だから君に『I LOVE YOU』

だから君に『I LOVE YOU』


 みんなが、だぁいすき

 その秘密会談(笑)は、とあるお堅い真面目人間の屋敷で行われた。
「ヤバイ」
 開口一番、誰かが言った。
「意外と育成上手だったんですねぇ」
「俺達も割増でやってたしな」
「何時の間にか彼女の方が進んでいただなんて」
「このまんまじゃ女王様になっちゃうよ」
「それだけは避けたいな」
「そうだ!女王になった日には堂々と押し倒したり出来」
 『ドゴッ』
「このド阿呆」
「戯言は置いておいて」
 屋敷の主が口を開く。
「対策を早急に考えよう」
 その言葉に、誰もが一様に頷いた。

 例の秘密会談からしばらく経った土の曜日、《エリューシオン》と名付けられた大陸に、その地を導く天使が舞い降りた。
「今日和」
「今日和、天使様」
 人の良さそうな坊やのような幼い大神官は嬉しそうに天使の元に駆けて来る。この大陸ではたった一人彼だけがじかに天使の姿を見ること、話すことが出来る。
「今は何の力が必要なのかしら?」
「えっと、光の持つ誇りが必要なんです」
「・・・・・前回もそう言ってなかった?」
 眉をひそめる天使様に、大神官は困ったような顔をする。
「そうなんですぅ。ちゃんと守護聖様達は力を送ってくれているみたいなんですけど、量が少ないんですぅ」
「おかしいわね。確かに『たくさん』の方にしておいたんだけど」
 腕組み考え込む天使様だったが、一途な目で見上げている大神官に気がつくと、
「ゴメンね、私ももっと頑張るわ」
「はい!お願いしますですぅ!」
 ひたすらに一途な大神官に特別華やかな笑顔で別れを告げ、天使は空へと帰っていったのである。

「ロザリア、かぁえろ」
「わざわざ待ってたの?」
「うん」
 王立研究院から出た途端に呼び止められた《女王候補ロザリア・デ・カタルヘナ》の呆れたような声に、人懐っこく《女王候補アンジェリーク》が頷く。
「仕方ないわね、良いわよ」
「わぁい」
 無邪気な子供だとしたら普通かもしれないが、女子高生がやるには違和感バリバリの愛らしい声が、だけど似合いまくる少女、それがアンジェリークである。
「ね、ロザリア、今日はロザリアのところ行っても良い?」
「はぁ!?どうして?」
「んと、前にロザリアのところに泊まった時に一緒にお風呂入ったでしょ。あの時の入浴剤が忘れらんないの。すっごく素敵な香りなんだもの」
「あぁ、あれね、薔薇の。そういえば、あんたは何を使ってるの?」
「私?私はグリーンハーブ系かな」
「あら、そうなの?私はてっきりフローラルハーブかと思ってたけど」
 ロザリアが使っているのが薔薇の入浴剤であるというのは似合い過ぎる程似合うが、アンジェリークがグリーンハーブを使っているのは、あまり想像がつかない。ふわふわの金髪と透き通った翠の瞳の愛らしい少女には、フローラルの甘い香りが似合うと、多分十人中九人は確実に言いそうなのだが。
「ほら、あぁいうのって、少し香りが強いでしょう?フローラルは甘すぎて、何だかあまり好きじゃないの。普通に花畑だとかに行った時の香りはスキなんだけど」
「まぁね、確かに」
 作り過ぎてフローラル系の物はどうにも濃厚な甘さが気になる場合があるのも事実だ。
「でね、良いかな?」
 上目遣いに見上げると、ロザリアはため息をつく。本当は溺愛しまくりの同い年なのに年下みたいで妹のような少女の、これっくらいの我が侭には付き合うことぐらいどうってことないのだが、『あまり甘やかしてもいけない』と、自分がそういう風に育てられただけに、素直に承諾出来ないのだ。
「ね、駄目?」
 ロザリアとは正反対に愛情いっぱいに育てられた少女はとっても甘えっ子で、実は勿論薔薇の入浴剤も理由だが、それと同じくらいに独りぼっちで寝起きするのが寂しいというのもあって、この『お願い』をしているのだ。
「・・・・・今度、シャルロットポワールを献上するなら、良いわ」
「作る、献上しちゃう」
「なら、良いわ。女の子同士のお喋りしましょ」
「うん」
 『きゃろん』と嬉しそうに笑う少女に、どうにも勝てないロザリアであった。

 夜更けのことである。秘密会談第二回(爆笑)が以前と同じ部屋で執り行われていた。
「ヤバイ」
 誰かが前回と同じことを言った。
「『たくさん』を頼んでんのに、『少し』と同じ効果じゃ、バレもするって」
「だよな」
「では、願い通りの育成をなさるのですか?」
「そんなことしたら、途端に育成スピードに加速がつきますよ。無軌道にみえて、なかなかの育成上手なんですから」
「どうにかなんないの?今みたいに遊べなくなるのヤだよ」
「手がないわけではないのだが、な。以前のようにこちらから平日もなにも関係なく誘いにいけば、あれのことだ、断りはすまいが」
「それで、また『保護者』に怒られるのか?」
「・・・・・朝一番に、占いの館に行ってみましょう」
 一同の驚きの視線を受けて、一人が頷いてみせた。

「・・・・・何してらっしゃるの?」
「勿論君を待ってたのさ」
「口説くな馬鹿者!」
 条件反射的に女性とみれば口説きにかかる《炎の守護聖オスカー》の頭を、思いっきり手加減なしに《光の守護聖シュリアス》がド突き倒す。
「しまった、先を越された」
 これは何時も赤毛の狼をド突き倒している《夢の守護聖オリヴィエ》の台詞である。
 『相変わらず生き神とまで崇められているわりには砕けた人達よねぇ』などと考えながら、一目で異種族であると分かる異なる美貌の《竜の占い師サラ》は御一行様を星空のテントに招き入れる。
「すみませんねぇ、騒がしくって」
「かまいませんわ。私も賑やかなのは好きですから」
 心底からそう言っているらしい苦労性の《地の守護聖ルヴァ》に、艶やかに微笑んで定位置である場所に座ると、大切そうに商売道具の水晶を置く。
「んじゃ、頼みてぇんだけど」
「おまじないかしら?それとも占い?」
 ぶっきらぼうで乱暴な言い方の《鋼の守護聖ゼフェル》の台詞に、にこやかに笑いながらサラが言えば、
「僕とアンジェリークでおまじない」
「違うだろ」
 『てへっ』と年齢以上に幼い仕草で言う《緑の守護聖マルセル》に、思わず仲の良いお兄ちゃんのようにツッコミを入れてしまう《風の守護聖ランディ》である。
「アンジェリークとロザリアの親密度が知りたいのだが」
「はいはい、女王候補さん達ですのね?」
 周りを無視しまくりで言う《闇の守護聖クラヴィス》に愛想良く応えると、彼女の一族に代々伝わる力を行使する。
「あらあら、二人ったら本当に仲良し」
 クスクスと大人の余裕をみせる笑顔でサラは水晶に映し出された二人の少女達の相性及び親密度を提示する。
「・・・・・これなら上手くいきそうですね」
 『まぁ、あの二人の間が良好なのは分かってましたが』と安堵めいた台詞を呟く《水の守護聖リュミエール》の姿に、何かを感じ取った占い師は、煌く深紅に金の混ぜられた不思議な瞳をすがめて言う。
「・・・・・何か企んでらっしゃいますの?」
 思わず揃ってスッ惚ける姿に、『口を割らせるのは不可能』と素早く判断した火竜族の女性は言う。
「別に私は皆様方が何をなさろうと特別に言いませんけれど、女王候補生達に関係があるなら、私にも何かしら言う権利を持っていますわ」
 スッ惚けのままなりに聞いていることを感じ取ると、彼女は更に続ける。
「二人は私のことをまるで姉のように慕ってくれていますし、私もあの二人が可愛いんですの。ですから、あの二人を不幸にすることなら、私は決して許しませんわ」
 鮮やかな朱金の空気は彼女の身を飾る宝石よりも引き立てる。
「勿論、皆様方があの子達、特にアンジェリークを可愛がっているのは知ってますわ。だから、何かしら計画していることも悪いものではないと信じていますけど、他人がどう思おうと、本人にとってそれが絶対に幸せだとは限りません。それだけは、分かって下さいね」
 人の心を垣間見、幾人もの人達に助言を与え続けてきた美しい竜の女占い師の言葉に、彼等は頷く。計画を実行し、その結果彼女を不幸にするつもりは、毛頭なかった。

「・・・・・ほんっとうに、あんたってばモテるわね」
「ロザリア」
 公園に守護聖の一人とデートして帰って来たところでアンジェリークはロザリアに声をかけられた。
「ちゃんと育成やってるの?連日押しかけられてるのなら、私にお言いなさい」
 対抗意識に燃えまくった守護聖一同が連日アンジェリークのチャイムを鳴らし続け、一時期エリューシオンの育成が全然出来なかったという過去があり、それを打破したのはアンジェリークに泣き付かれたロザリアであった。それ以来、守護聖達の間ではロザリアを『アンジェリークの保護者』と見ている面がある。(その話はここをクリック)
「今度はディア様に手伝っていただいて、皆様方にちゃんと釘を刺してあげるから」
 守護聖の絶対に逆らえない相手に、女王とその補佐官が挙げられる。敬愛し仕える女王は当然であり、その女王の片腕《女王補佐官ディア》が挙げられるのはその人柄と、彼等の失敗談を全て網羅しているからである(笑)。
「大丈夫よ。昨日だってちゃんと育成したわ」
「そう?だけど、この頃守護聖様方がよくいらしてる気がするんだけど」
「確かに何故だかよくいらしてはいるけど、一日おきぐらいだし、育成はしてるわよ」
「・・・・・」
「どうしたの?」
 突然考え込む紺色の友人に、金色の少女は不思議そうに問いかける。
「あ、何でもないわ」
「ホントに?ロザリアったら何時も私を子供扱いするけど、私にだってロザリアの手伝い出来るんだから」
「知ってるわよ」
 何とも頼もしくそれ以上に愛らしい友人の姿に、ロザリアは片目を瞑ってみせた。

 数日後の土の曜日、ロザリアは呟いた。
「おかしいわ」
 手元に今日王立研究院から届けられた彼女の育成大陸フェリシアの育成状態がまとめられたモノと先週の分とを並べ、彼女は眉をひそめる。
「育成スピードが早すぎるわ。私があまり頼んでいない力まで可成育成されているし、これって一体どういうことなのかしら?」
 育成するのに必要な力に順位をつけてバランス良く頼んでおり、実際バランス良く育成されてはいるのだが、どうにも違和感がある。順位の高いものは『たくさん』、低いのは『少し』にして一週間のうちどれ一つとして送り忘れのないようにしてはいたのだが、これはどう考えても『とってもたくさん』と『ちょっとだけ少なめ』である。
「・・・・・まさか」
 ここ数日の守護聖達の行動を思い出す。アンジェリークへの一日おきのデートのお誘いは、ローテーションを組んだように規則正しく−アンジェリークは気がついていないが−誘いに来る人物が違うのだ。
「・・・・まさか」
 もう一度呟く紫紺の瞳の少女の耳に、軽やかなチャイムの音と、それに応じる信頼する過去には乳母であった女性の声が届く。
「まぁまぁ、アンジェリークさん」
「今日和、ロザリア帰ってますか?」
「お嬢様なら今はフェリシアの育成レポートを見ていらっしゃいます」
「そうですか。じゃ、お邪魔しちゃいけませんよね。コレ、私が作ったんです。後でロザリアに渡して下さい」
「あら、可愛らしい」
「リュミエール様からいただいたポプリを中に入れてるんです。ポットの上に置くと暖められて香りが出ますから、お茶の時にでも使って下さい」
「分かりました。ちょうどお嬢様にお茶をお持ちするところでしたので、使わせていただきますね」
「えへ。じゃぁ、私帰ります。ロザリアによろしく伝えて下さいね」
「はい、アンジェリークさんも頑張って下さいね」
「はい!」
 一連の会話を扉越しに聞きながら、ロザリアは笑みが零れるのを止められない。可愛いライバルは、それ以上に大切な大切な友人なのだから。

 エリューシオンとフェリシア、二つの大陸を結ぶ中央に、最後の力が注がれる。
「女王の決定だ」
 最後の力を与えた守護聖が呟く、至極満足気に。

「あぁあ、やっぱり負けちゃった」
「当然ではなくて?この私が相手なのよ?」
 公園を二人並んで歩きながら少女達は話している。
「あの、ね、私、この試験が始まってから勉強を始めたあんたがあれだけ頑張って育成出来たのは凄いと、本当にそう思うの」
「そっかな?」
「そうよ。・・・・・私は、物心ついた頃から女王としての教育を受けたわ。だから、反対に、どう言ったら良いのかしら?貴女みたいに、感覚だけで動けないの」
 不思議そうな目でその先を問いかけるアンジェリークに、ロザリアは言う。
「ほら、あんたってば土の曜日以外にもエリューシオンに降りて、エリューシオンの望む力を、肌で感じ取って、それで動いてたでしょ?私には、出来ない行動なのよね。どうしても、私は教え込まれたことを前提として動いてしまうの」
「ロザリア?」
「・・・・・ねぇ、アンジェリーク、あんたに、お願いがあるの」
 紫紺の瞳に思い詰めたような光がある。
「何?私に出来ること?」
「あんたにしか出来ないわ。あんたに、女王補佐官の任を受けて欲しいの」
「・・・・・ほぇ?」
「だから、私の補佐官をあんたにして欲しいの」
 沈黙が降り、金の髪の元女王候補は、元ライバルに言う。
「・・・・・マジ?」
「マジよ」
「・・・・・ゲキマジ?」
「ゲキマジ」
 ・・・・・この二人が言うには、なんとも似合わない言葉だ。
「私には、あんたみたいな部分が欠けてるわ。この世界を導くのに、私にはあんたが必要なの」
「ロザリア」
 困ったように少女は俯くと、首を横に振った。
「ゴメン、私、家に帰るの」
「どうして!?」
「最初から決めてたの。皆、家族もクラスメートも、皆、皆、言ってたから、『帰っておいで』って」
 ポロポロと大粒の涙を零して、少女は言う。
「私、寂しいのに耐えられないの。ずっとずっと、一人が寂しくて、本当は帰りたかったの。ロザリアがいてくれたから、守護聖様方がいてくれたから、だから大丈夫だったけど、夜、独りぼっちが寂しかったの」
「・・・・・ア」
     「アンジェリーク!帰っちゃヤだ!」
「帰る必要ねぇよ!」
「ずっと一緒にいたげるからさ」
「ここにいれば良いじゃないか!」
「寂しがらせたりなんか絶対にしないさ」
「そうですよ!皆貴女にいて欲しいんです」
「ここにいてはくれまいか?」
「貴女が帰ってしまっては、私達が寂しいですよ」
「我々の元にいてくれないか?」
 ・・・・・お前等・・・・・
「何処から出て来たんです!?」
 思わず守護聖達を怒鳴りつけるロザリアの後ろに、しっかりアンジェリークが逃げていたりする(苦笑)。
「あの、私・・・・・」
 守護聖達の迫力に脅えきった少女は唇の内側で言葉を転がすと、逃げ去る。
「・・・・・どうしてくれるんですか!?脅えて帰っちゃったじゃないですか!?」
 金色の少女の逃げ去った公園に、次期女王の怒声が響いた。

「アンジェリーク、いるんでしょ?」
「ロザリア?」
 ビクビクしながらドアを少しだけ開ける行動に、可成昼間の守護聖達が怖かったのだと察する。
「私だけよ。入って良い?」
「うん」
 素直に頷いて道を譲ると、夜分でもあるので眠りやすくなるカモミールティーを少女は容れる。
「昼間の話なんだけど、どうしても駄目?」
「・・・・・」
「私、あんた以外の補佐官持つ気ないわ。だって、あんただけなんだもの。・・・・・あ、私、私」
 紫紺の瞳から涙が流れる。
「私、あんた以外にこんなに素直に泣けたりなんて、出来ないのよ。私だって、あんたがいなくなったら、寂しいに決まってるじゃない!」
 声を荒げて叫ぶ。
「ここにいてよ。私の側にいてよ。私だって、一人は寂しいのよ」
 何時もとまるで逆に泣き付いてきたロザリアの肩を、ただ黙って抱くことしか、少女には出来なかった。何か言えば、逆に親友が流す涙が多くなること、自分もまた、泣き出してしまうことが、よく、分かっていたから・・・・・

「ロザリア・デ・カタルヘナ、ここへ」
「はい」
 聖地の聖神殿にある女王の間の高い天井に、声が響く。
「新しき宇宙の女王として、生きるモノ全ての為に力を尽くして下さい」
「はい」
 力強く頷く少女の姿に満足そうに頷き、正式な交替をしていない為いまだ『陛下』と尊称で呼ばれる女性は手招きをする。金色の少女に向けて。
「アンジェリーク、試験の結果はこうなりはしたが、そなたもまた頑張りました。その力、ロザリアを助ける為、この宇宙の為、使ってはくれぬか?」
 緊張が場を制すなか、少女は首を動かすことで答えとした。

 縦に、肯定に、その意志を伝える仕草に金色の髪が優しく揺れる。

「アンジェリーク!」
「私、寂しくなったら帰るわよ?」
 悪戯っぽく笑って言うと、ロザリアもまた同じ笑みを浮かべる。
「・・・・・良かったわ。私にディアがいたように、どちらが女王位を継ぐにしろ、心を支える者がいてくれることを、願っていたわ」
 『本当に良かった』 そう言って、女王は白い御手でサークレットを外すと次期女王に授ける。
「頑張ってね」
 女王としてではなく一個人としての声は、まるで母親のような優しい声で。
「アンジェリーク、貴女も、ね?」
「はい」
 一瞬女王の姿と重なったのは母親の姿。何時までも子供みたいな人だけど、愛する旦那様である父親の次に、自分を愛してくれていた、自分だって大好きな人の姿だ。
「アンジェリーク、確か私達の為にケーキを焼いてくれていたのではなくて?」
「あ、はい!ロザリアのお祝いも兼ねて・・・・・あぁ!炭になっちゃう!!」
 もう会えないだろう人のことを思い出して涙の浮かびかけていた少女であったが、両頬に手を当て叫んでしまう。当然涙は何処へやら、である。
「かまいませんよ、お行きなさい。美味しいお茶を楽しみにしていますよ」
「はい!」
 何とも愛らしい愛すべき素直さが可能とする無垢な笑顔で女王の間を飛び出す少女の後ろ姿を、三人の女性と九人の男性が等しく見つめ、
「お邪魔してもよろしいでしょうか?」
 打てば響くような凛とした声に答えれば、金と朱の竜の化身がいた。
「おめでとう、ロザリア!」
「有り難うございます、サラさん」
 試験期間中まるで姉のように慕った女性に、ロザリアも意外と素直な顔で礼をする。
「今回の試験への協力、礼を申す」
「勿体のうございます、女王陛下」
「女王位はロザリアに譲りましたよ」
 軽やかな笑顔のこれより『先代』と呼ばれる女性の傍らにいた、同じように『先代補佐官』と呼ばれるディアが問う。
「アンジェリークに会いませんでしたか?」
「えぇ、会いましたわ。私もお茶に誘ってもらいました。・・・・・あの様子ですと五分は確実に戻って来ませんわ」
「・・・・・それは良かったこと」
 『にこにこにこにこにこ・・・・・』 何だか、目が、怖い・・・・・
「私もかまいませんか?」
「えぇ、貴女もたくさん言いたいことがあるでしょうから」
 ・・・・・あの、マジで、怖いんですけど・・・・・
「守護聖達に言いたいことがあります」
 『にぃっこり』 だから、マジ怖いって・・・・・
「己が我が侭で試験に私情を挟むなど言語道断!」
「「「「「「「「「っ!」」」」」」」」」
 思わず先代女王の迫力に後ずさる守護聖一同であったが、
「エリューシオンの民にしてみればいい迷惑ですわ!」
「宇宙の行く末のかかった試験を、貴方達は軽んじていたということですか!?」
 即位したばかりの女王、先代女王補佐官にも怒鳴られて、反論しようにもさせない迫力たっぷりの女性達に勝てるわけなくて、素知らぬふりを決め込んでいる女性に助けを求めてしまった。
「・・・・・私、言いましたわよね?あの子を不幸にしたら許さないって・・・・・な・の・に!確かに不幸ではないでしょうが、あの子の邪魔をするとは、どういうことですの!?」
 薮蛇であった・・・・・
「全く!」
「本当に!」
「何を!」
「考えて!」
 一拍休んで・・・・・
「「「「いるんですかっ!!」」」」
 その声は、完全防音の女王の間の中にのみ轟いた・・・・・

「ロザリア、陛下、ディア様、サラさん、守護聖様方、お茶の準備が出来ましたから、いらっしゃって下さいな」
 『えへっ』と、余程上手くケーキが焼けたのか上機嫌で呼びに来た金色の少女に、愛想良く応じる女性陣。
「あら、そうなの?」
「お言葉に甘えさせてもらうわ」
「アンジェリーク、私は女王位をロザリアに譲ったから、今度から名前で呼んでくれないかしら?」
「まぁ、すっかりお気に入り」
 目の覚めるような深みのある赤い絨毯を踏んで、個性的な美貌の女性陣が扉から顔を覗かせる少女の元に進む。
「えっと、では何とお呼びすれば?」
「私も《アンジェリーク》というのよ」
「まぁ、そうでしたの!?」
「私は知っていましたし、時々呼んでいましたわ」
「それも知りませんでしたわ」
 幾つも若返ったように、何やら女子高生めいた華やかな笑顔で笑う先代女王とその補佐官や元々明るく優しい占い師、大切な大切な親友を迎えた少女は、首を傾げる。
「あの、守護聖様方は?」
「あぁ、良いのよ」
「後で来るから、先に参りましょう」
「さ、行きましょ」
「ほらほら」
 不自然にはしゃいだ様子の新女王に背を押されて少女は半ば強制的に女王の間から追い出される。
 『ぱたん』
 妙に軽くその音が響いた女王の間に、数瞬の沈黙が降り、男性陣の声も落ちた。
「「「「「「「「「こ、怖かった・・・・・」」」」」」」」」

 内輪だけの『祝・新女王即位パーティー』と『さよならパーティー』を兼ねたお茶会であったのだが、脱力しまくりの守護聖達が出席したのは可成時間が経ってからであった。

「うん、これで良いわね」
 ピンクの服を着た少女が大きな姿見の鏡の中で笑って裾を摘まむと、『くるん』、と一回転する。まるでピンクのガーベラのように広がるスカートが愛らしさを演出する。
「今日から女王補佐官だもんね。頑張らなきゃ」
 少女が愛らしいガッツポーズをした時に、それは響いた。

 『ココンッ』

「えっ!?」
 驚いて昨日超して来たばかりの聖神殿内の女王補佐官の為に用意された私室のドアに飛びつくように駆け寄る。
「まぁっ!」
 思わず口元を隠す少女の翠の瞳には、見慣れた聖なる者達が映っていた。

「わぁい、あっそぼう!」
 何処までも幼い可愛らしさを漂わせたフェアブロンドとラヴェンダーの瞳の《緑の守護聖マルセル》が、白いスノードロップを植木鉢ごと差し出す。スノードロップ、その花言葉は『初めての恋』
「良い天気だよ、庭園に行かないかい?」
 爽やかな顔立ちに人好きのする笑顔を浮かべて焦げ茶の髪とスカイブルーの瞳の《風の守護聖ランディ》が、ほのかに輝くような白い月見草をリボンで無造作に結んだものを手に持って誘う。月見草の花言葉は『無言の恋』
「おめぇに行きたいところがあるってんなら、付き合ってやるぜ」
 野生味のある容貌に似合った乱暴な言葉遣いのプラチナの髪とルビーの瞳の《鋼の守護聖ゼフェル》が、濃い紫の菫の花を道端で摘んで来たらしく少し汚れた指で突き出すように差し出す。菫の花言葉は『無邪気な恋』
「誘いに来たんだ。デートと洒落込まないか」
 男らしい容貌に甘い微笑みをたたえた深紅の髪とタンザナイトの瞳の《炎の守護聖オスカー》が、官能的な程に甘美な香りのジャスミンを少女の鼻先を掠めさせるように振る。ジャスミン、花言葉は『貴女は私のもの』
「はぁい!私ごひいきのお店を教えたげるから、一緒に行かない?」
 中性的な美貌に華やかな笑みを浮かべて蜜のようなブロンドとラピスラズリの瞳の《夢の守護聖オリヴィエ》が、曼珠沙華を両手いっぱいにまるで炎を抱くように持っている。曼珠沙華、彼岸花とも呼ばれるその花の花言葉は『想うは貴女一人』
「よろしければ、一緒に散策に参りませんか?」
 女性めいた顔立ちに優しい笑顔で青い輝き返す銀の髪とアクアマリンの瞳の《水の守護聖リュミエール》が、白い優美な胡蝶蘭を流水のごとき仕草で持ち直す。胡蝶蘭が花言葉は、『愛しています』
「時間があるのでな」
 冷厳な容貌に何処となく照れた色を乗せた輝く金の髪とサファイアブルーの瞳の《光の守護聖ジュリアス》が、鮮やかな深紅の薔薇の花束を持って、そっぽを向いて言った。深紅の薔薇の花言葉は『熱烈な愛』
「その、まだ聖地をよく知らないでしょう?ご案内しますよ」
 温和な顔にはにかんだ表情を浮かべてダークブルーの髪とダークグリーンの瞳の《地の守護聖ルヴァ》が、絞りの花びらも愛らしいセントポーリアを根を土ごと掘り起こして薄い色紙で何重にも重ねた状態にしたものを両手に持って言う。セントポーリアの花言葉は『小さな愛』
「少しは慣れたか?多分、お前も気に入るだろう場所に心当たりがあるのだが」
 物憂気な顔立ちに暖かみのある微笑みを薄く浮かべて漆黒の髪とアメジストの瞳の《闇の守護聖クラヴィス》が、深みのある清楚な桔梗の花の茎をそのまままとめて持って行った。桔梗の花言葉は『変わらぬ愛』

 みんながきみのこと、だぁいすき
 だから君に 『I LOVE YOU』

 ・・・・・しかし、示し合わせたのか、その花言葉は?一部そういうのに可成疎そうな者もいるんだが・・・・
「えっとぉ」
 おろおろとうろたえる少女は小柄で、長身の青年達の後ろに気がつかなかった。無論のこと、後ろに目のあるわけない青年達も気がつかなかった。

「いきなり初日から誘ってるんじゃないわっ!!」

 いと麗しき威厳と慈愛の程良く混ざった美貌の女王の叫びが、正式就任一日目の朝に轟いた・・・・・

「貴方達には反省がないのっ!?」
「「「「「「「「「うわぁぁぁぁぁ!」」」」」」」」」
「・・・・・やっていけるのかしら、私・・・・・」

END