ちっがぁうっ!!
静かな森の湖畔を小さな少女としなやかな青年が歩いている。
「セイラン様、あそこっ」
突然何かを見つけた少女が駆け出す。
「転ぶんじゃないよ、アンジェリーク」
苦笑しながら青年が猫のように足音を立てずに少女の後に続く。
この二人は、ここ宇宙を統べる女王のお膝下聖地で行われている女王試験を受ける栗色の髪と緑青の瞳の《女王候補生アンジェリーク》と彼女を教える瑠璃色の髪と群青の瞳の《感性の教官セイラン》である。
「ね、綺麗だと思いませんか?」
ひっそりと咲いている鈴蘭を見つけた少女は、座り込んでその小さな白い鈴を傷つけないように注意しながら触れる。
「とても健気で、こんなに可愛い」
にっこりと背後に立つ青年を見上げる瞳には絶対的信頼の光が宿っている。過ぎる程純粋な少女らしいその輝きを見つける度に、青年の中に今まで想像もしたことのなかった優しい気持ちが広がっていくことを、彼女は知るまい。彼がどれ程愛しく思っているのか、知るまい。
「いけません」
「?」
青年の動きを制して、彼女はそっと首を横に振った。
「せっかく咲いているんですもの。このままにしてあげましょう」
『ね?』と首を軽く傾けると、木漏れ日が白い柔らかな表情を彩る。
「セイラン様?」
花を手折ろうとする青年の腕を制した手を取られ、彼女は首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
おっとりとした笑顔も可愛い少女は、思い詰めたような青年の表情に顔色を変えた。
「ご気分でも悪いのですか?」
随分と皮肉な口調を操る青年ではあるが、そんな彼を天下無敵の無邪気さで慕っている少女は青年の端麗な美貌を覗き込む。
「いや、違うよ」
軽く瑠璃色の髪を揺らせて、セイランは低い位置にある小さな女王候補の顔を白い指でたどった。
「アンジェリーク」
「はい?」
瞳の純粋な輝きは樹木を映した泉のように相手を映す。
「アンジェリーク、僕は」
「セイラン様?」
あどけなく自分を見つめる瞳に自分だけを映して欲しくて、彼は腕を捕まえる。
「アンジェリーク」
「っ」
突然響いた声に、彼は内心舌打ちをした。
「レイチェル」
「はぁい」
ヒラヒラと手を振る仕草も何処となく余裕の空気を漂わせる金髪と菫の瞳の《女王候補生レイチェル》に、ライバルという関係以上に大切な親友という関係を築いている少女が驚いたように駆け寄る。
「・・・・・ここに一人で来るのは君ぐらいだろうね」
ギリッと形のいい手を握り締めて、セイランはアンジェリーク同様自分の生徒であり、それ以上にある事柄のライバルという複雑な間柄にある少女にそう言う。
「引く手は数多の身としては、誰かと二人で来るわけにはいかないんですよ」
ケラケラと笑い飛ばす少女は十人中九人が太鼓判を押す美少女である。例外はこの感性の教官くらいだろう。
「まったく、タイミングの悪い」
ブツクサと舌の上で文句を転がすと、青年の言葉を聞きつけた美少女があくまで太陽のような笑顔で、だがひどく冷たく言い放つ。
「私は最高のタイミングを測らせてもらいましたよ」
その言葉に思いっきり険悪な視線が叩きつけられる。
この二人、実はアンジェリークを挟んでのライバルなのである。
セイランにとって想い人であるアンジェリークは、レイチェルにとって大切で大好きな親友なのだ。
そして二人とも独占欲は可成強い方で・・・・・
「「・・・・・」」
それぞれが栗色の少女と二人でいる時に邪魔しまくるという構図が出来てしまったのである。
バチバチと睨み合う二人の間、所在がないように二人の顔を首を振ることで見ていた少女が、そっとため息をつくと二人の服の袖を引く。
「どうしたんだい?」
「どうしたの?」
睨み合いを中断した二人が慌てて、ただしそれをお互い悟られるのが嫌で平静を装いながら言うと、二人の大切な少女は、寂しそうな表情を隠そうとして出来なかった、それ故に尚更寂しそうな顔で言った。
「私、帰ります」
まるで雨に濡れた子猫のように、少女は目を伏せて続ける。
「二人の邪魔、したくないですから」
「「・・・・・」」
「今日はお誘い下さって有り難うございました」
ちょこんと青年に向かって丁寧な礼をした少女は足早にそこを後にした。
そして残されたのは、たった一言が頭の中をグルグルと回っている感性の教官と金髪の女王候補生の二人。
『邪魔したくない』って、『邪魔したくない』って、そんな・・・・・
「「ちっがぁうっ!!」
静かな森の湖畔に、二人分の叫びが轟いた・・・・・
「違うよ、アンジェリーク!」
「待ちなさい、アンジェリーク!!」
真っ青になって二人は同時に駆け出し叫ぶ。デートの度に邪魔をする理由をすっかり勘違いしている、一人にとっては唯一の想い人、一人にとっては無二の親友に向かって。
「「誤解だぁっ!!」」
この後、少女が誤解していることを認識させるのに費やした時間、丸一日であったことだけを追加する。
END
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