ふと、外を見れば綺麗な綺麗なお月様。
「・・・これは、やっぱりアレをするべきよね?」
 アレとは、もちろん。

紛れ込んだ泡沫の世界
第十六章〜月見酒と千客万来〜

「うーん、贅沢だわねぇ」
 ベランダに置かれているデッキチェアに寝そべり、グラスの中身を口にしながらは空を見上げる。
 地球世界よりも遥かに大きな金色の月は辺りを明るく照らしだしていた。それでも、夜の主が放つ光は柔らかく、優しい。
 は太陽ももちろん好きだが、それ以上に月が好きだ。
 太陽のように自身を主張するわけでもないのに、確かにそこにあるという存在感と、夜を闇に堕とさない、気付かない優しさを連想させるような柔らかな光が最愛の人を思わせるからだ。
 側のテーブルに置いている瓶からグラスへ、トポトポと液体を注ぐ。
「これだけの状況が揃っていて、月見酒を楽しまない手はないものね」
 綺麗な月夜にリラックスするには丁度いいデッキチェア。アルコールは家主達に訊ねると簡単に頂戴できた。が結構、アルコールに強いと聞いて少し驚いた顔をしてはいたが。
 アルコールはの大好きなワイン。グラスに注いだ液体は月の光を受けて金色に染まる。
「ほーんと、綺麗」
 月光を受けたワイングラスを翳し、とぷん、と揺れる金色に染まったワインと金色の月を愛でるとコクリ、とワインを一口、口に含む。適度な酸味が喉を通り、風で冷たくなった体を暖める。
「うん、美味しい」
 優雅に月見酒を楽しんでいたの背後から、風呂上りらしく首にタオルを引っ掛けた片割れの声が掛かった。
「姉様、何をしているの?」
「ん?月見酒。ほら、凄く綺麗な月だからね」
「そういえば、この世界に来てからゆっくり夜空を眺めたこと、なかったわね」
 今までが今までである為、その余裕がなかったというほうが正しいだろう。
「なら、飲む?もっとも、お嬢はあまりアルコールは強くないからジュースにしておいた方がいいと思うけど」
 酔い覚まし用にと準備していたオレンジジュースを掲げるとはくすり、と笑みを浮かべ、の手からコップを受け取る。
 とはテーブルを挟んだ反対側のデッキチェアに腰掛け、コップに口を付けながら月を見上げた。
「綺麗ね・・・まるで、あの子みたい」
「お嬢もそう、思う?」
「ええ」
 守りたかった存在。遥か時の先まで共にいたかった存在。けれども、その最愛の存在はもう、側にはいない。
「この世界の月を見ても、あの子を連想するとは思わなかったけれど」
「でも、月を見上げても寂しくなくなったのは進歩だと思うよ」
「そうね。寂しくはなくなった。代わりに愛しさだけが心にあるわ」
「寂しいだけよりもずっといいよ、きっと」
 夜の静けさを乱さないように、静かな囁き声で二人は会話を続ける。お互いの顔を見る事はせず、ただ月を見上げ、時折コップの中身を口にして。
 そんな静謐な空間に浸っていた二人だったが、ふとお互いの視線が合い、背後へ−−−ベランダの出入り口へと振り返った。
「何をしているんだ?」
 そこには夜も深まったというのに、変わらず首元まできっちりと肌を隠したネスティが立っていた。
「あんまり月が綺麗なものだから、月見酒を楽しんでいた」
 ふわり、とした笑みを浮かべ、手に持っていたコップをは掲げてみせる。その中身が何であるか察したネスティの目が見開かれ。
「・・・君達は、馬鹿か!?」
 ・・・・・何故か、怒鳴られた。
「はぁ?」
「どうして、怒られるの?」
 いきなり怒鳴られた二人は目を丸くし、そんな二人の様子にネスティの眉がますます吊り上る。
「君達の年齢を考えるんだ!酒を飲む歳じゃないだろう!?」
 言われた台詞に二人は再び目を丸くした後、ネスティの勘違い(というか、度忘れ)に苦笑を浮かべた。
「ネスティさん、ネスティさん。貴方こそ、落ち着いて下さいな」
「その様子だとすっかり忘れているようだけれど・・・私達、貴方よりもずっと年上よ?」
「・・・・・あ」
 言われてようやく思い出したのだろう。一言、言葉を零した後、気まずそうに視線を逸らしている。
「ついでに言えば、アルコールを飲んでいるのは私だけ。お嬢のコップの中身はただのジュース」
「その・・・すまない。早とちりをしてしまって・・・」
「この外見が悪いのでしょう。人はどうしても視覚からの情報に頼りがちだもの」
 くすり、と笑みを浮かべる姿は確かに15、6歳の少女だが、落ち着いた口調はとても少女のものとは思えない。一度、実際年齢を聞けば、その落ち着きと口調もあって大抵の人間は彼女達が外見通りの少女には見えないものだが、ネスティがそのことを忘れていたのはおそらく、彼の精神に余裕がないためだろう。でなければ、融機人である彼が・・・一度記憶すれば子孫末裔までその記憶を受け継ぐ特性を持った(よく考えれば物凄く嫌な特性だ)融機人の彼が忘れるなんてことをするはずがない。
 気まずそうなネスティを見た二人は彼が何に焦り、余裕を無くしているのか、おおよその理由を察した。
 ネスティから視線を逸らし、夜空を見上げたがポツリと呟く。
「・・・怖い?」
 はっとしたネスティが自分達を見つめた気配を感じたが、彼の方へ視線を向けることなくはその体勢のまま、ネスティに問い掛ける。
「マグナとトリスがいきなり成長して、貴方を置いて行きそうなのが、怖い?」
「何故・・・」
 心の奥底にあった不安を見事に言い当てられたのだろう。ネスティの驚愕が二人に伝わってくる。
 だが、とりあえずその驚愕を無視して二人は話を続けた。
「確かに、派閥から出た途端、あの子達の周囲に人が集まってきた」
「けれども、それでもあの子達の一番はネスティ。貴方よ」
「君達は・・・何を知っているんだ」
 掠れたような声で訊ねてくるネスティに対し、あくまで二人は冷静に告げる。
「『知って』はいない。けれども、おおよその『推測』はしている」
「貴方達とこの邸の主人達の話の切れ端からね」
「僕達の、話・・・?」
「うーんと。どの話から話を繋げればいいものか・・・」
 眉を顰め、アルコールがなみなみと注がれたコップを手にしてが唸る。唸りながら高速回転する頭の中で、話して聞かせても矛盾のない『推測』を組み立てていたりする。
「そうね。まず、マグナとトリスは『蒼の派閥』から『任務』と銘打った『追放』を言い渡され、貴方も二人の監視役としての任を言い渡された」
 横からサラリ、とが話の糸口を引っ張り出した。その助けによって、も話を続け易くなる。
「所属していた所からそんなコトを言い渡されるなんて、よほどのことだけれど。でも、あの二人を見ている限り、彼等の性格などが問題になっているわけじゃないことは分かる。どちらかと言えば、ミモザさんの方がよっぽど何かをしでかしそうなんだけど」
「・・・あまり否定はできないが、それを本人の前では言うなよ、絶対」

 先輩の召喚術を喰らうぞ。
 それは、ちょっと、勘弁・・・(召喚術って、ペンタくん?)
 っていうか、否定しないのね。

「まぁ、それはさておき。ギブソンさんやミモザさんの話からすると『蒼の派閥』はかなり、閉鎖的な性質のようね。しかも、血筋等が重要視されている。そこから推測できるのは、マグナとトリスはそれからはみ出た存在ってところでしょう」
「どこの世界にも、血統に拘る石頭がいるし。おそらく、幼少の頃から二人はずっと、そんな扱いを受けていたんじゃない?で、ネスティはその二人を保護していたんでしょ?」
「理由は分からないけど、ネスティも他の人とは一線を画しているわね。でも、弟妹弟子達だけには気を許している。派閥の中で3人、ずっと寄り添っていたのでしょう?」
「そんな風に育っていて、雛鳥の刷り込みみたく、ネスティの存在を魂の奥深くまで刻み込んでいるあの子達がネスティを忘れるわけないじゃない」
 そこでようやく二人はネスティへと視線を向け、柔らかな微笑みを浮かべた。
「『蒼の派閥』という枷がなくなった、あの二人の等身大の存在は人を惹きつける。太陽の魂を持っているからこそ、皆はあの二人に引き寄せられ、周囲に人が集まり、様々な友人が出来、彼等の世界が広がっていく」
「けれども、それでも、あの二人は決してネスティを忘れはしない」
「そう・・・思うか?」
 どことなく、気弱に聞いてくるネスティに二人は大きく頷いた。
「当たり前じゃない」
「事有るごとにネスティに纏わりついている二人の姿を見ているのよ、私達は」
「アレを見ていれば、どんなに友達が出来たって二人の特別はネスティだって分かる」
「貴方達の絆が生半可なモノじゃないことも分かるわ」
「そう、か・・・・・」
 ほんの少し、自嘲気味に笑ったネスティだったが、すぐに元の冷静な表情に戻るとに軽く頭を下げる。
「弱音を吐いてすまなかった。そして、ありがとう」
「別に気にすることじゃないし、気にしていないわ」
 サラリ、と言い切ったに目を細め、ネスティはもう一度『ありがとう』と呟いたのだった。





 ネスティが自室に戻ってからも、しばらくその場所で飲んでいた二人だったが、ふとが視線を邸を囲んでいる垣根の外へと向ける。続いてと同じ場所へと視線を向けた。
「・・・・・どうして、あんな場所にいるのかしら」
「うーん・・・見張りってトコ?」
「そんなの、一般兵っていうか、偵察兵にやらせればいいじゃない。どうして、特務隊長自ら、こんな場所に出現しているわけ?」
「お嬢・・・こんな場所って・・・」
 言いたい事は分かる。一部隊を纏める立場の人間が、ひょいひょいと一兵卒のような真似をしていること自体がおかしいのだ。もっとも、先日の襲撃の際に彼がへ行った『行為』を考えれば、も理由を察することができる。
 にだけ、イオスとの間に起こった事を話していた。だからこそ、へと問い掛ける。
「どうするの、姉様?」
「ん〜〜〜」
 親友の問い掛けに、コップの中身を飲み干しながらは首を傾げた。ちらりと下へ視線を向ければ金色の光がそこにある。
「・・・少し出てくる。そうだね、ハルシェ湖で月見酒を楽しむよ」
「泥沼に落ちるわよ」
「それはそうなんだけど。彼、どうも落ち込んでいる気がするし」
 苦笑を零し、デッキチェアから身を起こしたはテーブルの上に残っている瓶とコップを手にすると、ベランダの柵に手をかけた。
「・・・仕方ないわね。私達の部屋の窓を開けておくわ。遅くても、日付が変わる頃には帰ってくること」
「了解」
 軽く片手を挙げ、帰ってくる時の協力をしてくれるに感謝の視線を送ったはヒラリとベランダの柵を乗り越えた。そのまま、身軽に地面へと降り立つ。
「それじゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
 の視線が下へ、の視線が上へと向かい、ベランダの柵を挟んで絡まり合う。
「・・・・・ロミジュリ?」
「馬鹿な事を言っていないで、さっさと行って帰ってらっしゃい」
 ボソリ、と呟いたの頭にが首に掛けていたタオルが投げられた。





 暗がりに身を潜め、イオスは先日襲撃を行った邸を見上げた。
 あそこに、あの場所に想いを寄せる少女がいる。
 自分を癒した微笑みと言葉を、彼女は自分の仲間達へと向けているのだろう。
 そう、思った瞬間に胸の奥深くからドロドロとしたモノが溢れ出てくる。
 これは、紛れもなく嫉妬だ。
 敵対していれば決して自分には向けられないであろう、あの微笑みを受け取る彼等に自分は嫉妬をしている。
 分かってはいるのだ。彼女と刃を合わせたときにも、言われた。


『私には私の譲れないモノがあるように、貴方にも貴方の譲れないモノがあるのでしょう?』


 真っ直ぐな視線だった。
 優しく包み込む、夜の闇の瞳でありながら、浮かぶのは決意の宿った光だった。

 ・・・・・修羅を見据えた、瞳だった。

 思い知らされる。彼女とは立場が違うのだと。
 それでも、想う心は止められない。
 その想いのままに、ここに来てしまった。これは偵察なのだと、心の中で言い訳をしながら。
 そうしてイオスが視線を邸に向けたとき。
 ベランダから何かが落ちた。
「・・・!?」
 いや、落ちたのではなく、飛び降りたのだ。
 自分が知っている限りここの邸の住人の中でそんなことをするのは、はぐれだという少女達だけだ。
 ベランダから下を見下ろしている少女が何かを投げ、下にいた少女の頭に被さる。どうやら、布の類だったようで、彼女は肩にソレを引っ掛け、軽い足取りで邸の門から外へと足を踏み出した。
 月明かりに全身を曝け出した少女の姿にイオスの胸が高まる。
・・・」
 最後に口付けを奪った時とは違う服装だが、変わらない漆黒の長い髪を揺らせ、少女は軽い足取りで歩いて行く。少女の姿を見た瞬間、思考を奪われていたイオスも無意識に後を付けていく。それが、彼女が仕掛けた誘いとも思わずに。
 ただ、ただ、彼女の姿を見ていたかったが為に。
 華に誘われる蝶のように、後を付けて行ったのだった。





「・・・ここらへんでいいかな・・・?」
 ハルシェ湖を見渡せる場所では足を止め、空を見上げた。
 変わらず天に存在する夜の主人の姿に微笑み、その場所に座ると持ち出してきたコップに持ち出してきたワインを注ぎ、一口、口をつける。
 そして。
「で。いつまで、そこにいるつもりですか、槍使いのイオスさん?」
 悪戯っぽい表情で振り返り、自分からは死角になる場所に佇んでいた金髪の青年へと声を掛けた。
「・・・
「敵将に言うべき事じゃないでしょうけど。もう少し、気配を押さえるようにしたらどうですか?」
 確かに、敵将に言うべき事ではない。だが、振り返るの夜の闇色の瞳は唯、優しいだけ。
 抱き締められ、優しい声で歌を歌ってもらった夜が甦る。
「一緒に月見酒を楽しみましょう」
「だが、、僕は・・・」
「今は敵同士ではなく、偶然にここで会ったちょっとした知り合い、ですよ」
 くすくすと楽しげに笑う姿に引き寄せられ、けれどもその隣に腰を落ち着けることが出来ない。
 彼女は何故、自分に笑い掛けるのだろう。彼女にとって大切な人を奪う使命を持っている自分に。
「イオスさん、私は言ったはずです。貴方が軍人である事を理解していると」
 彼の心を見透かすようにはほんの少し、瞳を細めて夜の闇色の瞳に柔らかな光を宿す。
「貴方方が下された命令に納得出来ていないことも、それでも従わざるを得ないことも、私だけでなくお嬢も理解しています。ですから」
 ふわり、と暖かな微笑みが・・・もう向けてもらえないと思っていた微笑みが、確かに彼へと向けられた。
「私が貴方を嫌うことはありません。そんなこと、気にしなくていいのですよ?」

「ね?ですから、一緒にいかがですか?」
 が地面を軽く叩いて座るよう促すと、その誘いに誘われるままにイオスは隣へと座る。その彼にはコップを渡し、瓶の中身を注いだ。
「はい、どうぞ。もちろん、飲めますよね?」
「ああ」
 極自然に渡されたため何の疑問も持たずに受け取ったのだが、コップの中身を一口飲んでようやく、イオスは差し出された飲み物に疑問を持った。
「ちょっと待ってくれ。これはワインだろう?」
「はい、そうです」
が飲んでいるのも、ワインなのか?」
「ええ、そうですよ」
「飲むんじゃないっ!!」
 の答えを聞いた瞬間、電光石火の勢いでイオスはの手にあったコップを取り上げていた。
「ちょ、イオスさん、何をするんですか」
「君がその歳で酒を飲もうとするからだろう」
 つい先程も同じような事を言われたばかりである。自分達の外見が原因とはいえ、は思わず苦笑を浮かべ、ポリポリと頬を掻いた。
「あのですね、イオスさん。どうも勘違いをなさっているようですけれど・・・私もお嬢も20歳を遥かに超えているんですよ」
「・・・・・は?」
 の年齢暴露発言を聞いた瞬間の、目を丸くしたイオスの顔というものは貴重かもしれない。
「僕よりも年上だというのか?その顔で?」
「・・・言わないでください・・・」
 誰もが突っ込むであろう指摘にの視線が遠くを泳ぐ。
「元の世界では私達、歳相応の外見をしていたんですよ?なのに、原因は分かりませんけど・・・ここに召喚された時に、何故か外見が若返っていたんです」
「・・・・・非常識だな」
「ええ、物凄く非常識ですね」
 ボソリと呟くイオスに、はコップを返して貰いながら大きく頷いて同意した。
 ただでさえ、ゲームの中に入り込んでしまったという非常識さなのに、その上外見が10歳も若返る非常識がオプションでついてくるなどと誰が思うだろうか。
 よくよく考えれば自分達の周囲は非常識のオンパレードだ。非常に嬉しくない。
「あまり言いたくはないのですが、私の実際年齢は26歳。お嬢は25歳です」
「僕より6歳、年上ということか」
「まぁ、そうですね」
 妙齢の女性に歳の話は禁句なのだが、事実は事実だ。微妙に虚しい気分に陥る。
「そうか。・・・だが、それは僕の心とは関係ないな」
「あの、もしもし?」
 サラリ、と言い放たれた台詞には絶句し、横に座っている綺麗な顔を見上げた。
「あの時、言ったはずだ。『君を攫えたら』と。今でも、その思いは変わらない」
 ルビーの瞳に浮かぶ強い光に見据えられ、も自然に強い光をその瞳に浮かべる。
 先程まで漂っていた柔らかな雰囲気は跡形もなく払拭されていた。
「イオスさん。私は・・・私とお嬢は召喚獣です」
「知っている」
「主がいる私達はいずれ、この世界から消える・・・泡沫の存在なんです」
 ルビーの瞳の強い光に負けない、夜の瞳の強い意思が彼を見据える。
「帰るのか?自分達の世界へ」
「主人の望みが叶えられれば」
 淡々と告げるにイオスの瞳が僅かに細くなる。
「・・・帰さないよ」
「無理です」
 間髪入れずに否定し、は立ち上がった。
「貴方の心を否定するつもりはありませんが・・・」
 ふわり、ふわりと重さを感じさせない動きで少しずつ、はイオスとの距離を開けていく。
「私は異端の存在であり、泡沫の存在。その事実を覆すことはできません。そして、私の世界には私がいなくなれば悲しむ人がいるのです」
 相手の心を否定せず、けれども受け入れられないと彼女は告げた。
 残酷な拒絶だった。
 いっそ、きっぱりと拒否してくれたほうが潔く諦めることが出来るかもしれない。だが、こんな拒否の仕方ではずるずると想いを引き摺ってしまうだろう。
 だから、イオスも立ち上がり、諦められない想いを抱く相手を見つめる。
「君が消えて悲しむのは、僕も同じだ」
 真摯な想いを告げるイオスに、相対する彼女は緩くかぶりを振る。
「けれども、私という存在を作り上げた世界を捨て去ることなど、私にはできませんから。だから、主の望みを叶えれば帰ります」

 自分の世界に帰る−−−。
 それは変える事の出来ない、この物語に関わった者としての自分達の結末だ。
 あらゆる意味で異端である自分達がこの世界にいてはいけない。
 それは、必然であり・・・自分達の決意でもあった。

 泡沫なのは果たして自分達なのか、この世界なのか。
 ただ、はっきりしているのは目指す結末へと彼等を導き、体だけでなく心も魂も護るという自分達の誓いだけ。
ッ」
「さようなら、イオスさん。また機会があれば、一緒に月見酒を楽しみましょう」
 ただ、慈しむ微笑みを残し、はその場を立ち去った。





 少し時間を戻して。
 ハルシェ湖へ向かうの後を金色の影が追って行ったのを見送ったはデッキチェアに座り、月を見上げた。
「・・・誓うわ、護ると。他ならぬ最愛の頼みだもの」
 見上げる月は柔らかい光で世界を照らす。
 思い出す。
 静かな優しさが天上で輝いている夜の主人と似ている人。
 自分の・・・自分達の最愛。
 そして、無言で月を見上げていたはその視線をゆっくりと後ろへと向けた。
「そんなところに立ってどうしたの、ミニス?」
「!?」
 隠れて見ていた事と、それが何故かにバレてしまったことに驚いたミニスがびくっ、と体を揺らす。
「あら、驚かせてしまった?ごめんなさいね」
 穏やかに微笑むだったが、ミニスは再び驚いた。
 確かに、自分はここからを隠れて見ていたのだが、の方からは自分の姿はともかく、驚いた表情までは見分けられないはずだ。なのに、いとも簡単にはそれらを見抜いてみせた。底知れない戦闘能力の持ち主なのだと、改めて実感する。
 昼間の戦闘の後、気になったミニスは聞いたのだ。二人とも武器を手にしていたのに、少しも使う事なく体術のみで対処していた事を。その時の二人の返答には唖然としてしまったが。

『これ(武器)を使うほどの相手じゃなかったから』

 それが、二人の返答だった。
 ケルマが引き連れていた者達はウォーデン家の私兵で、戦闘能力は普通よりも高いはずなのだ。なのに、彼女達にとってはたいした相手ではないと言う。一体、彼女達の戦闘能力はどれぐらいのものなのか、突き詰めて考えると少し怖い気がする。
 だが、彼女達はマグナとトリス、そしてネスティが言い争っていたあの場所でいち早く自分の居心地の悪さに気付き、庇ってくれた。自分だけでなくレルムの兄妹達も庇い、そしてネスティだけが悪者にならないように彼の理由も推察してくれた。
 ここにいる誰よりも敏感な人達で、誰よりも謎な人達。
 それが、ミニスが彼女達に抱いた印象だった。
「どうしたの?もう、かなり遅い時間だけど・・・眠れない?」
 微笑む可憐な姿からはあの驚異的な戦闘能力を推し量ることができない。つくづく詐欺だと思う。
「ううん。寝ていたけど喉が渇いて目が覚めただけ」
 今度は心配そうに眉を顰めるにミニスは首を振って否定した。
「そう。なら、これでよければ飲む?」
「なに、それ?」
「オレンジジュースよ」
 はい、と手渡されたものをしばらく見つめ、視線を上げたミニスは小さくお礼を言うとそれを飲んだ。
 コップの中身を飲み干したミニスはそれをに返しながら、じっと彼女の顔を見つめる。
「どうかした?」
「うん・・・あのね。あたし、にもにも初めて会った気がしないの」
「・・・・・え?」
 今日の昼間にもこの邸の主人達に同じ事を言われたは目を見開いた。
「でも、変よね?二人みたいに凄く印象の強い人に会ったら、忘れる事なんて出来ないのに」
 不思議そうに首を傾げるミニスになんとか驚きを治めたも首を傾げる。
「不思議ね・・・私も姉様もこの世界に来て日が浅いのに、そんな事を言われるなんて・・・」
「『この世界に来て』?、召喚獣なの?」
「ええ、そう。リィンバウムでは『名もなき世界』ってところから呼び出された存在よ」
「『名もなき世界』!?」
 幼くとも召喚師として知識をみっちり叩きこまれたミニスが驚きで目を丸くする。
「そう。だから、ミニスと会うはずがないのだけれど」
「じゃあ、あたしの気のせいかな・・・?」
 結局、気のせいだろうと片付けたミニスはおやすみなさい、とに挨拶をすると与えられた部屋へと戻って行った。
 軽く手を振ったは別の気配を感じ取り、苦笑を浮かべる。
「随分と今夜は千客万来ね」
 そうして、苦笑を浮かべつつ近づいてくる気配の主を迎え入れる。





「どうしたの、リューグ?」
「・・・なんで、俺だと分かった?」
「貴方の気配が近づいてくるのが分かっただけよ」
 サラリ、と告げる内容の凄さにリューグは眉を顰めた。の能力の高さがはっきりと感じられる台詞に、悔しさがリューグの顔に出る。
「どうやったらお前達みたいに強くなれるんだよ・・・」
「別に強くなんてないわ」
「嘘をつけ。実際、俺達の誰よりも強いだろうが」
「私は・・・私と姉様は・・・守護する者を失った・・・堕ちた闘神。そんな者が強いわけがない」
 自嘲の笑みと台詞にリューグは目の前の彼女を見つめた。
 時々・・・本当に時々見せる、彼女達の負の表情。彼女達に何か・・・重い過去があるようだと察する事はできるが、深く立ち入る事を彼女達は拒絶する。
 まだだ、とリューグは思う。
 まだ、彼女が過去を語ってくれるほど、自分は成長していないのだ。頼りにされていないのだ。ならば、無理矢理にでも成長してみせる。彼女が心を開いてくれるように。
 そして、彼は決心した。
「・・・明日」
 この邸にいる者達は信用できると確信した。安心してアメルを預けられる。
 だから。
「明日、出発する」
 強い決心を瞳に浮かべ、リューグはに伝えた。
「アメル達には話した?」
「いや。これから話す」
「そう。気を付けて行ってらっしゃい」
 リューグの強い視線を受け止めたは穏やかに微笑む。リューグが決めた事を受け入れると、その微笑みで告げる。
「・・・これを、持っててくれ」
「これ?」
 差し出された物を受け取ったは不思議そうに首を傾げた。
「親の形見だ」
「・・・・・そう。なら、預かっておくわ。リューグが帰ってきたときに、これを返す」
 澄んだ栗色の瞳に強い光を浮かべ、はリューグを見据える。
「帰ってらっしゃい、必ず。怪我をするなとは言わないわ。そんなのは無理だもの。でも、生きて必ず帰ってくるの。これは、生きて帰ってきた貴方に返さなきゃ意味がないものだから」
「ああ、分かっている。約束する、アメルにも・・・お前にも」
 誓おう。大切な人々に、決して死なないと。
 その意思を込めた視線をへ向け、それを受けたはふわりと微笑んだのだった。





 日付が変わる前に約束通り、が部屋の窓から帰ってきた。
「私が男だったら、完全に夜這いだよねぇ、この構図は」
「だから姉様、馬鹿な事を言っていないで私の上からどいてよ」
 部屋の中をよく確認せずに飛び込んだは、着地地点にがいることに慌て、無理に体勢を変えた事により、を巻き込んでベッドへとダイブ。を押し倒した格好である。
「ねぇ、お嬢。どうせだから、一緒に寝よう?久しぶりなんだし」
「・・・そうね。久々にいいかもしれないわね」
 月を見上げて思い出したからかもしれない。お互い、なんとなく今夜は離れて寝たくはなかった。
「ああ、イオスの事は明日話すから」
「私も話があるの。明日、話すわね」
 一緒に布団の中に潜り込み、少し言葉を交わした後、二人は静かに寝息をたてだした。
 月が照らし出す二人の寝顔がどこか、寂しげだったのは光の加減だったのだろうか。それとも、二人が心に抱くモノのためだったのだろうか。


 それを知る者は誰もいない。


     







 ・・・・・乙女だ。イオスが乙女になってしまっている(爆)うーわー、イオスファンの皆様、すみませんっ!!気がついたらこうなっていたんです〜〜〜。
 さてさて、時々ちらつく二人の過去。バラすのはまだまだ先ですが、リューグはそれを話してもいいと思ってもらえるため、男を上げるために旅に出ます。
(目的が激しく違うぞ。本来の目的はアメルのためにアグラさんを捜しに行くはずだが)
 今現在、完璧にLOVEモードになっているのはイオスだけ。そろそろ、他の方々も参戦してもらわないとなぁ。
 次こそピクニックイベント!・・・と言いたいところですが、もう一回寄り道をします。


 さて、今回の「いきなり次回予告」です。


村のため、愛するのために魔物の生贄になることを決意した
の静止を振り切り約束の場所へと向かう。
しかし、そこでの前に現れたのはなんとシオンだった!
次回「ぼくはあの時、死んでいなかったんだ」
今、とシオンの因縁の過去が明かされる…。


ぜ、前回と同じくあまり笑えない(汗)
どーして、こう、ヒロイン二人がカップルになるネタが続けて作成されるんだか。
・・・で、とシオンさんの因縁の過去ってなんでしょうねぇ?