HEARTのThief〜theft1−9〜

HEARTのThief〜theft1−9〜


『今宵貴方のハートをいただきに参上致します
                   Angel Thief』

「どっいてぇ!」
 涼しい声が響く度に、鈍い音が続く。

「ごっめぇんっ!」
 『げしっ』
「あそばせン!!」
 『どげぎょっ』

「・・・・・何時にもまして力入ってるね」
 目の前を舞う深いワインレッドのウィッグとマント
「なぁんか最近苛ついてるみたいだったしねぇ」
 追いかけるのは艶やかなチェリーレッドと鮮やかなローズレッド
「ハッ」
 小さな気合を入れる呼吸に合わせてチェリーからナイフが放たれ、巧妙に隠されていたカメラがその一撃で破壊された。
「ナイスコントロールッ」
 ローズがピッと親指を立てる。

「俺ら、出番あるのか?」
「惨いわね。完璧八つ当たりの対象になってる」
 闇に浮き上がるレッドの少女達の後に続き、黒い衣装に身を包んだ二人が呆れた口調でそう言った。

「どけってぇっ」
 タンッという軽やかな床を蹴る音に、苛立たし気な声が重なる。
「言ってんでしょうっ!?」
 『どげしょんっ』
 顔面を勢いよく手よりも威力のある足で蹴り飛ばされた、哀れな警備にあたっていた警官が後ろ向けに倒れた。
「ローズ」
 何処で誰が聞いているとも分からない状況だ。それぞれ着ている服の色を持って呼び合うのが暗黙の了解なのである。
「はぁい」
 明るく笑ってローズことアンジェがポシェットから愛用の道具を取り出すと、細い指で回してそれを持ち易いようにする。
「っと、はいっ!」
 『カチャッ』
「お見事っ!」
 さしたる時間もかけずにアンジェがドアを開くと、漆黒の衣装に身を包んだオリヴィエが称賛する。
「お姫様、どうぞ」
 まるで騎士のようにオスカーが恭しく道を譲ると、チェリーレッドのアンジェが進み出た。
「・・・・・」
 無言のまま、腰から両手に複数のナイフを取り出す。
「ッ」
 音にならない裂破の呼吸と共に同時に閃くナイフの軌跡
「ナァイスッ」
 再びオリヴィエが称賛の声を上げる。
「幾らかかる」
「五分」
「O.K。その間に私、一応カメラのテープ抜いてくるわ」
 監視カメラはアンジェのナイフで壊したが、無論顔が分からないように黒いバイザーで顔の半分を隠しているが、どんな些細な可能性で正体がバレるか分かったものではない。
「一人でいいのか?」
 ワインレッドの裾をマントのように翻して今にも駆け出そうとしたアンズは、背後からの言葉に顔だけ向けると、自信有り気に笑ってみせる。
「・・・・・」
 ダンッと音を立てて廊下を蹴りつけるように駆けていくワインレッドを、ラピスラズリの瞳が注意深く見守っていた。

「これで、よし」
 テープを引き出すや、クシャクシャにしたうえブッチンと引き千切ったアンズは妹達との合流場所に急ぐ。
「ここを行って」
 呟いて角を曲がろうとして、感じるデ・ジャヴ・・・・・否、違う。
「いない、よね」
 何度もこの先のドアから帰った。青藍の青年に付き合い夜遅く、開いているこちらのドアから家路を急いだ。
「絶対、いないよね」
 呟きながら、何度も後ろ手に閉めていたドアに手をかける。
『いやしない。だけど、うぅん!だから、彼、彼の絵が見たい』
 震えながらもドアを開ける指をまるで他人のもののように思いながら、彼女は扉を開いた。

「遅いっ」
 ピシャリと高飛車に言いきり、ふて腐れたように窓の枠に腰掛けていた青年がそこから飛び降りる。
「今まで何をしていたんだい?僕は一言だって絵が完成しただなんて言ってないっていうのに」
 瑠璃の髪をかき上げ、群青の瞳を煌かせ、彼はそこにいた。

「・・・・・誰のこと?」
 震えそうな声を必死になって平静に、平坦にして問いながら顔を半ばまで覆うバイザーの存在を触れて確かめる。・・・・・きちんと外れてなどいない。分かる筈がない。
 なのに、
「君以外に誰がいるの?まったく、連絡もなしに来なくなるんだから。約束は最後まで守ったら?」
 そんなことを言いながら当然のように準備の整っている画布の前に立つ。
「誰のことを言っているのよ?人違いじゃないの?」
 私だと分かってる?まさか、そんなことが・・・・・
「・・・・・」
 ため息を一つ、彼は呆れたような眼差しを少女に向けるといっそ静かな声で言った。

「僕が君の声を・・・・・君を、間違えるわけがない」

「・・・・・て!止めてっ!!」
 耳を塞いで叫ぶと、開けられたままの窓から外へと飛び出る。
「アン」
 言いかけて何故だか止められた言葉を正確に自らの内で構成した少女は、自分を、自分だけを見ていた群青の瞳とその声を振りきるように、頬をきる風に言葉を乗せる。
「私は、違うわ」

『《アンジェリーク》じゃない』

 硝子の砕ける盛大な音と共に二つの影が二階から降りてくる。
 『カッ』
 一斉に灯される強烈なライトの白光の中に三人の少女達が鮮やかに浮き上がる。

 ワイン  ローズ  チェリー
 染められたのかウィッグなのかは判然としないが、揃って腰まであるクリムゾンの髪を一人は高く結い上げ、一人は長い三つ編みに、一人はゆるりとまとめて渦巻く風に流している。

「お出迎え、恐悦至極!」
 凛とした声がワインレッドから紡がれる。
「今宵、『青い月』と」
 続いた甘いローズレッドの声は響きこそ違えワインレッドと同じ。
「皆様のハートをいただきに参上致しました」
 更に続いたチェリーレッドの柔らかながらも何処か人を食った台詞も同じく。

「「「皆様おなじみ、私達『Angel Thief』でございます!」」」

 それぞれ膨らんだ上着の裾をスカートに見立てて優雅な礼をし、
「何時もながら心苦しくはございますが、私達も門限のあるシンデレラ」
 茶目っ気たっぷりにアンジェが声を紡ぎ、その先をアンジュが受け止める。
「これにてお別れとさせていただきます」
「お見送りは無用でございますれば」
 スッと細い手袋に覆われた指を空に向けたアンズが意味あり気に微笑む。

 『パチンッ』

 奇妙な程夜の空気に響くその音に合わせるように、けたたましく空気をかき乱すヘリが現れるやジャストタイミングでそれから下ろされていた縄を少女達は掴んだ。

「「「皆々様方、ごきげんよう!!」」」

 かくて残るのは、またもや思わず少女達の口上に気をとられて逃げられた警察及び警備関係者、そして、

「・・・・・」

 群青の瞳の芸術家であった。

 穏やかな色彩の書斎で、一人報告書を読んでいた金色の美女がノックに気づいて顔を上げた。
 まろやかで柔らかな声で言葉をかける。
「失礼致しますわ」
 優雅に桜色の美女が入ってくる。
 何やら深刻そうな表情に眉をひそめ、アンジェリークは首を傾げる。
「どうかしたの?」
「それが」
 ゆるやかに結った髪を滑らせ、ため息を零してディアは親愛なる無二の友人にとあることを伝えた。
「まぁ」
「どう致しましょう」
 驚きに目を見開いた親友に更に言うと、
「どうしてこう、あの子って鈍いのかしら」
「・・・・・」
 一瞬『違うでしょうが』とツッコみたい衝動に駆られつつも、懸命にそれを抑えるディアである。実際、『あの子』の鈍感さが並みではないことを彼女も知っていることも、それを抑える要因であったが。
「私が行くわ。アレを育てたのは私だもの」
 凛とした風情で立ち上がるアンジェリーク
 その姿を向かい合って見ていたディアがにこやかに言った。
「とか言って、本当はただ仕事を休みたいだけじゃないの?」
「うん」

 このすぐ後、その才能を遺憾なく発揮しながらも、実は窮屈なデスクワークから逃れられるチャンスを待ち望んでいたアンジェリークに、有能な片腕の雷が落ちた。


To be continued