ギィィィーーーン!!
 ズドゥーーーーーンッ!!
 ガゥン、ガゥン!!

 眠りに沈んでいたの二人を叩き起こす轟音が屋敷中に鳴り響いた。



紛れ込んだ泡沫の世界
第十章〜一難去ってまた一難〜




 いきなり耳に飛び込んできた穏やかとは程遠い音と屋敷をも揺るがす振動には瞬時に覚醒し、横になっていたベッドから飛び起きた。
「姉様、これ、もしかして!?」
「・・・ビンゴよ、お嬢。漆黒の機械兵士さんと金髪美人の槍使いさんの戦闘イベントだわ」
「イベント起きるの、早過ぎない!?」
 外を伺い、現在進行中で起こっている戦闘の相手を確認したの言葉に疑問を口にしながらも、の手はすぐさま三節根へと伸びる。
「しっかり撒いたと思ったんだけど・・・さすがに相手はプロね」
「一日も持たなかったってことは、かなりの人数の偵察兵がいたってことかな」
「それ以前に、私達が目立ちすぎたのだと思うのだけど?」
「・・・あ。私達の格好、か・・・」
 の指摘にも自分の姿を見下ろし、苦笑を浮かべた。これだけ服がボロボロになっている人間が高級住宅地を歩けば、それだけで目立つだろう。それを失念していた自分には再度、苦笑を零すと表側の窓へ手を掛ける。
「お嬢、私は表へ行くつもりだけど・・・」
「姉様はイオスと渡り合った事があるものね。じゃあ、私は裏へ加勢しに行くわ」
 刀を手に、窓を開けようとしているの言葉には小さく頷くと自分は廊下へと足を踏み出した。
「気を付けて、お嬢」
「姉様も、怪我にだけは気を付けて」
 お互いに振り返ることなく、それでも片手を挙げて言葉を掛け合った二人は次の瞬間、瞳に強い意思の光を浮かべ、戦場へと身を躍らせたのだった。





「ネスティさん、マグナさん、無事ですか!?」
「え?!?」
「加勢します!!」
「無茶だ、そこは二階・・・っ!!」
 窓から身を乗り出したにどんな行動を取るつもりなのか察したギブソンが叫ぶが、気にした様子も気負った様子もなく、極当たり前のようには窓から飛び降りた。漆黒の髪がふわりと舞い、空気を孕んで羽のように広がる。
「なっ!?」
 あまりにも無造作に飛び降りたにリューグも目を見開き、思わず絶句する。
 片手に刀を掴み、当然のように地面に着地したは次の瞬間、刃を抜き放ち、近くにいた襲撃者達を打ち倒していた。
「蒼の夜叉姫、参上」
 伏せていた瞳が上げられ、圧倒的な闘気に満ちた視線が辺りを睥睨する。
「お相手仕ります」
 隙なく構えられた刃が陽光を反射し、キラリと光った。





 裏口に面した窓から外を伺ったは即座に窓を開け、その身を躍らせた。意外に大きく響いた音に闘っていたトリスやロッカが思わずそちらへ視線を向ける。そこには栗色の髪を風に靡かせ、窓から飛び降りるの姿があった。
「えっ!?」
さんっ!?」
 突然飛び降りてきた華奢な姿に敵も味方も一瞬、呆けた様に動きを止めた。その隙に敵が集団でいる場所まで走り寄ったは三節棍を操り、瞬く間に戦闘不能状態へと陥らせる。
「オ前ハ・・・」
「碧の阿修羅姫、参上」
 後方で部隊を指揮していた漆黒の機械兵士がどことなく戸惑ったように呟く。それに対し、は三節棍を構えたまま、可憐な容貌とは裏腹な戦士の瞳で相手を見据えた。
「貴方のお相手は私が仕ります」
さん!!」
「無茶ですっ」
 レルムでの戦闘能力を目の当たりにしていたとはいえ、ケイナの矢をも跳ね返した機械兵士を相手に武器を構えた姿にロッカとアメルが叫ぶ。
 しかし、戦闘モードになったは叫ぶ二人を振り向く事はなく、全身に威圧感さえ感じる闘気を纏った。それに気付いたロッカとアメルは気圧されたように口を噤む。
「私はこの方を押えます。皆さんは他の方々をお願いします」
 相対した相手から視線を逸らさず、戦場には似合わない澄んだ声で呟いたは地面を蹴った。
 栗色の髪がふわりと宙を舞い、三節棍が唸る。金属音が鳴り響き、ドリル音が後に続いた。
 三節棍を弾かれたはドリルが襲う前に背後に跳んで避け、姿勢を低くしたまま右手を振る。三節棍が膝の辺りを叩くが相手は僅かによろめいただけで叩いた棍も跳ね返された。跳ね返った棍を反対側の手で掴み、即座にその場から離れる。移動するを追い、銃弾が地面を抉っていく。銃弾が途切れた瞬間に華奢な影が跳躍し、漆黒の背後に回ると三節棍で胴を薙ぎ払った。鈍い音と共に機体が揺れ、振り向く所をの足が機械の体を蹴る。
「無駄ダ」
 華奢な体躯が繰り出す蹴りは彼には些かの損傷も与えなかったが、の目的は相手を蹴り倒す事ではなかった。蹴りの反動で後ろへとステップを踏んだ後、更に背後にあった壁を蹴ると彼の懐へと潜り込み、三節棍を振り上げる。ドリルが弾かれ、僅かに体勢を崩したところを持ち手を変えた三節棍が銃を叩いた。戻ってきた棍の勢いを利用して側頭部分を薙ぎ払うと同時に跳び離れれば銃弾がを襲う。
「あらあら。外見に似合わず結構やるのねぇ、あの子」
 の戦いぶりを見ていたミモザは的確に召喚術を放ちながら、あくまでも軽く、感心したように呟く。だが、口調とは裏腹に翠の瞳に浮かぶ思慮深い光は冷静に辺りの状況を伺っていた。
「・・・・・随分と、戦いなれている子ね」
 ミモザの感想はのある過去の事実を指摘していたのだが、それを知る術は当然だが彼女が知るはずもなく、誰かに気にされることもなく消えたのだった。
 一方、ヒット・アンド・アウェイの戦法を確実に実行しているは優雅にも奔放にも見える三節棍の動きと共に、的確な判断で戦闘を進めるはずの漆黒の機械兵士を見事に翻弄していた。
「イイ、腕ダ」
「お褒めに預かり、光栄至極です」
 無機質な音声と無感情な声音が交差し、武器がぶつかる金属音が響く。
「ダガ・・・我ヲ倒スニハ、力不足ハ否メナイ」
「貴方を倒すのが目的ではありませんから」
「何?」
 ふと周囲を見れば、率いていたはずの一部隊の殆どがの背後にいた者達で戦闘不能状態へと陥っていた。
「さぁ、後は貴方だけよ!」
 手にした短剣で残った指揮官を指し、啖呵を切るトリス。仲間達もそれぞれに武器やサモナイト石を握り、漆黒の機械兵士へ視線を向けた。機械兵士の瞳が点滅を始め、損傷と損害、作戦実行に及ぶリスクを計算する。
「・・・・・機体ノ損傷ハ微小・・・ダガ、部隊ノだめーじハ多大、作戦ノ実行ハ不可能・・・ヤムヲ得ナイ、離脱スル・・・」
「待ちなさ・・・きゃあっ!?」
「ご、ご主人様ぁっ!?」
「お、お姉ちゃん・・・大、丈夫・・・?」
 作戦実行は無理だと判断し、部隊を纏めてその場を離脱しようとする機械兵士を追おうとしたトリスだが、離脱しながら銃を乱射されて足止めをされる。それを避けようとして転んだトリスに護衛獣の二人が慌てて駆け寄った。
 それを確認した漆黒の機械兵士の瞳が微かに点滅する。
「・・・・・。我ガ将カラノ言伝ダ」
「!?」
 銃撃の音に紛れて届いた声にの瞳が僅かに見開かれた。
「体ヲ労エ、ト」
 追う振りをしながらもそっと囁く。
「伝えて下さい。哀しみ、苦しみに負けないで、と」
「承知シタ」
 承諾の声が聞こえた直後、一際大きく響いた銃撃の音と共に漆黒の機械兵士は退却したのだった。





 表の玄関口では槍使い率いる一団を相手にマグナ達が奮戦していた。
 そこに、疲れと睡眠不足で休んでいたはずのが二階から飛び降りて乱入、混戦模様をきたしている。
 飛び降りた直後に周囲にいた兵士達を昏倒させたは今、金糸の髪とルビーの瞳を持つ美貌の青年と対峙していた。
「・・・・・君と、対立なんてしたくなかった・・・・・」
 槍を構えた青年の口から小さな呟きが零れる。あまりにも微かで、周囲の戦闘の音に紛れ、消えてしまうほどのもので。だが、その微かな呟きをはしっかりと捕らえていた。
「けれども、私には私の譲れないモノがあるように、貴方にも貴方の譲れないモノがあるのでしょう?」
 の声も周囲の音に掻き消されそうな小さな物だったが、相手にはしっかりと届いていて。
「そう、だな・・・」
 一瞬、瞳を伏せた槍使いはしかし、次の瞬間、相対したを見据えた。
・・・お相手を願おう」
「元より、承知!」
 青年の覚悟を決めた言葉にも頷く。二人の槍と刀がぶつかり合い、金属音が辺りに響いた。
 振り払われる穂先を避けて跳躍すると着地地点を狙って突き出される。間一髪で穂先を叩いて軌跡を変え、下から上へと切り上げるようにすれば軌跡を変えられた穂先が横に薙ぐようにして刀を弾いた。滑るように位置を変え、横から手首を狙えば即座に体勢を変えて頭上から穂先が降ってくる。最小限の動きで穂先を避け、刀を横に薙ぐと下から掬い上げるようにして弾かれた。
「へえ、やるじゃねぇか、あのニンゲン」
 とてつもなく嬉しそうに・・・いや、楽しそうに槍をブンブンと振り回すバルレルが感心したように口笛を吹く。彼女の戦いぶりを実際に目にしていた他の皆も、今更ながらの戦闘能力に戦慄を覚えた。全てが燃えたあの夜、一瞬でも『敵わない』と思ってしまった者を相手に、互角に渡り合える彼女の能力に底知れなさを感じる。
「主殿、前方約5.28めーとる先ヨリ熱源ヲ知覚。銃ヲ持ッテイルト思ワレマス」
「分かった。そいつ等を急襲するから、援護を頼むな、レオルド」
「了解シマシタ」
 植え込みの影に隠れている銃士に気付いたレオルドの注進にマグナは使えそうなサモナイト石を探し出し、意識を集中しだした。魔力を注がれたサモナイト石が熱を持ち、光を放つ。
「・・・頼む、プチデビル!」
 紫色の光と共に出現した小悪魔はニヤリと悪戯小僧の笑みを浮かべると、頼まれた銃士への落雷を行った。更に奥にいた弓兵にも雷を落としたのはついでといったところか。
 突然降ってきた雷に体が痺れ、武器を取り落とした兵達にレオルドが即座にドリルで戦闘不能へと陥らせる。意外と連携技が上手い主従であった。
「ありがとう、レオルド。それにしても、プチデビル、お前なぁ・・・」
 助かりはしたが、それでも呆れた言葉が零れたマグナに喚ばれた小悪魔は悪びれた様子もなく、更にはふんっと胸を反らせてサプレスへと還った。それを見送ったマグナは苦笑するしかない。ここまで堂々としていて悪びれないといっそ、清々しいものだ。
「よし、次へ行くぞ、レオルド」
「ハイ、主殿」
 促す主人に頷いた護衛獣は再び戦いへと身を投じる。
 そんな、様々な人物達が周囲で戦闘を繰り広げているのを感じながら、は金糸の青年と立ち回りを続けていた。
 振り下ろされる刃を弾き、柄で鳩尾を狙う。流れるような動きで横に避け、延髄を狙うが読んでいたように屈み込まれた。屈み込んだ状態で槍を振るわれ、膝の辺りを襲った穂先を避けて跳躍し、背後へと回る。肩を狙おうとするが振り向くと同時に上半身を捻りながら切り上げられ、刀を振り下ろしながら僅かに体を反らせた。
 漆黒と金糸が数本、風に乗って辺りに舞う。
 一旦、距離を置き、体勢を整えたのは二人、ほぼ同時だった。
「・・・・・君も、修羅を掻い潜った者なのか・・・・・」
 武器を突き合わせ、感じ取ったのだろう。疑問ではなく、殆ど確信したような呟きには自嘲の笑みを零した。
「私は堕ちた闘神・・・鬼神姫ですから」
 捕虜として一緒にいた短い時間でも見せた事のなかったの笑みに、ルビーの瞳が僅かに見開かれた。優しい微笑みと抱擁を持つ彼女がおよそ、持つとは思えない種類の笑み。

(・・・いや。僕が知らないだけなのだろう)

 武器を突き合わせていれば分からないはずがない。自分達とは違う修羅を、彼女達は確かに潜り抜けていて・・・そして、何らかの闇を心の内に抱えている。でなければ、『凶槍』とまで言われる自分や、自分よりも更に強い上司と互角に武器を交える事など出来ない。・・・あのような笑みを、浮かべることなど・・・しない。
 その笑みの理由を、自分はただ、知らないだけ。
「・・・
「はい」
 小さく名前を呼べば律儀に返される返事。深く包み込む優しい夜のような漆黒の瞳が真っ直ぐに青年を見つめる。

(・・・君を、奪いたい)

 魔力でも篭っているのかと思ってしまうほど、その漆黒の瞳と視線を合わせると体が痺れるような感覚に陥ってしまう。

(彼等から奪い去って、どこかに閉じ込めて、僕だけにしか会わないようにすれば・・・その瞳は僕だけを映してくれるのだろうか)

 そんな風に思ってしまうのは・・・彼女に会うごとに強くなるこの感情は、つまり。
「・・・責任を取ってもらえるのかな・・・?」
「・・・・・は?」
 独り言のように呟く目の前の青年の言葉に、の瞳がキョトン、と瞬く。つい先程まで、命さえ遣り取りするような勢いで武器を振り回していた人物とは思えない。
 だが、目の前でキョトンとしているに微笑む時間も、青年が呟いた言葉の意味を問い質す時間も二人には与えられなかった。
 突然、庭に響いた銃撃に驚き、音の発生源へと視線を向ける。
「ゼルフィルドか」
「・・・撤退ダ、いおす。コノ騒ギデハ、直ニ街ノ騎士達ガ駆ケツケルダロウ」
「・・・仕方がない。総員、撤退!」
 一瞬、迷ったようだが判断を間違えれば部隊は全滅する。それをよく知っている青年は指示を出し、それに従って襲撃した集団は一斉に退却を始めた。
「待ちやがれ!!」
 血気盛んな赤毛の青年が後を追いかけようとするが漆黒の機械兵士の銃撃と召喚師が繰り出した煙幕により、足止めを食らう。銃撃と煙幕、そして集団が一斉に退却する為に撒き起こった砂埃で一時的に周囲の視覚・聴覚が奪われた。
「・・・・・
「イオスさ・・・うわっ!?」
 煙幕のお陰で周囲の様子が分からないものの、人が近づいた気配を感じ取ったは返事をしようと向きを変える。気配から察した名前を呼ぼうとして急に腕を引かれ、体勢を崩した。倒れる一瞬前に力強い腕がの腰に回り、強く抱き締める。
 気が付けば暗紫色の軍服に包まれ、更には側にあった樹に押し付けられ、どうにも身動きの出来ない状態になっていた。
「あの、イオスさん?」
 青年の行動に嫌な予感を刺激されながらも、なるべく穏やかな声を心掛け、はそっと声を掛ける。その声に反応したのか、青年の腕に一層の力が篭った。
「・・・君と、離れたくない」
 耳元で擦れた囁きが聞こえ、の瞳が僅かに見開く。
「君を離したくなんか、ないのに・・・」
 視界の端に綺麗な金色を映し、は次第に強くなる脳裏に鳴り響く警報に顔を強張らせた。それでもなんとか、穏やかな声を続ける努力をする。
「・・・先程も、言いました。貴方にも私にも譲れないモノがある、と」
「確かに、そうだ。けれど、それでも!」
「ぐっ」
 更に強く樹に押し付けられ、さすがにも呼吸を妨げられて軽く呻いた。その小さな呻き声に気付いたのか(これだけ密着していて気付かない方がおかしいのだが)、を拘束していた力が少し緩む。
「僕は、願ってしまうんだ。に僕を見ていて欲しい、と」
「イオ・・・っ」
 楽になった呼吸でため息をついていたの顎に綺麗だけれども骨ばった、長い指が絡み付いた。驚いて呼びかけた名前が不自然に途切れる。
「・・・のせいだよ。僕を、捕らえてしまった・・・」
 吐息と囁きがの唇をくすぐり、大きく目を見開いたは拘束されていた力から開放されるとずるずるとその場にへたり込んだ。
「君を攫えたら、どんなにいいんだろう」
 そんな囁きと哀しげな微笑みを残し、槍使いの青年は撤退していった。力の抜けた腕を動かし、震える指を自分の唇に当て、は先程、自分の身に何が起こったのか改めて思い出す。
 少し冷たい指が顎に触れて、間近にルビーの瞳を見て、そして唇に・・・・・。
「・・・・・じょ、冗談・・・・・」
 砂埃が次第に収まってきている向こうから、自分の名前を呼ぶ声を聞きながらは頭を抱えた。

(イオスに詐欺、働いちゃったよー)

 ・・・・・ズレた悩みであることは、間違いなかった。





 強敵だった機械兵士と槍使いを取り敢えず追い払った一同は居間で今後の事を話し合っていた。
「機械兵士のゼルフィルドと」
「槍使いのイオス、か」
 紫紺の双子達が呟き、皆が難しそうな顔で考え込む。そんな皆から少し離れた場所ではかすり傷の手当てをした後、忍び寄る睡魔に勝てず、お互いの肩に凭れあってうたた寝をしていた。
、やっぱり疲れていたんだな」
「無理をさせちゃったわね」
 冒険者の二人がそっと顔を覗きこんでも身動きしない姿は一見、等身大の人形に思えるほど静かだ。
 普段、大人びた言動を取り、武器を取れば凄まじいまでの戦闘能力を発揮する二人だが、こうしてうたた寝している顔は幼ささえ感じるあどけなさ。
「このままじゃ、風邪を引くわね」
「だが、起こすのも気の毒じゃないかな」
「毛布を持ってきたらどうですか」
 先輩召喚師達が顔を見合わせ、生真面目な後輩召喚師が立ち上がろうとした時。

 ドンガラガッシャーーーーーンッ!!!

「!?」
「何事!」
 屋敷中に響くかと思うほどの騒音にうたた寝していた二人は瞬時に自分の武器を掴んで跳ね起き、他の者達は驚きのあまり硬直する。
「・・・二階?」
「もしかして、ロッカとリューグ?」
 顔を見合わせた双子は音の発生源に気付いたらしく、二人同時に慌てて二階へと駆け上がって行った。
「・・・・・取り敢えず、私達も行きますか?」
 未だに硬直しているらしい他の方々にが声を掛けると、ようやく復活したらしい彼らも急いで音の発生源らしき場所へ向かう。
 の二人も後を追い、騒然とした雰囲気が流れ出ている部屋の入り口から中を覗きこんだ。
「うわーお」
 感嘆だか驚きだかよく分からない呟きをは零し、ぐるりと部屋の中を見回す。
 元々は客室であったため、余分な物は置いていない部屋であるが、それでも惨状とも言える部屋の状態に駆けつけた皆も言葉を失っていた。
「てめぇ・・・もう一回、言ってみろ!」
 兄を殴ったのだと分かる体勢で弟がギラつく瞳で睨み付けている。家具を巻き込みながら吹っ飛ばされたらしい兄が口の端から流れる血を拭いながら、普段の穏やかな口調から掛け離れた苛立った声で弟に言い募った。
「お前の言っている事は無理なんだと、どうして分からないんだ!」
「泣き寝入りしろってのかよ!!」
「村で一番強かったお前でさえ、敵わなかった相手だぞ!!」
「てめぇ!!」

 バシィッ!!

「はい、そこまでにして下さい」
 鋭い音と共に、緊迫した場に不似合いな穏やかな声が響く。
 いつの間にか、再び殴りあいに突入しようとした彼らの間に華奢な影が無造作に割って入っていた。
 が手にした鞘付きの刀でリューグの拳を逸らせ、が三節棍を使ってロッカの拳を逸らせている。その姿に集まっていた一同の目が見開かれた。
「なんだよ、てめぇらは」
 殺気さえ含むリューグの視線には呆れたため息をつく。
「何の言い争いをしていたのですか、一体」
「・・・貴女達には、関係のないことです」
 頑ななロッカの言葉にの瞳の色が急激に冷たくなった。心なしか、彼女達の周囲から冷気が発生しているようである。
「ふぅん、関係ない、ですか」
 ボソリ、と呟いた言葉は一体、どっちだったのか。一呼吸、置いた後、鼓膜が破れるかと思うほどの大音声が屋敷中に響き渡った。

「いい加減にしてください、このバイオレンス兄弟!!!」

 近くの窓までビリビリと震えるような声に、近くにいた者達が平然と出来るわけもなく。集まっていた一同はクラクラとする頭を抱える事となった。
「・・・・・ばいおれんす?」
 クラクラする頭を振りつつ、聞き慣れない言葉を呟いたトリスに叫んだ当の本人であるがああ、と気付いたように言葉の説明する。
「私達の世界の単語です。意味は暴力的、といった感じですね」
「・・・納得・・・」
 思わず、といった感じで頷くマグナ。
「それはともかく。人の事を関係ないと言うのでしたら、外で喧嘩をしてください」
 淡々とした口調で告げるの顔はまるで仮面を被ったかのように無表情で、澄んだ栗色の瞳に浮かぶ光も冷たく、鋭い。
「もっとも、お世話になっている人の家を壊していながら関係ないと発言する自己中心な人間には言っても無駄かもしれませんね」
 まるで止めのように厳しい言葉を投げかけるも、浮かべる表情は氷のように冷たい。
 の冷ややかな視線と、告げる言葉の正論に血気盛んなリューグも比較的冷静なロッカもぐうの音が出ず、黙り込んでしまった。
「・・・なら、お前らはどっちの意見に賛成なんだよ」
 しん、と静まり返った部屋に苛立ちを隠そうともしないリューグの声が響く。
「意見も何も、私達は貴方達の喧嘩の理由を知らないのですよ?」
「理由を聞こうとしたら『関係ない』呼ばわりですし」
 どこまでも冷たく正論を告げる二人に、再び黙り込むしかないリューグ。
「あ、あのね、アメル達のこれからのことでねっ」
「え、えっと、ロッカはあの集団とは戦わずに逃げるって言ってて、リューグは相手と戦うって言っているんだけどっ」
 口論を聞いていて、おおよその事情を察したらしい召喚師の双子達が焦りながら彼女達に告げる。全身から冷気を振りまいて怒っているの姿がかなり、怖いらしい。
「つまり、戦うか逃げるか、両極端に意見が割れて」
「私達に、その意見のどっちに賛成するのかと、そう、聞いているわけですか」
 普段から丁寧な口調である二人だが、今、その口調が心底怖いと思うのはおそらく、その場にいる全員の一致した意見であろう。
「・・・・・馬鹿ですか、貴方達は」
「なんだとっ!?」
「私も姉様と同じ意見ですね」
、さん?」
 いきり立つ双子弟を冷ややかに見つめたはすっと瞳を細め、相手を見つめた。たった、それだけの動作だというのに、リューグは向けられた視線に縫い止められたように動けなくなる。それほど、の視線には圧力があった。
「では、リューグさん。聞きますが、もし、私がロッカさんの意見を支持したとして、それで本当に納得するのですか?」
「そ、それは・・・」
「私もロッカさんに聞きます。リューグさんの意見を私が支持したところで、納得できるのですか?」
「・・・・・」
 親友と同じく、問い質したの見つめる視線にロッカも弟と同様、何も言う事が出来ない。
「他人が言って納得出来ないのなら、初めから聞かないでください」
「逆も同じです。他人に言われてあっさり意見を翻すぐらいなら、最初からそんな意見を持たないでください」
「他人が自分と同じ意見ならば安心できるのでしょう?自分は間違ってなんかいないと」
「誰が、そんな甘えを許しますか」
 ピシャリ、と真正面から双子の兄弟の無意識の甘えを叩き潰すの瞳は冷たく、そして厳しい。
「あえて、私達の意見を言わせてもらうのなら・・・ロッカさん。逃げるとおっしゃいますが、何時まで逃げ続けるおつもりですか?」
「それは・・・」
「相手が諦めるまで、ですか?村を襲撃して、更にはこんな街中でも襲撃を仕掛けてくる相手が諦めると、本気で思っていますか?そして、そんな逃亡生活をずっとアメルさんに強いるおつもりなのですか?」
 次々と指摘される問題点にロッカは自分の考えがいかに周りを見ていなかったのか思い知らされる。
「それから、リューグさん。相手を叩き潰すとおっしゃいますが、今現在の自分の技量で、相手に敵うと思っているのですか?」
「・・・やってみなきゃ、分かんねぇだろうが」
 言葉に詰まりかけても、それでも反駁する気概はとりあえず、賞賛していいだろう。だが、冷静に周囲の状況を読み、判断しなければ勝てるものも勝てないのだ。
「今のリューグさんでは特攻を掛けてもあっさり返り打ちにあうだけです。せめて、私達から一本は取れる腕でなければ無駄死にしてアメルさんを泣かせることになります」
「随分と言ってくれるじゃねぇか。俺が、てめぇ達より弱いって言うのかよ!?」
「事実は事実です。・・・納得いかないと言うのならば、手合わせをしましょうか?」
「望むところだ!」
「リューグ!」
 吼えるように叫び、斧を手に取って部屋を飛び出すリューグにアメルが止めようと名前を叫ぶが、聞こえた様子もなく姿を消す。
「かーなーりー、頭に血が上っているわねぇ」
「私達の挑発とも言えない挑発に簡単に乗せられたのだもの。冷静さはまったくないわ」
「だわね。じゃ、行こうか、お嬢」
「姉様、彼の相手は私がするわ」
 自分から相手を名乗り出たと視線を交わしたはあっさりと頷いた。
「じゃ、任せる」
「ええ」
 気負いも何もなく、当たり前のようにリューグを追って外へ出て行く二人。残された一同はあまりの展開の急激さに呆然としていたが、事態を理解した途端、慌てて自分達も外へと飛び出した。
 まだ、先程の戦闘の名残がある庭に飛び出し、制止を掛けようとした一同だったが、それはリューグと相対している片割れから止められる。
「止めないでください。リューグさんの目を覚まさせるのは、この方法がいいと思いますので」
「で、でも、さん・・・さんもだけど、疲れていたじゃない」
「そうだよ。さっき、うたた寝していたぐらいじゃないか」
 体調が万全でないのに危ないと、紫紺の双子達が真剣に心配する様子にの瞳がふわりと優しく細められた。派手な喧嘩を繰り広げていた兄弟達に向けた冷たい視線とは180度違う暖かな雰囲気がを包む。
「お嬢は負けませんよ。・・・・・ほら」
 に促され、すでに手合わせを始めているリューグとを見れば、先程の戦闘並に激しくぶつかり合っている二人の姿があった。
 いや、冷静に見ればリューグが必死なのに対しては余裕綽々であることがよく分かる。
「私とお嬢の腕は互角ですから・・・この手合わせ、私が受けても良かったのです。けれども、それを敢えてお嬢にしたのは彼に心理的にも敗北を認めさせるため」
「心理的?」
「初対面の人は私とお嬢の容姿から、ある程度の戦闘能力を持っているとは思いません」
 ある程度どころか、本職の軍人と素で渡り合えるほどの腕の持ち主だが。
「そして、私よりもお嬢の方が尚、か弱く見える外見です」
 は戦闘とは無縁そうな知的美人、は保護欲をそそる可憐な美人である。そして、二人揃って小柄で華奢な体躯の持ち主だ。
 ここまで話したはにっこりと、満面の笑みを浮かべる。
「守られるのが当たり前のような外見の女性に、完膚なきまでに叩きのめされるほど、敗北感が突き刺さる事はないでしょう?」


 ・・・・・笑顔とは裏腹に、恐ろしいほど鬼畜な事をサラリと言ってのけただった。



     






章が二桁に入ったというのに、まだ3話。一体、何章までいくのか、果てしなく疑問(汗)
そして自覚した隊長、暴走しました(爆)いや、まさかここまでするとは・・・隊長もこの先どう出るのか疑問(核爆)
また、別の意味で暴走した赤触覚。結果は分かりきっているでしょうが、とりあえず、次で。