胸に輝く永遠の煌き
〜be lost of princess in MEKIV CAVERNS〜


「そうだ、レイチェル。ひとつ、頼みたいことがあるのだが、いいだろうか」
 音楽的に響く美声でありながら、言葉遣いはそっけない娘の頼みごとに少女はコクリ、と頷いた。
「兄様に2、3日帰らないと伝えてくれないか?新しいアーティファクトを開放するからと」
 再びコクリ、と頷く少女の髪を撫で、微かな笑みを浮かべた娘は後ろに立っている青年を振り返る。
「待たせてすまなかった。行くとしよう」
「ああ。・・・兄がいるのか?」
 ドミナの町を出る道を歩きながら尋ねてくる青年に娘は軽く肯定した。
「3つ上の兄が一人、いる。無断外泊なんてしたら、町中どころか町の外まで捜索に行きかねない人だ」
「・・・過保護、だな」
「昔が昔だったから、無理はないのだが。・・・それに、瑠璃も人のことを言えるのか?」
 連れがいなくなり、町中の人間につめよっていた青年である。娘の言う通り・・・
「・・・言えないな、確かに」
 憮然としながらもその事実を認める青年の姿に、銀と紫の瞳が柔らかく微笑んだ。淡々とした口調とあまり表情を変えない顔はなまじ、絶世の美貌であるが故に冷たく見られかねない。だが、その珍しい色違いの瞳が和むと柔らかな魅力が娘を包んだ。一瞬、青年は見惚れかけ、慌てて視線を娘から引き剥がす。
「で、どこでアーティファクトを開放するつもりなんだ?」
 見惚れたのを誤魔化す為だろうか、話題を変える青年を訝しむことなく娘は軽く周囲を見まわした。
「もう少し、先にしよう。ドミナが見えなくなる辺りで開放したい」
「見えない方がいいのか?」
「アーティファクトの開放は魔力を開放することと同じだ。それも、どんな魔力なのか分からない・・・な。用心するに越した事はないだろう。・・・この辺りがいいか」
 ドミナの町影が見えなくなった辺りで足を止めると娘はヒスイの卵を取りだし、地面に置く。青年に下がっているように身振りで示し、自分も2、3歩後ろに下がった。
 そして。
 天界の楽の音が辺りに響き渡る。
 音の源は娘の声だった。
 歌詞などない、メロディのみを紡ぐ音楽。もともと、驚く程の美声の持ち主ではあったが、全身で歌っている今、その声は魔力さえ秘めているようで強烈に惹きつけられる。
 ふと、地面に置かれたアーティファクトを見れば歌に呼応するように点滅を繰り返していた。まるで、開放されることを喜ぶように。
 最後の一音が余韻を残して大気に溶けんでいく。そうして、そこにはぽっかりと口を開けた洞窟が出現していた。
 大地が持つ創生の力を内包した『メキブの洞窟』である。
 洞窟へ足を踏み入れた途端、青年の胸の辺りで蒼い光が瞬く。
「・・・煌きを感じる・・・真珠姫か?」
「ここにいるというのなら、急いだ方がいい。身を守る手段を持たない女の子にとって、ここは危険でしかない」
「ああ、その通りだ。・・・急ごう」
 振り返り、頷く青年と共に娘は洞窟の奥へと走り出した。
 走りながら腰に佩いた剣を鞘走らせる。次の瞬間、娘に襲いかかってきたモンスターが塵と化した。腕を返し、塵となったモンスターの更に後ろにいた奴も切り伏せる。
 モンスターとしてはそれほど強くはないが、数が多い。迷子が本当にここに入りこんでいたとしたら、その身が無事でいられるのか・・・かなり、心配である。
 あまりの数の多さに舌打ちをしながらも、娘は的確にモンスターを塵に還していく。
 ポトが舌を伸ばす。紙一重で避け、剣を水平に薙ぐ。バットムが急降下してくる。身を屈め、剣先を突き出す。マイコニドの頭を踏みつけてジャンプをする。その先にいたデスクラブに剣を突き刺し、振り返りざまに踏みつけたマイコニドを斜め上へと切り上げる。
 まるで舞いを舞っているかのような、軽やかな動きだった。無駄な動きを一切省いた剣技は怜悧でありながら優雅であった。こんな時でなければ、見惚れてしまうほどに、綺麗な剣の舞だった。
 幾多ものモンスターを塵に返しつつ、辿り着いた少し広めの空間。そこに緑のチャイナ服を纏った美女が立っていた。見事なプロポーションとスリットから覗く脚線美がセクシーであるが、色気過剰にはなっていない。つまりは自分の魅力を十分に引き立てる見せ方を心得ているのだろう。これで立っている場所が町中であれば男性諸氏の視線を集めていただろうが、ここは洞窟。しかも、モンスターがあちこちに潜んでいる危険が一杯の洞窟なのである。間違っても普通の女性が・・・しかもすこぶるつきの美女が平然といる場所ではなく、この美女の怪しさを十二分に物語っていた。
 駆け込んできた二人を見た美女が薄く笑う。どこか、冷たく感じる笑顔だ。
「遅かったじゃないか。真珠姫はこの奥だ」
「真珠姫を知っているのか!?」
 掴みかからんばかりの勢いで美女に走り寄ろうとする青年のマントを娘は瞬間的に掴む。
「ぐえっ」
「落ち付け、瑠璃。どうして貴方はそう、いちいち人に突っかかるような物言いをするんだ?貴方のお姫様が心配なのは分かるが、いつもそういう態度だと、必要な情報も貰えなくなるだろう」
「だからって、マントを引っ張るな、アリア!息が止まったぞ、今」
「他に瑠璃を効果的に止める方法がなかった」
「もう少し穏便な方法を取れよ」
「穏便な方法にすれば確実に瑠璃はあの人に掴みかかっていた」
 端から聞けばまるで漫才である。
「随分と仲がいいことだな。だが、君、あまり彼らに関わらない方がいい」
「・・・それは、私に言っているのか?」
「他に誰がいる?」
「確認だ、一応の」
「・・・面白い子だ。君が石にならないといいけど」
「!!!!!」
 美女の呟きに反応したのは青年の方だった。はっきりと顔色を変えた青年が何かを言おうとしたその瞬間、少女の悲鳴が洞窟に響き渡る。
「真珠!!」
 悲鳴にいち早く反応した青年が走りだし、その後を娘が追った。後に残されたのは緑のチャイナ服の美女。
「・・・・・綺麗な瞳をした子だった。珠魅でもないのに、強い煌きを持った・・・あんな人間には初めて出会ったな」
 洞窟の更に奥へと走って行った二人の背を見送った美女はくるりと体を反転させると洞窟の出口へと向かった。
「人間だけど・・・石になるには、惜しい子かもね・・・」
 ポツリと呟く美女の言葉を聞くものは誰もいなかった。

「真珠!!」
「っ!!瑠璃、下がれ!!!」
 娘の鋭い忠告に反射的に従い、青年は後ろに飛び下がる。
「ガアアアアアァァァァァッッ!!!!!」
 叫び声と共に巨大な斧が振り下ろされ、削られた地面の欠片が四方八方に飛び散った。
「ドゥ・インク。・・・やっかいなのが出てきたな」
 出てきた巨大な猿のモンスターを見た娘が冷静に呟く。試しに切りかかってみたが、以外に硬い毛皮で剣を跳ね返され、僅かな傷しかつけられない。倒すどころか逆にモンスターの怒りを煽ったようだ。大きく息を吸い込んだかと思うと一気にそれを吹き出す。魔力も篭められたそれは娘の体を巻き込み、洞窟の壁へと叩き付けた。
「っ、ぐぅ・・・」
「アリア!?おい、生きているか!?」
「とりあえずは、生きている・・・しかし、油断・・・した、な・・・」
 軽く頭を振り、呟いた娘は視線を上げた途端、銀と紫の瞳を大きく見開く。次の瞬間、青年の体にタックルをかけ、その場から飛び退いた。青年がいた場所にモンスターの斧が振り下ろされ、地面に大きな穴を穿つ。
「ったく、おちおち気を抜いていられないな」
「気を抜けば即、あの世行きだ。さすがにそれは遠慮したい」
 手の甲を流れる血をペロリ、と舐め、娘は立ちあがると剣を構えた。
「ドゥ・インクは背後からの攻撃に弱いようだ。私が正面に出て注意を引き付けておく。瑠璃、背後に回って攻撃を仕掛けてくれないか?」
「だが、アリア」
「私は大丈夫だ。それに瑠璃、貴方には奥の手があるのだろう?」
「・・・何故、知っている?」
「企業秘密」
 感情をうかがえない平坦な口調で呟き、娘はモンスターの前へと走り出る。
「おいっ!ちっ、仕方がない」
 仕切られることに苛立ちを感じはしたものの、このまま立ち往生するわけにもいかないのは確かなので娘の言葉通り青年はモンスターの背後に回った。娘は俊敏に動きながらモンスターの注意を引き、攻撃を避けながらも青年がモンスターの死角にいられるように誘導するという、実に器用な事をやってのけている。
「ここまでお膳立てされたんだ。やってやろうじゃないか」
 呟いた青年の手にした剣に、蒼い闘気が纏い付く。一瞬、空間が蒼く染められたその時。
「レーザーブレード!!」
 剣に纏わりついていた蒼い闘気が巨大な蒼い剣をかたどり、モンスターへと振り下ろされた。
「グゲギャアアアァァァッッ!!!!!」
 青年の技をまともに食らったモンスターの体が地面に叩きつけられる。
「ヴォルテクス」
 娘が静かに呟くと振るった剣から闘気が風となって吹き出し、モンスターを巻き込んだ。巨大な体が回転し、洞窟の壁に叩きつけられ・・・そして、塵に返る。
「終わったな」
 僅かに疲れを滲ませた声で呟く娘の横で青年が自分の剣を納め、あたりを見回す。
「真珠!どこにいる!?」
 青年の胸元が微かに煌き、それに呼応するかのように、岩の間で柔らかな煌きが瞬いた。
「るり、くん・・・?」
 幼げな声が岩の間から零れ、声に相応しい可憐な少女がおずおずと岩の陰から出てくる。
「真珠姫!無事か?核に傷はついていないか?」
「ええ」
 探し人らしい人物の無事に安心しつつ、ちょっとばかり、娘の胸に疑問がよぎった。
 ・・・どうして、モンスターだらけのこの洞窟で、非力そうなこの女の子が洞窟の奥まで無事に辿り付いたのだろう・・。
 それは、永遠の謎かもしれない。
 疑問に首を傾げている娘の目の前では青年が少女を叱りつけ、少女が今にも泣き出しそうな顔で謝るという光景が繰り広げられていた。
「もう、いいだろう、瑠璃。女の子をいじめているのは端から見てあまり、気持ちのいいものではない」
「オレがいつ、いじめた!?」
「叱るのもたまには必要だが、それが行きすぎればいじめにしかならない。レイチェルの件にしたって、瑠璃の事情があるとはいえ、いじめにしか見えなかった」
「あんたは黙っててくれないか」
 鋭い青の瞳にはありありと、『こっちの事情も知らない奴が口を出すな』と言っている。思わず苦笑を浮かべる娘を見た少女がおずおずと青年を見上げた。
「瑠璃君、この人は・・・?」
「ああ、エアリアル・・・アリアと言って、お前を探すのを手伝ってくれた、変な奴さ」
 ある意味、身も蓋もない青年の言葉に娘の浮かべる苦笑が深くなる。自分が何かとやっかいごとに首を突っ込んでしまう質なのは自覚していたが、知り合って間もない青年に遠回しで言われるとは。
「そ、そうなんだ・・・」
 真っ赤になって俯く少女は文句なく可愛らしく、銀と紫の瞳が柔らかく和んだ。
「とりあえず、礼を言う。真珠が無事に見つかったのもお前のお陰だ。有難う、アリア」
「気をつけて」
 青年の言葉に軽く頷き、娘は別れの言葉を告げる。青年もその言葉に対し、軽く頷いた。
「ああ。・・・行くぞ、真珠姫」
「ええ。・・・あの、アリアお姉様。これ、お礼です」
「これは・・・」
 少女から渡されたものに色違いの瞳が見開かれる。馴染んだ魔力が手の平を通して伝わり、それが何であるのかを娘に教えた。
「ありがとう、真珠。有り難く、使わせてもらう」
 ニコリ、と嬉しそうに笑った少女の背後から苛立ったような声があがる。
「真珠姫!」
「ごめんなさい、今、行くわ」
「貴女も、気をつけて」
「はい」
 コクリ、と頷いた少女は小走りに駆け、待っていた青年と共にその場から立ち去った。
「また、新しいアーティファクトが手に入るとは」
 アーティファクトは貴重な魔法工芸品だ。それを何故、2つもあの少女は持っていたのだろうか。
「まぁ、いいか」
 不思議ではあるが、娘はその一言で済ませてしまった。
「新しい冒険に行くのだということには代わりはないのだし。兄様なんかは大喜びしそうだ」
 軽く頭を振り、娘もまた、外へと足を踏み出した。

 どこにでもある普通の出会いではなかったが、それでもこの場限りの出会いのはずだった。
 だが、マナの女神が紡ぐ運命は娘を波瀾の波へと巻き込んでいく。
 誰も知らないうちに、そして気がつけば抜き差しならないまでにがんじがらめに縛られて・・・。

 それでも、娘は光り輝く。
 眩しい煌きを振り撒きながら。
 あらゆる人を惹きつけながら。
 命を、魂を輝かせる。