カクテル・ナイトにおまかせ☆
(3)


 高級ホスト・クラブ『サラブレッド』
 その看板を掲げている店の前に一台の高級車が静かに止まり、後部座席から二つの人影が降り立った。
「では、御武運を」
「・・・」
 後部座席から降り立った蒼の髪の美女が、じろりと声をかけた相手を睨む。
 しかし、そんな視線に動じる気配もなく、運転手の男は穏やかに笑って車のサイドブレーキを外した。
 そのことに気付いた栗色の髪の美少女が、急いで窓に近づく。
「あの、有り難うございます、カティスさん。お仕事中に無理を言ってしまって」
「ちょうど休憩に入るところだったからかまわないよ。それよりも、気を付けるんだ。敵の中に飛び込むようなものだからね、気を緩めないように」
「はい、あの、アン姉にも・・・」
「ああ、潜入したことを伝えておくよ」
「アンジュ。そろそろ行こう」
 背後からの不機嫌極まりない声に促され、少女は美女に化けた青年の側に戻った。
 カティスにもう一度頭を下げ、入り口に向かう。
 ・・・つい、ため息をついた。
「アン姉を、恨むわ・・・」
「それについては同感だね。・・・さて、敵情視察といこうか」
 ずっしりとした重厚感のある、樫の木の扉を、優雅に見える白い手袋に包まれた手がゆっくりと押し開いていった。

 時は三時間程前に遡る。
 長姉アンから示された場所の意外さにあっけにとられたのはほんの数秒。だが、納得しきっていない三女アンジュは更に食ってかかった。
「だったら、アン姉が盛装すればいいじゃないのよ。私なんかより、ずっと綺麗なのに」
「だって、私の面、相手に割れているもの」
「・・・は?」
 ここでようやく、アンジュはもう一つの可能性を思いついた。不機嫌絶好調である青年も同様らしい。
「もしかして、『カクテル・ナイト』絡みかい、コレは」
「そ。セイラン、『蒼のキセキ』を見たことあるかしら」
「ああ、あるけど・・・」
「まさか、今回のターゲットはそれなの!?」
 軽く眉を顰めるセイランを押しのけるようにして、アンジュがアンの前へと身を乗り出した。そんな妹の態度に、アンの琥珀の瞳が強く輝き、アンジュの言葉を肯定する。
「そう。『蒼のキセキ』が不法に人手に渡ったのよ」
 途端に、アンジュのサファイアの瞳がギリギリと吊り上った。
「おじいさまの、大切な想いを、よくも・・・」
「『おじいさま』?」
 引っ掛かった単語を呟くセイランに、事情を知っているアンが妹の怒りの原因を教える。
「『蒼のキセキ』を見に行った時、アンジュも一緒に行ったのよ。その時、絵の中に込められた『想い』を聞いたらしいわ」
「アン姉!このホスト・クラブの中に、あの絵があるの!?」
 それから、どうやら懐いているみたいね、と続けた長姉の声に被さるように、三女の質問が飛び出た。
「カティスの情報によれば、そこに飾ってあるらしいのだけど、レプリカという場合もあるし」
「で、僕がこういう格好をして、乗り込む訳か」
「そう。で、もし、それが本物だった場合に備えて、アンジュは警備体制を探ってほしいんだけど」
「うん、分かった」
 さっきまでの長姉に対する怒りをすっかり、別の怒りに変換してしまっている三女は躊躇いなく頷く。
 ・・・やはり、長姉であるだけに、妹達の操作はお手のものといったところか。
「姉様、ただいま。ロザリアを連れて来たわ」
「お久しぶりですわ。何か、私にお話しがあるとか?」
「アン姉さん、ただいま」
「アンお姉ちゃん、ただいま」
「お帰り、アンズ、ジュリィ、リィク。ティムカ君も、ヴィクトールさんも、わざわざ送ってくれてありがとう」
「いえ、当然のことですよ」
「ええ、危なっかしくて目が離せませんからね」
 一気に部屋の人口密度が倍に増えた部屋は、実に賑やかである。
「あれぇ?オリヴィエさん、どうしてここにいるの?」
「何か、あったんですか?」
 三つ子の二人が華やかな青年を見つけ、同時に首を傾げた。
「ふふっ、この人達を見てよ。すんごく、腕を振るったんだから」
 アンジュとセイランの『ゲッ、バカ、言うな!』という内心の言葉が聞こえる筈もない青年は、実に楽しそうに美女と美少女を披露する。
「あ、すみません。お客様がいらっしゃったんですね」
「ああ、そうみたいだな。騒いでしまったようで、申し訳ない」
 素直な少年と実直な男の言葉に、オリヴィエはキャラキャラと笑った。
「この二人がこう言うんだから、バレやしないって」
「・・・どうだか」
 ボソッと、嫌そうに呟いた美女の声に、少年と男は硬直した。
 ハスキーではあるが、その美女の冷たい美貌にはよく似合っており、色っぽい気さえするが、問題はそれではない。
 非常に・・・聞き覚えのある声である。
 日頃、よく聞いている・・・と、思う。
「も、もしか・・・し、て?」
「セイラン・・・か?」
 不機嫌丸出しの美女は確認した二人を睨み、ぷいっとそっぽを向いた。この動作で、二人は確信する。
「と・・・すると、アンジュさん、ですよね?」
「・・・ええ」
 こちらも嫌そうに頷いた美少女である。
「うっわー、アンジュちゃん、似合うー」
「うん、すっごく綺麗。すっかり別人になっているねぇ」
「・・・有り難う」
 呑気と言えば呑気な三つ子の妹達の感想に、アンジュは苦笑をするしかなかった。
「なんだって、また、こんな格好を?」
 唖然とした状態から復活したらしい男の質問に、アンが今までの経過を説明する。
「・・・で、これからこの二人に乗り込んでもらうのよ」
「ああ、だから私を呼んだ訳ですのね?」
 今まで黙っていた親友の言葉に、アンズが首を傾げた。
「ホスト・クラブに行くのと、ロザリアとどういう関係があるの?」
「このホスト・クラブは上流階級しか相手にしない、会員制になっているのよ。会員でない者が入るには会員からの紹介がないと」
「え?じゃあ、ロザリアが呼ばれたのって・・・」
「そのホスト・クラブ、カタルヘナ家も会員になっているの。カタルヘナ家からの紹介という事でよろしいですわね?」
 最後の方は長姉に確認するロザリアに、『カクテル・ナイト』のリーダーであるアンは頷く。
「ええ、今回は偵察だからカタルヘナ家には迷惑をかけないと思うのだけど・・・お願いして、いいかしら?」
「かまいませんわ」
 ・・・こんな、すったもんだの末、アンジュとセイランが潜入する事となったのだった。

 二人が店内に入った途端、店中の視線が一斉に集中する。
 が、注目されている当人達は一向に気にせず、入り口近くに立っていた男性に近づいた。
「カタルヘナ家からの紹介だけど」
 美女と美少女の独特の雰囲気に見惚れていた男性は話し掛けられた事によって我に返り、慌てて二人に対応する。店の性質上、客に見惚れる事はないはずなのだが、それをすっ飛ばす程、この二人は何かが違って見えた。それは、店内にいるホスト達も同様のようである。ちらっ、ちらっと視線を飛ばし、美女と美少女からの指名を待っている。
「あ、はい、少々お待ちください」
 奥に引っ込んだ男性はしばらくすると、オーナーらしき人物を連れて出て来た。カタルヘナ家の地位を如実に表すような対応である。
「ようこそ、このクラブへ。カタルヘナ家からの紹介だそうですが」
 確認を取るオーナーに、美女に化けたセイランは無言のまま、一通の手紙を渡した。
「・・・確かに。失礼致しました。一応の確認は取りませんと、ここの信用が成り立ちませんので。で、誰かご希望の者はいますか?」
 ざわっと、店内の空気が揺れたのは決して、気のせいではない。
「いいえ。初めてですから」
「では、こちらで?」
「まかせます」
 ・・・念の為に言っておくが、セイランは変声機を使っているわけでもなければ、声を変えているわけでもない。普段使っている、そのままの声である。
 が、しかし。先入観とは恐ろしい。
 相手が美女だと思い込んでいるが故に、ハスキーな声だと思っていても、男の声だとは思わないのだ。逆にそれが色っぽく感じたりするものだから・・・。
 と、いうわけでセイランは女言葉を使うまでもなく、丁寧な言葉遣いをするだけで十分に相手を騙くらかしていた。
 一方、オーナーとの対話をセイランに任せていたアンジュは興味津々といった風を装い、店の中をキョロキョロと見回している。
(・・・?変、ねぇ。『蒼のキセキ』があるのなら、もう少し監視カメラとかあってもいいはずなんだけど・・・)
「アンジュ」
 内心、首を傾げている少女の耳に名前を呼ぶ声が入り、視線を向けると美女に化けた青年が視線を向けていた。
「おいで」
 そう言って歩き出したセイランの背に、無邪気さを装ってアンジュが答える。
「はぁい、姉様」
 言った途端にセイランの背が一瞬、不自然に揺れたが何とか平静を保ったようだ。アンジュの方もざわっと全身に鳥肌が立ったが、必死に我慢する。
「お嬢さん、何をお飲みになりますか?」
「おしぼりをどうぞ」
 席に案内され、並んで座った二人にホスト達がこまごまと飲み物を訊ねたり、持ってきたりして懸命に自分をアピールする姿は・・・青年が美女に化けているのだと知らないだけに、端から見れば滑稽である。
 セイランはといえば、完璧なポーカーフェイスでホスト達をあしらっていた。・・・世も末かもしれない。
「ところで、お嬢さんはどうしてこの店へ?」
 落ち着いたところで出た、ホストの質問に表情一つ変えることなくセイランは答える。
「この店に素晴らしい絵が入ったという噂を聞いたもので。それを見てみたいと知り合いのカタルヘナ家に言ったら紹介してくれました」
「絵・・・ですか」
「ええ。でも、さすがですね。ここに置いてある美術品は一級品ばかりで、目の保養になります」
「お嬢さんはいい目をお持ちのようですね」
「オーナーが喜びます。ここの内装の装飾品はすべて、オーナー自らが飾ったものですから」
「そうですか。いい趣味ですね。落ち着きます」
 ホストから上手い具合に情報を引き出しているセイランの横で無心にジュースを飲むふりをしながら、アンジュは店内を探っていた。上流階級を相手にしているだけあって、店内はそれなりに広い。しかし、アンジュはほどなく目的のものを見つけ出した。
「姉様、姉様。あそこにすっごく綺麗な絵があるわ」
 無邪気さを装いつつ、アンジュは目的の場所まで小走りに走る。
「アンジュ・・・本当に、落ち着きのない。すみません、皆さん」
 ため息をつきつつ、少女を追いかけたセイランはしかし、目的の場所に着くとアンジュのみに聞こえるように小さく囁いた。
「よく、見つけたな。これ・・・か」
 じっと絵を見つめるシアンブルーの瞳が鋭く光る。
 アンジュのサファイアの瞳も厳しい光を浮かべた。
「セイラン・・・これ、違うわ」
 少女の断言に、セイランもまた肯定する。
「ああ、これは『蒼のキセキ』じゃない」
「レプリカ・・・じゃあ、本物は?」
 答えが出る筈もない疑問をアンジュは口にし、セイランは鋭い瞳のまま目の前の蒼い絵画を見つめていた。


続く(・・・またもや、です)