で先輩と会ったことがあって。真っ暗の中を一人で帰すのはいくら先輩でもマズいかと思って家まで送ると言ったんですけど」 「・・・断ったのかにゃ、ちゃん」 「『暗いからって怯える性格じゃないから』とあっさり言い切りました」 「自分で言う辺り、先輩らしいっスね」 でも、もう少し、自分が女の子だという自覚を持ちなよ、マネージャー殿。 突っ込みが空しく感じるのはおそらく、気のせいではないだろう。 「そーいえば、確かに暗闇で怖がっていなかったなぁ」 「何か思い当たることでも?桃」 「友達に頼まれてダブルデートをしたんですよ」 「桃、ちゃんとデートしたにゃ!?」 騒ぐ猫に少々引き腰になりつつ、食欲魔人は慌てて両手を振る。 「違いますよ、ダブルデートですってば。同じクラスの奴が意中の子をデートに誘うのに、個人よりもグループの方がいいからって頼まれたんです」 「で、を誘ったわけか」 「先輩なら下手なカン違いを起こさないと思って」 「確かに」 テニス部レギュラー陣ははっきり言って、モテる。それはもう、某ジャ○ーズも目じゃないってぐらいにモテる。個々に複数のファンクラブがあることからも、それを察して頂けよう。 そんな彼らからダブルデートとはいえ、誘われればどうなるか。下手をすると告白されたとカン違いされかねない。 その点、テニス部マネージャーは心配無用の人物だった。 己の立場をしっかりと理解し、モテまくりの彼らに対してもマネージャー・友人としてのスタンスを崩すことなく接している。 「・・・でも、デートした事には変わりないよね?」 尤も、逆もそうかと言うと違うようではあるが。魔王の黒いオーラを筆頭に複数の視線がぶすぶすと食欲魔人に突き刺さり・・・滅茶苦茶、痛い。 「アテに出来るのが先輩しかいなかったんですよ」 「ふーん。そういう事にしておいてあげるよ」 冷汗を流しつつ、黒いオーラ(&抗議の視線)に対抗できた彼に拍手を送りたい。 「で、桃。は何をしたんだ?」 「した訳じゃないんスけど。グループデートの定番として遊園地へ行ったんスけど、そこに期間限定のお化け屋敷があったんです」 「・・・何だか、展開が予想出来るんだけど・・・」 「俺も」 副部長の乾いた呟きに、バーニング男も頷く。 「恐らく、怖がらなかったのだろう」 全員の予想を口にした部長に黒いオーラと対抗した彼は少し首を傾げた。 「怖がらなかったというか・・・それ以上だったというか」 「怖がらないのに以下も以上もあるんスか?」 ルーキー少年の疑問は尤もである。 「『バイオ○ザード』の世界を再現したお化け屋敷で、途中、幾つかのポイントでゾンビに扮した係員が襲ってくるんですよ」 つまり、機械仕掛けと人間仕様とを組み合わせたお化け屋敷らしい。 「結構、リアルで面白かったですよ、内装もゾンビも。でも、普通の女の子は怖がりますよね」 「・・・・・まぁ、普通ならね」 ここまでくればお分かりだろうが、男テニ・マネージャーは普通とは違う性格の持ち主。当然、普通の女の子が見せる反応があるはずがない。 「怖がらないのはともかくとして。怖がって怯える女の子の肩を抱いて宥めていたんですよ。最初から最後まで」 ・・・・・をい。 「ダブルデートに誘った彼はどうしたんだい?」 「立場まったくにゃいじゃない!」 尤もなご意見である。 「あー、ほら。男女複数でいると、あまり知らない男よりも女のほうへ縋ってしまうらしいっスから」 しかも、縋った女はまったく動じていないし。 「彼の目的がオジャンになった事だけは、よく分かったよ」 おそらくは怯える女の子を守るというか、頼れる男というか、まぁそんな感じで自分をアピールしようとしたのだろう。だが、蓋を開ければ女の子同士でくっついてしまい。 「男二人は空しかっただろうね」 「空しかったと思いますよ、友達の奴」 「おや?桃は空しくなかったのかい?」 「いやー、空しいというよりも奴が哀れだってーのが強かったっスね」 ん?と首を傾げる一同を前に食欲魔人は頭をポリポリと掻いた。 「お化け屋敷を怖がらなかったのは先輩だから、で終わるんですけど。現れたゾンビに対して『あ、こんにちは』と平然と挨拶をした時には流石に脱力しましたよ」 ・・・・・するか?普通、ゾンビに。いくらお化け屋敷のオプションとはいえ。 「で、ことごとく男前な性格を見せ付けたじゃないですか。奴よりも先輩に懐きましたよ」 誰が、等と聞くほど彼らも鈍くはない。 「そ、それは・・・」 「本当に、空しいね・・・」 レギュラー仲間の級友に対し、彼らは心の中で合掌した。 「女の子が縋るっていうので思い出したけど」 ふっと、何気なく言った台詞に副部長へ視線が一気に集まる。 「にゃにを思い出したの?」 「あ、うん。雷が凄い日があっただろう?」 雷。これもまた、女の子の苦手な物の定番である。 「雷かぁ。平気な子は平気だけど・・・苦手な子は気の毒なくらい、怯えているよね」 そしていい加減、パターンが読めてきた一同。 「さっきのお化け屋敷の話みたく、宥めていたわけ?」 「彼女の友人が相当な雷嫌いらしいよ。蒼白な顔でちゃんにしがみ付いていて・・・まぁ、その、自分の膝の上に座らせて抱き締めていたんだ」 おいおいおい。 彼らの心の突っ込みはそれ以外に思い浮かばなかった。 「えーっと?」 「その体勢は、ちょっと」 「・・・・・バカップルがよくやっている体勢ですね、ソレ」 疲れた声になっている気がするのはきっと、気のせいではない。 「ちゃんに言わせれば、他人の体温と心臓の音が落ち着く要素になるから、手っ取り早く出来る体勢にしているだけだと言っていたけど」 「それを周囲に見せた場合のダメージを考えて欲しいな」 「確かに」 疲れたため息の数をもはや、数える気にもならないらしいデータマン&部長。何でもデータに取ってしまうデータマンをここまで疲れさせる彼女もかなり、凄い。 「あのさー?昨日の地震、覚えてるかにゃ?」 「うん。結構長かったよね?」 「あの地震の前、俺、ガットが切れてラケットを取替えに部室へ行ったでしょー?」 滅多にある事ではないが、時にラケットのガットが切れることがある。それを思い出した仲間達は同意の頷きを相手に返した。 「部室ではちゃんが買出しの帳簿付けをしていたんだけど。普通、『グラッ』としたら少しは慌てるというか、何らかの反応があるじゃにゃい」 「反応、なかったんスか?」 「なかったどころじゃにゃいんだよっ」 どうやら猫氏、この出来事を話したくてたまらなかったようである。 「地面というか、ロッカーが揺れた時はそっちを見ていたんだけど、あまりにも長いものだから徐に腕時計を覗き込んだんだよ」 「何故に、腕時計?」 「時間を計るため!」 ・・・・・はい?何のですか? 全員の疑問の視線に気づいたのか、猫は声を張り上げて答えを口にした。 「だーかーらー、地震が続いていた時間だよっ」 ちょっと待て、おい。 「れ、冷静だね、ちゃん」 いや、そーゆー問題ではない。 「地震が治まった後さ、『1分40秒・・・時間を計るまで少なくとも30秒は経過しているから2分以上は揺れていたね。すごく長い地震だったねー』にゃんて言って、コートの点検に行ったんだにゃ、ちゃん」 「冷静というレベルを通り越しているよ、それ」 「あいつらしいと言えばあいつらしいが・・・」 一同の何度目かすでに分からなくなったため息も虚しくなっている。 「先輩・・・あんなに人目を惹く外見をしている癖に、どうしてそんな豪気な性格になったんだか・・・」 「まぁ、たぶん、あの人の妹だからじゃないかと・・・」 「あと、あの人の影響も受けているだろうな、きっと」 3年組が顔を見合わせうんうんと頷き合うのに対し、1・2年組は頭上にハテナマークを浮かべる。 「先輩達・・・お互いだけで納得し合わない下さい」 「俺達にも分かるように言って下さいよ」 1・2年組からの抗議に3年組は再び顔を見合わせた。 「君達・・・のフルネームを知らなかったっけ?」 「いや、知っていますよ」 入部当時の自己紹介でしっかりと。尤も、そのすぐ後に彼女は苗字ではなく名前で呼べと笑顔で強要したが。 「それで、分からないかな?今の僕達の会話を」 「・・・もしかして、あの人の妹って・・・あの人、ですか?」 ふっと呟いたバンダナ少年に3年組は深く頷く。 「先輩のフルネームって、確か・・・」 「『大和』っスね。・・・あ」 呟いた残りの二人もハタ、と気づいた。聞き覚えのあるこの苗字は。 「一昨年の部長だったっていう、大和部長の妹っスか、先輩!?」 見事にハモる後輩達の叫びに3年組は重々しく頷いた。 「・・・・・今、物凄く納得しました、俺」 「俺もっス・・・」 「当然、この間の外見詐欺な鬼マネージャーとも懇意になりますよね」 大所帯の男子テニス部、しかもレギュラーになる人物達は何故か一癖も二癖もある者達ばかり。それらを纏める部長ともなればやはり、曲者でないわけがない。テニスの腕がいいだけで部長は務まらないのだ。 顔を見合わせる後輩達に先輩達は再び重々しく頷く。 「そういうことにゃ」 「あの二人(と周囲)にしごかれたんだ、嫌でも豪快な性格になるだろうさ」 「の場合、元々の性格もあるだろうがな」 「とは言え、あそこまで男前な性格にならなくても良かったんだけど」 「周囲の環境が環境だからね」 「仕方がない・・・かな?」 口々に彼のマネージャーに対する意見を述べた後、彼らは申し合わせたかのように同時にため息をついた。そこへ、タイミングばっちりに声をかける人物が一人。 「皆して何をため息ついているの?っていうか、休憩時間はとっくに終わっていると思うんだけど」 レギュラーとしてはあんまり褒められた事じゃないわよ、と軽くあしらうのは今まで話題の中心になっていた少女。 腰まで伸びている髪は後ろで簡単に一つに結わえられ、切れ長の瞳は彼らの雰囲気を察したのか訝しそうに細められている。色白の肌に薄紅の唇、スラリとしたバランスのいい肢体。涼やかな容姿と雰囲気は確実に人目を惹くだろう。 だが。彼女はあくまでも、彼女だった。 華奢だと言ってもいい両腕には洗濯籠が抱えられ、山積みになった洗濯物が『早く洗え』とばかりに主張している。その見た目も重そうだが実際も重いだろう洗濯籠を抱えていながら、揺らぐどころか平然と立っている辺りに彼女の意外にある体力の存在を教えていた。 「・・・外見詐欺がもう一人・・・」 ボソッ、と呟かれた言葉は小さな音量だったのにもかかわらず、周囲の人間にしっかりと聞き取れた。 「外見だけで判断するなってことよ。人間、誰しも中身でしょうが」 「いや、ちゃんの場合、外見と中身のギャップがありすぎるから」 呟かれた言葉に怒るどころかからりと笑い飛ばすマネージャーに眉を八の字にしながら寿司屋の跡取りが小さく突っ込む。 「中身を知らずに近づく人間も喧嘩を売る人間も私には知ったこっちゃないわよ」 「いや、だから、の場合、そのギャップが激しすぎ・・・ん?喧嘩を売る?」 今度はデータマンが突っ込みを入れようとして聞き捨てならない単語に気づいた。 「誰かに喧嘩を売られたのかい?」 黒いオーラ全開で尋ねてくる魔王に周囲は思わず後ずさるが真っ向に対峙するマネージャーは平然と笑い返す。 「喧嘩を売られたっていうか、いつものだから。不二、あんたが黒いオーラを全開にする必要はないのよ?どってことないんだから」 ・・・本っ当に、男前です、マネージャー殿。っていうか、魔王モード全開の彼を目の前にして平然としている精神力に脱帽です。 「先輩。いつものって、なんですか?」 唯一の一年レギュラーが首を傾げつつした質問にマネージャーはにっと笑った。その何かを含んだ笑みは涼やかな容姿であるのにもかかわらず、彼女に非常に似合っていた。 「越前は知らなかったのかな?いつものってのはね・・・・・」 「大和さん!!」 ルーキー少年の質問に答えようとしたマネージャーの台詞はフェンスの外から響いた声によって中断された。フェンスの外にいるのは女子生徒数名。 この場合、普通に考えるのならばレギュラー陣の誰かファンで、彼らに近い居場所を確保しているマネージャーへのいちゃもんつけだろう。 だが、しかし。そう考えるには、彼女達の頬は普通よりも赤い色が濃く浮かんでいた。 「見ていなさいよ、絶対に大和さんよりもいい女になってやるから!」 自分に向かって切られた啖呵に、彼女は微笑む。あざやかに、つややかに、あでやかな満開の笑顔。 「そう。楽しみにしているわ。貴女達が誰よりもいい女になって、輝くことを」 綺麗な微笑と気障過ぎる台詞にフェンス向こうの女子生徒達は一気に顔を上気させ、バタバタと走り去っていった。 ・・・・・どう考えても、女が返す台詞ではないし、女に対して示す態度でもない。 「ちゃん・・・また、オとしたの?」 「さぁ?」 どことなく疲れた雰囲気で尋ねてくる副部長にマネージャーは首を傾げた。 別に惚けているわけではなく、本当にどういう状況なのか判断できないのだ。 「どういった経緯なのか、教えてくれないか?」 またもやノートを取り出し、構えるデータマン。 「別にいいけど・・・私としてはそれをどうやってデータ化するのか、そっちの方に興味があるわね。とりあえず皆の予想通り、あの子達はここの誰かのファンらしいわよ」 「呼び出しを受けたんスね、先輩」 「そう。いつものことよ、いつものこと」 彼女が言う『いつものこと』が何であるのか察したルーキー少年の確認にからからと豪気に笑うマネージャー。先程の台詞ではないが、何もここまで男前な性格にならなくても、と思ってしまう一同である。 「ええと、簡単に説明すると・・・」 彼女の説明はこうだ。 まず、定番の校舎裏へと呼び出され、これまた定番の誰それに近づくな、という文句で始まりいい気になっているんじゃないの?などの中傷・誹謗へと続く。 何故、こんなにも行動がパターン化されているのか。 毎回呼び出しを受ける身としては本気で不思議に思う瞬間だが、口から出る台詞は別のこと。 「・・・・・もったいないわねぇ・・・・・」 「は?何、言っているのよ?」 あまりにも落ち着き払っている相手に、女子生徒達はやりにくそうだ。この対決、不利なのはどちらなのか、傍から見ればよく分かる。踏んでいる場数が違いすぎるのだから当たり前なのだが。 「うん、もったいないなって。貴女達、いい女になる素質を持っているのに、私を呼び出して文句を言っているなんて無駄なことをしているのだもの」 「無駄って・・・っ!」 「だって、そうじゃない。こんな事をして時間を無駄にするよりも、自分を磨いて、いい女になって、相手を振り向かせるほどの輝きを身につける方がよっぽど前向きだと思うけど?少なくとも、私はそうやって相手を振り向かせた人を知っている」 「誰よ」 「私の兄の彼女。知らないようだけど兄は一昨年、男テニの部長だったわ。マネージャーだった彼女は自分を磨いて、兄を振り向かせた。兄の為に、彼女はどんどん綺麗になった」 経験者というか、事実を知っている者の言葉は重い。黙り込んでしまった相手達に彼女は微笑んだ。 あでやかに、つややかに、大輪の華の如くに咲く微笑み。 「貴女達は、磨けばいい女になるわ」 どこのタラシだ、と突っ込まれそうな台詞付きで。 見惚れるほどの綺麗な微笑みと、女心を揺さぶる台詞の直撃をまともに受けた女子生徒達は顔を真っ赤に上気させる。しかも、彼女の行動はそれだけで終わらなかった。 「例えばね・・・貴女」 「え?」 「綺麗な手をしている。指の形もいいし、指輪がとても映える手ね」 褒められた少女は自分の手をまじまじと見つめる。今まで気づかなかったといった風だ。 「それから貴女」 「私?」 「綺麗な髪を持っているわね。傷んだところなんてみられないし、天使の輪を持つ髪なんて、すごく素敵じゃない」 さらり、と髪を梳かれた少女の頬が赤く染まる。 「貴女はいい声をしているわ。朗読とかされると聞き惚れそう」 「そ・・・そう、かしら」 「ええ」 戸惑う少女に微笑みかけると、彼女も途端に赤くなった。 「貴女の唇はとても色っぽいわよ。形もいいし、艶々としているし・・・キスしたくなる唇よね」 そこまで告げた彼女はくすり、と笑みを浮かべ、周囲の少女達へ首を傾げてみせる。 「どう?誰だっていい女になれる素質を持っていて・・・それを磨かないなんて、もったいないと思わない?」 ・・・・・止めの言葉と、微笑みだった。 「・・・と、いうわけ」 言葉を切った彼女の後、一斉にレギュラー陣は自分の意見を述べる。 「オとしたようだな」 「オとしたと思うよ」 「オとしただろうね」 「オとしたにゃ」 「オとしたね」 「オとしたな」 「オとしましたね」 「オとしたっスね」 「オとしたんですね」 ・・・・・結局は全員が同じ意見だったが。 「皆して異口同音に言わなくてもいいじゃない」 「他にどんな言葉があるっていうんスか?」 はい、ご尤も。 すっぱり言い切られたマネージャーは軽く肩を竦めるにとどめた。あまり拘らない性格なのでさらりと流してしまうのだ。・・・拘らなさすぎ、とも言えるが。 「それよりも、早く練習を始めないと今日のノルマを達成できないわよ。竜崎先生の雷が落ちても、助け舟なんて出さないからね」 「それはにゃいよ、ちゃん〜」 「人を話のタネにする人達の事なんか知りません」 ピシャリ、と言い切った彼女の言葉に全員が面白いほどビシッと固まった。 「俺達の話・・・聞いていたんスか?」 「聞こえたのよ。誰かさんの声が大きいから」 途端に複数の視線に晒された猫が首を竦める。 「にゃ、にゃ、お、俺の声にゃの?」 「さぁ、どうでしょう?」 にっ、と笑う彼女の後ろに小さな尖った尻尾の幻影を見たレギュラー陣。 「何処からかい?」 「想像にまかせるわよ」 ますます笑みを深くするマネージャー殿に敵う者は・・・誰もいなかったのだった。 青春学園中等部・男子テニス部マネージャー大和。 人目を惹く涼やかな容姿とは裏腹に豪気な性格と行動力を持ち、曲者揃いのレギュラー陣を軽くあしらう。彼らのファンに呼び出されても逆に彼女達をオとしてしまい、心配されても笑い飛ばしてしまう彼女は正に最強。 「流石は、我等の最強マネージャーだね」 最後にはこの言葉で締め括られる彼女だった。 (END) |