いや、確かにね、ちょこっとだけ、思った事はあるわよ? けど、思った事は否定はしないけど。 でも。 ・・・・・こんな非現実なコト、誰が想像できたっていうのよっ!! |
やたらと否定形の接続詞を使っていた私だけれど、今、目の前に居座っている非現実な現実から逃げる訳にはいかないことを理解している。 一つ、ため息をついて気持ちを切り替えた。 こうなったら、時間ギリギリまで目一杯楽しんでやる! 「・・・で、私はどうすればいいの?」 私の言葉で、目の前の無数の小さな光球達が嬉しそうにさざめいた。 ・・・いや、さざめいたっていうのは、物凄く控えめな表現だ。 だって、穏やかに光を点滅させている者はほんの数名、くるくると私の周囲を回っている者だってまだ大人しいほうだ。 頼むから、辺りを飛び跳ねながら七色の光を発散させたり、ピンクのオーラを振り撒くのはやめてください。 無茶苦茶、目が疲れる・・・それ以上に精神も疲れるけど。 この光景を見て、思わずぐりぐりと眉間の皺を伸ばす私を非難する人はいないはずだ。いや、実際誰もいないけどさ。 「まったくもう・・・嬉しいのは分かったから、いい加減説明をお願いしたいんだけど」 こうも興奮されると、何時まで経っても話が進まないと判断した私はため息を吐きながら目の前の光球達に視線をやった。 私の冷静なお願いに彼等もようやく興奮が収まったのか、くるんくるんと私の周囲を回りながら代わる代わるこの事態に対する説明をしてくれる。 「OK。どこまで出来るか分からないけど、態々私を指名してくれたものね。いいわよ、貴方達のお願い、引き受けるわ」 この一言が私を非常識な出来事に巻き込むきっかけになったのだった。 パチッ、とまるで私の体にスイッチが入ったように目が覚めた。 布団に中にいるままで、自分の中から情報を引き出す。 明らかに今までとは違う記憶が脳裏に収納されている事を確認した私は一つ、ため息を吐くとようやく体を起こした。 ざっと部屋の中を見回しても今まで自分が暮らしていた部屋とはまったく違うことに、いよいよこれが夢ではないと確信する。 「・・・まぁ、引き受けたことだしねぇ」 再びため息を吐くと、テキパキと朝の支度を始めたのだった。 きっかけは一体何だったのか、未だによく分からない。 ただ、気付けば柔らかな光に満たされた空間に立っていて。 そして目の前には様々な光を放つ光球達がいて。 何の疑いもなく、ただ直感でその光球達が妖精だと分かった。 小さい頃から幽霊の類を見る方ではあったが、まさか妖精まで見るとは思わなかったけれど。 その光球達−−−妖精達−−−は私にある依頼をしてきて。 一瞬、現実逃避をしかけたけど、割合柔軟な思考の持ち主である(この時ほど、自分がそうであることを感謝した事はなかった)私は彼等の依頼を引き受けて−−−今に至る。 名前は 。これは今までと同じ。家族構成は父と母と私。これも、同じ。けれども、父がパイオリニストで母がピアニストっていうのは、流石に違う。 ・・・なんていうか、最初っから私の設定、捏造しまくり?妖精さん達、幾らなんでもこれはないでしょう?と遥か彼方の次元にいるだろう存在達にため息を吐いてみせる。 それでおしどり夫婦というか、万年恋人ラブラブ夫婦の両親達は何時でも何処でも二人一緒に世界中を飛び回っている、と。 割と名を知られている(この場合の『知られている』は演奏の腕と言うよりも2人のラブラブ振りで有名なんじゃないかと思う)2人の子供である私も音楽関係者から期待されていたらしいが、私自身はまったくそっち方面に興味はなく、極々普通の学生をしている。 それでも、小さい頃から常に周囲は音楽で満たされていたから聴く事自体は大好きだし、耳も一般の人よりかは肥えている方。 そして、ある意味放任されている私はこの家に一人暮らし。けれども、隣に親戚がいて、普段から何かとお世話になっている。 ここまでくるともう、ため息も出ないのだけれど・・・隣の親戚っていうのが、「日野」家。私の母の従妹がお隣のおば様。ここの家には私の一つ年下のお嬢さんがいて(つまり、はとこになる)、彼女の名前が「日野 香穂子」。 そう、私は妖精達によって『金色のコルダ』というゲームの世界に飛ばされてしまったのだ。 身支度をして鞄の中身を確認し、家を出て鍵を掛ける。そして徒歩一分のお隣さん−−−日野家の玄関を挨拶と共に開けた。 「おはようございます」 「おはよう、ちゃん」 台所からおば様の声が迎えてくれ、私は鞄を持ったまま台所へと向かう。台所ではおば様−−−母の従妹で香穂ちゃんのお母さんである菫さんが朝食とお弁当を作っていた。 鞄をリビングのソファに置くと私もエプロンを身に付けながら台所に立つ。 「いつもすみません、おば様」 「ちゃんも気にしなくていいのに」 「そういう訳にもいきませんから」 確かに未成年であり、扶養される立場ではあるけれど、だからといって何もかも世話になる訳にはいかない。普通の家だって家の手伝いをするのが当たり前なのだ。世話になっているこの家でだって手伝いをするのは当然だろう。 しばらくおば様と他愛無い話をしながらおかずを作り、お弁当へ詰めていく。気がつけばかなりの時間が経っていて、二階の方でバタバタとした物音が聞こえてくる。そうして、綺麗な赤褐色の色が私の視界に入ってきた。 「おはよう、お姉ちゃん」 「おはよう、香穂ちゃん。パンとご飯、どっちにする?」 日野家の一人娘で私のはとこ、香穂子ちゃんがにこにこと笑いながら挨拶してくる。小さい頃から一緒に育ったからか、彼女は私を本当の姉のように慕ってくれている。もちろん、私も香穂ちゃんを妹のように可愛がっていて・・・つまりは、私達は本当の姉妹のような間柄なのだ。 「んーと、パンと紅茶がいいな」 「はいはい、ちょっと待っててね」 パンをトースターに放り込み、紅茶の用意をする。 香穂ちゃんはフライパンにバターを入れてチーズオムレツを作っている。 「香穂ちゃん、新しいクラスには慣れた?」 作った朝食を並べ、二人揃って椅子に座ると早速もぐもぐと美味しそうに食べている香穂ちゃんに話しかけた。・・・どうでもいいけど、この子の食べ方ってリスとかが木の実を齧っているような、そんな雰囲気があるわね。 「うん、去年と同じクラスの子も何人かいるから。でも、勉強がやっぱり難しくて」 「それはまぁ、仕方がないわね。頑張るしかないわよ」 「どうしても分からなかったら、お姉ちゃん、教えてね」 「いいわよ」 とりあえずはまだ、コンクールは始まっていない時期。・・・ならば、今日にでもコンクールの張り出しがある可能性があるってことか。 他愛無い話をしながら朝食を食べ、食器を片付けると二つのお弁当のうち、一つを香穂ちゃんへ渡す。 「そろそろ行かないと遅刻しちゃうわね」 「ホント!急がなきゃ」 徒歩15分程度のほんの近くだから、うっかり油断してギリギリってことにもなりかねない。 私も香穂ちゃんもたまに、その冷や汗物の体験をしているので急いで玄関を出ると通っている高校−−−『星奏学園』へと足早に歩き出したのだった。 学園に近づくほどに周囲のざわめきが大きくなる。普段よりも落ち着きのない雰囲気にピンときた。おそらく、コンクールの張り出しがあったのだろう。 注意して周囲の会話に聞き耳を立ててみれば聞き覚えのある名前が次々と出てくる。 ・・・と、なれば。 物語の始まりでもある、香穂ちゃんが正門のところでリリを見てしまうイベントがあるはずだ。 正門に近づくと女の子二人が立ち話をしているのが見える。その片方が香穂ちゃんに気が付き、声を掛けてきた。 「おはよう!ね、コンクールの話、聞いた?」 「コンクール?」 首を傾げる香穂ちゃんを見ていた私だったが、名前を呼ばれて振り向くと部活の副部長がそこに立っていた。 「おはよ、。朝っぱらから悪いんだけど、この書類に少し、目を通してくれない?」 「何、急ぎ?」 「も聞いたんじゃない?コンクールの話。コンクールが開かれるとなったら、放送部も無関係じゃなくなるでしょ、いろいろと」 「ああ、なるほど。音響関係とか出てくるものね」 「そういうこと」 この星奏学園で私は音楽科ではなく、普通科に在籍している。そして、放送部として活動をしていた。余談だけれども、その放送部で部長を務めているのは私だったりする。 「今回のコンクールの出演者は・・・ふーん、5名か」 「揃いも揃って有名人ばかりよ」 「みたいね。1年でも注目株が出場しているし。それにしても、見事にバラバラな楽器だこと」 書類を確認しながらチラリと香穂ちゃんの様子を伺えば、奇妙な表情で微妙な場所へ視線を向けている。リリの姿が見えたのだろうな・・・って、どうして私までリリの姿が見えるのっ!? ・・・・・いや、まて、落ち着け、私。そもそも、私がこの世界に来たのは、ここの妖精さん達に頼まれたというか、引っ張り込まれた為で、だから、原因の妖精が見えてもおかしくはないのよね。それに、もともと私は霊の類を見る質だったし。・・・妖精と霊を同レベルにするのは自分でもどうかと思うけど、この際無視して。 「決めたのだ!お前もコンクールに参加するのだ!」 うわぁ、凄く嬉しそうだけど、無茶苦茶強引だよ、リリ。香穂ちゃんも展開についていけなくて、目を白黒させているし。 「あ、予鈴だわ。詳しい事はまた後でいい?」 「ええ、よろしくね」 気が付けば予鈴が鳴っていて、私は慌てて書類を鞄の中へしまった。香穂ちゃんも友達に言われて取り敢えずは教室へ向かうことにしたようだ。 ・・・香穂ちゃんのこれからを思うと、ちょっとだけ同情する。あの体当たり取材を敢行する彼女に現状を知らされることになる昼休みは、物凄く混乱する事になるんだろうなぁ・・・・・。 とにかく、頑張れ、香穂子ちゃん。 しかし、その昼休みから私も巻き込まれる事になるとは、まったく予想していなかったわよ。 予想では自宅に帰ってから相談されると思っていたんだから・・・・・。 昼休み。 お弁当を食べ終えた私は放送部の書類に目を通していた。 日程や使う機器などを頭の中で整理していると、副部長が慌てた様子で教室の中に入ってくると私の名前を呼ぶ。 「、大変。コンクール参加者が増えたわよ」 「増えたの?でも、どうしてそれが大変になるわけ?」 理由を知りながらも敢えて私は不思議がる。普通は参加者が増えたからって、対して支障はないからね。 「だって、普通科からよ、参加者は。お陰で普通科も音楽科も大騒ぎなんだから」 「普通科から・・・ね。新たな参加者の名前も廊下に張り出してあるの?」 「ええ、そうよ」 一応の確認を取り、その名前を確認しようと教室から出た瞬間。 「お姉ちゃあああーーーんっ」 「か、香穂ちゃんっ?」 半泣きで爆走してくる香穂ちゃんの姿に一瞬、目が点になる。確か、不真面目音楽教師の所へ話を聞きに行くように、報道部員さんに勧められるはずでは・・・? 無意識に胸に飛び込んできた香穂ちゃんを抱き止めながら、私の思考も半分停止しかかっていたが、うるうると見上げてくる視線にどうにか正気に返る。 「香穂ちゃん?一体どうしたの?」 「あ、あのっ、あのね、そのっ、コ、コンクール、私、無理っ、し、知らないのに、よ、妖精がっ」 ・・・・・駄目だわ。香穂ちゃん、完全にパニクっている。うーん、どうやって冷静にさせよう。 「嘘・・・先輩・・・?」 唖然とした風の呟きが聞こえ、顔を上げるとウェーブのかかった髪を一つに括った活発そうな少女がカメラを片手に立ち竦んでいる。 これから先、色々と香穂ちゃんに関わってくる、そして時には力にもなってくれる報道部員さんだ。 「えっと・・・もしかして、この子の状態の訳、知っている?」 「あ、はい。その、早坂先輩、日野さんとどういう関係なんですか?」 まだ名乗っていないのに私の名前を言った彼女に私は驚く。まぁ、報道部という性質上、一般の人よりも情報はあるだろうけど、まさか全校生徒の顔と名前を知っている筈はないし・・・どうして知っているのだろう。 「はとこよ、香穂ちゃんとは。ところで、お嬢さんはどうして私の名前を知っているの?」 「だって、有名じゃないですか、先輩は!」 「・・・・・は?」 有名?私が?どうして? 勢い込んで言われた単語に今度は私が目を白黒させる。確かに両親関係で私も注目された時期があったけど、それもすでに過去の事だし第一、ここの生徒がそんなことを知っているとは思えない。 「あー、は妙なところで鈍いから。自分がいかに有名だってコト、気付いていないのよ」 「あ、そうなんですか。言われてみれば、確かにそんな感じですね」 妙なところで鈍いって、どういうことですか、副部長殿。報道部員ちゃんもそれに同意しないで下さい。 「先輩は放送部の『美声の女神』として有名なんですよ」 「・・・・・・・・・・はぁ?」 何なの、そのネーミングは。ってか、『美声の女神』って何? 「の声って綺麗なだけでなくて、聞いてて気持ちいいのよ。それにその容姿でしょ。だから、『美声の女神』」 分かるような、分からないような・・・。一応、褒めてもらっているのよねぇ? 「・・・ま、私の事はどうでもいいわ。問題は香穂ちゃん・・・えっと、お嬢さん、貴女の名前を伺っていいかしら?」 「あ、すみません。私は天羽菜美と言いまして、報道部に在籍しています。日野さんがそんな風になったのは、どうも知らないうちにコンクールへ出場が決まったせいらしくて・・・」 ・・・まぁ、確かに、楽器の経験なんてない自分が、いつの間にかコンクールへ出ることになっていたら普通はパニくるわよね。 「香穂ちゃん、香穂子。少し落ち着きなさい。知らなかったなら知らなかったで、どういうことか聞きに行かなきゃ」 「あ、このコンクールの担当が金澤先生なんです。だから、そこへ聞きに行けば少しは事情が分かるんじゃないかと思うんですけど」 「そう。金澤先生ならおそらく、音楽室でしょうね。ほら、香穂ちゃん。行ってらっしゃい」 「お姉ちゃん・・・一緒に来てくれない・・・?」 潤んだ大きな瞳で、縋るように私を見上げて頼んでくる香穂ちゃんに一応、その気はない私ではあるが、グラリと眩暈を起こした。 ・・・香穂ちゃん。間違ってもそのアングルは男性の前でやっちゃ駄目よ?ほぼ間違いなく、押し倒されちゃうから。 「不安なの?」 「うん・・・。だって、音楽科の校舎ってあんまり行かないから・・・」 あー、それもそうか。音楽科の校舎へ普通科の人間が行くと間違いなく目立つし、注目も浴びる。逆もしかりだけど。この香穂ちゃんはおとなしめのタイプだから、人の注目を浴びるのは苦手。芯は強くてしっかりしているんだけどね。 「そうね。私もコンクールの事で金澤先生に用があるし、一緒に行きましょうか」 「ありがとう、お姉ちゃん!」 途端に満面の笑みで香穂ちゃんが抱きついてくる。不安・・・だったんだろうな、多分。いつの間にか自分が渦中の人になっていれば無理もないけど。 「天羽さん、金澤先生は音楽室にいるわよね?」 まず間違いはないだろうけど、一応、報道部員である彼女に確認を取る。なにせ、私というイレギュラーが入っちゃっているし、この先何が起こるか分かっていても、話がズレる可能性もあるし。 「アレでも一応、コンクール責任者ですし、いると思いますよ。私も先生に一言貰いたいですし、ご一緒させてもらえますか?」 天羽ちゃん・・・何気にキツい事を言うわね・・・。とりあえず、同行を申し出てくれた彼女には喜んで了承する。 「そうしてもらえると有難いわ。もし、万が一、先生がいなかったら捜すのにひと苦労しそうだもの」 「コンクール責任者のクセして、無責任ですものねぇ」 流石に報道部員だけあって、金澤先生の一癖も二癖もある難儀な性格を把握していらっしゃる。 こうして、本格的に私はコンクール騒ぎに巻き込まれることになったのだった。
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