「・・・・・・・・・・?」
、さん?」

 実践を磨こうと街道に行ってみれば、そこにいたのは2日前の夜から消息不明になっていた人達で。



紛れ込んだ泡沫の世界
第九章〜追っ手の撒き方教えます〜




 唖然としている一同の視線の先。そこにはずっと心配していた人達の姿があって。対する彼女達も驚いたように一同を見つめている。
「え・・・?マグナさん?」
「トリスさんも・・・」
 20余りの盗賊一味が転がる側で腰を落ち着けている二人であったが、その姿はボロボロと言ってもいいぐらいのものだった。
 の足首まで隠していたロングスカートは膝上15センチ程で切り取られ、切り取った布は更に細く裂かれて肩の包帯代わりにされている。のロングスカートも同様に短く切り取られ、の胸周りを隠すように巻き付けられていた。包帯代わりにしている布からは僅かな血の染みが見られ、が外見ほど軽症ではないことが伺える。
「・・・・・っ、し、心配、したんだからねっ!!」
「本当だよっ!!」
 トリスとマグナが涙目で叫んだかと思うと、座っていたに向かって駆け出し、勢い良く抱きついた。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
 あまりの勢いに後ろに倒れそうになるが、なんとか根性で耐えると泣いているらしい二人の頭をそっと撫でる。
「心配をかけてしまったのですね」
「すみません。でも、ここにこうしていますから」
 それでも泣きやむ気配の無い双子の姿に二人の声にも少しばかり、困った色が混じりだした。だが、柔らかい響きは変わらず、優しく双子の兄妹へと二人は声を掛ける。
「どうか、泣きやんでください」
「お願いですから、泣かないでください」
 初めて会った時から変わらない、穏やかで優しい声。撫でてくれる手も暖かくて優しいのに、それがますます涙を誘う。それに気付いた二人だが、もう何も言わず、ただ優しく頭を撫で続ける。
「無事・・・とは言いかねるようだが、とにかく会える事が出来てよかったぜ」
「本当に。怪我の具合はどうなの?」
 快活に再会を喜ぶフォルテと相棒の言葉に頷きながらも怪我を心配するケイナにの二人も柔らかな笑顔を向けた。
「ええ、ここで会えることができるなんて、運が良かったです。合流するにも、どこへ行けばいいのか分かりませんでしたから」
「いくらなんでも、あそこで落ち合う場所を言うわけにもいきませんでしたしね。逃げている時に肩に銃弾を受けましたけど、弾は貫通していますので。今は鎮痛剤を飲んでいるので、痛みはそれほどでもないのですが」
、その怪我は銃で撃たれたものなのか!?」
 に抱き着いていたマグナがガバッと身を起こし、当の本人の顔を覗きこんで聞いてくる。それに対し、も穏やかに頷いて肯定する。
「中型だとは思うけど、綺麗に肩を貫通しましたね。幸い、動脈を避けて貫通したので、銃で撃たれた割には出血も少なかったようです」
「で、でも、まだ血が出ているよ?」
 心配そうに血が滲んでいる包帯代わりの布を見つめるトリスにはが説明した。
「ここに転がっている方達との立ち回りで傷が開いただけですよ。今はもう、出血も止まっています」
「そういうことですから、そんなに心配しなくてもいいですよ、トリスさん」
 優しく、宥める口調から二人がそれほど怪我を重要視していないことが伺えるが、それでも華奢な体に滲む血は痛々しく感じる。
「あ、俺、リプシーを持っているよ!」
 思い出したように叫んだマグナが急いで紫に輝く石を取り出し、小さな声で詠唱を始めた。詠唱とそれに伴う魔力を受け、マグナの手の中にある石が紫の光を放ち出す。
 そして。
「頼む、リプシー。この怪我を治してくれないか?」
 ふわんふわん、と形容を付けたくなるような、可愛らしい羽を生やしたピンクの丸っこくてぽやぽやした生き物が小さな手を翳し、の怪我に癒しの力を送り込んだ。
「う・・・・・わぁ・・・・・」
 自分の体で直に感じる召喚術の力。鎮痛剤を飲んでいたとはいえ、どうしても感じていた痛みが今では跡形もなくなくなっている。
「これが・・・・・召喚術」
 側で見ていたも息を呑んだ様に呟く。そして、この力が自分達にとっては危険だと直感した。この力に慣れてしまえば・・・慢心してしまう可能性が高い。命の遣り取りが当たり前なこの世界で、それはまさしく死への直行便である。
 親友を伺えば何やら考え込んでいる様子で、怪我をした方の自分の手を握ったり開いたりしながらそれを見つめている。親友が何を考えているのか予想のついた(何せ、恐ろしいほど思考回路が似通っているので)はそっとため息をついた。後で、このことについて話し合おうと思いながら。
「・・・ありがとうございます、マグナさん」
「もう、痛まないか?」
「ええ、大丈夫です」
 心配そうに聞いてくるマグナに軽く頷き、は身軽く立ち上がった。それを見ながらも座り込んでいた地面から立ち上がる。立ち上がった二人の姿を改めて見たフォルテが軽く口笛を吹く。
「随分と色っぽい格好になっているじゃないか。前のようにちらりと見えるのも捨てがたいが、今のような露出度が高いものもいいな、うん」
「言うに事かいてそれなの、あんたはっ!!」
 少々、不謹慎な台詞を吐いた男に相棒の裏拳がすかさず決まり、鈍い音と共に男の体が地面に沈んだ。

(・・・・・お見事です、ケイナさん・・・・・)
(ここで噂の裏拳を生で見る事になるとは・・・)

 一部で夫婦漫才と言われるボケとツッコミに(もっとも、フォルテのボケは命がけのような気がするが)二人は内心で拍手を送る。
 ふん、とばかりに手を払っていたケイナはつい今し方、相棒を地に沈めたとは思えない優しい微笑みを浮かべるとの方へ振り返った。
「とにかく一度、帰りましょう?皆にも無事だってことを知らせないとね?」
「うん、アメル達もすごく心配していたし」
「ミモザ先輩やギブソン先輩にも紹介したいしね」
 先程まで抱き着いていた双子達が今度は手を引き、率先して街へ戻ろうとしているのを見たの顔に苦笑が浮かぶ。少々、猪突猛進気味ではあるが持ち前の素直さは愛すべきもので、この二人の周囲に人が集まってくるのも分かる気がした。これから集うであろう仲間達も、この二人が持つ光に惹かれるのだろう。
「行くのはかまいませんが、その前に」
「この方々の処遇をどうにかしないと」
「あ・・・・・」
 すっかり忘れ去られていた盗賊さん御一行を指し示した二人とわざわざ街道に出てきた目的を思い出した一同との間に一陣の乾いた風が吹き過ぎたのだった・・・・・。





 ゼラムの街の騎士団に盗賊の身柄を引き渡し、賞金を受け取った一同は世話になっている屋敷へと足を向けていた。
「そういえば、トリスさんとマグナさんの護衛獣はどうされたのですか?」
 大抵、側にいるはずの各界の護衛獣の姿が見えないことにの二人が首を傾げれば、その理由をマグナが苦笑交じりに説明する。
「皆が皆、タイミングが悪かったんだよ。レオルドは充電中だったし、バルレルは俺が落ち込んでいるのに業を煮やして気晴らしにどこかへ行ってしまったんだ」
「レシィは天気がいいからって洗濯していたし、ハサハはちょっと無理しちゃったものだから、まだベッドで休んでいて、起こすのも可哀相だったの」
 自分達の護衛獣のことを話す二人にもなるほどと頷いた。本当に皆が皆、タイミングが悪かったのだという事である。
 因みに。
 まったくの余談ではあるが昏倒させた盗賊達の賞金金額は予想よりも高く、実際に昏倒させた当の本人達よりも周囲が驚いていたことを付け加えておく。余程、手に余る集団だったのだろうが、それをたった二人であっさりと壊滅させた彼女達も彼女達である。
 そんな訳で大通りを歩いていた一同であったが、その背後から信じられない、といった感じの声が掛けられた。
さん、さん・・・?」
 振り返れば買い出し中らしいアメルの姿。それを認めた双子達の顔がぱっと明るくなる。
「アメル!二人が帰ってきたんだ!」
「夢じゃ、ないんですね・・・?」
 震える声にアメルの胸中を悟ったらしいトリスが側に寄り、腕に抱えていた荷物を取るとトン、とその背中を軽く押した。
「抱き着いても消えなかったよ、アメル」
 言外に抱き着いてごらんと囁かれたアメルはトリスの顔を見つめ、次いでずっと心配していた二人の方へと視線を流す。何も言わず、ただ微笑んでいるの姿を改めて見た瞬間。考えるよりも先に体が動いていた。
 ほんの数メートルの距離を全力で走り、力一杯その体に抱き付く。確かで暖かな感触が目の前の人物達が夢や幻でないことをアメルに教えた。
「無事で・・・本当に無事でよかったです・・・っ」
 ポロポロと泣き出したアメルを優しく受け止めてはいるものの、は少しばかり困惑気味に顔を見合わせる。
 過ぎた時間の内容があまりにも濃いために忘れがちであるが、アメルと出会ったのはほんの3日前。トリスやマグナ達との出会いだって2日前なのだ。なのに、皆のこの心配振りは些か大袈裟過ぎると思うのは不思議ではないだろう。話だって時間も内容もそれほど大した物ではなかったはずである。
 だが、事実は事実として、腕の中にいるアメルは涙を零して再会を喜んでおり、それが嬉しくないわけではない二人は双子達に抱き付かれた時と同じように、そっと頭を撫でてやった。
「・・・・・落ち着きましたか?」
「はい・・・」
 子供のように泣きじゃくったのが恥ずかしいのだろう。目元を赤くしながらハンカチで涙を拭くアメルにそっと微笑んだ二人はお互いの視線を交わした。その瞬間だけ、真剣な視線になった二人は交わしただけのお互いの瞳の中を読み取り、僅かに頷き合う。
「姉様、少しだけ買い物をしたいのだけど」
「そう?じゃ、私はお嬢を待っているから」
 何気ない二人の会話にトリスがきょとん、と問いかけた。
さん、買い物をするの?」
 先程まで屋敷へ向かっていた矢先の発言なので不思議がるのも無理はない。そんなトリスに向かい、もふわりとした微笑みを浮かべた。その後に告げられた事実は、その笑顔とまったく掛け離れたものであったのだが。
「後をつけられていますので」
「え!?」
「動かないで!」
 つけられているという事実を知らされ、思わず周囲を見回そうとした双子達とアメルに小声で、けれども鋭く注意を発する。初めて聞く厳しい声に咄嗟に周囲を確認しようとした三人の動きが止まった。
「おそらく、追っ手でしょう。このままお世話になっているという方の所まで戻るのは危険ですから、彼らを撒こうと思うのですが」
「・・・方法はあるのか?」
 経験の違い故だろうか、動揺した少年少女達とは違って慌てた素振りも見せないフォルテとケイナにはゆるりと首を傾げてみせた。
「トリスさんとアメルさん、それにケイナさんは私と一緒に商店街へ行ってくれますか?そこで、追っ手を撒きます」
「マグナさんとフォルテさんは私と一緒に酒場・・・出来れば、宿も一緒になっている酒場へ行ってもらえるといいのですが」
「そう。分かったわ」
 まずは二手に別れる事を提案した二人にケイナはあっさりと頷いたが、マグナは眉を顰めて控えめに反対の声を上げる。
「女の子だけで動くのは危ないと思うけど・・・」
「いいえ、マグナさん。女の子だからこそ、撒ける場所へ行くのですよ」
「?」
「後で、教えますね」
 不思議そうに首を傾げるマグナには笑みを零し、も悪戯っぽく笑う。
「お嬢は誰にも負けませんよ。それはマグナさんも知っているでしょう?」
 の言葉にマグナもがアグラバインと共にとはいえ、圧倒的な強さを見せ付けた黒騎士と同等に渡り合えていた事を思い出した。
「そういえば、そうだな」
 ようやく納得したマグナにも柔らかく微笑む。
「では、後で会いましょう」
 その言葉を皮切りに、一同は二手に分かれたのだった。





さん、どうやって追っ手を撒くの?」
 の右腕にしがみつきながらトリスが尋ねるとは僅かに首を傾げる。
「まずは、薬屋に案内してもらえますか?」
「薬屋・・・ですか?」
 アメルはの左腕にしがみつきながら不思議そうに瞳を瞬かせた。
 蛇足ではあるが、トリスがアメルから預かった買い物の荷物はしっかりとマグナへ押し付けてあったりする。(・・・哀れ)
 それはさておき、が告げた行き先にトリスも納得いかない様子で眉を顰め、しがみつく腕の力を強くした。
「そこじゃ、撒くことは出来ないと思うけど・・・」
「もちろん、そこで追っ手を撒くわけではありません」
「え?」
 の意外な言葉にアメルとトリスのキョトンとした声が零れる。
「これからの事を考えると、傷薬とかそういったものは必要になるでしょう?だから、先に買っておこうと思いまして。あと、こんな風に買い物をしていれば、私達が気付いているという事も彼等に悟られないでしょうから」
 穏やかな声音に説明され、二人の少女達は納得すると同時にそんな事まで計算してしまうの洞察力に驚く。自分達とはそれほど年が違わないはずなのに、落ち着いて状況を判断し、自分が取る行動を割り出す冷静さはを酷く年上に見せた。
 そう、初めて出会った時から不思議だった。
 ふんわりとした雰囲気に合った可憐な顔立ちはどう見ても15、6歳。なのに、話し方や行動、思考能力等はずっと大人びていて。
 だから、どうしても姉に甘えるような態度を取ってしまう。自分とは同世代であるはずのに。
 幸いな事に、は全力で甘えていても余裕で甘受していて。それが更に彼女を大人びて見せて、余計に甘えてしまう原因になっているのだが。だが、それでも出会ってから短い時間の中、は一度も迷惑そうな顔をしたことはなかった。
 その余裕の在り方が、本当に不思議だった。
「ほら。ここで薬を買うの。は何が必要かしら?」
 ケイナの声に自分達が最初の目的地に着いた事に気付いたトリスがの顔を見上げると、苦笑を浮かべたがトリスとアメルの顔を交互に覗き込んだ。
「まずは二人共、離れてくれますか?買い物が出来ませんから」
 ほんの少しだけ、困ったように言われれば離れないわけにもいかず。二人の少女が渋々と離れるのを見たの顔に再び苦笑が浮かぶ。
「・・・この世界の品物ってまだよく分かりませんから・・・教えてくれますか?」
 途端にぱぁっと顔を輝かせ、あれこれと品物の説明をしだした彼女達にだけでなくケイナまで苦笑を浮かべた。
 品物の説明を受け、必要だと思われる物を購入したはそれを荷物の中に仕舞いながら注意深く周囲を伺う。

(大通りの向こう側と二軒右隣の武器屋に一人ずつ、ね。これなら撒くことができる)

 追っ手の数と姿を確認したの顔に微かな笑みが浮かび、ふわりとした足取りで身を翻した。自分を待っていた皆の元へ近づいたはにっこりと笑顔を浮かべる。
「では、そろそろ行きましょうか」
?」
 不思議そうに名前を呼ぶケイナに向かい、再び笑顔を向けたは次に行く店の名を告げた。
「ケイナさん、下着屋さんってどこにあります?」
「・・・下着屋?」
「はい」
 笑顔で頷くに首を傾げながら一同は下着屋へと向かった。下着屋へ向かう道すがらにも店先にある服が可愛いだの、綺麗なペンダントを見つけただのと女の子らしい話題で盛り上がる。そうして目的地に着いた一同はそのまま店の中へ入り、更に奥へと向かった。おそらくは店の最奥だろうと思われる場所で入り口を確認したはくるりと皆の方へ振り返る。
「では、逃げましょうか」
「・・・・・え?」
 いきなりの言葉に皆の目が点になり、それを見たがくすくすと笑みを零した。
「追っ手の方々は男性ですからね。下着屋の中に入るどころか、前に立つ事だって無理でしょう?」

(・・・・・確かに)

 それ以前に、この辺り一帯の店は殆どが女性を対象とした品揃えで、当然女性客が多い。男性もいないわけではないが大体がカップルであり、一人で買い物をしていれば目立つことは間違いない。当然、男性が下着屋の中に入るどころか店の前に立つ事など出来るはずがなく、無理にそんなことをすれば追っ手は確実に変態扱いで、目立つことを避けなければならない事も考えれば近づくことさえ出来ないはずだ。
「つけられている事を私達が知っているのはまだ、気付かれていませんから・・・今の内に裏口から逃げさせてもらいましょう」
「なるほどね。確かにこの撒き方は男には無理だわ」
 思ってもいなかった撒き方に驚きながらも、二手に分かれた時の人選の理由に思い当たり、ケイナは納得の声を漏らした。
「でも、それじゃ、さん達はどうやってするつもりなのかな?」
「姉様に任せれば大丈夫ですよ」
 穏やかに微笑むにトリス達も頷き、こっそりと裏口から逃げ出すことに成功したのだった。





 一方、達は彼女が希望した酒場へと身を移していた。
「こっちにもしっかり着いて来てやがるな」
「一人だけですし、念の為というようですね」
 注文した飲み物を口にしながらフォルテとは何気ない口調で話している。一見、買い物の途中で休憩に入った客といった風情だ。
「・・・なぁ、。どうやって追っ手を撒くつもりなんだ?」
 どことなく落ち着かない様子で体を乗り出してくるのはマグナである。そんなマグナに対し、は微かな笑みを浮かべた。
「考えはありますから、そんなに心配しないでください」
 穏やかに呟き、テーブルに肘をついたは両手を組んでその上に顎を乗せると静かに瞳を閉じる。
「・・・・・?」
 そのまま、何も反応しなくなったにマグナが恐る恐る声を掛けるが返答がまったくなく、その反応の無さをいぶかしんで顔を覗きこんだ。
「え?!?」
 顔色が蒼白になり、どこか荒い息使いになっているに驚き、思わず肩に手をかけるとグラリ、とマグナへと体が倒れこむ。
「うわっ」
 マグナが慌てて倒れ込んだ体を受け止めるとフォルテが素早く立ち上がりながら椅子に置いていた荷物を手に取った。
「怪我をしていたし、疲れが出たのかもしれない。少し、上で休ませてもらおう」
 を腕に抱いたマグナがおろおろしている間にフォルテは主人と話をつけ、手招きして呼び寄せる。
「こっちだ」
 慌ててを抱き上げ、マグナはフォルテの案内で宿になっている二階へと上がった。
 二階の一室に入り、をベッドに寝かせるのとフォルテが部屋の扉を閉めるのが同時で、扉を閉めたフォルテがにやっと笑う。
「・・・・・上手くいったようだな、
「そのようですね」
「・・・・・え?」
 倒れていたはずのが答えた事にマグナの瞳が見開かれ、扉の所にいるフォルテとベッドから身を起こしたを交互に見つめた。
「え?え?」
 混乱しているマグナにが少しばかりすまなさそうに笑い、逃亡の為の種明かしをする。
「心配させてすみません。倒れたのは演技だったんです」
「ど、どうして?」
「自然に宿の部屋に入る為に」
 今度はにっこりと笑ったは寝ていたベッドから立ち上がると窓の外を伺い、小さく頷くとくるりと振り返った。
「追っ手も宿の部屋までつけてこれないでしょうから・・・今のうちに裏口から逃げさせてもらいましょう」
 事態の変化についていけず、目を白黒させているマグナと面白がっているフォルテを引き連れ、も無事に追っ手から逃げ出すことに成功したのだった。





「話は皆から聞いているわ」
「村を襲った連中を足止めしていたそうだね。無事でよかったよ」
 無事に追っ手達を撒くことに成功した一同は召喚師の兄弟弟子達の先輩であるギプソンとミモザの屋敷で当の主人達と居間で対面していた。
 簡単な自己紹介をした後、はお互いの視線を交わし、頷き合うと徐に口を開く。
「まずはアメルさん、ロッカさん、リューグさん。アグラさんのことですが」
 口を開いたの言葉にアメルの瞳が不安そうに揺れた。それを見ながらロッカが不審そうにへ疑問を投げかける。
「お爺さんと一緒ではなかったのですか?」
「皆さんを逃がした後、風向きが変わって火があちらへ向かったのです。それに乗じてアグラさんと共にあの場を離脱しました」
「はっ、自分達で放った火に巻かれてりゃ、世話ないぜ」
 憎々しげに言い放つリューグにもそっと瞳を伏せた。リューグの気持ちも分かるが、相手側の理由も知っているだけに、何とも遣り切れない気持ちが湧きあがる。
 それを敢えて押さえつけ、は淡々と話を続けた。
「離脱してからすぐに、二手に分かれました。あの森の中は自分の庭のような物、心配するなとのことでした」
「・・・・・お爺さん・・・・・」
 それでも心配そうに顔を曇らせるアメルにがそっと微笑んでみせる。
「大丈夫ですよ、アメルさん。あれだけの腕を持っているアグラさんがそう、簡単に討ち取られる筈がありませんよ。信じて、待っていてあげてください」
「そう、ですね」
 優しい微笑みに力づけられたのだろう。曇っていた顔がほんの少し、明るくなる。それを見ながらは次に、大事な情報を目の前に座っている屋敷の主人達と召喚師の双子達の兄弟子に告げた。
「それから・・・この街に入ってから、村を襲撃したと思われる集団の人達につけられました」
「え!?」
「な、それは本当かよ!?」
 の言葉に顕著な反応を示したのはレルムの生き残りの双子達。トリスとマグナの兄弟子であるネスティも大きく目を見開いている。
「アメル、大丈夫だったのかい?」
「ええ。さんと一緒に下着屋さんを通って撒いてきましたから」
 にっこりと笑顔で答えるアメルに一瞬、居間が静まり返った。
「え、ええっと・・・?」
「し、下着屋・・・?」
「追っ手の方々は男性でしたから。まさか、下着屋の店の中まで入ってこれないでしょう?」
「た、確かに」
 顔を赤くする(純情な)男性陣達とは別にミモザは腕を組み、感心したように頷く。
「なるほどねぇ。意外な方法だけど相手が男ならまず、確実に成功するわよね」
「だが、そうするとマグナ達はどうやって撒いてきたんだい?」
 が取った方法が女性限定だと理解したギプソンが疑問を提示すれば、それにはフォルテが説明をした。
「待ち合わせの振りをして酒場に入ったんだがな。そこでが倒れて二階の宿の部屋を取って、裏から逃げた」
さん、倒れたんですか!?」
 驚くアメルには苦笑して首を振る。
「演技ですよ。私が倒れれば、自然に部屋を取る事ができるでしょう?」
「けどさ、いくら演技とはいえ、何にも知らされなかったら驚くし、何をしていいか分からないよ」
 拗ねたように言うマグナに今度は首を竦めて済まなさそうに謝る
「済みません。この事は、フォルテさんだけに言っていましたので・・・」
「ええっ!?」
「なんでさ、!」
 驚くトリスと目を見開いて文句を言うマグナに済まなさそうにしながらもはきっぱりと理由を告げる。
「マグナさんの性格からして、演技をするのは苦手でしょう?フォルテさんは冒険者という肩書きがあるだけに、いろいろと機転がききますから」
「う・・・・・」
 が指摘した事は事実を突いていただけに、マグナもそれ以上の文句を言う事が出来ず、結局は黙り込んでしまった。
「そんなに落ち込む事はないんだぜ?マグナがああやって真剣に心配して慌てていたから、怪しまれる事なく部屋を取れたんだからな」
「・・・フォルテ、それ、あまり嬉しくない・・・」
 フォルテのフォローにならない台詞にマグナは更に落ち込んでしまう。それに苦笑しながらもギプソンは納得した視線をに向けた。
「なるほど。君達の機転で当面の危機は逃れられたようだね」
「とはいえ、相手もプロのようですので・・・おそらく、ここもすぐに見つかるかと思います」
「分かった。私達も用心をしよう」
 鷹揚に頷くギプソンに生真面目なネスティが慌てたように立ち上がりかける。
「でも、これでは本当に先輩達に迷惑が・・・」
「ネースティ?何度も言わせないのよ」
「ミモザ先輩・・・」
「ミモザの言う通りだ、ネスティ。私達はこうなることも承知していて、君達を受け入れた」
「変に遠慮する事はないの」
 めっ、とでも言うように腰に手を当て、後輩を軽く睨み付けるミモザと穏やかに笑うギブソンの姿にの二人も柔らかな微笑みが浮かんだ。
「取り合えず、の二人は休んだ方がいいわ」
「ああ、そうだね。ずっと逃げ続けていたのだろう?空いている部屋があるから、そこを使うといい」
 二人の勧めに彼女達も小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
「お言葉に甘えまして、休ませてもらいます」
 案内された部屋に入り、扉を閉めると二人同時にほっと吐息をついた。
「姉様。召喚術の事だけど・・・」
 話を切り出したも分かっているとばかりに頷いてみせる。
「自分の身で直に感じて分かったけど・・・アレは危険ね」
「そうでしょうね。見ているだけの私にもそう、感じたもの」
 同意するの手がそっと傷を受けていたの肩に触れ、今はどこにも傷がない事を確かめるとため息をついた。
「姉様は平気な顔をしていたけど、あれはかなりの重傷だったはずよ。普通なら傷が癒えるまでもっと時間が掛かるのに、リプシーであっさりと治ってしまった・・・」
「それがいけないと言うわけじゃないのだけどね。でも、私達はアレに慣れてはいけない」
「慢心するかもしれないもの」
「ええ。あと、人体が本来持っている治癒力も落ちるわよ。だから、召喚術に頼るのは生死に関わる場合か、もしくは緊急事態のみにするべきね」
「もちろん、聖女の癒しは絶対に受けないこと、よね?」
「当然。私達がこの先の展開を知っているだなんて事、万が一にもバレるなんて可能性は避けるべき」
 それだけは絶対に避けなければならないとお互いに改めて二人は確認し合う。
 顔を突き合わせ、小声で話し合っていた二人だったが、話が途切れた時にが軽い欠伸を零した。
「姉様?」
「ああ、うん。昨夜、寝ていなかったから・・・流石に疲れて。お嬢も寝ていないのでしょう?」
「やっぱり、姉様にはバレていたわね」
「そりゃあね。いくら、『あの時』から時間が経っているとはいえ、私達が知り合って間もない男性と一つの布団で一緒に寝られる訳、ないじゃない」
「いくらゲームで彼らを知っているとはいえ、実際に会ったのはあの時が初めてだものね」
「そういうこと。ま、とりあえず、その睡眠不足を補うために寝ましょうか」
「ええ」
 部屋に置いてあるベッドにそれぞれ、身を横たえると瞳を閉じる。意識が闇へと落ちるのに時間はそう、かからなかった。
 だが、久々に確保した安らかな時間はそれほど長くは続かず、屋敷中に響く轟音に二人は叩き起こされる事となる。





 二人の二つ名である『蒼の夜叉姫』『碧の阿修羅姫』の力を振るうことになるイベントが始まっていた。



     






合流しましたが、偵察兵に見つかりました。まぁ、ヒロイン達のボロボロ具合は嫌でも目立つだろうし、周囲の人間達も目立つ存在でしょう。
次は屋敷襲撃イベントです。指揮官達とヒロイン達をどう絡ませましょうね〜。