カクテル・ナイトにおまかせ☆
(2)


 コトコトコト・・・
 トントントン・・・
 パタパタパタ・・・

 台所では三人の栗色の髪をした少女達が所せましと忙しそうに動き、朝食の準備をしている。その側でふわふわとした金色の髪の少女がお弁当箱におかずを詰めていた。
「アンズ姉、アン姉は?」
「姉様ならさっき、電話が掛かって来ていたからお話し中だと思うわ」
「じゃあ、アン姉さんの画廊に商談が入ったのかな?」
「アンお姉ちゃん、今度はどんな絵を入るのかしら?楽しみね」
 ごくごく平和な、朝の風景である。

 五人姉妹揃って家を出るものの、長姉だけは方向が違う。
「姉様、行って来ます」
「アン姉、行って来るね」
「アン姉さん、いってきまぁす」
「アンお姉ちゃん、行って来ます」
 それぞれの妹達の挨拶ににっこりと微笑み、長姉も挨拶を返した。
「アンズ、アンジュ、ジュリィ、リィク、行って来るわね」
 ごく普通の朝を迎えているこの姉妹が、世間を騒がせている「カクテル・ナイト」だとは誰も思わないだろう、本当に平和な挨拶であった。

 長姉と別れた妹四人はキャイキャイと女の子らしい声をあげながら、学校への道を歩いている。
 この四人が揃って登校する光景はとても目立つ。
 次女の金色の髪は遠目でもキラキラと輝いていたし、三つ子達は全員が同じ髪型にお揃いのリボンを付けている。同じ顔に同じ声で同じ制服の三つ子達を見分けることが出来るのは至難の技で、はっきり言ってそれが出来るのは極親しい者達だけである。・・・やはり、とても目立つ。
 ので、用事のある人間が彼女達を探すのにはそれほど苦労はしない。
「あ、あのっ、アンズさん」
「はい?」
 ふわふわの金色の髪に、赤いリボンが可愛い少女は振り返ると実に可愛らしく首を傾げた。
 少女の視線の先には一人の少年が顔を赤らめながら、しかし思い詰めたような顔で立っている。
「あの、その、じ、実は・・・」
「おはよう、アンズ」
 思い切ったように話し始めた少年の出鼻を挫くように、優雅な声が間に割って入ってきた。
「あ、おはよう、ロザリア」
 にこり、と嬉しそうに微笑む金色の少女。その少女に声をかけてきたのは紺色の髪と紫紺の瞳の美少女である。
 視線をちらり、と少年に向け、美少女は相変わらず優雅に尋ねた。
「ごめんなさい、お話し中でしたの?」
「あ、えーっと?何か、言いかけていたよね?」
 キョン、と少年の方を振り向く少女だが、今度は顔を青くした少年はぷるぷると首を横に振る。
「い、いいんだ、もう。じゃっ」
 すたこらさっさ。
 そんな擬音が似合う動作で少年はその場から遁走した。
「・・・アンズ姉ってば、まったく気付いていないね」
「あの人もたぶん、ロザリア先輩がいない時を狙ったんでしょうけど・・・」
「ロザリア先輩の鉄壁の防御を突破しないことには、無駄ね」
 少し離れた場所でボソボソと妹達が会話しているのにも気付かず、少年が去った方向を見つめて次女は不思議そうに首を傾げている。
 が、気を取り直したのだろう、隣に立っている親友に再びにこり、と笑いかけた。
「一昨日は有り難う。とっても助かった」
「どういたしまして。また、何か必要があったら何でも貸してあげるわ」
 その眼力で金色の大切な親友に言い寄ろうとしていた少年を追い払った紺色の美少女はそんなことを微塵も感じさせず、綺麗に、優雅に微笑んでみせたのだった。
「・・・相変わらず、すごいなぁ、ロザリア先輩」
「あれ、何時からいたの?」
「おはよう、レイチェル」
「一昨日は有り難う」
 三人三様の反応を示す三つ子達に小麦色の肌と金の髪、菫の瞳の美少女が片手を挙げて挨拶する。
「オハヨ。ロザリア先輩が勇者を眼力で追い払った辺りからいたよ」
 そこで一旦言葉を切った少女は少し顔をしかめ、悔しそうに呟いた。
「一昨日のことは別にお礼を言われることじゃないよ。どっちかっていうと、ワタシがアンタ達に謝んなきゃ」
「・・・どうして?」
 見事な三重奏に三つ子の親友は頬を膨らませる。
「最後の最後でドジったじゃない。あそこに警報を仕掛けているのを見抜けなかったのは、ワタシのミスだもの」
「んー、でも、例のものはちゃんと元に戻せたもの。気にすること、ないわよ?」
「そーそー、あそこまでやってくれたら十分だって」
「ホント、完璧主義なんだから」
「完璧主義じゃなくて、ただの意地よ。ワタシのプライドが許さないの」
 キッパリと言いきる親友に、三つ子達は思わず拍手をするのだった。

 さて、少し人物紹介をしよう。
 次女、アンズの親友である紺色の髪と紫紺の瞳の正統派美少女はロザリア・デ・カタルヘナという。
 れっきとした名門貴族のお嬢様なのだが天使の笑顔を持つ金色の少女に惚れ込み、「カクテル・ナイト」の資材提供者となっている。
 余談だが、大切な親友に余計な虫を付けまいと目を光らせているのはこの美少女であり、この美少女をなんとかしないことには交際の申し込みも出来ない現実は本人を除いた周知の事実である。
 三つ子達の親友である小麦色の肌と金色のウェーブのかかった髪、菫の瞳のプロポーション抜群な美少女はレイチェルという。
 天才美少女の名を欲しいままにしており、その腕で「カクテル・ナイト」のコンピューター類の扱いを一手に引き受けている。
 この二人の少女達も世間に対しては極々、普通(?)の少女であり、「カクテル・ナイト」の一端を担っていることなど、その様子で分かろう筈もなかった。

 一方、妹達と別れた長姉は最寄りの駅から三駅分離れた場所にある、自分の経営する画廊に到着していた。
 まったくの余談だが、三回に一回は電車で痴漢に遭う長姉は今回も一人撃退、警備員に突き出している。・・・警備員ともすっかり顔馴染になっていたりする長姉であった。
「おはよう、ディア。早いわね」
 こじんまりとした画廊に入り、執務室に入ると書類を揃えていた薄桃の髪と瞳の優雅な美女がアンの挨拶におっとりと微笑んだ。
「おはよう、アン。私も今、来たところよ」
「そうなの?あ、この間は有り難う。あの情報、すごく助かったわ」
「私はただの伝言係よ。教えてくれたのはカティスですもの」
「ふふっ、相変わらず仲がいいみたいね」
「アンッ」
 アンのからかいの言葉に、親友兼有能な秘書であるディアの顔が真っ赤に染まる。
「まったく、もぉ・・・。そんなこと言うのなら、もう情報を渡さないわよ」
「ごめん、ごめん」
 貴重な情報源を怒らせまいとアンは謝るが、その声にはまだ少し笑いが滲んでいる。

 この人物も紹介しよう。
 薄桃の髪と瞳の優雅な物腰の美女はディア。長姉アンの学生時代からの親友であり、現在ではこの画廊の有能な秘書として務めている。
 そして、「カクテル・ナイト」の必要な情報はだいたいこの美女か、もしくは恋人のカティスから提供されている。

 しばらく琥珀の瞳の親友を睨んでいたディアは一つ、諦めのため息をつくと数枚の書類をアンに渡した。
 受け取った書類に目を通したアンの琥珀の瞳がキラリ、と光る。
「ディア?」
 問いかけの内容を理解したディアが優雅ななかにも何かを含むような笑みを見せ、親友に答えた。
「カティスからよ。お客からの噂から知って、調べたらしいわ」
「ああ、あの人、ワイン・バーのオーナー兼バーテンダーだものね。ふうん・・・『蒼のキセキ』か」
「蒼が溶け合うような、踊っているような絵だったわよね?確か『キセキ』は『貴石』とも『輝石』とも『奇跡』とも呼ばれるとか」
 アンも知っているだろう情報をディアは書類をめくり、確認する。
「ええ、そうよ。確か、あれは大事な思い出が詰まっているとおっしゃっていたはず」
「あら?商談に行ったの?」
「行ったわ。でも、本当に大切なものらしかったし、何よりもあの絵を見詰める瞳はとても慈しんでいるものだったわ。それを引き取ることなんて、できないじゃない」
 『だから』と、琥珀の瞳に怒りが灯る。
「それをちゃんと、戻してあげないと、ね」
「では?」
「『カクテル・ナイト』の出番よ」
「了解」
 キッパリと言い切るアンに、ディアは穏やかに答えた。

「ねーねー、フレッシュジュースの美味しいところを見つけたんだ。これから行かない?」
 菫の瞳の親友の誘いに、アンジュの教室に集まって話していた三つ子達は同時に顔を見合わせた。
「・・・ごめんなさい、今日はちょっと・・・」
「私も無理。ゴメンね」
 心からすまなさそうに謝るリィクと少しおどけたように肩を竦めてみせるジュリィに、レイチェルはピンとくる。
「・・・デート?」
 途端に真っ赤になった五女と嬉しそうに笑う四女である。
「しょうがないわね。他人の恋路を邪魔するつもりはないから、早く行きなよ」
 ヒラヒラと手を振ってみせる親友と、三女の苦笑する顔に見送られ、二人も手を振り返した。
「じゃあ、行ってくるね」
「そんなに遅くならないから」
「で?アンジュ、アンタも何か予定があるの?」
 二人の姿が教室から消えた後、くるりと自分の方を向いてきた親友にアンジュは胸ポケットから携帯を取り出しレイチェルに見せる。
「アン姉からのメールがあってね、画廊の方に来いって。だから、私もダメなの」
 実に残念そうに言う少女に、レイチェルは肩を竦めることで了解を示した。
「しょうがないよね、アンさんからの連絡じゃ。でも、一体なんなんだろ?」
「さぁ・・・?」
 親友の疑問に答えられる筈もなく、アンジュも同様に首を捻るだけであった。

「アン姉、いる?」
 画廊の奥、目立たないように工夫されている扉を開け、アンジュは自分を呼び出した長姉を探す。
「いらっしゃい、アンジュ。アンなら、電話中よ」
「こんにちは、ディアさん」
 おっとりと自分に話し掛けてきた薄桃の美女に頭を下げ、示された方向に視線を向けるとアンが電話で何やら話している姿が目に飛び込んで来た。
「・・・そう。それはまかせるわ。で、何が必要かしら。・・・ええ、大丈夫。じゃあ、お願いね」
 チン、と可憐な音を立てて受話器が置かれ、琥珀の瞳の美女がサファイアの瞳の少女の方に向いた。
「アン姉、用事って?」
「ええ、ちょっと頼みたいことがあるのだけど。・・・ジュリィとリィクは?」
「デート」
「そう。ま、あなたが行った方が彼の機嫌はいいし・・・」
「・・・まさか」
 長姉の独り言のような言葉を聞いて、三女の背に嫌な予感というものがダイナミックに滑り落ちる。
「セイランのところまで、お使いをお願い」
「・・・」
 顔を引きつらせつつも、長姉の伝言内容を聞いた三女は頷くしかなかった。

 閑静な住宅街の更に隅に、芸術家として名高い青年が住んでいる。もっとも、彼がその有名な 『セイラン』だと知っている者は近所にはなく、ファンだといって押しかけてくる者もいない静かな生活を青年は享受していた。

 ピンポーン♪
「・・・いないのかな?」
 チャイムを押したものの、人が出てくる気配はなく、アンジュは首を傾げる。その背後からそっと気配を消して近づく一つの影。
「何の用事だい?」
「っ!?」
 いきなり背後から抱き締められ、反射的にアンジュは手を挙げた。あっさりとその手を掴んでくすくす笑っているのは一人の青年。
「っ、セイラン!気配を消して近づかないでって、いつも言っているでしょう!」
 じたばたと青年の腕の中から逃げ出そうともがきながら、少女は文句を言い募る。その抗議を青年はあっさりと聞き流した。
「これくらい、察知しなくてどうするのさ。それに、こうでもしないと君は抱き締めさせてもくれないじゃないか」
 自分の腕の中で暴れまくる少女を楽しそうに見つめる青年は芸術家として名を馳せているセイラン。
 蒼の髪、シアンブルーの瞳、冷たく整のった美貌。女性めいているのに、まったく女性に見えないのはその瞳に宿している鋭い光の為。口を開けば皮肉・毒舌吐きまくりの青年だったが、ついこの間手にいれた恋人に対しては周囲が砂糖を吐くかというほどの溺愛振りを見せていた。
「ちょ、セイラン、ここ、外・・・っ」

 ・・・十数秒経過・・・

 ドゲシッ!
「いい加減、場所と人の目を考えてよっ!!」
 容赦なく、恋人であるはずの青年を蹴り飛ばした少女は大変なご立腹状態である。まぁ、天下の往来とまではいかなくても、それに近い場所でキスをされれば当たり前であろう。だが、青年の方はしれっとして少女の怒りを受け流している。
「久しぶりに会った挨拶としては大人しい方だと思うけど?」
「・・・三日前に会ったばっかりでしょう。それで大人しいって、セイランの普通って一体、どんなものなのよ?」
「ふうん、知りたいんだ?」
 チラリ、と流し目を送られた少女は一気に青ざめた。ここで雰囲気に呑まれれば、マズい事態が控えていることを経験上、少女は知っている。慌てて長姉からの伝言を青年に伝えた。
「知らなくていい。それよりも、アン姉からの伝言。鑑定して欲しい絵があるから、今から画廊の方に来てくれないかって」
「絵の鑑定?君の姉さんだって一流の目を持っているじゃないか」
「そんなこと言われたって、私はただの伝書鳩だもの。でも、アン姉がそう言うからには、セイランの意見も聞きたいんじゃない?」
「ふ・・・む。そうかもしれないな。分かった、行こう」
 この後、どんな不幸がセイランを待ち受けているのか・・・彼が知る筈もなかった。

「アン姉、連れてきたよ。・・・あれ?」
「ハァイ、アンジュ。久しぶりだね」
 片手を挙げて挨拶してきた人物に、アンジュの目が丸くなる。
「オリヴィエさん?どうしてここに?」
「ちょっと、頼まれごと」
 蜂蜜色の髪に鮮やかなメッシュを入れた華やかな青年はオリヴィエ。本業は美容師なのだが、変装技術も抜きんでている為、変装が必要な場合、彼に頼んでいる。
「・・・頼まれごと?でも、オリヴィエさんが出てくるようなことって・・・」
「あるのよ、それが」
 書類をめくっていた長姉の言葉に三女は首を傾げた。そんな妹を目の端に入れながら、長姉はニヤリ、と何かを含むような笑みを浮かべる。
「で、お願いできる?」
「まっかせて。彼なら十分、いけるから。楽しみにしていてよ」
「よろしくね」
「・・・何の、話・・・?」
 会話についていけず、セイランとアンジュは同時に同じ質問を発すると、二人からとんでもない答えが帰ってきた。
「これから、セイランを女性に仕立て上げるのよ」
「え?」
「さぁ、行くよ!皆、手伝って!」
「はい!」
 長姉の言葉に耳を疑った瞬間、オリヴィエの号令にどこからともなくオリヴィエの店の店員が現れ、ガシッとセイランの腕を掴んでずるずると隣の部屋へと移動していく。
「うっそだろぉーーーっ!!」
 なす術もなく、セイランの叫びだけが部屋に残された。
「・・・ご愁傷様・・・」
「何言っているの。アンジュもドレスアップするのよ」
「へ?」
 思わず合掌してしまったアンジュに、アンが突っ込みを入れる。思わず惚けたアンジュの腕をやはり、オリヴィエの店の店員がガシッと掴む。
「美人にしてあげてね」
「かしこまりました」
「うっそでしょぉーーーっ!!」
 図らずも先程の青年と同じ叫びを残し、少女は別室へと連行されたのだった。

「どぉ?会心の出来だと思うんだけど?」
 上機嫌なオリヴィエとは正反対に不機嫌なセイランが連れ込まれた部屋から出てくる。
 しなやかな身体に纏ったノースリーブのロングタイトワンピース。真っ青なシルクのそれは前ボタンで止めるタイプであり、動きやすいように下から五〜六個ほどそのボタンを外している。ボタンを外したスカートの透き間から膝下までの黒の編み上げブーツが覗き、腰には細かいチェーンを束ねた金のチェーンベルトを回し、ワンピースの上に白の柔らかいオーガンジータイプの上着を羽織っていた。メイクもオリヴィエ自らが施し、キツい眼差しが印象的な・・・立派な美女である。
「・・・女性としての自信をなくしそうね」
 ポツリと呟いたアンの感想はおそらく、女性全般の正直な感想であろう。
「・・・一体」
「アン姉!!一体、これはどういうことよっ!!」
 不機嫌絶頂のセイランがこの事態の説明をしてもらおうと口を開いた途端、セイランが連れ込まれたのとは別の部屋の扉が勢いよく開いた。
 バッターンッ!!と派手な音を立てて、犠牲者二号であるアンジュが飛び出してくる。
「あら、似合うわね。うん、美人だわ」
 アンの感想通り、少女はいつもとはまったく違う雰囲気に仕上げられていた。
 絹繻子のノースリーブのタイトワンピース。白いそれの襟元はワイシャツのように首元まできっちりと止められ、喉元のアクセントに金の天使をかたどったチョーカーを巻き付けられている。その上からふわり、と透ける薄青のワンピースの型を取った紗を纏っていた。紗の方は長袖でうっすらと少女の白い腕を透けるように覗かせ、スカートに当たる部分は下のタイトとは逆にフレアタイプである。歩く度にそのスカートがふわふわと揺れ、シャープな印象の中に可憐さを演出していた。メイクもまた、オリヴィエが担当し、サファイアの瞳が印象的な美少女に変身している。
 今度はお呑気な感想を述べる姉に、妹の眉がつり上がる。
「・・・ちゃんと、説明してよね。どうして、絵の鑑定にこんな格好をして、しかも、私まで巻き込んでいるのか」
「絵の鑑定をしてもらう場所がここだからよ」
 妹の剣幕など何処吹く風とばかりにアンはピラリ、と一枚の書類を不機嫌な二人に見せた。
「・・・え?」
「ここは・・・」
 今度は困惑する二人に、琥珀の瞳の美女はあっさりと言ってのけた。
「そう。絵のある場所はホスト・クラブなのよ」


・・・続く。(ゴメンなさ〜い)