わたしがいなくても生きていける?
(2)


 ディアーナは携帯電話の電源を入れなかった。学校にも行かなかった。 誰も家にいないのをいいことに、黙ってそこを抜け出た。
 シオンの買ってくれた服は、いずれも可愛らしいレースと花と刺繍に 被われたものばかりだった。そう言うデザインのほうが、自分には似合うことは知っている。しかし、ディアーナは今日はそう言う服を 着なかった。そして、袖を通したのは体に吸い付く黒のシンプルなワンピース。一度だけ、背伸びをして買ってもらったものだった。
 電車に乗る前の、駅前の化粧品店に入って、真っ赤な口紅を手に取った。 初めて選ぶ色にしては、刺激が強すぎるものかもしれないが、ディアーナはあえてそれを選んだ。駅の化粧室で、震える指でそれを塗った。あまり 上手くは塗れなかったかもしれない。
 それでも、鏡の向こうの自分は、まるで別人だった。黒の服と赤の唇が、 なまめかしい艶を放ってぞっとするほど奇妙な印象を与えた。
 この姿を、兄が見たら何と言うだろう、とふと頭をかすめた考えに ディアーナは笑った。
 そこには、幾度か行ったことはある。ただ、自ら出向くことはなかった。 連れて行ってもらったときだけ、自分からは電話もかけないディアーナが、忙しいことが分かり切っている彼の元へ、押し掛けることなどあるはずも なかった。
 彼には、自分を大人だと思って欲しかった。子供っぽいわがままは嫌だった。仕事と私と、どっちが大切なの、と詰め寄るような女にはなりたくはなかった。
 真っ赤な口紅を塗って、着たこともないスレンダーなワンピースを着て、 ディアーナは今、そこにいた。
 この時間はきっとまだ家にいるだろうことは、聞いて知っていた。夜が 遅い分、朝はゆっくりだというのを話の中で聞き知っていた。ともすれば、まだ眠っているのかもしれない。しかし、それはディアーナを躊躇させなかった。彼からもらった残酷なプレゼントが灯したディアーナの中の炎はもう、 消えることはなかった。
 ゆっくりと、指がチャイムを押す。それは奇妙に響き渡り、その後、 しばしの静寂が訪れた。
「…はい……」
 インターフォンのスピーカーから、渇望した声が聞こえる。ディアーナは その懐かしさに一瞬息をのみ、そして一呼吸置いて、出来るだけ落ち着いた声で言った。
「…おはようございますですわ」
 それだけで彼はわかってくれるだろうか、そう言う賭けもあった。一瞬の 沈黙があって、驚きを隠さないシオンの声がディアーナの耳に届いた。
「ディアーナ!?」
 そしてインターフォンの向こうの電話を切る音がする。足音が響いて、 ドアが勢いよく開く。
「…ディアーナ…!」
 二重三重の驚きに満ちたシオンの声がした。その姿は、いかにも今まで 寝ていましたと言わんばかりの乱れた夜着に包まれて、ディアーナはその姿に、心臓がぐいと押されるのを感じた。
「どうしたんだ、一体…?」
「…シオン…」
 胸に抱えてきた恨み言は、言葉にならない。その変わりあふれ出てきたのは大粒の涙。それを見て、シオンは息を飲んで彼女の手を引っ張った。
「入れよ、とにかく」
 背後で扉が閉まった。ディアーナは、初めて履いた、服と揃いの色をした ハイヒールのサンダルを脱ぐこともなくそのままそこに立ち尽くした。
「シオン、シオンは、わたくしが大人なんでしたら、わたくしのこと、もっと 構って下さいますの?」
「……は?」
 そこに立ち尽くしたまま、シオンは間の抜けた声を出す。
「わたくしが子供だから、わたくしを放っておいても構わないと思って いますの?それだったら、わたくし、大人になりたいんですの…」
 それは堰を切ったように溢れる言葉だった。涙で邪魔されて、それが上手く言葉になったかは自信がない。ただ、思い続けて思い詰めて、堰を切ったようにあふれ出る言葉だけを声に乗せていた。
「電話だってくれないし、会ってだっていただけないし、それでもわたくしはシオンのことが好きなのに、シオンはわたくしのこと、どうでもいいんですの…?」
「…ディアーナ…」
 赤い唇が、涙に潤む瞳が、熟しきっていない体に貼り付く黒い薄い布が、 どれだけの扇情をもってシオンを射抜くのか、ディアーナは知らない。そして、ため込んだ言葉を爆発させる。未知のそれが、切り札だと信じている声で。
「なら、わたくしを大人にして下さいませ」
 しゃくりあげる声がした。しかし、それはいくつも続かないうちに遮られた。
「ん……」
 慣れない手で塗られた口紅は、濡れて滲んで広がってしまった。唇を離したシオンは、それを指先で拭ってくれた。
「ごまかさないでっ!」
 いきなり口付けられて、言葉を奪われてディアーナは憤慨して叫んだ。
「…ごまかしてなんかいねーよ」
 シオンは小さく言った。
「お嬢ちゃん、俺に構ってもらえないからって、すねてたってわけか」
「シオン…!」
 シオンはにっこり笑って、そして手を伸ばすとディアーナの小さな体を ひょいと抱え上げた。
「きゃぁっ!」
 羽根のように持ち上げられたその体は、足からサンダルを振り落とされて 家の中に運び込まれた。そして、シオンの温もりが残るベッドの上にぽんと落とされる。
「きゃ…」
 間近に迫った、その涼しい顔に胸を高鳴らせる。近づいた唇に、 狂いだしそうなほどに思考をかき乱される。
「俺が、お前さんを子供だなんて思っていると思っていたのか…?」
「だ、だって、シオンは」
 それに精一杯抗いながら、ディアーナは震える声で言葉を紡いだ。
「わたくしのこと、お嬢ちゃん扱いだし、こうやってすぐからかうし、何も してくれないし…」
 ディアーナは思わず口を押さえた。シオンは肩をすくめる。
「はぁん、だからって、こんな、お前さんらしくもない格好をしてきたって わけか」
「…似合いませんかしら…?」
 不安げな声に、シオンはディアーナの耳元に唇を寄せ、くすぐるような声で 囁いた。
「いいや、似合ってるよ」
 それにディアーナはかっと頬を染めた。歯を噛みしめて、肩に力を入れる。
 間近に感じた、男の力に恐怖さえ覚える。
「あの、わたくし…」
 ディアーナは声を震わせた。
「帰りますわ」
「帰さない」
 シオンははっきりした声で言った。
「お前さんが、そこまで思い詰めていたなんて知らなかったよ、ごめんな」
 先ほどの囁きと同じような甘い声で、シオンは言った。
「別に、ディアーナのことを子供扱いしていたから抱かなかったわけじゃない」
 ディアーナはここに来た、自分の望みを言葉にされて、ますます頬を染めて 恥じ入った。
「ほったらかしにしてたのも悪かったよ。求めれば、お前さんは俺に 逆らわないのは知っていた」
 シオンは、秘密を口にする小さな声で言った。
「お前を自由にできることで、自分への誓いを破ってしまいそうになるのが 怖かったからなんだ」
「誓い…?」
 ディアーナは囁いた。
「お前が、十六になるまで抱かないと決めていた」
「…どうして、十六なんですの?」
 改めて惚れ直すほどの整った表情が落ちてくる。
「十六になったら、結婚できるだろう」
「………」
 ディアーナは息を飲んだ。
「愛してるよ」
 そう言って、今までにないほどの深い口付けを受けた。
「んん…っ…ん…」
 呼吸をふさがれるほどのそれを、ディアーナはまだ受けたことがない。 今までの、鳥がついばむような優しいキスとは裏腹の、噛みつくようなそれに指先までを強ばらせた。
「シ、オン…!」
 息が強ばる。
「…お前が、悪いんだからな」
 その声に、恐怖が生まれる。腕を押さえられる手の力、あまりにも真剣な 細い声。見たこともない、恋人の瞳。
「わ、わたくし…」
 黒いワンピースも、赤い口紅も、そのためであるはずだった。自らの禁を 犯して訪ねたこの家で、ディアーナは愛するはずの恋人に押さえつけられて体を小刻みに震わせた。
「…駄目…っ!」
 滲んだ口紅が、戦いた声を出した。しかし、それは再び封じられる。
「…でも、もう、待たない」
 自分がシオンの箍を外してしまったことに、ディアーナは今更ながらに 気がついた。それを後悔する気持ちすら生まれる。
 ワンピースの開いた胸が、更に開かれる。その中にシオンの手が滑り込む。暖かいそれは、少しだけ恐怖を解いた。
「愛してる……」
 聞き慣れた声でそう言われ、ディアーナは瞳を閉じた。引かれたカーテンから漏れるぼんやりした朝の光さえ、彼女には見えなくなった。
 まだ幼い胸が、シオンの手に包まれた。ディアーナの体がびくっと跳ねる。そこを、他人に見せるのはおろか、触れさせるのすら初めてだ。固い蕾が シオンの手を拒む。
「ああ、あ、ぁ……」
 かすれる声が、それでもシオンを受け入れようと懸命に自我を支える。自ら望んだことなのだ。シオンに認められたくて、そこにいることを許されたくて。
「好きなの、好きなのですわ、シオン…!」
「…分かってるよ」
 胸元を広げ、そこに淡く実る二つの果実はシオンの視線の下にさらされる。それが震えるのはどうしようもなくて、その、一番奥に宿る心と言う器官が どうしようもなく揺すぶられる。
「はぁ、ぁ……!」
 シオンの唇が押し当てられた。柔らかくついばみ、そしてきゅっと 吸い上げられる感覚に、ディアーナは乱れた。
「あああ…」
「ディアーナ……」
 遠くでシオンの声がする。固く閉じた瞼に唇を受け、そして手が、服を 脱がせてゆく。
「やぁ……」
 空気を直接肌に感じ、ディアーナはのけ反った。体をシオンに支えられ、 両足を固く閉じて、それでも下着以外は全てはぎ取られてしまっていた。
 肩に、二の腕に、指と唇の洗礼を受ける。
「…綺麗だな」
 シオンがつぶやく。
「思った通りだ」
 その声に、いつもとは違う上ずりがあるのにディアーナは気づいた。何かにせかされるような、落ち着きのない声。
 手のひらが、胸をなで、そして唇でその頂上に咲く、淡い蕾を挟まれた。
「ああ、ああっ…」
 身もだえる体を押さえつけられて、ディアーナはそのあまりにも鋭い刺激に耐えた。それは、執拗に繰り返される。右のそれを、左のそれを、そして、 両のそれを。
 それを包む、ピンクの下着が支えを失って落ちた。服は背伸びをしてみた ものの、下着までには思い至らなかったらしい。ディアーナに一番似合う、可愛らしい色だった。
「はぁっ、いや、こんな……」
 シオンの手はディアーナの体を征服せんとばかりに這い回る。器用な指が、ディアーナの白い肌をむき出しにするため残った布をはがしてゆく。
「ああっ……」
 肌に口付けが降る。それは、唇へのそれよりも濃く深い。
 未知の感覚にディアーナの思考は荒れ狂った。脳裏を何かが駆け抜けてゆく、鋭い刺激が与えるそれを、何と名付けるべきかディアーナは知らない。
「…シオン…!」
 自分を嘖む、彼の名を呼ぶ。伸ばした手は抱き取られ、そのまま深く 抱きしめられて口付けられた。
「ん………」
 舌を差し込まれた。濡れた、生き物のようなそれが舌に絡み、歯の裏を 舐め上げ、咽喉の奥にも達するとばかりに激しくうごめく。
「はぁ……っ……」
 それは初めの行為、ディアーナの許容範囲にとってはそれはすでに 口付けではなかった。それだけですでに体を与えたように、全ての行為の頂点であるかのようにディアーナは脱力しきってシオンに絡めた手を緩めた。
「も………」
 続きの言葉を漏らそうとしたとき、シオンの手はするりと彼女の体をなでた。それは、今まで弄んでいた胸を通り抜け、腹部に達した。粟立てるように肌をなで続ける。それに、ディアーナの淡い声が絡みつく。シオンはその声を 執拗に引きだす。そしてその奥、ディアーナが固く閉じた両足の間の隙間に入り込もうとした。
「い、やぁぁっ……」
 ディアーナはもがいた。そんなところに手を伸ばされるなど、考えも しなかったことだった。
「…ディアーナ…」
 細く上ずった声でシオンが自分の名を呼んだ。しかし、それは彼女の秘花を 開く呪文とはなりえなかった。
「や、いや……」
 顔を覆って、ディアーナはかぶりを振る。シオンが胸と、腰と、腹部に舌を這わせてきた。それに新たにしびれさせられながらも、ディアーナは決して 足を開こうとはしない。
「はぁ、ぁっ、だ、め……っ」
 シオンの影がすっと動いた。そして、ディアーナは彼のとった行動に目を 見開いて悲鳴を上げた。
「ああ、そ、んなっ…」
 シオンは閉じたままのディアーナの両の足首をつかみ上げ、膝を折らせると、その裏に現れた、ディアーナの体のもっとも奥深いところに舌を這わせたのだ。
「………っ…!」
 体が痙攣する。指先までが神経がどうにかなってしまったように言うことを聞かない。脳が、その動きを忘れてしまっている。
「はぁぁ、ぁぁ、ぁんっ…」
「…綺麗だ」
 シオンが囁いた。その声は、体の奥に注ぎ込まれる。
「そんな、ああ、あ……」
 そんなわけがない。ディアーナは必死に抗った。そこは、隠すべき場所、 汚れた場所と教えられもし、また自らもそう思ってきた。いくら愛する者の前でとは言え、こんなふうに下着まで脱ぎ去り、日の下にさらすべきでない 場所に舌を這わされているなど、それに奇妙な快楽が伴ってなければ耐えられるようなものではなかった。
「本当だよ、ずっと、こうしたかった」
 シオンの囁きは、悲鳴になってディアーナに伝わった。舌を這わせながら つぶやく言葉は、爆薬の衝撃を伴ってディアーナの全身を犯していく。
「ああ、シ、オンっ……!」
 ディアーナの最後の砦であった、固く閉じられた両足が開いてゆく。 その奥にほころぶ、わずかに解かれた薔薇色の花。
「濡れてる」
 シオンは言って、そこから舌を離すと指を浅く沈ませてぴちゃりと言う音を 誘いだした。
「あ、あ……」
 淫猥な音がディアーナを狂わせる。もう、どうなってもいい、何をされてもいい、そんな思いが彼女の体から力を抜く。シオンにされるのなら、きっと、耐えられる。
「俺がこうする前から、すごく濡れてた」
 そして、もう一度舌がその上をかすめる。ディアーナは体を強ばらせたが、 もう否定の言葉は口にしなかった。
「はぁ……ん……」
「ディアーナ」
 ひどく真面目な声で、名を呼ばれて瞳を開く。ひねった形になっていた体を仰向けにされて、そして体の上にシオンが覆いかぶさってきた。
「……行くぜ」
 それが何を示すのか、ディアーナは知らなかった。ただ、こくんと うなずいて、覚悟だけは決めて唇を噛んだ。シオンの吐息が聞こえた。
「…ああああああっ!」
 鋭い悲鳴がディアーナの唇を割る。手が、シオンの肩を押しのけようと あらん限りの力を込める。
「いや、いや、痛いっ!」
 ディアーナは叫んだ。先ほどの溶けだしてゆくような快楽はもうそこには ない。引き裂かれる痛みだけが彼女を襲う。
「痛いっ、痛いっ!」
「…悪い……」
 シオンはせめてとでも言うのか、いたわるようにディアーナの肩や腕を なでたが、その痛みはそのようなことで癒されるものではない。ディアーナの指の爪がシオンの腕に食い込んだ。
「や、めて!駄目、痛っ…」
 ディアーナは声を限りに叫んだが、シオンはディアーナの中に侵入した 自身を引き抜こうとはしない。少しづつ、更なる深みへそれを押し進める。
「いやっ、いやぁ……っ」
 ばりばりと、体が二つに引き裂かれる。今まで経験したこともない、 耐えがたいまでの痛み。表に晒すこともない場所から生まれたそれだけに、その苦痛は想像を超えていた。
「助けて…っ!」
 ディアーナはそう口走っていた。それを求めるべき相手は、目の前に いるのに、その、もっとも愛しい者から与えられる最大の苦しみに、ディアーナはただ精神を自分のつなぎ止めておくだけで精一杯だった。
 ぬらり、内腿を生暖かい、濃い液体が這う。
「………ぇ……」
 シオンが小さく息を飲む音がして、するりと束縛が抜けた。ディアーナは 急に去った苦痛にほっと息をつく。
「は、ぁぁ、ぁ………」
 安堵の息が彼女の口をついた。爪を立てたシオンの肩を開放する。
「…耐えられるか?」
 シオンが聞いた。ディアーナは首を振る。頬をまとわりつく髪がたたいた。
「駄目ですわ、死んじゃう……」
 あれが、もう一度襲ってくるとなれば、ディアーナはきっとその場を 逃げ出してしまうだろう。それこそ、どんな手を使ってでも。
「痛かったか?」
「…ええ」
 どう言葉を飾っても、あれを痛くないとは言い兼ねた。ディアーナは、 やっと去った痛みに目を開いた。それでも、下腹部の異物感は残ったまま。その違和感にわずかに腰を揺らした。
「え……」
 ディアーナは上半身を起こした。それをシオンが抱き留めて、助け上げた。
「……ぁ…?」
 そこに真っ赤な影を見て、ディアーナは上ずった悲鳴を上げた。
「な、なんですの?」
 シオンと自分の結合が離れたすぐそこに、思いも寄らぬものを見つけて ディアーナの声が引きつる。すなわち、血の痕。
「わ、わ、わたくしっ…!」
 予定日にはまだ間があったはずだ。いや、それでも、この年ではまだまだ 不定期だとも言うし、よもや、このショックで始まってしまったのだろうか…?
「……ごめんなさいですわっ…」
 顔を覆ってそう言うディアーナに、シオンは彼女の思うところに 行き当たったらしく、いままで絡み合っていた体を、今は優しく抱きしめてこう言った。
「謝ることじゃない、最初は、みんなこうなる」
「…そうですの?」
「ああ、アレじゃないから安心しな」
 ほっと息をついたディアーナに、緩んだ体の奥から先ほどの鈍痛が蘇った。まだ、何が残ったままであるかのような異物感。視線を落としてみても、 そこにはなにもないのに。
 抱きしめられて、口付けを落とされる。それは、重ねるだけの優しいもの。それでも、ディアーナは反射的に肩を強ばらせた。シオンが呆れたように 小さく笑う。
「心配すんな、もう、しねぇよ」
「…ごめんなさいですわ…」
 ディアーナはまた謝った。
「でも、ものすごく痛いんですもの。あんなに痛いものなら、わたくし、 赤ちゃんなんていりませんわ…」
 その言葉にシオンは今度は声を立てて笑う。
「そりゃ、困ったな。もう二度としてもらえないんじゃ、俺も困る」
「…困りますの…?」
 そう言いながら、自分が一番困った顔をしてディアーナはつぶやく。
「ディアーナ」
 甘い声が耳に届いた。シオンはディアーナの右手を取った。抱きしめた体を密着させて、それをそろそろと自分の下肢に導いたのだ。
「シオン、何……」
 ディアーナが短く声を上げた。
「きゃっ!」
 その手に、何か柔らかくて固いものが触れた。それに指を絡めさせられて ディアーナは戸惑う。
「…これは、俺の分身」
 シオンが囁いた。
「これが、さっきまでディアーナの中に入ってたんだ」
 指が、ディアーナの秘部にそっと這う。ディアーナは体を一瞬震えさせる。
「お前の中に入って、お前と一つになって、これがセックスってやつ。 分かる?」
 ディアーナは自分の指が触れているものがなんなのか、思い至って顔を 真っ赤にしながらうなずいた。
「お前を愛しているから、お前の中に入りたい。お前に受け入れて欲しい」
 その囁きは愛撫となってディアーナの耳に伝わる。ディアーナはこれ以上はないというほどに頬を染めて、その言葉にうなずいた。
「今日は、もう何もしねぇって」
 体を強ばらせたディアーナに、シオンは笑った。
「無理やりしたら、犯罪だ」
「…でも、痛いのはいやなのですわ」
 ディアーナは小さな声で言った。
「大丈夫、そのうち痛くなくなる」
「そのうち…?」
 シオンはディアーナの手を解放し、体をそっと離した。
「そう、十回もすれば」
 にやりと笑ってそう言うシオンに、ディアーナは大きく首を振った。
「そんな、それまでわたくし、耐えられませんわ…!」
「心配しなさんな」
 シオンは体を起こし、ベッドの縁に腰掛けた。
「そのうち、お前さんからねだってくるようにしてやるから」
「そんなっ……」
 そんなことを言ってますます頬を染めさせて、シオンは立ち上がった。
「待ってな、拭いてやるから」
 立ち上がり、傍らに投げ捨てられていた白いタオル地のガウンをまとう その姿に、ディアーナは嘆息した。初めて見るシオンの体は、想像したこともないほど艶やかで、そこに張りつめた筋肉にディアーナはしばし、見とれた。
 投げ出された体、まだ去らぬ痛みを伴った下肢、それらをぼんやりと 見つめながら、ディアーナは強烈な眠気が自分を襲うのを知った。今も鈍痛が体を嘖むのに、眠いとは一体どうしたことなのだろうか。そのことを疑問に 感じながらも、ディアーナは逆らえずに瞳を閉じた。それは、毎晩訪れる眠りとは違ったものであるようだった。いつものそれが、ぼんやりと頭に霞をかけていくようであるとすれば、今の眠りはいきなり頭を真っ白に塗りつぶされたといえるような強烈なもの。ディアーナは、そのまま自我を 手放した。

 「…お前が、十六になったら結婚しよう」
 シオンのつぶやきは、ディアーナには届いていない。
「…やっと、俺はお前の元に帰ることが出来る」
 凍ったように眠ったままのディアーナの、乱れた髪に指を絡ませて誰 言うともなしにつぶやいた。
「ずっとそうしたかったんだ、けど…」
 その、わずかに染まった頬を撫で、そして小さく唇を寄せる。
「お前が、引導を渡してくれたってわけか」
 シオンは自嘲に唇を歪め、そっとディアーナの耳元に囁きかける。
「…ごめんな……」
 それが聞こえたはずもないのに、ディアーナはうっすらとほほえんだ。 それは、シオンにも伝わって彼を慰める。
「ん…?」
 シオンが視線を脇に寄せると、そこにははぎ取った時そのままの ディアーナのワンピースがあった。その懐から顔を覗かせるのは、見たことのある小さな機械。
「ああ…」
 起き上がってそれを拾い上げ、何気に電源を入れたシオンの目が点になった。
「おま……」
 呆れた笑いが広がった。

 「ええ、違いますの?」
 それを指摘されて、ディアーナは高い声を張り上げた。
「教えなかったか?ほら、ここを押したら音が鳴らないようになるって」
「それは、聞きましたわ」
「じゃ、昼間はどうしてた?」
「…こっちを押してましたわ」
 ディアーナは爪先で押さねば押せないような、小さなボタンを差して見せた。
「おいおい、そりゃ、留守番電話機能だって」
 シオンは長い前髪をかき上げて、呆れたように笑った。
「道理で、何度かけても出ないなと思ってたんだよ」
「じゃ、わたくし、昼間の設定、間違えていたんですの?」
「そゆこと」
「でも、一度、間違い電話がかかって来ましたわ…」
 その声が、自分を最終的な決断へ向かわせたのだということを思いだして、 ディアーナは少し言葉を濁した。
「それは、夜だろう?バイブ機能の設定はあってるよ」
 シオンはディアーナに、教えた通りの設定を促し、自分の電話を取りだすと、いくつかボタンを押した。ディアーナの手の中のそれがうなりを上げて 震え始める。
「夜に、かけて下さったら良かったのに…」
「出来れば、そうしたかったんだがな」
 シオンは後ろめたいと言ったように、視線を反らした。
「お前のにーちゃんが、俺は苦手だ」
「まぁ」
 ディアーナは笑った。
「でも、わたくしと結婚すれば、お兄様はシオンのお兄様にもなるわけですわ」
「…それはな……」
 シオンは呻いた。それを見て、ディアーナは楽しげに声を立てた。
「シオンにも、弱いものがあるんですわね」
「…どーいう意味だ、それは…」
 言って、シオンはディアーナを抱き寄せた。
「俺が一番弱いのは、お前さんだけどな」
「……ま……」
 そのまま唇を合わせて、ディアーナは小さく言った。
「シオン…」
 その胸に頭を寄せながら、ディアーナは囁く。
「シオンは、わたくしがいなくても生きていけます…?」
 それは、ただの甘い睦言でしかないような言葉、しかし、ディアーナは 真剣だった。
「…そう、思っているのか?」
 シオンは最初はそれをからかうような口調をとった。しかし、ディアーナの表情を見てそれをひどく真面目なものに変える。
「だって、シオンはいつもお仕事が忙しくて、わたくしのことも 構ってくれなくて、だから…」
 だから。
「……生きていけない」
 囁かれた言葉に、ディアーナは振り返って唇を奪われて、そしてまた頬を 染めるような囁きを受けた。
「生きていけない、だから」
 シオンはディアーナの肩を抱いて、甘えるようにそこに顔を押し当てた。
「…結婚しよう、結婚して、ずっと一緒にいよう」


END