カクテル・ナイトにおまかせ☆
(1)


 草木も眠る丑三つ時。
 ビルの谷間に蠢くものがあった。
 闇に溶け込むようにそれはビルの影に隠れていたのだが、確かに何かがいる。
 そっと、慎重に一つの窓に辿り着いた影は何かの道具を取り出すと窓の隙間からそれを指し込む。
 カチャッ。
 微かに窓の鍵が外れる音がすると、その影は躊躇いなく窓を開け、音もなく中に滑り込んだ。
「・・・アン姉の予想通り、誰もいないよ。入ってきても大丈夫」
 独り言のようにその影が呟くと、しばらくして二つの影が先程の影と同じように部屋の中に入って来た。
「アンズ姉さんが三十分後に上に行くようにって」
「アンジュちゃん、一応、お姉ちゃん達に連絡入れておく?」
 何故か、別々の影から同じ声が出ている。
「そうね・・・ジュリィ、どう思う?」
「リィクの言う通り、一応入れといた方がいいと思うな」
 頷いた影に月の光が当たる。銀色の光に浮かび上がる姿はどう見ても、少女だった。
 栗色の髪をポニーテールで纏め、黄色のリボンをつけている。
 耳元に手をやった少女は少し首を傾げるようにして、喋り出す。
「アン姉、アンズ姉、侵入に成功したよ。これから、計画を実行する」
 よく見ると、耳元に小型のインカムが装着されている。そのインカムから、落ち着いた女性の声が流れて来た。
『O.K.、こっちでモニターしているわ。セキュリティ類はレイチェルがハックしてシャットアウトしているから、安心なさい』
 続いて、金の鈴のような柔らかな声が流れてくる。
『ジュリィとリィクにも言ったけど、時間通りに来るようにね』
「うん、分かった」
「頑張るね、お姉ちゃん」
 そっくりな声が別々の口から流れる。月の光に浮かび上がる、残りの二人は・・・ポニーテールの少女と同じ顔をしていた。
 一人は栗色の髪を下ろし、黄色のリボンでヘアバンドをしている。もう一人は二つのお下げにして、やはり黄色のリボンをつけていた。
「さ、行動開始」
 ポニーテールの少女の言葉に、ヘアバンドの少女もお下げの少女も深く頷いたのだった。

「この金庫で間違いないわね」
「うん。リィク、パスワードは何?」
「xxxxxなの。・・・開く?」
「・・・ご丁寧に、鍵付き。ジュリィ、出来る?」
「まっかせて」
 髪型でしか区別できない、そっくりな三人は一つの金庫の前に陣取っていた。その内の一人、ヘアバンドの少女はポニーテールの少女の問いかけに元気良く頷き、腰のベルトに装備していた道具を取り出す。
 その道具を鍵穴に入れて約三十秒。
 カチャッ。
 あっさりと金庫の扉が開いた。
「相変わらず、凄いね、ジュリィちゃん」
「間違っても道を踏み外さないようにね」
「踏み外しているじゃない」
「これは趣味だから、いいの」
「・・・そりゃ、そうだけど・・・」
「・・・確かに、ね」
 困ったような顔のお下げちゃんと、苦笑するヘアバンドちゃんである。ポニーテールちゃんはさっさと金庫の中を覗き込んでいる。
「あった、これだ」
「これが、『ピンク・レディ』」
「本当、綺麗なピンク色ね」
 金庫の中に鎮座している宝石に少女達の視線が集中する。
「アンジュ、カードは?」
「ここにあるわよ」
「譲渡書と、権利書はこれよね?」
「あ、それも持っていかなきゃ」
「何にしても世の中、悪どいことをする人が多いわね。この二つ、立派に偽造された物じゃないの」
「だから、私達『カクテル・ナイト』の出番があるってものでしょ?」
「まぁね。・・・どうしたの、リィク」
「うん・・・これ、もしかして」
 お下げの少女が見つけた帳簿に、軽く目を通したポニーテールの少女は軽く口笛を吹いた。
「お手柄じゃない。これ、立派な裏帳簿よ」
「姉さん達にいい手土産が出来たわね」
「そうね。でも、悔しがるでしょうね、あの方々」
 顔を見合わせた少女達は同時に吹き出す。ある人物を頭に思い浮かべて。
「あ、そろそろ時間がないわ、アンジュちゃん」
「ホント、急がなきゃ」
 そう言った少女の手が宝石に伸ばされ、金庫から取り出した途端。

ジリリリリリ!!

 ビル全体に警報が鳴り響いた。
「げっ、宝石の台座にまで警報装置を仕掛けていたわけ!?」
 予想していなかった警報に、少女達の体が一瞬硬直する。
『三人共、驚いている暇はないわ。早く屋上に行きなさい!』
 だが、インカムから流れる冷静な声と指示に、少女達の意識も冷静さを取り戻し、逃走を開始した。
『バイザーを下ろしておきなさい。顔を見られると、やっかいだわ』
「了解、アン姉」

 ズダダダ・・・
 全速力で逃走している少女達の前に、数人のガードマンが現れる。しかし、三人の走る速度は落ちず、先頭の少女は場違いな程、にっこりと笑った。
「そっこから、ど・い・て♪」
 妙に明るくポニーテールの少女が言い、ふわり、と華奢な体が動いたかと思うと。
「ぐっ」
「げほっ」
 的確に鳩尾や延髄を強打し、あっという間に現れたガードマン達の意識を奪う。
「普段、決して運動神経がいいとは言えないのに、どうしてこういう時だけ、スムーズに体が動くのかしら、アンジュは」
 しみじみと言うヘアバンドの少女に、お下げの少女は苦笑するだけでコメントを控えたが内心は同意しているようである。
 階段を駆け登り、屋上に続く扉を開けた三人はそこに一機のヘリコプターがホバリングしているのを目撃する。
「ジャスト・タイム。早く乗りなさい」
 サラサラした金の髪をヘリコプターが巻き起こす風で乱しながら、爆音に負けない済んだ声音が栗色の少女達を促す。三人が飛び込んだのと同時にヘリコプターの扉が閉まり、間髪入れずにビルの屋上から離陸する。
「アンズ、例のところへ行ってちょうだい」
「分かったわ、姉様」
 ヘリコプターの操縦幹を握るのは、ふわふわとした金の髪の少女だ。指示に従い、ある場所を目指してヘリコプターは夜の闇の中を飛んで行った。
 後に残ったのは、金庫の中のカード一枚のみ。

『cocktail・knight参上。『ピンク・レディ』を確かに頂きました』

 ピンク・レディのカクテルのイラストが優雅に描かれているカードだった。

『・・・のビルに、またもや『カクテル・ナイト』が現われ、保管していた宝石、『ピンク・レディ』が奪われました』
 翌朝、テレビのニュースはある事件で一色に塗りつぶされていた。
 リモコンを手に、あちこちのニュースをチェックしていた女性は満足そうに微笑むと、集まっていた全員にO.K.サインを出す。
「ご苦労様。任務終了よ」
 途端に、緊張していた空気が緩んだ。
「ま、『カクテル・ナイト』が早々、捕まるわけないけどね」
 鮮やかな笑顔を見せ、琥珀の瞳の美女はそう、コメントした。

 この辺でいい加減、人物紹介といきましょう。

 サラサラした、腰まである金の髪と琥珀の瞳の美女、「アン」は五人姉妹の長女だ。
 二十一歳という若さながら、画廊を経営。画廊自体は小さいが、確かな目と質のいい絵画を置いてあるという事でかなり有名である。アン自身が目当ての客も少なからずあるが、あまりに素っ気無い為、全部が全部、玉砕していたりする。

 ふわふわとした、肩までの金の髪と若草色の瞳の可愛い少女、「アンズ」は五人姉妹の次女。
 十八歳である彼女は当然、まだ学生である。姉と同様、その可愛らしさでけっこうモテてはいるのだが、ある人物のお陰で全て一蹴されている。その事実に気づかない辺り、なんというか・・・

 肩までの栗色の髪と、サファイアの瞳の三人の少女達。彼女達はそれぞれ、「アンジュ」「ジュリィ」「リィク」と呼ばれ、そっくりな外見から分かる通り(性格は見事な程、まったく違うのだが)、三つ子の姉妹であり、五人姉妹の三女、四女、五女である。十七歳である三人は当然、学生業に勤しんでいる。

 何故、彼女達が世間を騒がせている『カクテル・ナイト』という怪盗をしているのか・・・それはまたの機会に話すとして。

「だいたい、やる事が汚いわよ。欲しいからって、譲渡書を偽造してまでぶん取るなんてさ」
「それに、宝石も可哀想よね」
「それ、確か片割れがいるんでしょ?」
 怒りに目を吊り上げているアンジュに、リィクは控え目に同意し、ジュリィは二人の姉に質問の視線を向けた。ジュリィの質問に答えたのは長女のアン。
「ええ、そうよ。『ホワイト・レディ』っていう、真っ白な宝石。とても、綺麗よ」
「この宝石達が『姉妹の宝石』って言われるのが、よく分かるわね」
 にっこりと笑う次女のアンズの感想に、三つ子達はこの宝石の言い伝えを思い出した。

 昔、とても仲のいい姉妹がいた。いつも一緒で、離れているのを見た事がない程、二人はお互いの側にいた。その仲の良さ、信頼の深さに感心した王がいつまでもその心を忘れないように、と二人の姉妹に贈ったのが『ピンク・レディ』という薄紅色の宝石と『ホワイト・レディ』という純白の宝石。故に、この二つの宝石は「信頼の宝石」「姉妹の宝石」と言われ、好事家達に注目されているのだった。

「この二つを別れさせるなんて、愚の骨頂。これは二つ揃って、初めて真価を出す宝石よ」
「とにかく、この宝石、元の持ち主に返すんでしょ?」
「その為に盗んだんだもの」
「あとは、この裏帳簿を送り付けるだけ」
 長女の手にある帳簿に視線を向け、次女は明らかに苦笑した。
「姉様、遊んでいない?」
「たぶん、ものすごく、悔しがるでしょうね、あの方」
「何か、叫び声まで聞こえてきそう」
「『怪盗ごときに、犯罪を暴かれるとは、なんたる不覚!』ってね」
 茶目っ気たっぷりにジュリィがある人物の口真似をすると、その場は爆笑の渦に巻き込まれたのだった。

 そして、数日後・・・

『・・・ビルのオーナー、○○は『ピンク・レディ』の譲渡書を偽造し、不当に所持していた疑いが明らかにされました。この件で警察本部は○○を詐欺、公文書偽造の容疑で逮捕、送検し・・・』
 ニュースを聞きながら、ある人物は苦虫を噛み潰したような顔で机の上の書類を片付けている。
「失礼します、ジュリアス様」
 軽いノックの音と同時に一人の青年が現れる。テレビのニュースに視線を向けた青年は苦笑しつつ、上司に書類を提出する。
「・・・また、してやられましたね」
「・・・言うな、オスカー」
 心底悔しそうに、机の書類を片付けていた人物は唸った。そして。
「怪盗ごときに、犯罪を暴かれるとは、なんたる不覚!」
 部屋の中にのみ、その叫びは轟いた。

 今回の『カクテル・ナイト』のターゲットは『ピンク・レディ』
 見事に盗み去った宝石の代わりに置いていったのは一枚のカクテル・カードと、暴かれた犯罪。
 彼女達は一体、何者なのか?

「私達、『カクテル・ナイト』におまかせ!」


続く