紛れ込んだ泡沫の世界
第十五章〜罵詈雑言飛び交う庭園より〜

「さて、と。どうする?」
「基本的に捜しながら情報収集、じゃなくて?」
「まぁね。あ、ミモザさんの頼まれ事を先に済ませないと」
「ああ、そうね。うっかり忘れたなんてことをしたらミモザさん、怖そうだし」
 のんびりと話をしながらは繁華街をゆっくりと歩く。
 途中でミモザに頼まれた資料を受け取るとはアメルから取った荷物と一緒に腕に抱え込んだ。
 はハサハと手を繋ぎ、バルレルは一歩後ろをついてきている。
「あの、すみません」
「はい、なんだい、嬢ちゃん」
「友人が大切なペンダントを落としてしまったのですが、見かけませんでしたか?緑色の石で、銀色のチェーンなんですが」
「うーん・・・見かけなかったな」
「そうですか。すみません、時間を取らせて」
「いや、かまわないよ」
 も、今、ペンダントがどこにあるのか・・・いや、誰の手にあるのか知っている。だが、少しでも何らかの情報があればミニスの心配が減るだろうと、あちこちの店の者に聞いて回る。
「うーん、ないわねぇ」
「情報さえも入ってこないし」
 はため息を吐き、は小さく舌打ちをするが、状況ははっきり言って芳しくない。
「しょうがない。もうすぐ集合の時間だし・・・って」
「姉様?どうしたの」
 集合場所である庭園へ足を向けようとしたが足を止めた為、必然的にも足を止め、片割れの顔を覗きこんだ。
「うん・・・ちょっと、目を惹かれるモノがあって」
 の視線を辿れば、そこはアクセサリーを扱う小さな店で。
「お前、あーゆーのが好きなのか?」
 意外、という顔でを見るバルレルに答えたのは
「姉様はジャラジャラとアクセサリーをつける人じゃないわよ。ただ、そうではない分、気にいったアクセサリーには拘るわね」
「それはお嬢もでしょ」
 くすり、と笑みを浮かべたは少し考えると足をそちらへと向ける。
「姉様?」
「少し、寄らせてもらえる?ピアスを買うから」
「それは、いいけど・・・」
 不思議そうに呟きながらもは後をついていった。
 人からの頼まれ物ならばともかく、完全な私用で・・・しかも通りすがりに買い物をするような人間ではないのだ、は。
 そんなの視線に気付いたは口元に軽い笑みを浮かべたまま、チラリと側にいるハサハとバルレルを見やった後、ほとんど息にしか聞こえないような小声でに呟く。
「カモフラージュしたいから」
「・・・・・成る程ね」
 の一言で理由を察したも目の前のアクセサリーを一つ、手に取った。
「お嬢?」
「そういう理由なら、私も一つは身に付けておくべきでしょう」
「そうだね」
 軽く頷き合うと二人はそれぞれ目的の物を購入するとすぐに身に付ける。
「お姉ちゃん達・・・似合う・・・」
「ありがとう、ハサハちゃん」
 服の裾を握り、こくり、と首を傾げて見上げるハサハに二人も嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、集合場所へ行こうか」
 の促しに親友と赤と紺の護衛獣が後に続いたのだった。





「あ、!どうだった?」
「ごめん、情報さえも掴めなかった」
「そうですか」
「・・・これだけ捜しても見つからないなんて」
 ぼそり、と呟いた言葉が予想以上に辺りに響き、アメルがはっと顔をあげた。
「マグナさんっ」
 慌てて名前を呼ぶが、その呟きはしっかりとミニスに聞かれていた。
「もう・・・会えないんだ・・・」
 その場にいた全員がしまったと思っても、それはもう、後の祭りで、ポタポタと地面にミニスの涙が零れていく。
「あたしが・・・あたしが、悪いんだ。いつも一緒なのが当たり前で、なくしたことにも気付かなかったから・・・」
 呟くごとに嗚咽が混じりはじめて。
「あの子・・・あの子、怒ってどこかへ行っちゃったんだっ!」
「わ、わわっ、泣かないで、大丈夫だからっ」
「そ、そうよっ、まだ捜していない場所もあるしっ」
 盛大に泣き出したミニスにトリスとマグナの双子達が慌てて慰めるが、涙が収まる気配はない。
「・・・そうして、貴女は諦めるのですか?」
 静かな声が辺りに響き、涙に濡れた瞳をミニスはあげると声の主を見つめた。
「あ・・・なた・・・?」
「見つからないからと、そこで諦めてしまうのですか?そうして、永遠に会えなくなるのを認めてしまうのですか?」
 漆黒の瞳が静かにミニスを見つめていた。静かな声が冷たく感じるが、瞳に浮かぶ色はどこか哀しげで。
「ミニスさん」
 柔らかな声が側から響き、振り返るとひざまづいて視線を合わせている栗色の瞳がやはり、哀しげに揺れていた。
「貴女はそれでいいのですか?もう二度と抱き締めることも出来ず、温もりを感じることも出来ず、瞳に存在を映すことも出来ない。そうなってもいいのですか?」
「だって・・・だって、見つからない・・・見つけられないのよっ!!」
「でも、その存在が壊れる瞬間をその目で見た訳ではないのでしょう?」
 叫ぶミニスに対し、はあくまでも静かに相対する。
「ミニスさん、もう一度聞きます。この先、二度と会えなくなる・・・それに貴女は耐えられますか?我慢出来ますか?」
 柔らかな声に訊ねられ、再びミニスの瞳に涙が浮かび上がる。
「・・・嫌・・・嫌よ」
 スカートを握り締め、勢い良く頭を横に振ると金色の髪がそれにつられ、バサバサと音をたてる。
「大事なの!すごく、すごく大事なの!もう、会えなくなるなんて、嫌!!」
「なら、諦めないでください」
 冷静な表情を崩さなかったが初めてふわりと微笑み、そっとミニスを胸に抱くと金色の髪をゆっくりと撫でた。
「目の前で壊されて、永遠に会えなくなったわけではないのですから。諦めないでください。諦めてしまえば、そこで全ては終わってしまうのです」
「・・・諦めなければ、あの子を見つけられるかな・・・あの子、怒っていないのかな・・・」
「怒っていたら、謝ればいいんですよ」
「え?」
 ポン、と肩を叩いてきたアメルにミニスが驚いて顔を上げた。
「自分が悪い事をした自覚があるのならば、当然謝りますよね。相手から許しを得るのならば、まずはこちらが誠意をみせなくては。大丈夫、ペンダントさんがとても怒っていたら、一緒に謝ってあげますから」
 にっこりと、文字通り聖女の微笑みを浮かべるアメルの言葉にミニスの表情も少し、明るくなる。
「・・・・・許してくれるかな・・・・・?」
「ミニスさんの大切で大事なペンダントなのでしょう?ならば、分かってくれます。許してくれなくても、許してくれるまで何度も謝ればいいのです」
「・・・・・うん。あたし、頑張る。あの子を見つけて、そして落としてごめんねって謝る」
 『ペンダント』に『あの子』と呼びかける不自然さに誰もが気付いていただろうが、ようやく笑顔を見せたミニスに皆はただ、優しく微笑み返したその時。
「おーーーーーっほっほっほっほ!見つけましたわよ、このチビジャリ!!」
 ほのぼのとした空間は突如、辺りに響き渡った甲高い笑い声により、不穏な空気へと変化した。
「げっ、ケルマ・・・」
 振り返るまでもなく、誰だか分かったのだろう。ミニスが実に嫌そうな顔で声が聞こえた方向へと視線を向ける。

(いや、私達も声だけで予想がついたけどさ)
(って言うより、台詞で予想がついたとも言えるのではないかしら)

 辺りに響き渡る高笑いをしている女性は予想違わず派手な衣装を身に纏った美人と言える顔と見事なプロポーション(つい、大きくせり出した胸に視線を向けてしまうが)の持ち主、金の派閥の召喚師でこの後もやたらとミニスに絡んでくるケルマ・ウォーデンだった。そして、その後ろにずらりと並んでいる金色の鎧の集団。
 ・・・はっきり言おう。
「派手過ぎて目が痛いんだけど、あの集団」
「それ以前に、避けて通りたいわよ」
 の感想は実に正直だった。
「・・・なんだよ、ありゃ」
「め、目立ちますね・・・」
「ぴかぴか・・・」
「隠密行動ニハ向カナイト、判断シマス」
 護衛獣カルテットの感想もそれぞれの心に正直なものだった。
 そんな彼等の視線に気付かぬまま、天敵同士の低次元な言い争い・・・いや、罵倒が辺りを飛び交う。
「いい加減にペンダントをお渡しなさい、このチビジャリ!」
「嫌だって言ってるでしょ、この歳増!!」

(ミニスの台詞、私達の耳にも痛いわね)←外見年齢15歳、実際年齢25歳。
(言えば虚しくなるからやめておこうよ)←外見年齢16歳、実際年齢26歳。

「歳増って言うな!このペチャパイ娘!!」

(何気に自慢になっているのかな、あの胸)←実はDカップサイズ。
(まぁ、確かに立派だものね)←意外に大きいEカップサイズ。

「あたしはこれからだもの!あんたなんて、後はただ垂れるだけでしょ!!」

(いや、垂れていても触りたくなる胸ってあるんだな、実際)←職業、老人ホーム所属の看護師。
(女性としてどうかと思うわよ、その発言は)←老人ホーム所属、常識人の事務員。

「きぃぃぃぃっ!!あなたなんて、母親のファミィ・マーンを見ればこの先の成長度合いなんて大した事ありませんわっ!!」

(見たのかなぁ、ファミィさんの体)←プロポーションはいいと思っている。
(外見は十代の娘がいるとは思えないほど若いけれどね)←若さの秘訣を教えて欲しいと思っている。

「お、お母様は脱いだらすごいんだからっ!!」

(じゃぁ、ファミイさんは着やせするタイプ?)
(それを真剣に考えるのもどうかと思う)

 白熱した罵倒の遣り取りに唖然としていた(はご丁寧にそれらに一々突っ込んでいたが)双子が引っ掛かる名前−−−家名に首を傾げた。
「・・・え?マーン?」
「あ・・・」
 はっとした顔でミニスが双子達を振り返る。
「マーンって家名、ネスに聞いた事がある」
「あたしも。確か、金の派閥でも結構力のある貴族だったと思うんだけど」
「じゃあ、ミニスちゃんは金の派閥の召喚師さんってことですか?」
「ご、ごめんなさいっ。あたしが金の派閥だと知ったら嫌われると思って、言い出せなくって・・・」
 ミニスが泣き出しそうな顔で俯くが、その頭にポン、とマグナが手を置いた。
「大丈夫」
「え・・・?」
「嫌いにならないわよ」
 顔を上げたミニスにトリスがにっこりと笑った。
「ミニスちゃんはミニスちゃんです。金の派閥の召喚師さんだからといって、すぐに嫌いになるような人はここにはいませんよ?」
 やんわりと微笑むアメルにミニスの顔が明るくなっていく。
「私達はミニスさんだから友達になりました」
「それとも、ミニスさんはトリスやマグナが蒼の派閥の召喚師だからといって、嫌いになりますか?」
 穏やかなの問い掛けにミニスは勢いよく頭を横に振った。
「ううんっ。嫌いにならない!大好き!!」
「私達も、ミニスさんが大好きですよ」
 ようやく、満面の笑みを浮かべるミニスにその場にいた者達の顔にも笑顔が浮かんだ。
「・・・・・貴方達・・・・・人を無視するんじゃありませんわよ」
「あ、忘れていました」
 背後に間違いなくおどろ線を背負ったケルマにさらりと爆弾を投げ込む
 ケルマ、大爆発。
「きぃぃぃぃぃっ!!このわたくしを・・・ウォーデン家当主であるケルマ・ウォーデンを扱き下ろした罪を贖っていただきますわっ!!」
「いえ、扱き下ろしたのではなく、存在を忘れて無視しただけですけど」
「フォローになっていないって、
 更に爆弾を投げ込む発言をするにケルマはぶるぶると手を震わせる。
「その失礼な口、すぐに閉じさせますわっ!!」



 低次元な争いによる戦闘が開始された。



 ケルマの合図で金ぴか集団が一斉に前に出てくる。その合間にいる小さな影に気付いたの顔が僅かに引き攣った。
 まったくの余談だが、が抱えていた荷物は被害が及ばないだろう場所へ避難させ、置き引きに会わないよう、ハサハに番を頼んでいる。(つまり、ハサハは戦闘から除外)
 それはともかく、僅かに引き攣った顔のまま、は側にいるへそっと囁いた。
「・・・お嬢。私、人間だけを相手にするから」
 突然のの宣言にが目を丸くして首を傾げる。
「姉様?いきなり何を言うの?」
「召喚獣を見てごらんよ」
 が指し示した方向へ視線を向けたの顔も、宣言前のと同じく僅かに引き攣った。


 青く、丸っこい体つき。指がないのに意外に器用な羽先。ちょこんと被っている飛行帽。目つきが悪いくせに妙に愛嬌のある大きな目。トテトテというような擬音が似合いそうな歩き方。
 幻獣界メイトルパのアイドル(?)、テテである。


「私、あの子達を張っ倒すことは無理だから」
「あの、私も無理よ、姉様」
 の宣言にも慌てて両手を振る。のその言葉を予想していたはちらりと周囲を見回し、親友に頷いてみせた。
「じゃあ、私達二人が人間を相手取って」
「皆には召喚獣をお願いしましょう」
 勝手に自分達以外の担当も決めてしまった二人は戦闘体勢になっている召喚師組に呼びかける。
「皆さん、私達は金ぴか鎧の皆様を引き受けますので」
?」
「皆さんは召喚獣の対応をお願いします」
「え??」
 いきなり『お願い』をされた召喚師組が驚いて視線を向けるが、その時にはすでに二人は前線へと飛び出していた。





「金ぴかの皆様方、お相手を願います!」
「なっ!?」
 突然目の前に飛び出してきた二人の美少女に驚き、『金ぴか』呼ばわりされた彼らの動きが一瞬止まる。一瞬とはいえ、その隙を逃す二人ではない。
「せやっ」
「はぁっ」
 右手で正面の兵士の顎を打ち上げ、左足で斜め後ろにいた者の顔面に回し蹴りを喰らわせる
 右足で相手の顔面へ上段蹴りを喰らわせ、左足でその横にいた者を蹴り飛ばす
「・・・・・あの二人、一体何者なの?」
 外見を裏切るの戦闘能力にミニスが唖然と呟く。彼女達が闘うところを見た者達が一様に陥る疑問に、やはりミニスも陥ったようである。
「うーん・・・あたし達も初めて見た時は物凄く驚いたんだけど・・・」
「俺達の仲間の中で(たぶん)一番強いんじゃないかなぁ?」
「リューグをあっさり負かしましたし」
 手持ちのサモナイト石で召喚獣を攻撃しつつ(宣言どおり、二人が人間達を一手に引き受けていたので)、口々に発言するできたての友人達の証言に再びミニスが目を丸くする。
 彼等が召喚獣を相手取っている間、もそれぞれに人間達の間を動き回り、確実に相手を仕留めていた。



 黒いジャケットが翻る度に兵士達が吹っ飛ばされ、白いミニマントがはためく度に金ぴか鎧が蹴り飛ばされる。
 自分の得物を使わず、体術のみで闘う彼女達の動きは綺麗で、いっそ、舞っているような優雅ささえあった。
 振り下ろしてきた剣筋を見切り、最小限の動きで避けると手首に手刀を落とし、回し蹴りを放つ。背後の気配を感じると同時に振り返り、剣を振り下ろす直前の手首を蹴り上げ、後ろ回し蹴りを喰らわせる。横なぎに振るった剣を避けてしゃがみ、その体勢から懐に潜り込んで背負い投げをかました。ガッシャーン、という少々派手な音と共に投げ飛ばされた兵士に周囲の者達が一歩、後ずさる。
 ほんの子供ともいえる少女が華麗に舞い、自分よりも体格の大きい人間を打ち倒す様は、端から見ていれば爽快なのだが、投げ飛ばしたとなると話は違ってくる。
 大の大人−−−それも、全身鎧を着込んだ人間を投げ飛ばしたのだ。己の目を疑うだろうし、信じたくないという心理も働いて当然だ。
 しかし、彼女達に容赦の二文字はなく、彼等が怯んだ隙を逃さず、連続して攻撃を仕掛ける。
「きいぃぃぃっ、これでどうですのっ!?ラブミーウィンド!!」
 ケルマの声に振り向けば、ピンク色のオーラがマグナへ向かって飛んでいったところで・・・。
「・・・っ、まずい!!」
 咄嗟にマグナを蹴り飛ばし(酷)、が代わりにそのピンクオーラを身に受ける。
「姉様!!」
「痛っ・・・って、!!」
 パステルピンクが霧散した所に頭を振っているの姿が現れた。
「姉様、大丈夫?」
「ん〜〜〜、多少、頭がクラクラするけど大丈夫。どうも、精神に関わるモノだったみたいね。体の方はいたって無事」
 ヒラヒラと手を振り、笑って答えるに近づいたが額や首筋に手を当て、目の奥を覗きこむ。ちらりと周囲を伺いながら、極々小さな・・・ほとんど囁きになる声で親友に問い掛けた。
「姉様、ケルマが使った召喚術ってことは・・・」
「まず間違いなく、魅了だと思う」
「そう。だからなのね」
「そういうこと」
 最小限の会話での行動の意味を理解する。
 ケルマが使う魅了はたしか、男性限定だったのではないだろうか。ここにいる仲間で男性なのはマグナと護衛獣のバルレル、レシィ、レオルド(?)のみ。
 レオルドは機属性。機械の特性で状態異常には滅法強い。むしろ、絶対かからないと言ってもいい。
 レシィは獣属性。メイトルパの住人は状態異常を掛けるのが得意だが、得意であるだけに耐性もかなりある。
 バルレルは霊属性。状態異常の耐性は極々普通レベルだが、彼自身は二つ名を持つ魔界の王だ。要するに、精神レベルが非常に高く、耐性も高いとみていい。
 つまりは、この中でケルマの魅了に掛かる可能性が非常に高いのはマグナのみなのだ。だからこそ、は彼を蹴り飛ばして自分が変わりにピンクオーラを受けた。
 二人がケルマの魅了に対しての確認を行っていた背後で、地面にへたり込んだケルマが負けた悔しさに叫んでいる。
「悔しいぃぃぃぃぃっ!!ウォーデン家当主たるわたくしが、こんな、こんなチビジャリに負けるなんてぇぇぇぇぇっ!!」
 一通り叫んだ後、キッと睨み付けた巨乳お姉様はお決まりの捨て台詞と共にその場を去って行った。
「覚えてらっしゃい!次はこうはいきませんわっ!!」
 なんとも派手派手しい去り方をした後ろ姿を見ながら、双子召喚師達が呟く。
「忘れようったって、忘れられないよ、アレは」
「そりゃ、そうでしょうとも」
「誰だってアレを忘れるのは無理があるわよ」
 誰も否定しないのは、当然と言えよう。





「ふーん、ワイバーンを召喚するサモナイト石のペンダント、かぁ」
 取り敢えず、仲間の協力も仰ごうと現在の拠点であるギブミモ邸に戻り、ちょうど良くそこにいたフォルテにケイナ、リューグにロッカ、ギブソンにミモザ・・・要するに双子召喚師の兄弟子であるネスティ以外の者達に事情を説明する。
「分かった、外に出た時は気を付けてみるぜ」
「あたしも買い物に行った時にお店の人に聞いてみるわ」
「もうすぐ出発するが、その間だけでも探しといてやる」
「アメルの友達なら協力は惜しみませんよ」
「あたしも派閥関係者にそれとなく探りを入れてみるわ」
「そうだな。もしもそれを召喚師が拾っていたならば、話にあがるかもしれない」
 一も二もなく協力すると頷く彼等に、ミニスは頬を紅潮させ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
 ずっと一人で捜し続け、その間不安で仕方がなかったのだろう。公園で慰めた時以上に、今のミニスの笑顔は明るかった。
「・・・さて、と。皆の協力は得られたけれど」
?」
「最大の壁をどうするか、だよね」
?」
 ミニスが座ったソファの後ろに立ち、頬に手を当てて首を傾げていると腕組みをして眉間に皺を寄せているに双子召喚師が不思議そうに呼びかける。
「マグナ、トリス。貴方達の兄弟子殿の性格を考えていて?」
 苦笑しながら告げたの言葉に双子召喚師は硬直した。
「ど、どうしよう、お兄ちゃんっ」
「まずいよ、トリス。絶対、庭園で起こした騒ぎ、ネスの耳に入っているよっ」
 双子達が大いに慌てだしたその瞬間。居間の扉が大きな音で開かれ、それ以上に大きな声が居間に響く。
「マグナ、トリス!君達は馬鹿か!?」
「ネ、ネスッ!?」
 心構えをする間もなく兄弟子の説教タイムに突入しそうな雰囲気に弟妹弟子の額に冷や汗が流れる。
「あれほど『金の派閥』には関わるなと言っていただろう!なのに、これは一体どういうことだ!?」
 ネスティの大声にミニスの体がビクッと震え、小さく竦められる。それに気付いたが両隣に座るとミニスの瞳が縋るように見上げてきた。そんなミニスに柔らかく微笑むとはそっとその体を抱き寄せ、安心させるように背中を叩いてやる。も手を伸ばし、見た目よりも柔らかなミニスの金色の髪を撫でていた。
 そんな3人の前では兄弟子VS弟妹弟子の攻防戦が繰り広げられている。
「でも、すごく困っていたんだもの」
「見捨てておけないよ」
「だからって、見ず知らずの赤の他人の厄介ごとに首を突っ込むんじゃない!」
 ネスティの言い方にむっとした双子達が何時もとは違った勢いで反論する。
「赤の他人じゃないわよ!」
「そうだよ!ミニスは俺達の大事な友達なんだ!」
 『友達』という単語にネステイの眉がピクリと動き、ジロリと弟妹弟子を睨んだ。
「『金の派閥』の人間なのにか!?」
「『蒼の派閥』も『金の派閥』も関係ない!」
「俺達はミニス自身が好きだから友達になった、ただそれだけだよ!」
 徐々に激しくなっていく言い争いにミニスの体がますます小さく竦められていく。が優しく抱き締めているお陰で、居心地の悪さは多少軽減されているだろうが、それでもあまり居たいとは思えない空間のはずだ。
 他の人間といえば成り行きを見守るだけのようで、口出ししようという者はいないようである。
 ミニスの髪を撫でていたは目前のVSの埒があかないと見て取ると、その手を止めて自分の荷物をごそごそと漁りだした。
?何をしているの?」
 優しい手が離れた事に気付いたミニスが振り返り、の様子を見て疑問を口にする。
「ん〜、いい加減、アレを止めなきゃね。平行線を辿るばっかりでちっとも話が進んでいないし」
 余談だが、ミニスに対しての丁寧な言葉遣いはミニス本人の希望により、皆と同じ言葉遣いに直されている。
「あら?どうやって止めるつもりなの?」
 絶対面白がっているだろう?と聞きたくなるような瞳の輝きでミモザが訊ねてくれば、は荷物から取り出した物を翳してにっこりと笑った。
「取り敢えず、コレで」
 にっこりと笑ったは翳した物体を・・・投げた。

 ポッコーン。

 気の抜ける音と共に物体はネスティにクリーンヒット。
「なっ?」
「え?」
 かっるーい音が示す通り、あまり衝撃のなかった物体が飛んできた方向を見れば、微妙に冷たい視線を向けているの二人。
 ネスティだけでなく、その他の者達も思わず固まる。脳裏を過ぎるのはレルム双子の喧嘩を仲裁した(ふっ飛ばした)時の冷気を振り撒いて怒る彼女達の姿。
「ったく。いい加減にしたらどうなの?」
「ここにいるミニスの事も考えて欲しいのだけれど」
「しかし・・・」
「しかしも何もない。大体ネスティ、関係のない赤の他人の厄介ごとに首を突っ込むなって言うけど。じゃあ、今現在の私達の現状は何よ?貴方、アメル達のことを否定するわけ?」
 そう、皆がこの邸にいるのは聖女と呼ばれた彼女を助けたからであり、そして今でも彼女を攫おうとしている者達から守ろうとしているからだ。
 『厄介ごと』というものに関わるなと言いながら、今の自分の立場はしっかり『厄介ごと』に首を突っ込んでいる。そして、その『厄介ごと』に関わっている人間はほんの数日前に知り合った立派な『赤の他人』だ。
「いや、そういうわけでは・・・」
「だったら、もう少し考えて発言して欲しいわ。さっきの貴方の発言でアメルがどんな表情をしていたか、分かっていて?ロッカやリューグがどんな気持ちで聞いたか、理解できて?」
「・・・・・」
「ネスティが何に焦っているのか、一応は理解しているつもりだけどね」
「それでも、言葉には気を付けて欲しいの。たかが言葉、されど言葉。使い方一つで立派な凶器になるのだから」
 に正論を口にされ、ネスティは言葉に詰まって黙り込んだ。言葉の凶器については自分自身が己の身で受けている事だけに、余計に何も言えない。
 そんなネスティを見た二人の顔に苦笑が浮かび、やや、緊張した空気が僅かに緩む。
「庭園で起こした諍い、かなり大きな騒ぎになっちゃったし・・・誰かにでも嫌味を言われた?マグナとトリスの事で」
「え?」
「ネス・・・そうなの?」
 よく考えれば有り得そうなのに、その事に思考が回らなかった弟妹弟子が驚いて兄弟子に問い掛ければ、彼は苦笑を浮かべて緩く首を振った。
「君達は何も気にする事はないさ」
 その言葉こそが、事実を示していた。
「ネス・・・」
「ネスゥ・・・」
 双子故にそっくりな、泣きそうな顔で兄弟子を見上げた二人は深く頭を下げた。
「迷惑をかけてごめんなさい」
「でも、俺達はどうしてもミニスを助けたいんだ」
「大事で、大好きな友達だから」
「だから、お願いします」
 滅多に見ない、弟妹弟子達の深く頭を下げて願う姿に、ネスティの口からため息が零れる。
「自分達で、最後まで面倒をみるんだぞ」
「ネスッ」
「いいの?」
「今更、僕が何を言っても無駄だからな。・・・それに、の言葉にも一理はある」
 勢い良く頭を上げた二人の頭をポンポンと宥めるように叩きながら、ネスティは苦笑を浮かべた。そうして、自分達を見ている仲間達・・・この現状となった彼等の前で頭を下げる。
「すまなかった。君達の気持ちを察する事も出来ず、あのような発言をしてしまった」
「気にしないでください」
「あいつらを護ろうとしたんだろ?」
「なら、僕達と一緒ですから」
 穏やかに笑う兄妹3人にもう一度『すまない』と頭を下げたネスティは今度はに寄り添っているミニスに頭を下げる。
「君にも失礼な事を言ってしまった。謝ればすむという問題ではないが・・・すまない」
「ううん。『蒼の派閥』と『金の派閥』の仲を考えれば、貴方の行動は無理ないと思う。あたしこそ、自分の問題に貴方達を巻き込んでごめんなさい」
「君の問題に関しては僕の弟妹弟子達が首を突っ込んだだけだ。君が気にする必要はない」
 僅かに苦笑したネスティは改めてミニスを見つめた。
「お調子者の弟妹弟子達だが、いい友人でいて欲しい」
「もちろん!だって、あたし、マグナもトリスも大好きだもの!」
 満面の笑顔で頷くミニスの姿に、周囲の人間の顔にも微笑みが浮かぶ。
 こうして、小さな召喚師が彼等の仲間として受け入れられたのだった。





(余談・その1)
「ねぇ、そういえば。さっき、ネスに何を投げたの?」
 3人の言い争いを止めた切っ掛けとなった物体は床に転がっている。トリスの疑問に答えるようにがソレを拾い上げると、マグナの目がきょとんと瞬いた。
「なぁ・・・それって、どう見ても包帯だよな?」
「ええ、包帯よ」
「なんで、そんなモノを持っているんだ?」
「なんでって・・・私、元の世界では看護師をしているから、この手の物を常備しているだけよ」
 の思わぬ職業の暴露にその場にいた者の目が丸くなる。
 ついつい忘れがちになるが、外見は少女でも彼女達は立派な成人で、仕事を持っていないはずはないのだ。
「でもねぇ。いくら看護師だからって姉様ほど物を持ち歩いている人はいないわよ」
「・・・・・一体、何を持ち歩いているんだ?」
 僅かに呆れた口調で聞いてきたネスティに、は白々しい笑顔で一言、言った。
「それは乙女の秘密です」
 外見は知的な美少女であるのに、何故か非常に違和感があったのは・・・やはり、今までの彼女の行動故としか言いようがないだろう。





(余談・その2)
「ミニス、あたし達と一緒にいるのはいいのだけれど、ご家族の方に連絡しなくていいの?」
 彼女の母親はあの『金の派閥』の議長だ。たとえ、ミニスが家を出奔したからといって、行方を知らないはずはないのだが・・・ゲーム中ではその事については語られなかったような気がする。何よりも、お人好しの集団である彼等がその事を気遣わないのが不思議だったのだ。
「大丈夫。後で家に行って、皆に言っておくから」
「ミニスちゃんの家、この近くなんですか?」
 アメルの問い掛けにミニスは頷いて答えると、マグナがポン、と手を叩いた。
「そういえば、この周辺で捜そうとしたら、慌てて別の場所へ引っ張っていったよな。あれって、ミニスの家がこの近くだったからか」
「ともかく、ミニスちゃん。ちゃんとお家の方に連絡は入れなくちゃね?」
「それから、マグナとトリス。彼女に自分達の現在の状況を説明しておくべきだ。何も知らせず、側に置くのは彼女自身が危険になる」
 先輩召喚師コンビが年長者らしく、それぞれに忠告をし、それを受けた者達は素直に頷く。彼等の忠告は正論だからだ。
 粗方の話を聞いたミニスはにっこり笑うと彼等に宣言する。
「アメルはあたしの大事な友達だもの。あたしもアメルを助けるわ」
 ぐるりと自分の周囲にいる年上の仲間達に向かい、彼女は強気に笑った。
「誰に強制された訳でもないの。あたしが、自分の意思でしたいと思っているし、誰にも邪魔なんてさせないんだから!・・・だから、あたしも皆と一緒にいる。いさせて欲しいの」
 ほんの少し、寂しさを滲ませたミニスに、双子召喚師と聖女が抱き付く。
「もちろん、一緒だよ!」
「あたしも、ミニスちゃんと一緒にいたいです」
「だって、俺達は友達だもんな!」
「・・・・・うん!」
 居間に暖かな笑い声が広がった。
 束の間とはいえ、確かに感じられた暖かな空間だった。



     



ヒロイン達の職業、正式に発表。あまり話には関係しないのですが。
しかし、これでやっと小さな召喚師が終了。時間とページ、掛かりすぎ。
とはいえ、書きたい事が一杯あるし・・・でも、15話。
き、気長にお付き合いください・・・・・(汗)
次はピクニックイベントの前に、ちょこっと寄り道します。



さてさて。今回の「いきなり次回予告」は。


の楽しい初デートになる筈だったディズニーランド。
ところがそこへ突然ミッキーがに襲い掛かった!!
乱闘にミニーやドナルドも加わり二人は大ピンチ!!
そこへパレードのバイトをしていたネスティが現れ…!?
次回「プーさんとハチミツ」絶対見てね。


・・・・・わ、笑えない。今回はマジに笑えない(汗)
本気で言います。ヒロイン達はノーマルです。滅茶苦茶仲が良くて『前世の双子』とか言っていたり、
ビシバシとアイコンタクトなんかを取っていますが、彼女達は至ってノーマルなんです!!(かなり必死)
ところで、まるでヒーローの如く現れたネスティは一体、何をしたのでしょうねぇ?