HEARTのThief 〜theft1−5〜

HEARTのThief〜theft1−5〜


『今宵貴方のハートをいただきに参上致します
                   Angel Thief』

 漫画であれば背後に『パチッ』という擬音を書きたくなるように、彼女は涼しい目を開いた。
「アンズお姉ちゃぁん」
 『ピーッ』とばかりに泣きながら抱き着く末妹に、アンズは目をパチクリさせて回りを見回す。
「いきなり倒れるんだもの、心配しちゃったよ」
 目元にうっすらと涙をにじませたすぐ下の妹の言葉で、自分が倒れた事実をやっと認識するするアンズである。
「そっか、ゴメン」
「何かあったの?」
 内気で優しい心根が可愛いアンジュの言葉に、一瞬にしてアンズは真っ赤になる。
「な、なにもないわよ」
「嘘をつけない体質は、姉さんも一緒よ」
 いざとなれば嘘八百並び立てることの出来る長姉は、しかし、実際のところてんで嘘をつくには向いていない。そのことをほぼ同じ時間に生まれた妹達は十分すぎる程知っているのだ。
「わ、私もう寝るね」
 パフッとシーツを引き上げ、逃げに入るアンズだが、
「じゃ、私も」
「私もぉ」
 口々に言ってベッドの中に入ってくる妹達に、アンズは呆れたように言う。
「狭いわよ」
 『ココンッ』
「アンズちゃん、大丈夫」
 ピョコンと三つ子達にとっては従姉妹にあたるリモージュが入って来る。手に大きな枕を持って。
「ちょっと、まさかリモージュも?」
「えへ」
「・・・・・狭いんだってば」
 確かに小学校くらいまでは、従姉妹を含めて四人で一緒に寝ていたが、幾らなんでも高校生になってまで、何故狭い中一緒に寝なくてはならないのだろう?
「リモージュ、どいてよ」
「いれらんないよぉ」
「あ、ゴメン」
 廊下からの声に慌ててフワフワとしたフェアブロンドを揺らせ、リモージュはドアの横に寄る。
「・・・・・あんた達まで?」
「いいじゃない、たまには」
「女の子だけのお話ししましょ♪」
 濃紺の髪を優雅にまとめた親友とウェーブのかかった鮮やかな金髪の親友の二人が、軽い簡易ベッドを運び込んで来るのを見たアンズはとうとう諦めた。
 元々それは可愛がっている妹達や従姉妹、一歩間違えば傍若無人な親友達に、敵うわけがなかったのだ。

「なぁに?それじゃあのチケットって、個展の本人からもらったわけ?」
 無遠慮な程率直に言うのはレイチェルだ。竹を割ったような性格と自分に対する絶対的な自信が起因するそれは、時に多少人に不快感を与えるが、本人の悪気のなさが分かるのでそう悪く取られることはない。
「セイラン、て、有名なわりに表に出て来ないから顔知らないんだけど、やっぱり年のいった方だった?」
 とあるやんごとない家の御令嬢でありながら、家を出て親友の裏の仕事を手伝っているという変わった経歴のロザリアは、実家で教えられた徹底した帝王学の一環からか人を使うのが上手い。更には辛辣な審美眼を持ち、本物か否かの決定に際しては彼女も加わっている。
「一言で言うなら、いい男だったわよ。あれを美形じゃないって言えるのは、そういないと思うな。年も私達とかわらない程度みたいだったけど」
 ブスッとして答えながらも、答えに私情は挟まないアンズである。《怪盗AngelThief》の実行部隊では切り込み隊長をしている。
「へぇ、姉さんがそういうなら、すっごい美形なんだろうな」
 驚いたようにアンジェが瞳を瞬かせる。アンズ同様実行部隊の一人で、鍵開けのエキスパートだ。
「でも、どうしてアンズお姉ちゃんにチケットくれたのかな?」
 おっとりとして可愛い声でアンジュが首を傾げる。これまた二人の姉同様実行部隊の一人で、実はこれでもダーツの名手なのである。
「もしかしてアンズちゃんに一目惚れしたとか?」
 クスクスと楽しそうにリモージュが言う。従姉妹達実行部隊の逃走経路を確保するのを任務とするのが、彼女だ。
 勝ち気な性格を伝える涼しい目元が人目を惹くアンズは、妹や従姉妹や親友達を大切にする反面自分には無頓着で、自分を慕う人間を無視しまくるのだが、それでもモテる事実は揺るがない。颯爽と歩く姿は同性も振り返るカッコよさで、リモージュはそれを指摘しているのだが、
「・・・・・」
 自分が総勢九人もの人間を惹きつけていることに全然全く気がついていない従姉妹の言葉に、アンズは眉をしかめてシーツを頭の上まで被る。
「私、寝る」
「息が苦しくなっちゃうよ、アンズお姉ちゃん」
 何となくズレたことをアンジュが言うと、少しだけアンズはシーツを下に下ろす。
「たまには姉さんが私達を頼ってよ」
 同じ顔立ちではあるが性格は見事に違うアンジェの言葉に、アンズは目を伏せた。
「あのね、アンズちゃん。何もかも全部自分の中に仕舞わないで。私達もアンズちゃんのこと大好きよ?」
 透明な深い翠の瞳が印象的なリモージュの言葉に、思慮深い紫紺の瞳が美しいロザリアが言い添える。
「見てらんないのよ。アンタってば、すぐに何もかも仕舞い込んで、何時か壊れちゃうんじゃないかって」
「話してごらんよ。聞くことぐらいは、させて」
 陽気な口調に心配する響きを隠して、レイチェルが淡く優しく菫の瞳を瞬かせた。
「・・・・・」
 しばらく目を伏せていたアンズが、妹達同様鮮やかな青翠の瞳を大切な人達に向ける。

「話す。聞いてくれる?」

「モデルゥゥゥゥゥ!?」
「冗談じゃないらしくってね」
「例のセイランさんのモデル、よね?」
「そう」
「頑張ってね、お姉ちゃん」
「・・・・・断るわよ、私」
「どうして?せっかくだもの、描いてもらったら?」
「あのねぇ、仕事が舞い込んでるでしょうが!?」
「あら、だからこそ、じゃなくって?」
「?」

 女の子だけのパジャマでのおしゃべりは、にわかに作戦会議の匂いを湛えだしたようではあるけれど、やっぱり《怪盗Angel Thief》を捕まえたい警察の方々が知れば、あまりのイメージとの差に目眩を起こしそうなキャイキャイとした声であった。

To be continued