『今宵貴方のハートをいただきに参上致します
Angel Thief』
端正な美貌は女性めいた線の細さだが、瞳の輝きが軟弱さを払拭してあまりある。艶やかな瑠璃色の髪と鮮やかな群青の、しなやかな印象の青年が少女を見ている。
「?」
キョトンとした瞳で彼女は見つめ返した。演技でなく、熱心に青年に見つめられる理由が見当たらずに首を傾げる。
「そのポスターが気に入ったの?」
猫を思わせる仕草で近づいて来た青年が、素晴らしく艶のある美声で囁くように問いかけた。
「え、えぇ」
「そう」
間近で見れば見る程、標準を軽く越える美形の同居人達に囲まれている少女も無条件で認めてしまう程の美貌であることが分かって、彼女は戸惑いを隠せない。
「あげるよ。明日の分だけど」
ポケットからポスターと同じ絵を使ったチケットを出した青年はそれを少女の手に握らせると踵を返す。
「ちょ、ちょっと」
慌てて後を追おうとした少女の目の前で、それなりに車の交通量の多い横断歩道が二人を分けた。
「なんなの、あいつ?」
青年の言葉通りに明日の日付の書かれた青いチケットに視線を落とし、彼女はポツリとそう呟いた。
「ただいま」
「お帰り、アンズ」
同じように帰ったばかりと見える金色の髪と菫の瞳の一つ年下である友人の言葉を受けて、彼女は笑った。
「お互い独り身は辛いわね」
「レイチェルは引く手数多じゃないのよぉ」
クスクスと少女らしい柔らかな笑いを零しながらダイニングに入ると、桜色の髪が視界に入って彼女達は表情を改めた。
「ディア様」
「今日和、お邪魔していてよ」
おっとりとした美貌の女性はソファ越しに妹のように可愛がっている少女達を手招く。
「お茶をいただきに参りましたの。貴女達も如何?」
ふんわりと優雅な手招きに、少女達も笑って向かいに座る。
「リュミエールさん、私はレモンつけてね」
「はいはい」
台所でお茶を容れていた銀に青のかかった不思議な色の髪の青年が穏やかに応える。
「どうぞ」
コーヒーにレモンを添えたカフェ・ド・シトロンはレイチェル、特に注文をつけなかったアンズにはクリームの上に菫の花びらを乗せたカフェ・ポンパドール、真っ白なマシュマロにブランデーを軽く一振りしたマシュマロコーヒーがディアの前に出される。一つ一つ違う辺りに青年がお茶の類いを容れるのを楽しんでいることを示しているようだ。
「有り難う」
優雅に腰掛けて、自分用に砂糖の代わりに蜂蜜を加えたハニーコーヒーを手にした青年に、ディアは同じ女性でも見惚れるような優美な微笑みを添えてバスケットを差し出す。
「私が作りましたの。如何ですか?」
「ヴィクトリアスポンジとサクランボのタルトですね」
「メルちゃんが好きなのよね、サクランボ」
キャッキャッと少女達がバスケットの中身を見てはしゃぐと、
「メルがどうかした?」
ひょっこりと金の色の瞳のまるで少女のような可愛らしい顔立ちのメルが窓から顔をのぞかせた。
「あ、ディア様」
「今日和」
「よう」
「ご機嫌如何ですか?」
ヒョコヒョコッとメルの頭の上にマルセルやランディ、ゼフェル、ティムカの年少組が顔を見せる。
「焼餅(シャオピン)がありますけれど」
「「「「「食べるっ」」」」」
クスクスと笑ってリュミエールが誘うと、口を揃えて応えた少年達は窓から離れた。バタバタと移動する音も賑やかに玄関に回っているようだ。
「ここは賑やかですわね」
穏やかに、優雅に、類い稀な天性の素質として他者に真似ることの出来ないその物腰も柔らかに、ディアはスイッと書類の入っているらしい封筒を滑らせる。
「・・・・・お預かり致します」
一瞬不敵に瞳を輝かせ、リュミエールはそう言うと丁寧にそれを膝の上に置く。
「よろしくお願い致しますわ」
楚々と微笑み、彼女はマシュマロコーヒーを飲み干す。
「天使の幸運がありますように」
幸運のお菓子の浮かべられていたコーヒーカップがソーサーに戻され、意味深く彼女は辞去の言葉を告げると立ち上がった。
「叔母様によろしくお伝え下さい」
「えぇ。よければこちらにも遊びにいらっしゃいね。アンジェリークも退屈がっていますから」
凛とした親友の姪の言葉に頷いて、彼女は玄関に向かう。
「あれぇ?もう帰っちゃうんですか?」
「サクランボのタルトを作ってきましたから、よかったら食べてね」
「わぁい!メル、サクランボ好きなの」
「俺はいらねぇ」
「作った本人の前で言うんじゃないって」
「甘いのはお嫌いなんですか?」
元気な年少組とディアの会話が玄関の方から響くのを聞きながら、リュミエールは書類を持ってコピー機の置かれた部屋に向かい、少女二人は遊び回っておなかを空かせているだろう少年達の為にお菓子とお茶の用意を仲良く笑いながらキッチンで行う。
「依頼、来たわね」
「そうね」
クスクスと笑う姿は極普通の少女だが、何処となく茶目っ気と悪戯な感情に、何かに挑戦する高揚感の混じった声だった。
To be continued
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