HEARTのThief〜theft1−6〜

HEARTのThief〜theft1−6〜


『今宵貴方のハートをいただきに参上致します
                   Angel Thief』

「・・・・・」
 延々入り口で躊躇うこと、たぁっぷり十分。栗色の髪に橙のリボンをつけた少女はそれでも踏ん切りがつかずに躊躇い続けている。

 昨夜、自分達の叔母の後継と目されている二人のうちの片方は言った。
『モデルをする傍ら、さして怪しまれずに内情を探れるわ』
 また、もう片方も言ったものだ。
『カードが届けば絶対に警備は強化されるもの。トラップは付け足そうと思えば幾らでもつけられるからね。内情を探れる手があるなら使わなきゃ』

『あいつを騙しきるのって、すごぉく難しそうなんだけどねぇ』
 演技力は妹や従姉妹と比べればある方だが、冷徹な程の観察眼を持っているらしいあの青年相手にどれだけの時間を騙せるのか、可成のところ彼女アンズには疑問だった。
 しかし、『使えるものは何でも使え』とばかりな親友達に後ろから突き飛ばされたような形で、彼女は延々とここで迷うはめになったのである。

 『ぎゅむっ』
「うきゃっ」
 いきなり抱き締められ、少女は素っ頓狂な声をあげた。
「やっぱり来てくれたんだ」
 冷たく響く筈なのに何処か柔らかな印象がまぶされた声に、彼女は不機嫌そうな表情を隠しもせずに振り返った。
「鬱陶しいから離れて」
 これが旧知の青年なら、とっくにぶちのめしているところである。不機嫌も絶頂で彼女は相手を睨み付けた。
「ん」
 名残惜しそうに腕を離したのは、騙しきらなくてはならない相手
「来たわ」
 ただそれだけを少女は簡潔に言い、青年はうっすらと満足気に微笑んだ。

「ただいまぁ」
「おかえりぃっ」
 疲れた様子で入って来た少女に、艶やかな美貌の青年が手を振る。
「アンズ、どれがいい?」
 そんなことを言いながら出された幾枚もの衣装のスケッチを前に、アンズは固まった。
「・・・・・また、目の保養な代物ばかりだな」
 ヒョイッとアンズの後ろから覗き込んだ青年の台詞に、にぃっこりとオリヴィエは笑って言い放った。
「リモージュ達ってばスタイルいいから」
 その言葉に『ウンウン』とばかりに頷くオスカーの腹に、アンズは一発手加減全くなしの肘鉄を入れて自分の後ろからどかせる。ちょうどアンズの栗色の髪の上に頭を乗せるようにして見ていたのが、彼女のお気には召さなかったらしい。
「もう少しシンプルにして。動きにくいのは嫌よ」
 オリヴィエの手からエンピツを取り出すと、気に入らない飾りに次々と手早くバツ印をつけていく。
「むぅ。こんなに不許可が出るんじゃ、最初からやり直した方がいいわね」
 そのページを破り、パッションブロンドを無造作に高く結い上げると、オリヴィエは次の衣装の考案に移った。
「なんや、アンズ、かえっとったんか?」
「チャーリーこそ。今日は会社に泊まり込むかと思ってたけど?」
 仕立てのいいスーツ姿の萌黄の髪の青年は、ニヤリと楽しそうに笑う。
 これでもこのチャーリー、多角経営の大財閥の社長なのだが、裏ルートの常連客が世間を騒がせる『怪盗Angel Thief』であることを知り、好奇心から身分を隠して近づくや、すっかり気に入って仲間になったという過去がある。
 今も、
「仕事がなんやねん。こっちの方がなんぼかおもろいやん」
 と、社員一同が聞けば、『仕事をしてくれっ』と泣いて頼みそうな声で言い放ったものである。・・・・・これでも敏腕社長さんの筈なのだが・・・・・
「・・・・・そう言えば」
 人体の急所を的確に打ち抜くアンズの一撃は、女性とはいえ侮れない。オスカーも殴られた腹を押さえながら何とか立ち上がり、ニヤッと笑って問うた。
「あっちどうだった?」

 すでにアンズがモデルとしてセイランの元に通い出してから一週間経っている。
 そして今朝早く、『怪盗Angel Thief』の予告カードが画廊に届けられたのである。

「・・・・・オーナーは『またウチかいっ!?』って、頭抱えてた」
 ボソッと少女が答えると、オスカーとチャーリーは腹を抱えて笑い出す。
「・・・・・そ、そうでしょうね。でさ、例の芸術家さんは?」
 二人程ではないが、おかしそうに肩を震わせながらオリヴィエが問うと、アンズの肩が微かに動揺したように揺れる。もっとも、その声の調子は変わらなかったが。
「相変わらずよ。全然興味ないみたい。ターゲットは彼が描いた物ではあるけど、今現在の所有権は他だしね」
「・・・・・ま、ね」
 アンズの微かな動揺を見て取りながら、パッションブロンドの青年は何もそれについては口にしなかった。
 そこへ、

「アンズ姉さん、お帰りなさい。お風呂沸いてるよ」

 ピョコンと現れたのはすぐ下の妹で、姉はにっこり笑って頷く。
「ん。すぐ入る」
「なんだ、アンジェはもうはいっちまったのか?今度から入る前に言ってくれ。ご一緒させてもら」


                                                        『どごげじゃん』


「こンの狼!妹に手ぇ出すなって言ってるでしょうが!?」
 怒りゲージMAXで橙のリボンの少女が怒鳴る。
「・・・・・」
 深紅の髪の青年は言葉もなく蹴り飛ばされた頭を抱えた。可成痛かったらしい。
「さっすが姉さん♪」
 すっかりこの手のことに慣れている向日葵色のリボンの少女は、ますます磨きのかかっている姉のジャンプ力とキック力に感心する。
「やったれアンズ」
 ゲラゲラ笑いながら萌黄の髪の青年は囃し立てる。
「やっぱりアンズは足が使い易くて、動きに華を添える衣装にすべきよね」
 腕を組み、パッションブロンドの青年は大きく頷きつつ言った。

 自室のドアを閉め、少女は軽く唇を噛む。
 カーテンの透き間から淡く覗く銀色の月の光に目を伏せ、彼女は絞り出すように囁きを零した。
 苦く、苦く・・・・・泣き出す程に、苦く・・・・・
「私は違うのよ」
 『幻なの』と、彼女は呟いた。


To be continued