HEARTのThief 〜theft 1−1〜

HEARTのThief 〜theft 1−1〜


『今宵貴方のハートをいただきに参上します
                     Angel Thief』

「うわぁぁぁぁぁっ!!」
 甲高い悲鳴が轟き、新聞を見ていた淡く輝くような金髪の青年が言った。
「新入りのさだめだな」
 バサリと音を立てて彼が新聞を畳むと、それを待っていた深紅の髪の青年が広げる。
「今のところ叫んでないのは一人だけだったか?」
「起こす前に起きてたからねぇ」
 深紅の青年の呟きに反応して言ったのは、パッションブロンドに艶やかな色を添えている青年である。
「並べるのぐらい手伝ってもよろしいでしょう?」
 微かに優美な眉をしかめて銀に青のかかった髪の青年が深紅の青年を睨む。
「メシメシッ」
「おなかすいたぁっ」
「今日は何?」
 バタバタと鋼色の少年と淡い金色の髪の少年とチョコレートブラウンの髪の少年が同時に入って来ながら口々にわめく。
「朝から元気ですねぇ」
「・・・・・」
 お茶をすすりながらのほほんとダークグリーンの髪の青年がそう評する横で、黒髪の青年が朝から騒ぐ少年達に一瞥をくれるが、すぐに興味な気に視線を手元の新聞に戻した。
「だっりぃっ。もう徹夜なんかするから身体いとうて適わんわ」
 背伸びをしながら萌黄の髪の青年が別の入り口から入ってくる。本当に眠そうな欠伸つきで。
「そのお陰でまた株が上がっているようですね」
 至極冷静な声でアイスブルーの髪の青年が株の上がり下がりをチェックしながら言う。
「あぁんっ、もぉっ!ご飯置けないよぉっ!!」
 燃えるような紅玉の髪の少年が大きなトレーにたくさんの食器を乗せ、新聞を読んでいる何人かに怒ると、
「ちょっとは手伝ってよねぇ」
 ポタージュスープのいい香りのする鍋を手に、栗色の髪に橙のリボンをつけた少女もまた怒った。
「これで全部だっけ?」
「数はあってるわね」
 フェアブロンドに赤いリボンをつけた少女が傍らの紺色の髪の少女に問うと、スクランブルエッグだとかが乗ったお皿を数えた少女が頷く。
「起こして来たよぉ。まだ何か手伝うことある?」
 パタパタと栗色の髪に向日葵色のリボンをつけた少女が入って来ざまに言い、包丁片手にサラダ用のトマトを切っていた金髪にカチューシャをつけた少女が呼ぶ。
「こっち手伝って」
「もう少しなの」
 おっとりと栗色の髪にクリーム色のリボンをつけた少女が丁寧にサラダを盛り付けながら言い添える。
「・・・・・」
「どうした?・・・・・あぁ、朝の儀式か」
 墨色の髪の少年が真っ赤に染まって入って来るのを視線の端に捕らえた銅色の混ざった黒髪の男が、何処となく実感の篭もった同情の声で言った。

 男性十四名、女性六名、合わせて総勢二十名もの人間が住まうここは、その人数相応に屋敷と呼べる程の広さのちょっと洒落た外観をもっている。

「依頼ないわね」
 ポツリと金髪にカチューシャをつけた少女《レイチェル》が言うと、
「私達が動くような仕事が多くても困るわよ」
 紺色の髪の少女《ロザリア》がクスリと口元に笑みを湛えて応える。
「あっ、今日は洗剤が安い」
 新聞に挟まっていたチラシをじっくりと吟味していた栗色の髪に向日葵色のリボンをつけた少女《アンジェ》の呟きに、
「消耗品だし、買い溜めしとこうか?」
「三人で行けばいっぱい買えるね」
 橙のリボンをつけた少女《アンズ》とクリーム色のリボンをつけた少女《アンジュ》が応じる。
「私も行こうか?人数多い方がいいでしょ?」
 フェアブロンドに赤いリボンをつけた《リモージュ》が三つ子の従姉妹達に言う。
「・・・・・これが今話題の怪盗とは思えませんね」
 目をパチクリさせながら墨色の髪の少年《ティムカ》が言う。
「新入りさんはまだ甘いな。それやさかい分からへんねんやんか」
 『チッチッチッ』と小粋に人差し指を揺らせるのは萌黄の髪の青年《チャーリー》である。
「第一、お前さんも昨日からそうだろうが」
 クツクツと低く笑って深紅の髪の青年《オスカー》が言い、口にパンを放り込みながら鋼色の髪の少年《ゼフェル》も、
「あいつらがそうなんじゃなくて、俺達全員がそうなんだぜ」
「そうそう」
 クスクスとパッションプロンドに艶やかな色を添えている青年《オリヴィエ》が楽しそうに笑う。
「お前達、せめて私がバッチをつけていない時にその手の話はしてくれないか?」
 弁護士を示す天秤のバッチをつけている淡く輝くような金髪の青年《ジュリアス》が苦笑いを浮かべると、湯飲みを両手で支えながらダークグリーンの髪の青年《ルヴァ》が穏やかに微笑んで言う。
「そうですねぇ、法に身を置いている人がいる時に言うのはなんですねぇ」
 それに対して、ボソリと黒髪の青年《クラヴィス》がツッコみを入れる。
「それなら外しておけばよかろう」
 その言葉に水面下で冷戦を繰り広げる二人を見て、
「あぁあ、まぁた始まっちゃった」
「どうしてこう」
 淡い金色の髪の少年《マルセル》とチョコレートブラウンの髪の少年《ランディ》が頭を抱えるふりだけをした。
「放っておいてさしあげましょう。あれがあの方達なりのコミュニケーションなのですから」
 おっとりと銀に青のかかったか身の青年《リュミエール》がお茶のおかわりの意向を問いながら言い、アイスブルーの髪の青年《エルンスト》がカップを渡して言う。
「効率がたいへん悪いやり方ですがね」
「まったくだ」
 濃いめに容れたコーヒーをブラックで飲みながら銅色の混ざった黒髪の男《ヴィクトール》は肩を竦めて同意するその隣で、
「メル、バナナ嫌いなの。誰かブルーベリーのマフィンと変えてくれない?」
 あどけない口調で燃えるような紅玉の髪の少年《メル》が、上目遣いにテーブルについている人達を見回した。

 明るい太陽の光を取り込むように考えられた書斎と思しき部屋に桜色の髪の美女が入ってくる。
「お呼びですか?」
「依頼がきました。・・・・・あの子達に連絡を」
 緩やかに動き易いようまとめた鮮やかな金髪の美女が一つの書類を提示する。
「分かりました」
 立ち居振る舞いも洗練された優雅さで、桜色の髪の美女《ディア》がそれを受け取って一礼する。
「あぁ、待って。それを持って行く前に、お茶を容れてくれない?私と貴方の分」
 すぐに行動しようとする有能な片腕であり親友を呼び止め、鮮やかな金髪の美女《アンジェリーク》は、子供のように無邪気に提案する。
「そうね、いいわ。まだ私も飲んでいないしね」
 クスリと笑って、ディアは親友の要望に応えるべく動き出した。

「・・・・・」
 新しく改装されたとある画廊の次の個展の予告ポスターの前に、栗色の髪に橙のリボンのアンズは珍しく一人で立ち止まった。今までなら仲のよい時をほぼ同じくして生まれてきた妹達と出掛けていたのだが、つい最近末妹に続いてすぐ下の妹も自分だけの相手を見つけて、お陰で独り身の彼女は一人寂しく図書館から帰るところなのである。
 そして見つけた真っ青に染められた大きなポスターに気を引かれ、
「綺麗なアオ」
 そう呟いて感嘆のため息を零した。

 青  蒼  碧  あお  アオ

 ただ一色だけに見えて様々なブルーで構成されたそのポスターを見つめて彼女はそう呟いて、
「・・・・・」
 人の視線を感じて振り返る。あくまで自然に。
 とある事情ですねに傷を持つ身であること、それを十分に理解している彼女は、それ故にこういった場合の対処方法に長けていた。天然惚けなところのある妹達や従姉妹と違って−否、それは彼女もそうなのだが−、意志の力で至極自然に振り返った。

『誰?』

 彼女が何気ない仕草で視界を巡らせた先で、見たこともない青藍色の青年が少女を見ている。

 全てを見透かすような冴えた群青の瞳と、真っ向からそれを受け止める青翠の瞳が、お互いを映していた。


To be continued