「守られるのが当たり前のような外見の女性に、完膚なきまでに叩きのめされるほど、敗北感が突き刺さる事はないでしょう?」 浮かべているのは笑顔。身に纏うのは冷気。そして恐ろしいほど鬼畜な事をサラリと言ってのけたの視線の先では、先程の戦闘の再現とばかりに立ち回りをしているとリューグの姿があった。 |
(こ、怖い・・・・・) が浮かべたモノは笑顔でありながら冷気が漂うもので、不幸にもソレを目撃した者達は一様に硬直する。 「・・・お嬢も徹底的にやるつもりですね」 そんな皆に気付いているのかいないのか(まず、気付いているのだろうが)気にした様子もなく親友が次に行う行動を察していた。 親友とその他一同(酷・・・)が見守る中、とリューグの武器がぶつかり合い、金属音が辺りに響く。 振り下ろされる斧を三節棍で弾き、更には上へと跳ね上げる。なんとか斧を手放さずにいたリューグが苦し紛れに薙ぎ払った軌跡を身軽に避け、今度は下へと叩きつけた。 「ぐっ」 歯を食いしばり、腕全体にまで響いた衝撃を耐え、下から上へと斜めに切り上げるようにすれば横へと払い除けられる。続けてもう一度、三節棍が横から襲いかかり、咄嗟に斧を奮って攻撃を防いだ。 どう攻めても、攻撃を仕掛けても、の三節棍は容易くリューグの斧を弾き、彼女の髪の毛一筋も傷付けることが出来ない。リューグの心に焦りが占められようとした時、の手から三節棍が離れた。離れた三節棍は近くの樹にぶつかり、そして跳ね返る。・・・リューグの方へと。 「なっ!?」 跳ね返った三節棍はそれに驚いているリューグの斧へと向かう。咄嗟に叩き落としたリューグの背後に華奢な影が下り立った。 「はっ」 「ぐぅっ」 短い呼気と共にリューグの脇腹に強烈な回し蹴りが決まり、リューグの体は2、3メートルほど吹っ飛ばされる。一瞬、呼吸を奪われたリューグの口から呻き声が零れた。 「っくしょーっ」 それでもまだ、へと自身の斧を向けるリューグには呆れたため息を零す。 「・・・お嬢。かまわないから、オトしなさい」 「ええ、そのつもりよ」 穏やかな声の遣り取りだが、内容はかなり物騒だ。気負った様子もなくリューグへ足を向けたの姿が次の瞬間、皆の前から消える。 「え?」 「ど、どこに・・・?」 「どこって、リューグさんの目の前ですけど」 「ええっ!?」 消えたように見えるに驚き、思わず辺りを見回していたトリス達には肩を竦めながら親友の居場所を告げた。慌ててそちらを見れば、斧を振り下ろしているリューグの懐に入ったが彼の腕を己の右腕で弾き返し、左手と左足を地面に付いて体を支え、右足で足払いを掛けている。 「何時の間に・・・」 「が瞬時に加速してあいつの懐に入っただけだぜ。・・・とはいえ、実力がなければ、ああいったことはできないがな」 冒険者としてそれなりの目を持っているフォルテが説明をしている間にも、は優雅にも思える動きでリューグを翻弄していた。 足払いを掛けられ、横倒しになったリューグがその場から逃れながら斧を横に振るい、は体重を感じさせない動きで跳躍する。着地した瞬間、振り返り様に手刀でリューグの手首を打つと、更にはその背後に回った。 「・・・ジ・エンド、ですね」 あまりにも重い手刀の攻撃に斧を取り落としてしまったリューグの背後から、の緊迫した場にはそぐわない穏やかな声が響く。 の声と同時に再び手刀が振るわれた。リューグの延髄へと。 声もなく崩れ落ちるリューグの体をは両腕で抱き止める。流石に重くて少し、よろけはしたが。 「ご苦労様」 「いいえ」 いつの間にか近寄っていたとの間で短い遣り取りの後、何を言うでもなくの手からリューグを受け取ったの眉が僅かに顰められた。 「・・・さすがに重いわ」 だが、ポツリと呟いた後の行動はその場に居た者達を驚かすには十分なもの。 「よいしょっと」 小さな掛け声と共にリューグの体は彼よりも小柄で華奢なの腕に抱えられていた。つまりは、リューグを横抱きに抱き上げているのだ、が。 「おいおいおい・・・」 呆れた言葉が零れるのは致し方ないだろう。意識があれば男のプライドは完全に砕かれる事実だ。 「・・・リューグ、意識がなくて良かったな・・・」 「うん、そうだよね・・・」 「男として、ちょっと、情けなくなりますからね・・・」 複雑な顔で複雑な心境を抱えつつ、仲間達は歩き出したとの後を追い、屋敷のリビングへと向かったのだった。 「お嬢、よろしく」 「・・・しょうがないわね」 広いリビングに足を踏み入れ、ソファの前に立ったは視線をずらすとにただ一言、お願いを言えばは一つ、ため息を零すとソファの端に座った。 座ったより少しずれた場所に立ったはゆっくりとリューグをソファに寝かせ、彼の頭をの膝に乗せる。 「あ〜、やっぱり男の子は重いわ」 「とか言いながら、姉様ってばあっさりと運んでしまうじゃない」 「ま、仕事柄ね」 「それ以前に、姉様の力が人よりあるってことかと・・・」 「否定はしないわ」 「いや、しましょうよ、女性として」 軽妙な漫才もどきを繰り広げると、そして『膝枕』を(意識はないが)してもらっているリューグを順繰りに見たマグナがポツリと呟いた。 「・・・・・いいなぁ・・・・・」 微妙に意味深なマグナの呟きに反応したのは良く言えばムードメーカー、悪く言えば軽い『自称』イケてるお兄さんである。 「そうか、マグナもやっと男のロマンが分かるようになったか」 もっともらしく腕を組み、ふむふむと頷きはするものの、その口から零れる台詞はと言うと。 「やはり、(美人で可愛い)女の子に膝枕をしてもらって、『疲れないか?』『あなただから平気』なんて会話を・・・げふっ」 「いい加減にしなさいっ!」 どこが男のロマンだ、と突っ込みたくなる気力も奪われそうな台詞を、握り拳付きで滔々と力説していた青年は磨きぬかれた裏拳によって(突っ込みの為に磨かれる裏拳もどうかと思うが)地に沈められた。それを見るともなしに見ていた眼鏡を掛けた青年が深く・・・深ぁーく、ため息をつき、『処置なし』とでも言いたげに眉間に指を当てて痛みを取るかのようにそこを揉み解す。 「機会があれば、マグナさんにもしてあげますよ」 「ホントッ!?」 にこやかに告げるの言葉に尻尾ぶんぶん、と言えそうなマグナの喜色満面の態度。そして、そんな彼の様子に何人かの視線が微妙に突き刺さった。 (お前、18歳だろう?そこまでストレートに喜んでいいのか?) 男として羨ましいが、あそこまで無邪気に喜ぶのも何なんだと言いたい。・・・まったくもって、微妙である。 「ああ、アメルさん。そんなに心配そうにしなくても、リューグさんならすぐに覚醒するはずですよ」 「手加減をしましたから・・・5分ぐらいで目を覚まします」 心配そうに自分達を見つめているアメルの視線に気付いたが安心させるように微笑み、も柔らかな微笑みでの言葉に補足をする。 「襲撃された時の戦いでも思ったが、君達は随分と戦い慣れているようだね?」 「そうねー。敵のリーダーとも互角に立ち回れるほどだもの。かなりの腕よねぇ」 穏やかに訊ねてくるギブソンと明るい口調で感想を告げるミモザにとの視線が交わった。 「・・・・・いろいろとありましたから」 「『名もなき世界』は平和で、こんな風に武器を持って戦うことはないと聞いたけど」 「先輩達、『名もなき世界』のことを知っているんですか?」 キョトン、と目を丸くして聞いてくるトリスにギブソンは穏やかに微笑み、ミモザもどことなく懐かしそうに目を細める。 「知り合いにね、いるのよ。『名もなき世界』から来た子達が」 「彼等から少しだけだが、その世界の事を聞いてね」 「そうなんですか」 初めて聞く話にネスティも驚いたようで、目を見開いて先輩二人を見ていた。 そんな彼等を見ながら、との二人は僅かに眉を顰める。先輩召喚師コンビの台詞の中で引っ掛かった単語の為に。 『来た子達』 『彼等』 複数を指すこの言葉はつまり。 「誓約者が複数人数いるってこと、よね・・・」 「もしかしなくても、誓約者・護界召喚師揃い踏みなのかしら・・・」 「否定できない・・・なぁ」 「目の前の現実があるものねぇ」 トリスとマグナという主人公二人組と護衛獣カルテットを目の端に入れながらしみじみと呟いていたとの耳に微かな呻き声が聞こえてきた。 「う・・・」 「・・・あら」 「気が付いたようね」 の膝枕で寝ているリューグの顔が歪み、小さく唸っている。リューグの声に気付いたらしいアメルが急いで側に寄ってくるとそっと彼の額に触れた。 「リューグ?気が付いた?大丈夫?」 「あ、ああ・・・」 起き上がりながら軽く頭を振っているリューグは唐突に自分が何故、こんなところで横になっていたのか思い出したようだ。はっとしたように視線を上げ、周囲を見回す。 「お前ら・・・」 すぐ側・・・もっと端的に言えば隣に座っていたとその背後に立っていたを認めたリューグの瞳に苛立たしげな光が浮かんだ。自分が目の前の人物にまったく敵わなかったことを理解していながら認めたくないらしい。 「『女だから手加減してやった』だなんて言葉、聞くつもりありませんよ」 「っ、誰が言うかよっ!」 正に、その台詞を言おうとした矢先に先手を打たれたリューグは咄嗟に否定の言葉を叫んだ。はっとして相手を見ると満足そうに頷く二人の姿がある。 「なら、いいのですけど」 「私達と手合わせをした男性のほとんどがこの台詞を言いますもの」 「言い訳をすればするほど、自分の価値を下げるだけだというのに」 まさに、その『自分の価値を下げる』ことをしようとしていたリューグが居心地悪げに視線を逸らす。二人が言っている事は確かにその通りと言わざるを得ないもので・・・それを行おうとしていた自分が情けなかった。 「でも、本当にさんもさんも強くて・・・僕達が敵わないだなんて・・・」 自分は誰にも負けないだなんて自惚れるつもりはない。けれども、そう簡単に負けてしまうような腕でもない事は自負している。だのに、目の前にいる二人はそんな自分達をあっさりと凌駕する腕を持っていた。こんなにも、華奢な体つきをしている彼女達が。 「それは、仕様がないですよ」 「鍛錬した時間も、場数を踏んだ経験も、ロッカさんやリューグさんの倍はありますから」 「・・・俺達が鍛錬を始めたのは7歳ぐらいの時だぜ」 「私が道場へ通い始めたのは6歳ぐらいでした」 「私は5歳ぐらいですね」 「なら、鍛錬した時間はそれほど変わらない筈ですが・・・」 呟くようなロッカの言葉に今更だが、二人は今の自分達の外見年齢を思い出した。すっかり忘れてしまっていたが、自分達が何故か若返ってしまい、外見は15、6歳の少女の外見になっているということを。 「そういえば、忘れていました」 「何を?」 ぽんっ、と手を打つにマグナがきょとんと首を傾げる。 18歳で、しかも男だというのに、その可愛い仕草がやたらと似合うのは何故なんだろう・・・。 「私達の年齢、15、6歳ぐらいだと皆さん、思っているでしょう?」 事実、それぐらいに見えるので問われた一同は一様に頷く。 「わざわざそれを聞くってことは、二人の実際年齢は違うということかな?」 年長者の余裕とでもいうのだろうか、どこまでも穏やかに訊ねてくるギブソンにとは静かに頷いた。 「私達、外見はこんなに幼いのですけど」 「実際は20歳を超えています」 二人の告白が脳神経に届き、解析するまで十数秒。 そして。 「え、えええぇぇぇっっっ!!!???」 一同の大絶叫が屋敷中どころか隣近所にまで響いたのだった(近所迷惑)。 「ホ、ホント?ホントにと、俺よりも年上なのかっ!?」 「ええ、そうですよ、マグナさん」 「でも、だからなんですね。そんなに落ち着いて見えたのは」 「ただの開き直りですけどね、アメルさん」 「お姉ちゃんみたいだと思っていたけど・・・ホントにお姉ちゃんなんだぁ」 盛大に驚いた一同だったが、その驚愕が過ぎ去ると双子召喚師と聖女の3人がたちまち二人に質問を投げかけてきた。 「それじゃ、さんとさんは一体、何歳なんですか?」 「私は26歳になります」 「私は25歳です」 の後にも自分の年齢を告げるとまたもや、全員の目が丸くなる。 「随分と若く見えるのねぇ」 いや、この場合は『若く』ではなく『幼く』という単語が適当だろう。それに、この世界に来る前は年相応の外見をしていたのだ。リィンバウムに召喚されてみれば何故か若返っていたのだが。 「それでは、私達の話はここまでにしまして」 「そろそろ、本題に入りましょうか?」 未だに年齢とそれにそぐわない自分達の外見でキャイキャイと盛り上がっている少年少女達を横目に、とはその身に纏う気配をゆるりと変える。レルムの双子達の喧嘩を止めた時の、あの冷然とした冷たい空気が彼女達を取り巻いていた。 「少しは頭が冷えました?リューグさん」 目の前の少女・・・いや、実際は少女ではないが、とにかく体格では完全に下である相手に完膚なきまでに負かされたリューグの顔が不機嫌に歪む。 あまりにも実力が違いすぎた。必死になって斧を振るってもかすり傷一つ負わせる事は出来ず、逆に素手の彼女に気絶させられていて。 だが、それでも心の奥底で渦巻いている衝動を押える事は出来ないのだ。 「・・・どうせ、てめーらなんかには分かんねーだろうよ。目の前で村を燃やされて、皆を皆殺しにされて、何もかも奪われた気持ちなんて!!」 「分かりませんよ、もちろん」 「私達は貴方ではありませんから、分からなくて当たり前じゃないですか」 衝動のままに叫んだリューグに対し、とは冷たいともとれる調子であっさりと返す。 「貴方だって分からないでしょう」 「最愛を助けることも出来ず、目の前で殺された私達の気持ちなんて」 「・・・え?」 続けて言われた言葉にリューグの瞳が見開かれた。思ってもみなかった言葉にリューグだけでなく周囲の人間も二人を凝視する。 だが、ももそれ以上のことを話すつもりはないらしく、見透かすような視線でリューグを見つめていた。 「仇討ち上等、復讐おおいに結構」 「それを貫くというのならば、とことん貫けばいい。けれども」 「その理由にアメルさんを使うのだけはやめてください」 「アメルさんの存在を免罪符に使うのだけは」 「・・・どういう・・・意味、だ・・・?」 喉がカラカラに渇いていくのが分かる。どこまでも澄んでいて、どこまでも見透かすような視線が自分の心の奥底を暴いているようだった。 「リューグさんなら・・・分かっているはずです」 ふいに。二人が纏う雰囲気が一変した。 「復讐を望む貴方を止めようとは思いません」 「私達も復讐者だった者ですから」 冷然とした雰囲気を柔らかな空気に変え、二人は静かに瞼を伏せる。 「だけど、むざむざと返り打ちに遭う様な復讐の仕方には賛成できません」 「仕掛けるのならば、勝利をもぎ取るつもりで」 「そして、勝利とは生きてこそのもの」 「生きて、待っている皆の元に帰ってこそ、初めて勝利と言える」 伏せていた瞼を上げ、透明な視線をリューグに、そしてロッカ・アメルへと向ける。 「ロッカさん。アメルさんの意見を聞きましたか?」 「え?」 「ロッカさんもリューグさんも気持ちは同じ。アメルさんを守りたいのでしょう?」 「もちろんです」 力強く頷くロッカに二人の表情も僅かに緩んだ。 「・・・ならば、アメルさんも当事者。彼女の意見を聞く事は当然でしょう?」 「それとも・・・黙って守られていろ、だなんて思っているのですか?」 ある意味、きつい台詞にロッカとリューグの二人ははっとして発言したを見る。 それは、相手に対してとても傲慢な心理。それが自分達になかったのかと問われると・・・否定は、出来ない。 「アメルさんは、どうしたいのですか?」 「え・・・」 いきなり問われたアメルの瞳が戸惑ったように揺れる。 「泣いてばかりいて、自分の意見を言わない貴方も悪いのですよ」 「意思を示さないから、貴女の『兄』達がどんどんと突っ走ってしまう事、分かっていますか?」 「二人が喧嘩をすると貴方が泣いて止める。二人は渋々喧嘩を止める」 「ずっとその繰り返しで終わって・・・貴方達三人がちゃんとお互いに向き合って話し合いをした事、ありますか?」 問われた事は確かに真実を突いていて、兄妹3人は顔を見合わせた。 「アメルさん、貴女の意見は・・・いえ、願いはなんですか?」 優しい声に押されるように、揺れた瞳のまま、アメルは細い声で呟く。 「あたしは・・・あたしは、もう、誰にも傷ついて欲しくない・・・。ロッカとリューグにもやっと会えて・・・誰とも別れたくない・・・。一緒に、いたい・・・」 「アメル・・・」 胸の前で両手を組み、俯いて呟く妹の姿にロッカもただ名前を呼ぶだけしか出来なかった。 「そう。でもね、アメルさん。野生の獣が・・・雛が巣立ちをするように、人もまた、巣立ちをするものです」 柔らかな声音で、けれども少し厳しい言葉をは紡ぐ。の後をがまた、同じ調子の声と言葉で続けた。 「巣立つのを邪魔してはいけない。成長しようとするのを止めてはいけない。自分が寂しいからと、引き止めてはいけない」 「あ・・・」 思い当たる節があるのか、アメルの瞳が見開かれる。その様子を見ながら、二人は告げた。 「まずは、話し合って下さい」 兄妹達が今度こそ、お互いに向き合って話し合うために部屋へ戻ったのを確認したとは軽いため息をついた。 「ご苦労様。、」 「何もしていませんよ」 ミモザに労われた二人の顔に苦笑が浮かぶが、ケイナがゆるりと首を振って否定する。 「あの場で一番的確な言葉を言ったのは貴女達だけ。あの3人に一番必要な言葉をあげたのも貴女達だけだわ」 お互いを大切に思っていながらまったく向き合っていなかった兄妹達。それを厳しくとも的確な言葉で道を指し示した彼女達。 「貴女達のお陰よ」 「そんなつもりはまったくなかったのですけどね・・・」 「私達はただ、思った事を言っていただけですから」 そう、ゲームをしていて、この場面でいつも思っていた事を言っただけだ。 何故、アメルは泣くばかりで。ロッカとリューグは自分の意見を押し付けるだけで。 どうして、人の気持ちを聞こうとしないのか。 その疑問を自分達はただ、ぶつけただけ。 だから。 「大した事はしていません」 ゆるり、と首を振る二人に先輩召喚師コンビと冒険者コンビの大人組が苦笑を浮かべた。おそらくは随分と謙遜する人間だとでも思っているのだろう。 「さぁさ、貴女達も疲れてるでしょ。部屋で休んだらどう?」 「とは休んでいる筈が戦闘に飛び込んできたからね。しかも、その後は喧嘩の仲裁をして、休憩という休憩は取れていないだろう?」 先輩召喚師コンビの勧めに二人は顔を見合わせた。 確かに、寝入りばなに襲撃の騒音で覚醒を余儀なくされ、そのまま戦闘に突入。終了した後は居間のソファでうとうとしていたところを盛大な喧嘩の音で目を覚まし、彼等の仲裁をして。 「・・・よく考えれば確かに私達、この場所に来てからちゃんと休んでいませんね・・・」 ちょっとやそっとでぶっ倒れるようなヤワな体力・精神力ではないが、だからといって疲れないわけでもない。 よって。 「お言葉に甘えまして、休んできます」 休息を促された二人は素直に頷き、宛がわれた部屋へ引き取るとそのまますぐに、静かに眠りについたのだった。 コン、コンコン。 小さく部屋に響くノックの音に熟睡していたとは瞬時に意識を覚醒させた。 「・・・アメル達、ね」 「話し合いの報告、かな」 扉の外の気配を読み取り、が呟けばも軽く頷き、予想を小さく呟く。 ベッドから起き上がり、扉を開ければ気配の通りにレルムの3人がそこに佇んでいた。 「どうぞ、入ってください」 相手が何かを言う前に、は扉を大きく開けると入り口から体を横へと移動させる。 そこまでされれば部屋に入らないわけにはいかず、お互いに顔を見合わせていた3人はおずおずと促されるままに部屋に入ってきた。 「それで、お互いに納得のいく結果はでたのですか?」 静かに問われた言葉に3人の瞳が見開かれる。 「さんとさんは・・・分かっていたのですか?私達が何故、貴女達を訪ねたのか」 「分かるとか・・・それ以前に」 「少し、考えれば察する事はできますよ」 「何といっても、私達はその事で貴方達と凄い騒ぎを起こしましたしね」 「あんな騒ぎを起こしておいて、知らん振りをするような人は貴方達の中にはいませんでしょう?」 くすくすとからかい気味に笑いながら告げる2人の様子に、知らず肩に力が入っていたレルムの兄妹達の体から緊張が抜けた。 今更ながら、この2人の態度は本当に冷静で落ち着いているとロッカは思う。それは、そのまま人生経験の違い故で、つまりは彼女達が大人だということなのだろう。出会ってからの2人の態度を改めて思い返せばそれは十分に納得できた。それどころか、いくら外見があれほど幼いからといって、その事に気付けなかったのが不思議な程だ。思い込みとは目に鱗をしっかりと貼り付けるものである。 「それで、どうされるのですか?」 改めて柔らかな声で問い掛けられ、リューグが強い意思を込めた瞳で相対する彼女達に告げる。 「俺は一旦、皆から離れる」 「離れて、何をされるのですか?」 ゆるり、と首を傾げ、穏やかに訊ねる。頭から反対することなく、相手の意見を聞く態度は先程までの自分達にはなかったもの。一つ一つの態度や言葉が彼女達が大人だと示していた。 「じじいを捜すんだよ」 「アグラさんを、ですか?」 「ああ。あの時はぐれちまったが、あのじじいがそう簡単にくたばるわけがねぇ。なら、こっちが捜しに行ってもいいし、じじいがいればいい戦力になるからな」 「そうですか。気を付けて行って下さいね」 どこまでも穏やかに自分のこれからの行動を許容する。優しいのではない。寛容なのでもない。ただ、相手を認め、受け入れる懐が広いのだ、彼女達は。 「・・・今度は反対しねーのかよ」 「先程と同じような感情に任せた言動でしたら、確かに止めましたけど」 くすり、と柔らかな微笑みをは浮かべる。 「けれども、今は違うのでしょう?何よりも、瞳が違いますもの。意思と、覚悟が宿っています。ならば、私達が止めることなどありはしません」 続けて言われた言葉に我知らず、リューグは心に歓喜が湧きあがるのを覚えた。 自分を認めてもらえた。それが無性に嬉しい。 「そっか・・・」 穏やかに目を細めるリューグにアメルとロッカの2人が驚いた視線を向ける。彼のこのような表情など、滅多に見られないからだ。 「ロッカさんは、ここに残るのですか?」 涼やかに凛とした声に訊ねられ、驚いていた意識を目の前の外見は少女−−−実際年齢はすでに女性−−−へとロッカは向ける。相棒であると同じく穏やかな瞳がロッカを見つめていた。 「はい。僕はここに残って、アメルを守ります。・・・リューグやお爺さんの分まで」 リューグと同じく強い意思が宿る瞳がの漆黒の瞳を見つめ返す。それを受けたの顔にふわりとした柔らかな微笑みが浮かんだ。 「己の意思で己の道を見定めたのなら、私達が異を唱える事はありません」 双子の兄弟達の意思を確認した彼女達の視線が最後に残った少女へと向けられる。話し合ったにも関わらず、悲しそうに、寂しそうに俯く少女へ。 「・・・・・アメルさん」 静かに呼びかけられたアメルの肩がびくりと震える。何かに怯えたような瞳が怖々と苦笑するとを映し出す。 「まだ、納得いかないのですか?」 優しく問いかけるに何も言うことができず、再びアメルの顔が俯いた。 「ねぇ、アメルさん」 呼びかけと共にそっと取られた手に驚き、アメルの顔が僅かに動く。そこには片足をついた姿勢でアメルの両手を自分の両手で包み込み、優しい瞳で見つめているの姿があった。 「知っていますか?『強さ』にはいろいろな種類があるということを」 「え・・・?」 咎めるでもなく、嗜めるでもない、まったく別の事を言い始めたをアメルは驚いて見返す。ようやく、自分の方を真っ直ぐに見たアメルへは優しく微笑み掛け、両手に取った小さな手を一度きゅっと握った。 「私達のように単純に闘いの『強さ』もあれば、どんな困難にぶつかろうとも遣り遂げようとする意思の『強さ』もあります」 「行う事に対して全ての事柄を受け止める覚悟の『強さ』もあれば、赦して受け入れる優しさの『強さ』もあります」 何時の間にかの後ろに立っていたがの後を継いで言葉を続ける。柔らかく、優しい瞳でアメルを見つめながら。 「アメルさん。貴女は強くありたいと思いませんか?」 「強く・・・」 「信じて待つこともまた、一つの『強さ』ですよ」 「信じて、待つ・・・」 何かを考え込むアメルにもう一度、2人は言葉を紡ぐ。 彼女の悲しい顔のままでリューグを送り出して欲しくなかったから。彼が安心して行くために、そして先を、目的を見つめていられるよう、アメルには笑顔で居て欲しかったから。 それ故に、2人は言葉を紡ぐ。 「リューグさんは必ず、アメルさんの元に帰って来る、と」 「アメルさんがリューグさんの帰る居場所だと」 「信じて、待つのです」 信じるという事は簡単なようでいて、実際は非常に難しい。無条件に信じることなど、そうそうありはしないのだ。 けれども。だからこそ、信じ続けるという『強さ』がある。 そして、その信じるという行為が『力』へと繋がることも往々にして、ある。 「ロッカ・・・リューグ・・・」 幼い頃からずっと一緒に育ってきた、兄同様の双子をアメルは見つめ、兄弟達も妹という絆で結ばれた少女を静かな瞳で見つめ返す。 「帰って・・・くる?リューグ・・・」 「当たり前だろうが」 縋るように聞いてくる妹に兄はぐしゃ、と目の前の栗色の髪を掻き回した。幼い頃から変わらない、彼なりの宥め方。 「俺が帰ってくる場所だろ、アメルは」 続けて言われた言葉にアメルは目を見開き、そして微笑んだ。 「うん」 派手な兄弟喧嘩が始まってからようやく浮かべた、彼女の心からの微笑み。 それを見ただけではあったが、もももう大丈夫だと安堵の微笑みを返す。 こうして、レルムの双子兄弟の周囲を巻き込んだ大喧嘩は収束されたのだった。
ヒロイン達の実際年齢がようやく判明。随分な年上で申し訳ありません(汗) |