胸に輝く永遠の煌き
〜幕間・お騒がせ姉弟&兄妹〜


「大変、大変〜」
 ちっとも大変そうではない、気の抜けるような声で郵便ペリカンがドミナの町の異変を伝えてきたのはお昼を少し過ぎた頃。
「・・・・・かぼちゃの異常発生?」
「蛾やイナゴじゃあるまいし」
 庭先でのんびりと魔法楽器の手入れをしていた兄と書斎から引っ張り出してきた本を読んでいた妹がペリカンの言葉に顔を見合わせる。
「・・・どうする、兄様」
「とりあえず、様子を見に行ってみるか。異常事態なのは確かだし」
「分かった」
 兄の言葉に頷いた妹が一旦家の中に入り、自分の身長よりも長い槍を手にして出てくるとそれを見た兄は手入れをしていた魔法楽器のみを手にしてドミナへと足を向けた。
「兄様はそれだけで行くのか?」
「まぁな。アリアは何故、槍を持ち出してきたんだ?」
「一番使い勝手がいいから」
「なるほど」
 全力で戦うにはもちろん、使いやすい武器を持っていくのは常識だが、微妙な手加減を必要とする場合も実は、自分にとって使いやすい武器が力をコントロールしやすい。
 言葉少ない妹の口にしない意図を正確に読み取った兄の顔に人好きのする笑顔が浮かぶ。妹が確実に自分の足で大地に立ち、自力で道を切り開こうとしている姿に暖かな気持ちと寂しい気持ちが入り混じった。さしずめ、旅立つ我が子を見る親の心境か。
「・・・この歳で親の気持ちになるなんてね」
「兄様、どうした?」
「いや、何でもないよ」
「ふぅん?」
 不思議そうに兄を見上げる妹だったが、それ以上突っ込む事はせずに視線を前方へ向ける。
 ドミナの町は、もうすぐそこに迫っていた。

 ドミナへと足を進めているこの兄妹は町外れに居を構えている冒険者である。
 兄の名は<ジルフェ>、親しい者達は<ルーフェ>と呼ぶ。純金の髪は軽い癖っ毛でそれが鬱陶しいのか、首の辺りで1つに纏め、赤い帽子で押さえていた。右が紫、左が銀という珍しい色彩の色違いの瞳が収まっている顔は白皙の美貌という言葉が相応しいほどに整っている。いっそ、冷たく見えるほど綺麗な顔立ちだが、常に浮かべている人好きのする笑顔が彼に暖かみを与えていた。
 妹の名は<エアリアル>、親しい者達は<アリア>と呼んでいる。純金の髪は兄と違ってサラサラと腰の下まで真っ直ぐに伸び、棒のような変わった形の髪飾りをつけていた。色違いの瞳は兄とは逆の右が銀、左が紫という配置で兄とよく似た顔立ちは絶世の美貌という形容詞が素直に思い浮かぶ。ただ話すだけでも音楽的に聞こえるほどの美声の持ち主だが、本人はそっけないほどぶっきらぼうな話し方をしていた。

「コロナ!お前も笑え!支配者スマイルだ、ケケケケケケケケケケ〜〜〜〜〜」
「かぼちゃで世界を支配するの?ばっかみたい!」
 かぼちゃ異常発生の報に様子を見に来た兄妹だったが、予想だにしなかった光景に絶句し、立ち尽くしている。
 かぼちゃはかぼちゃでもパンプキンボム。しかも、ほとんどが巨大化している。その前で高笑いをしている男の子と冷めた視線を向けている女の子。誰が見たって対応に困るだろう。
「・・・・・弱ったな・・・・・確かに異常事態ではあるが・・・どうする、兄様」
 視線を向ける妹に兄は軽く肩を竦めてみせた。
「なんだかんだいっても、することは一つさ」
「なにを?」
「悪戯をする子供にはおしおきを」
 目を丸くする妹に向かい、兄は軽く人差し指を揺らす。
「スケールがでかいが、よく見てみろ。結局は悪戯だろ、あれは」
「・・・・・確かに」
「てなわけで、行くぞ」
 思わず納得する妹の肩を叩き、兄は無造作に子供達の前へと足を進めた。それにいち早く気づいた男の子がフライパンを片手に戦闘態勢に入る。
「コロナ!やっつけるぞ!」
「もう、やめなさいよぉ」
 呆れる女の子の言葉など耳に入らないらしく、男の子はやる気満々。ドラムを取り出したかと思うと力強く叩きだした。
「おっと」
 ドラムのリズムにあわせ、炎が襲ってくるのを兄妹は軽い跳躍で避け、兄はフルートを妹は槍を取り出した。兄がフルートを奏でだすとドラムの炎よりも数倍も大きな水流が出現し、瞬く間に炎を消し去る。妹は槍で巨大化したパンプキンボムを数個切り落とすとそれらを勢い良く男の子に向かって蹴り飛ばした。
「え?え?え?うわっ、このっ!」
「アリア!」
 巨大パンプキンボムに焦ったのか(まぁ、普通は焦るだろう)、リズムもなにもない、でたらめに打ち付けたドラムの音に従った炎は爆発しながら槍の持ち主へと向かって行く。兄の声に反応した妹の唇が僅かに上がった。
「止まれ、炎の子!」
 自分に迫ってくる炎を恐れ気もなく見据えた娘の唇から天上の音楽にも思える美声が零れる。
 稀にみる美声−−−けれども、その美声に宿るは純粋な『力』。
 その『力』をまともに受けた炎が言葉通り、娘の目前でピタリと止まった。
 再び、力溢れる天上の美声が言葉を紡ぐ。
「炎の子らよ、戻れ。在るべき場所へ」
 娘の目前で止まっていた炎はまたもや言葉通りに姿を変え、スルスルと宿っていたドラムへと戻る。
 唖然としていた子供達が我にかえればすでに勝負はついていた。
「す・・・っげぇ・・・すっげぇ、すっげぇ!!」
 あっけにとられていたのもつかの間。フライパンを抱えていた男の子が興奮して飛び跳ねだす。
「ねぇ、ねぇ、俺の師匠になってくれよ!」
「・・・・・・・・・・」
 あっけらかんと頼んでくる男の子に兄と妹の視線が交わされ、同時に二人は行動した。

 げいんっ!
 ごいんっ!

 兄の拳骨と妹の槍の柄が男の子の頭上で炸裂し、連続して受けた攻撃に男の子は涙目で頭を抱えて座りこむ。
「ひっでー、何するんだよぅ」
「・・・何故、と君は言うのかな?」
 極々、穏やかな声で問いかける兄であるがその目は笑っておらず、文句を言った男の子は思わず首を竦めて代わる代わる、自分を殴った二人を眺めた。
「自分が何をしたのか、分かっているかい?この町の人々に多大な迷惑をかけたんだ。それなりの言葉があると僕は思うけれど・・・それとも、何もしていないと君は言うのかな?」
 言葉こそ静かではあるが、声に含まれる感情は冷ややか。たとえ彼を知らなかったとしても、彼がかなりなご立腹状態であることは十分に分かる。
「・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・」
 しゅん、と俯き、謝罪の言葉を口にした男の子にようやく、兄妹の表情が緩んだ。
「兄様、もうすぐ日が暮れる。この子達を家まで送った方がよくないか?」
 空を見上げ、時刻を告げる妹に兄もちらっと空を見上げる。
「確かに暗くなってきたな。こうなるとこの辺りも危ないし・・・君達、家はどこだい?送っていこう」
「・・・・・家は、ありません」
「え?」
 今までずっと黙っていた女の子が固い声で告げる言葉に兄が疑問の声を漏らし、妹は色違いの瞳を僅かに見開いた。
「ふぅん・・・何か事情がありそうだね」
 ポツリ、と呟いた後、一瞬何かを考えるように視線を空へ向けた兄は再びその視線を双子達に向ける。
「僕はジルフェ。ルーフェでいいよ。この子は僕の3つ下の妹でエアリアル。アリアと呼んでくれていい。君達、何かあるようだし、よかったらその事情を話してごらん」
 男の子を叱責していた時とは違う、穏やかな顔と声に男の子と女の子の視線が交わされる。二人の無言の会話の後、女の子が口を開いた。
「私達は双子の姉弟で・・・私が姉のコロナ、あっちが弟のバトと言います。つい、この間まで私達は魔法都市ジオにある魔法学園にいました」
 年の割にしっかりとした口調で女の子は言葉を続ける。両親が魔法実験に失敗して亡くなったこと、しばらくは学園に在籍していたものの、バドの悪戯で寮を飛び出してきたことなどを。
「兄様・・・・・」
「アリアの言いたいことは分かっている」
 一通りの事情を聞き終えた妹が隣に立つ兄を見上げ、何かを言おうとすると兄は片手を挙げて妹の言葉を遮る。
「まぁ、これも縁だな。コロナとバドと言ったね。二人とも、僕達の家においで」
「・・・え?」
「幸い、君達2人ぐらいなら屋根裏を片付ければ何とかなるだろうし、食べる物だって半分、自給自足のようなものだし。結構、住み易いと思うよ、僕達の家は」
 戸惑う双子達に兄が人好きのする暖かい笑顔を浮かべ、手を差し出したところでようやく、彼らにも意味を理解することが出来た。
「・・・・・いい・・・・・のですか・・・・・?」
「放ってはおけない。・・・私達と似ているから」
 類い稀な美声でありながら、ぶっきらぼうな話し方をする妹の言葉に兄が補足する。
「僕達も小さい頃に親と死に別れているから。だから、他人事とは思えなくてね」
「無理強いするつもりはないが・・・二人が来てくれれば家も賑やかになると思う」
 兄の暖かい笑顔と妹の真摯な言葉に固く強ばっていた二人の顔が徐々に綻んでいく。
「じゃあさ、じゃあさ、俺の魔法の師匠にもなってくれる!?」
「私は無理だが、兄様なら教えられるだろう」
 傍らに立つ兄の顔を見上げれば苦笑しつつも彼は頷いてみせる。
「ああ、構わないよ。『師匠』は勘弁してもらいたいけどね」
「でも、俺の魔法の先生なんだから、やっぱり師匠だよ!」
 仕出かした悪戯は大きかったが、男の子本人は実に開けっぴろげで無邪気でどこか憎めない。兄妹共に苦笑を浮かべてはいるが、男の子の『師匠』発言を殊更撤回するようなことを言わないのはその為だろうか。
「でも、どうして師匠はルーフェさんだけなんですか?さっき、アリアさんの一言で精霊達は従っていたと思うんですけど」
 女の子の疑問に妹の眉間が困ったように寄せられた。
「私は魔法を使っているわけではないのだ。だから、バドに魔法を教えることは出来ない」
「え?でも、じゃあ、あの精霊達は?」
 ますます困ったような顔をする妹の代わりに兄が理由を説明する。
「精霊達がアリアの言葉に従ったのは魔法によるものじゃないんだ。そうだね・・・バド。普段、僕達が魔法を使うのに利用する媒体は何かな?」
「え・・・えっと、魔法楽器・・・だよね?」
「正解。精霊から貰ったコインを利用した魔法楽器が魔法を使う時の媒体の役目をする。使うコインの種類によって使う魔法が決まるのはそのコインが精霊との契約を担っているからだ。意味は分かるかい?」
「つまり、コインの種類の精霊との契約しかできていないから、魔法もそれ系統のものしか使えない。・・・そういうこと?」
「うん、さすが魔法学園にいただけのことはあるな。正解だよ。さて、アリアだが・・・今、彼女は魔法楽器を持っていない」
 それは彼女の格好を見れば一目瞭然である。片手に自分の身長よりも長い槍を持っている他は何も持っておらず、身に着けているものはやや露出度の高い服のみなのだから。
「・・・にも関わらず、精霊達はアリアに従った。アリアの声のみで、だ」
「つまり、精霊達はアリアさんの声に従った。それだけの力をアリアさんの声は持っている、ということ・・・ですか?」
 双子の姉の推測に兄は頷き、更に説明を追加する。
「そうだ。アリアの声には精霊達を従わせる力がある。だが、それ以上に、精霊達はアリアの声に惚れているんだよ」
「は?」
「惚れ・・・?」
 目を丸くする双子達にニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、兄は頷いた。
「まぁ、端的に言えば気に入っている、といったところなんだがな。アリアがあまり喋らないのも、ぶっきらぼうな話し方なのもそれが原因だよ」
「精霊達に気に入られるのとあまり話さないのとどういう関係が・・・?」
「こいつの声に惹かれて精霊達がわんさか集まってくるんだよ。まだ、ほんの小さい頃の話なんだがな、ご機嫌で歌っていたアリアの声に精霊達が山ほど集まってきて・・・結果、大スパークを引き起こしたんだ」
「大スパーク・・・」
「集めた本人は目を回して気を失いかけたし。原因がわかった途端、歌うことはおろか、話すのも出来るだけ手短にするようになった」
 結果、黙って立っていれば極上の美貌の娘だが、口を開けばイメージがガタ崩れの人間が出来あがったというわけである。
「声も極上のものであるだけに、もったいないよな」
「兄様・・・」
 腕を組み、うんうんと頷く兄へ妹は困ったような声を上げる。その妹の頭を宥めるように何度か兄は叩いてやった。
「別にからかっているわけではないさ。アリアの声を気に入っているのは精霊達だけではないということだよ」
 更に微妙に表情を変化させた妹だったが、その変化も兄にはお見通しで。
「気にするな。アリアの声をまったく聞けないというわけではないのだから。もう少し聞きたいという希望があるにしても、お前が周囲への被害を考えて最小限の会話ですませようとしているのは理解しているから」
「あの・・・ルーフェさん、アリアさんが何を言いたいのか、分かっているのですか?」
 そうとしか思えない兄妹のやり取りに女の子が首を傾げる。とてもではないが、自分達には今、妹が何を伝えてたがっていたのか分からなかったのだ。
「慣れれば分かるさ。アリアは確かに口数が少ないが、その分、表情や瞳に感情が出る。それを読み取ればいいさ」
「はぁ・・・」
 困惑して顔を見合わせる双子達に苦笑を浮かべながら妹は肩を軽く叩き、町の外へ促した。
「とりあえずは『帰ろう』、私達の家へ」
 『帰ろう』という単語に双子達の視線が兄妹へと向かう。
「『帰る』のだろう?二人とも」
 兄の穏やかな笑顔を目にした二人の胸に、暖かな灯火が灯った。
 魔法学園を出てから・・・いや、両親が事故死してから自分達には『帰る』場所がなかった。暖かく迎えてくれる場所がなかった。だが、この兄妹は自分達が無意識に求めていたものを差し出してくれたのだ。
「よろしく・・・お願いします」
「これからよろしく、師匠!」

 こうして、マイホームに新たな住人が加わった。
 元気な双子達による事件も起こるのだが、それはまた別の話である。