HEARTのThief 〜theft1−4〜

HEARTのThief〜theft1−4〜



『今宵貴方のハートをいただきに参上致します
                   Angel Thief』

『場違いもいいところだったかなぁ?』
 更に内心、『せめて制服は着替えて来るべきだった』だとか考えながら、きびきびとした歩みに気丈な性格をにじませながら、セーラーカラーを揺らせて彼女は真新しい画廊の中を一つ一つ丁寧に見ていた。

 《怪盗Angel Thief》に舞い込んだ盗みの依頼  それに合わせて偵察がてらやって来たアンズは辺りを軽く見回す。
『あそことあそこ』
 監視カメラの存在を目聡くチェックしつつも、あくまでその態度は堂々としてやましさは感じられない。
 ただ、難を言うなら・・・・・

 周りはこの画廊の関係者らしい年配の人間ばかり。入り口でも門前払いになりかけたのを、つい昨日ある青年からもらったチケットを慌てて見せて、奇異な目で見られながらも入れてもらえたのだ。
 落ち着いた雰囲気の年配の中で、女子高生が一人というのは、目立って当然と言えば当然である。

「これ」
 一つの絵の前でピタリと視線が止まり、その先に彼女がこの個展を知ったきっかけであるポスターに使用されていた青い絵画が鎮座している。
「・・・・・」
 しばしその深いブルーに夢見る瞳で少女は見入り、

 耳元で囁かれる言葉

「遅かったね」

 抱く腕

「っ!?」
 思わず反射的に腕を振り上げたところで掴まれる。
「貴方」
 きつく睨んだ瞳が、相手を認めて丸くなった。
「驚かせたみたいだね」
 悪びれた響きはかけらもなく、瑠璃色の髪の青年がふわりと笑う。
「何でいるのよ!?」
「何でって」
 目を丸くしている少女の様子がおかしいのか、彼はクスクスと笑いながら掴んでいた腕を解放し、その指を軽く揺らせた。

「個展を開いた当人がいてはいけないのかい?」

「・・・・・」
「どうかしたの?」
「うっそだぁ」
「・・・・・酷い言い草だね」
「だって、この個展を開いたのは女子高生の私でも知ってる高名な芸術家《セイラン》でしょ?」
「だから、それが僕なんだけど」
「・・・・・本当に?」
 しばらくの沈黙の果てに彼女が問うと、彼は苦笑して頷く。
「僕が《セイラン》だよ」
 いとも容易くそう言うと、彼は少女の腕を再び掴む。
「おいで、僕の絵が気に入ったのなら、面白い物を見せてあげるよ」
 唖然と自分達を見ている視線を振り払うように強引に少女の腕を引き、彼はこじんまりとして壁と半ば同化しているドアを開けた。

「どうぞ」
「有り難う」
 コーヒーを差し出され、困惑の極みながら少女はそれを大人しく受け取る。
「・・・・・」
 猫舌なのか恐る恐る少女がカップに口をつけるのを見ていた青年は、傍らの机の上に置いてあった真新しいスケッチブックを渡す。
「ラフだけど」
 そう言い添えられて渡されたスケッチブックを、好奇心から彼女は開いた。

 淡い淡い彩色が施された柔らかな雰囲気のそれには天使が描かれている。

「・・・・・本当に貴方が描いたの?」
「どういう意味だい?」
 ムッとした様子で彼は眉をしかめた。
 スケッチブックに視線を向けている関係で青年の機嫌が急降下していることに気がついていないアンズはそれに答える。
「あっちに飾ってあった絵は、ほとんどが何だか見ているこっちに挑戦しているような感じを受けたのに、これはすごく優しいもの」
 『こっちの方が好きだなぁ』と呟いて彼女は目を細める。
「ふぅん」
 少女の真向かいに座って、彼は視線をジッと手元に注いでいる少女に自分の視線を向けた。彼女が自分を思い出すまで。
「な、何?」
 見つめられていたことに気がついて、彼女はうっすらと頬を染めて彼を気丈に睨む。
「うん。決めた」
 にっこりと笑って、彼は彼女からスケッチブックを返してもらいながら続けた。

「お帰り、アンズお姉ちゃん」
「どうだった?」
 女の子だけの話をしていたらしい笑顔の妹と従姉妹と友人達に出迎えられたアンズであったが、何故か目の焦点が合っていない。
「アンズ姉さん?」
「どうかしたの?」
「アンズ?」
 様子のおかしいことに気がついた少女達は顔を見合わせる。
 天然惚けな三つ子の妹達や従姉妹と違って基本的には『気丈・勝ち気』で通っているアンズの様子のおかしさに、誰もが首を傾げる中、突然、

 『ガッタァン』

「アンズお姉ちゃん!?」
「ちょっと!どうしたのよ!?」
「アンズ姉さん!?」
「アンズ!?」
「アンズちゃん、しっかりぃぃぃぃぃっ!!」

 見事に気を失ったアンズを前に、バタバタと少女達は騒ぎ出した。

To be continued