胸に輝く永遠の煌き
〜出会い〜


 人と人が出会う事で語られる物語がある。
 出会わなければ物語りは生まれず、また、語られもしない。

 ここに、1つの物語がある。
 滅亡の途を歩んでいたある種族と、彼らに関わった兄妹・・・いや、少女の物語が。
 少しでも興味があるのならば、この物語を紐解いてみるといい。
 悲しくも優しい、煌きに満ちたこの物語を−−−−−。


「何も知らないのか!?」
 ドミナの町にある唯一の食堂&酒場『アマンダ&パロット亭』に足を踏み入れた途端、耳に入った怒号に娘は銀と紫の瞳を戸惑ったように瞬かせた。
 この辺りでは見かけない旅姿の青年が、脅えていることにも気づかないのか一人の少女を問い詰めている。
「それとも、何か知っているのか?・・・答えろ!!」
 青年が再び怒鳴ったその時、静観していた娘が音もなく動いた。まるで体重などないかのように、怒鳴っていた青年と脅えていた少女の間にふわり、と割りこむ。気配も感じさせず、突然目の前に出現した娘の姿に青年も驚いたのだろう、瞳を見開き、まじまじと現れた娘を見詰めていた。

 綺麗な娘だった。
 それもただ綺麗なだけではなく、研ぎ澄まされた水晶剣のような、硬質で透き通った強さを感じる。
 腰まで流れる髪は純金、怖いほどに澄みきった瞳は右が銀、左が紫という珍しい色彩の色違い。剣を携えているのが不思議なほど、細く華奢な肢体を包むのは動き易さを追求した服。
 澄みきった瞳に真っ直ぐに見据えられ、青年は僅かにたじろいだ。だが、すぐに無言で見詰める娘を睨み返す。
 目は口ほどにものを言う、という言葉がある。娘の瞳はまさにそれで、澄みきった瞳は青年の態度の意味を問い掛けていることが十分に分かった。
「うるさい、取り込み中だ」
 苛立った口調と態度に、対峙した娘の片眉が僅かに上がる。背後に庇った年下の友人を見れば相変わらずガタガタと震え、脅えを全身で示していた。
「・・・何があった?」
 軽くため息をついた後、尋ねた彼女の声は天上から響くような稀にみる美声だった。あまりの美声に苛立っていた青年の毒気が完全に抜ける。
「・・・仲間が、行方不明になったんだ。知らないか?髪を長く編んでたらした、白いドレスの女の子なんだが・・・」
 青年の質問を受け、顎に手を当てて考えていた娘だったが、緩くかぶりを振った。
「私は見なかったが・・・レイチェル、貴女に心当たりはあるか?」
「ううん、分からない。・・・ごめんなさい」
「貴女が謝ることはない」
 極上の美貌と美声の持ち主でありながら、娘の物言いはぶっきらぼうで素っ気ないものだ。だが、そんな話し方に慣れているのだろう、問いかけられた少女も今度は脅えずに答え、自分よりも幾分背の高い娘の珍しい瞳を見上げる。
「ちっ、結局無駄骨だったわけか」
「・・・でも、ないと思うが」
「どういう意味だ?」
「貴方は黙っていた方がいい。レイチェルが脅える」
 自分の瞳を見上げた少女の瞳の中に、何かを告げたそうな気配を感じた彼女の言葉は青年の気に触ったらしい。鋭い瞳が剣呑な光を帯びる。
「オレの連れのことだぞ。どうして黙っていなければならないんだ」
「自覚がないのか?全身からそんなに剣呑で物騒な空気を振り撒いて、普通の平和な人間がまともに答えられると、本気で貴方は思っているのか?」
 淡々とした調子で紡ぐ言葉は事実であり、反論の余地はどこにもない。不承不承、黙り込んだ青年を視界の端に入れながら、娘は軽く首を傾げるだけでアルバイトの少女を促した。
「あ、あの・・・ね。お昼ご飯を食べてから・・・お店に戻ったら、これが床に落ちていたの。もしかして・・・と思って、アリアが来るまで持っていたのだけど・・・」
 そっと差し出された卵型の石を受け取り、じっと見詰める銀と紫の瞳がすっと細められる。
「レイチェル、ビンゴだ」
「じゃあ・・・」
「ああ、その『もしかして』だ。間違いない」
 両手にずっしりとした重みを伝えるそれは、見事な翡翠色をしていた。何かで加工したような綺麗な卵型だが、何の用途で使われるものなのかいまいち、よく分からない。
 くるり、と手の中で一回転させたそれを、一見、無造作に娘は青年へ差し出した。
「貴方の連れに関係あるかもしれない。何か、感じるか?」
 思わず受け取り、相手の美貌をまじまじと見詰めた後、青年は自分の両手に乗っている翡翠色の塊を見下ろす。途端に、青年の胸元で小さな蒼い光が瞬いた。あまりにも小さくて見過ごすような光だったが。
「・・・これは・・・!真珠姫の香りがする!どういうことだ!?」
 再び、剣呑とした雰囲気を纏い出した青年に平然と対峙しながらも、彼のあまりの余裕のなさに娘は頭痛を覚える。それでも、焦らしていたぶる趣味はないのであっさりと正解を教えた。
「それはアーティファクトだ」
「なんだって!?」
 アーティファクト。様々な思念が形になったとも、あらゆる形代に思念を吹き込んだものとも言われ、遡れば妖精戦争の時代にまでその起源を辿ることができる。だが、マナの樹が焼け落ちたことにより、その技術も手法も失われて久しいというのが世間での認識だった。
「焦らなくてもいい。これを開放する手段は私が持っている」
「お前が、か?」
 疑わしそうな青年の言葉と視線に白皙の美貌が僅かに苦笑を浮かべる。
「信じる、信じないは貴方の自由だが」
 サラリ、と純金の光が揺れた。
「私はこれから、これを開放しに行く。・・・どうする?一緒に来るか?」
「ちょ・・・おい、待てっ」
 出口へと足を進めている姿を見た青年が慌てて後を追い、彼女の細い腕を掴む。掴んだ瞬間、その細さ、華奢さにギョッとしたものの、捕まれた方は気にした様子もなく・・・いや、むしろ予想していたかのようにゆるりと首を傾げた。それを見た青年は軽く頭を振り、先ほどの躊躇いを振り払う。
「もしかしてお前、真珠姫を探すつもりか?」
「人手は多い方がいいと思うが」
「だが、オレ達にはあまり関わらない方が・・・」
「ここまで関わっていて、それはないだろう。アーティファクトを開放して、そこでお別れというのがよほど、しこりを残す」
 およそ、感情の伺えない口調でありながら、何故か彼女が彼を・・・そして彼の連れを心配していることが分かった。また、彼女の言う事も筋が通っている。
「・・・助かる」
 言葉少なに同行を認め、手を貸してもらう意志を見せた青年に銀と紫の瞳が柔らかく細められた。
「そう言えば、お前、名前は?」
 改めて名前を呼ぼうとした青年は、今の今まで目の前の人物の名前を知らなかったことに気づき、少しばかり慌てて問いかけると何故か彼女は考える素振りを見せる。
「名前を言いたくないのか?」
「いや、そう言うわけではない。貴方が私の名前を問うとは思わなかったものだから」
「名前を知らなければ呼ぶ事も出来ないだろう?」
「・・・貴方の場合、『おい』とか『お前』で済ませると思っていた。絶対的に他人を信用していないからな」
 短時間のうちに、青年の心理状態を見抜く観察眼の鋭さに青年は内心で舌を巻いた。事実、青年はある理由から他人を・・・人間を信用することは出来ない。
「他人を個人として認識もしないだろう。だから、名前も意味はない」
 続けられた台詞もまた、真実を突いている。青年にとって他人とは気を許す事の出来ない自分とは違う生き物であるだけ。個人として認めていないから、区別する為の名前も必要はない。
「・・・オレは、瑠璃という」
 自分から名乗った青年を一瞬見詰め、彼女もおもむろに自分の名前を名乗った。煌く色違いの瞳に、微かな笑みを乗せて。
「私はエアリアル。親しい者達はアリアと呼ぶが、他に呼び方があるのなら貴方の好きなように呼べばいい」
「・・・随分といい加減だな」
「『エアリアル』は確かに私の名前だが、その名を呼ぶときに『私』という意味を篭めてくれなければ、それはただの音の羅列だ。逆に言えば、『エア』だろうが『アリア』だろうが『私』として呼んでくれればそれは私の名前になる」
 それは、先ほど青年に指摘した、個人として認めるための呼び名のことと同じだった。不思議なことに、娘が紡ぐ言葉は青年の胸にストンと納まり、納得さえ出来る。だからこそ、青年はきちんと娘の名前を呼んだ。しっかりと、娘の瞳を見詰めて。
「しばらく、よろしく。エアリアル・・・『アリア』」
「よろしく、『瑠璃』」


これが、始まりだった。
滅亡の危機に晒されていた種族『珠魅』の青年と。
感情の起伏が薄いような言動をする不可思議な少女と。
二人が出会ったことにより、物語は更に進む。