「うーん・・・」
「どう考えても、心もとないわねぇ」
 手元を覗きこんでいたが唸り、がポツリと呟く。
「手っ取り早いのはアレかな、やっぱり」
「鍛錬も出来るし、一石二鳥じゃないかしら」
「じゃ、決まり」

紛れ込んだ泡沫の世界
第十七章〜事前準備はしっかりと〜

「あれ、は?」
 眠い目を擦りながら起きてきた双子召喚師は、今まで起きれば優しい微笑みで挨拶をしてくれていた二人の姿が見えないことに首を傾げ、姿を求めてぐるりと居間を見渡した。
 余談だがアグラバインを捜しに行くと宣言したリューグは昨夜、皆に挨拶をしたからと早朝に出発している。
なら、朝早くから用事があると言って出掛けたぞ」
「え〜〜〜、出掛けちゃったの?つまんない」
 ぷぅ、と膨れるトリスに兄弟子が呆れた吐息をつき、開いていた本を閉じると立ち上がった。
「あの二人だって、それぞれ用事があってもおかしくないだろう。自分の都合で振り回すんじゃない」
「むぅ」
 窘める兄弟子に対し、妹弟子はぷぅ、と頬を膨らませ、不満を体全体で表している。
 いくら、彼女達が年上だとしても、その異常なまでの懐きぶりにネスティの眉が不審そうに顰められた。
「・・・随分と、懐いたな」
「だって、の側にいると、凄く安心できるもの」
「あ、俺も。なんか、ほっとするんだよな」
「ええ、あの二人の周りの空気はとても暖かくて・・・ずっと側にいたくなります」
「お姉ちゃん達の側、とっても気持ちいいの」
「僕も、お二人の側にいるとすごく安心できて、安らげます」
「人間にしちゃ、上等だと思うぜ、あの二人は」
「信用ト信頼ガ置ケル方達デス」
 双子召喚師に続き、聖女も同意の頷きをすると、護衛獣カルテットも次々に彼女達の側にいると居心地がいいことを口にする。そして、やや離れた場所から別の人物たちからこれまた、同意の発言が上がる。
「あら、貴方達もなの?あたしもなのよね、実は」
「それは、俺も感じたな」
 巫女姿の女性が紅茶カップを片手に呟けば、剣の手入れをしていた男性も珍しく真面目に呟いた。
「あの二人って、なんていうのかしら・・・少し離れた場所で私達を見守っているっていう感じがあるのよね。で、何かあれば躊躇いなく手を差し出してくれる。そんな確信があるの」
「俺は少し違う感じだな。俺は見ての通り冒険者だが、どうしたって荒事とは無縁じゃいられない。そんな時、安心して背中を任せられる者ってのは意外に少ないんだ。だが、あの二人には会って間もないというのに、あっさりと背中を任せられる安心感を持った」
 彼の言葉には重みがあった。
 冒険者をしている彼は文字通り、命を張って生きている。そして、腕利きの冒険者であればあるほど背後を任せる人選は厳しくなる。普段、そうは思えないほど明るく気さくな彼だが、間違いなく一流に分類される腕の持ち主だ。その彼が人柄を見極める前に己のカンで二人を信頼した。ただそれだけだが、彼女達の存在感の強さを浮き彫りにするのには十分だろう。
「・・・確かに、あの二人の存在は不思議なものがある」
 表に出したつもりのない心の奥の不安をなんなく読み取り、ずばりと突いてきた。けれども、何故か不躾な感じはなく、さらりとした口調で不安を取り除いて。
 不思議な安堵感があるという意見には確かに頷けるものがある。
「まぁ、あの子達、ああ見えても25歳と26歳だからねぇ。あなた達を見ていたら自然と見守るような感じになったんじゃない?」
 微妙に鋭いところをミモザが言えば、全員が納得の表情を浮かべた。
「ついつい、忘れそうになっちゃうけど、もあたし達よりも年上なんだよねー」
「知らなけりゃ、詐欺だな」
 くくっ、と笑みを零すフォルテの言葉をもし、話題の二人が聞けば・・・遠い目をするしかないだろう。あまりにも的確すぎて。
「でも、結局、あたし達にとってはも大切な仲間。それには違いないもんねっ」
 元気良く言い切ったトリスの言葉に、その場にいた全員も穏やかな笑顔で頷き返したのだった。





 ざしゅっ。
 鋭い音と共に小さな血飛沫が飛ぶ。足の靭帯を切られ、倒れる男を振り向くことなく白刃は次の相手に襲いかかっていた。
 がすっ。
 鈍い音と共に腕が有り得ない方向へ曲がる。腕の骨を折られ、悲鳴を上げながら蹲る男を気にすることもなく見た事のない武器が次の唸りをあげた。



 小柄な少女二人が動き回っている周囲には、無骨な男達の体が屍累々とばかりに転がっている。
 最後の一人が倒れると二人は手にしていた武器を仕舞い、黙々と用意していた縄で男達を縛り上げた。もっとも、縄などなくてもこの男達が半日は意識を取り戻さないだろうと予測していたのだが念には念を、である。
「・・・必要でも、人を切るってのは・・・結構、キツいものがあるね」
「それでも・・・それさえも、私達はそれを抱え込むことを覚悟したわ」
「ええ。・・・大丈夫、私にはお嬢がいるもの」
 一つ、ため息を吐いた後、気持ちを切り替えたように殊更明るい笑顔でへウィンクをしてみせる。それを受けたもほっとしたように微笑み、穏やかに頷いた。
「私にも、姉様がいるから。だから、大丈夫よ、私達は」
 の言葉に頷いたはさて、と辺りを見回した。
「どうしようか、この盗賊さん達」
「知らせて引き取ってもらうしかないと思うわよ」
「まぁ、そうだよね。じゃ、私が見張りをしているから、お嬢、知らせに行ってくれる?」
「ええ、まかせて」
 にっこりと笑い、王都へと歩いて行った親友を見送っていたは、背後の僅かな気配に振り向くことなく、鞘のまま『桜華』を振るう。
 ゴン、という音と「ぐえっ」という声と共に、いつの間にか起き上がり、逃走しようとしていた男が再度ぶっ倒れた。
「・・・随分、頑丈ね、ここの盗賊さん達は。半日は気絶したままだと思っていたんだけど・・・腕が鈍ったのかなぁ」
 ポツリ、と呟きながらの手は別の逃げ出そうとしていた男の頭上に鞘付き刀を振り下ろしたのだった。



「あの、すみません」
 可憐な声に呼びかけられ、視線を向けた兵士は思わず、自分の目を疑った。
 目の前に立っているのは可憐な美少女で、その容姿にあったふんわりとした微笑みを浮かべ、軽く首を傾げて自分を見上げている。
「あ、あ、えーと、その・・・何か、用かな?」
 思わずどもってしまった彼に非はないだろう。これだけの美少女に微笑まれれば、普通の美的感覚を持つ男性陣ならまず間違いなく、舞い上がる。
「実は、近くの街道の休憩所で盗賊の団体さんに襲われまして」
「何っ!?」
 物騒な台詞に兵士は瞬時に厳しい顔になったのだが。
「相棒と二人で思わず返り打ちにしてしまったんです。彼等を引き渡すのは、こちらでいいのでしょうか?」
「・・・・・は?」
 今度は自分の耳を疑った兵士であった。





 チャラチャラと音が響く袋をマジマジと見つめ、は軽く首を傾げた。
「あの盗賊さん達、そんなに手を煩わせていたのかなぁ?報酬の額がかなり多いよ、これ」
「そうねぇ・・・。でも、ゲームみたいなはした金じゃ誰も賞金稼ぎなんてしないんじゃないかしら」
「・・・お嬢、その台詞、何気にキツい・・・」
 誰が見ても可憐な美少女と認識されるその容姿で、先程の台詞を呟けば大抵の人間は固まるだろう。だが、幼い頃から相方を務めていたの中身をよく知っており、また耐性もあるが故に僅かに顔を顰める程度で終わっている。
「でも、実際そうでしょう?」
「そりゃ、反論は出来ないけどさ」
 カリカリと頬を掻きながら同意したはにっこりと笑顔を向ける。
「とにかく、資金も出来た事だし、補充の買い物に行きましょう」
「了解」
 が言った事には異論がないは軽く右手を挙げて了解の意を示し、目的の場所へ足を進めようとしたのだが。
さん、さん!ちょうどいいところに!」
「パ、パッフェルさん?」
 オレンジ色のミニワンピース。けれども、その仕立てはメイド服仕様。メリハリのあるその肢体にはよく似合っていると言えよう。
 だが。彼女は炎のアルバイターで。現在はケーキ屋でバイトをしつつも時々掛けもちで仕事をこなしているような人で。
 で、こんな人が『ちょうどいいところに』と声を掛けてくるということは。
「人手が足りないんです〜〜〜。お願いです、少し手伝ってください〜〜〜」

(そーいえば、数あるドリーム小説でもパッフェルさんに捕まって手伝いをするはめになったヒロインさん達が多数、いたよなぁ・・・)

 まさか、自分達がケーキ屋のバイトを手伝うことになるだなどと少しも思わなかったわけで、遠い目をしていたら。
「もちろん、お給金は出します〜〜〜」
「お手伝いしましょう」
 バイト代の話を聞き、少しの金額でも稼いでおきたいは速攻で返答をしたのだった。



「えーと、次があそこで、その次が・・・」
「あ、それは私が行くよ」
「そう?じゃあ、お願いね、姉様」
 青と白のストライプが涼しげなワンピースの少女と若草色の柔らかい雰囲気のワンピースの少女がバスケットを片手にメモを覗き込んでいた。
「・・・しかし、予想していたとはいえ、本当にメイド服を着せられるとは・・・」
「スタンダードなメイド服でないだけ、マシと思いましょうよ」
 ケーキの配達をしながらため息を吐くの隣でが苦笑を浮かべる。
「・・・あの店、一体何種類のメイド服があるのかしら・・・」
「・・・それは言わないお約束、と言うものよ、姉様」
 衣装部屋(あれは衣装部屋としか言いようがない)にずらずらと並べられていたメイド服を思い出した二人がお互いに乾いた笑いを零した後、気を取り直して次の配達へと向かおうとした時。
さんにさん・・・その格好は一体・・・」
 前方に唖然とした風の青触覚・・・もとい、ロッカが立っていたのだった。
「あ、あははは。やっほー、ロッカ」
「ここにいるってことは・・・再開発地区で鍛錬でも?」
「あ、はい、そのつもりで・・・って、そうじゃなくって」
 穏やかに、なんでもないように話しかけてくるに思わず頷き、慌てて首を横に振る。
 目の前に立っている二人は何故か種類の違うメイド服を身に着け、やや大きめのバスケットを下げている。もともと綺麗な顔立ちの二人なだけに、そのメイド服はよく似合う。
「簡単に言えば、バイトよ、バイト」
「簡単にしすぎですよ・・・」
 何だって、こんなバイトをしているんですか、と呆れた口調で再度問いかける彼に、二人は顔を見合わせると同時に肩を竦めた。
「パッフェルさん、知っている?ギブソンさんにケーキの配達をした人だけど」
「ああ・・・話は聞いています。アメルとトリスさん達から」
「あの人に頼まれたのよ。配達を手伝ってほしいって」
「バイト代も出してくれるっていうから、引き受けたのだけれど」
「この先のことを考えれば、少しは資金稼ぎをした方がいいしね」
「でも、まさか、こんな格好をさせられるとは思ってもみなかったわ」
 ため息を吐く二人の姿を改めてマジマジと眺めたロッカはにっこりと笑う。
「似合っていますよ、お二人とも」
「・・・いや、あのね。褒めてもらって嬉しいのは嬉しいけれど」
「格好が格好だけに、微妙だわね・・・」
 乾いた笑いを零した二人は手にしたバスケットを持ち直すとロッカに手を振った。
「じゃ、まだ配達があるから」
「はい、頑張ってください」
「ありがとう。ロッカも鍛錬、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
 しばらく二人の後姿を眺めていたロッカだったが。
「あの姿を拝めるのなら、ケーキの配達を頼もうかな・・・」
 おそらく、男性陣なら考えそうなことをポツリと呟いていただなんてことは当然、もう姿が消えていた二人に聞こえるはずはなかったのだった。





 無事にケーキ配達のバイトを終え、パッフェルに大いに感謝されたは渡されたバイト代と盗賊を捕獲した報酬金で買い物をしていた。
「・・・っと、これでいいかな?」
「ええ、十分だと思うわ」
「だね。意外と時間が余っちゃったねー。これからどうする?」
「そうね・・・再開発地区で鍛錬しましょうか」
「いや、朝一番に鍛錬を兼ねた盗賊退治をしたじゃない」
「そっちじゃなくて、精神鍛錬よ」
 相方の否定にはそういえば、とラスボスの姿を思い浮かべる。
「・・・アレに対抗できるようにしておかなくちゃ、ならないんだっけ」
「時間を見つけては精神鍛錬をしておく必要があるとおもうのだけど」
「うん、確かに」
 端麗な容姿とは裏腹に真っ黒な気を放っていた彼。その姿を思い浮かべるだけで、自然に眉間に皺が寄ってしまう。
 声を出さずとも、申し合わせたように足が再開発地区へと向かうのは長い付き合いの為か。
 ほどなくして目的地に着いた二人はそれぞれ、適当な場所を見つけると地面に座り、座禅を組んだ。
「しかし、久々だわね、この感覚」
「本当に。昔、精神鍛錬だと散々やらされていたものねぇ」
 軽く言葉を交わしていた二人だったが、両手を組み、瞑想を始めると自然に辺りに静寂が落ちる。



 意識を内へ、深層へと向けていく。
 意識は凝り、拡散し、周囲に溶け込んでいく。
 気を高め、全身に気を巡らせ、放出し、取り入れて・・・



ッ、ッ!」
「やっと見つけたっ!!」
「うわわわわっ!?」
「きゃあっ!?」
 紫紺の双子召喚師に飛びつかれ、瞑想して己の気を高めていた二人は受身を取ることも出来ず、彼等に巻き込まれて地面に転がった。
「ト、トリス・・・」
「マグナも」
 潰される重みに呻きながら双子達の名前を呼ぶと、キラキラとした二対の紫紺の瞳が押し倒した体勢のままにを覗き込む。
「二人とも、朝起きたらいないんだもん」
「そうだよ。やっと見つけたと思ったらこんなところにいるしさ」
「うん、それは分かったから」
「トリスもマグナもどいてくれると嬉しいのだけれど」
「へ?」
「なんで?」
「一応、それなりの力はあるけれど・・・」
「流石に二人の体重を上に乗せられると潰れそうなのよね」
 結構、しんどそうなに双子召喚師は自分達の体勢にやっと気づく。
「ご、ごめんっ」
「ごめんなさい〜〜〜」
 平謝りになりそうになる双子召喚師に立ち上がりながらは苦笑を浮かべ、宥めるように軽く頭を叩いた。
「気にしていないわよ」
「それよりも、二人は私達に何か用事でもあったの?」
「あ、うん!一緒に大将のところへ行こうと思ってさ!」

(それはもしかしなくても、シルターンの忍の大将、シオンさんのことでしょーか)

 思わず顔を見合わせたに業を煮やしたのか、トリスが二人の手を掴むとぐいぐいと引っ張っていく。
「ちょ、トリス?」
「二人とも、こんなところで寝ていないで、大将のところで『ソバ』を食べよう!」
「あの、別に寝ていたわけじゃ・・・」
 ささやかな二人の抗議もなんのその。
 どこぞのマンガのようにずーるずると双子達に引きずられるの姿があったのだった。





 ともすれば見落としそうな道の片隅にその店はあった。
「こんにちは、大将!」
「おや、いらっしゃい、トリスさんにマグナさん」
 元気一杯に店に入ってきた双子達を迎えたのは、穏やかな声と笑みの男性。その笑みを浮かべた視線が双子達の背後に立つ二人を捕らえる。
「後ろにおられるのは、お友達ですか?」
「うん、一緒にいる仲間だよ」
「黒い髪の子がで栗色の髪の子がって言うんだ」
 双子達に紹介され、は軽く頭を下げた後、改めて自己紹介をする。
「はじめまして。私はと言います」
「私はと申します。縁あって、彼らと行動を共にさせてもらっています」
「ご丁寧にありがとうございます。私はシオン。皆さんには大将と呼ばれておりまして、ご覧の通り、この『あかなべ』という店で蕎麦を作っています」

(でも、確か、貴方はサイジェントで薬屋をしていませんでしたっけ?どうして、ここでは蕎麦屋なんぞをしているのでしょーか)

 ゲームをしていた時からの疑問ではあったが、まさか直接本人に聞くわけにもいかず、二人は曖昧な笑顔で頷いた。
「大将、あたしは山かけ蕎麦を1つ」
「俺は・・・天麩羅蕎麦」
「はい、分かりました。さんとさんはどうしますか?」
「あ、じゃあ、私は月見蕎麦を」
「私はきつね蕎麦をお願いします」
 メニューを見ることもなくすらすらと注文した二人に双子達が驚いた表情で顔をあげる。
「二人とも、知っているの?」
 彼等が何に驚いているのか、よく分かっている二人は笑顔を浮かべて頷き、肯定する。
「私達の世界にもあるのよ、お蕎麦が。ホント、懐かしいわ」
「まさか、ここで食べることができるとは思わなかったものね」
 席につき、そんな風に話している間にシオンがあっという間に4種類の蕎麦を作り上げ、にっこりと笑顔で運んできた。
 ふんわりと出汁の香りが届き、の頬が自然と緩む。
「いただきます」
 手を合わせ、二人同時に蕎麦を食べだす。
「・・・・・美味しい・・・・・」
「うん。麺もコシがあるし、お出汁の味もすごくいいわ」
「麺が良くてもお出汁でパァにしちゃっているところもあるしね」
「あれはみりんが少し多いせいでしょう」
 二人の会話に双子達が再び驚きの表情を浮かべた。
「なんだか、すごく詳しいよね、二人共」
「何を使っているのか、分かるのか?」
「一応、私達の国の料理だし」
「それに、私も姉様も好きなのよ、お蕎麦が」
 くすくすと笑いながら二人は綺麗な箸使いで綺麗に蕎麦を食べていく。
 対して、双子達はやはり、使い慣れない箸に悪戦苦闘しながらも、それでも美味しそうに蕎麦を食べている。
「・・・ごちそうさまでした」
 綺麗に蕎麦を食べ切り、食後のお茶(蕎麦茶という辺り、彼のこだわりを感じる)を啜りながらはにっこりと満足そうに微笑んだ。
「凄く美味しかったです、大将」
「こんなに美味しいお蕎麦って、私達の国でもそうそうありませんよ」
 二人の手放しの褒めように、シオンは細い目を更に細くしてにっこりと笑う。
「それは、ありがとうございます。どうぞ、これからもご贔屓に」
「ええ、是非」
「お金と時間とお腹の余裕があれば必ず来ますね」
 微妙に切実な台詞も混じっていたが、シオンはただ、にこにこと笑うばかりである。
「さて、そろそろお暇しなくちゃね」
 そう言って立ち上がると、他の者も次々と立ち上がり、シオンに一言声を掛けて店を出た。
「あ、そういえば、トリスとマグナ、ここにいていいの?」
 店を出て少し歩いたところで、ふいにが双子達を振り返れば、相方が何を思い出したのか分かったもゆっくりと頷く。
「ああ、確か、今朝、ネスティと会った時に少しでも何か分からないか、調べものをするって言っていたわね」
「手伝いとか、しなくていいの?」
 何があったのか、だいたいの予想はついているのだが、一応確認で双子達に訊ねれば、二人はうんざりしたような、呆れたようなため息をついた。
「最初は、ね。ちゃんと手伝いをしていたんだけど・・・」
「なーんか、ネス、ピリピリしていてさぁ」
「居ずらいのよ、ものすごく」
 予想通りの(というか、ゲーム通りの)展開には顔を見合わせて苦笑を零した。
「彼の性格では致し方ないけれど・・・」
「もう少し、余裕というものが欲しいわね」
 もっとも、敵方の情報がまったくなければ焦るのも仕方がないだろう。
 自分たちがこうして余裕を持てているのも、単に敵方の正体を知っているのと先の展開を知っているからである。
「なあ、
「ん?何?」
「ネス、朝からずっと篭っていて、少しも休憩をしていないの」
「ご飯もお茶にも出てこないし・・・」
「お願い、少し、休憩するように言ってくれない?」
 子犬と子猫特有のキラキラとした大きな紫紺の瞳に見つめられ、その『お願い』を断れる人間が果たしているだろうか?(前回、はこの瞳でお願いされた『一緒にお出かけ』を根性で断ったが)
「・・・な、なんとか」(←猫好き)
「してみましょう、か・・・」(←犬好き)
 流石にダブルでの『お願い』を断る事など出来ず。
 引き攣った笑顔で二人は呟いたのだった。




 パサリ、パサリ、とページを捲る音だけが支配している部屋の空間にカチャリ、と扉が開く音が混じった。
 扉の音を目の前の資料から顔を上げることなく聞き取ったネスティが、そちらに視線を向ける事なくそっけなく言い放つ。
「トリス、マグナ。今は少しでも時間が惜しいんだ、余計な事はしないでくれ」
「・・・えーと、その、ネスティさん?」
「私達、トリスやマグナじゃないんだけど?」
 予想していた弟妹弟子達ではなく、外見年齢と実際年齢が激しく離れている二人の声に驚き、今まで決して顔を上げようとしなかったネスティは慌てて視線を扉へと向けた。
 実際年齢が実際年齢だけに、ネスティのそっけない口調にも彼女達は苦笑を浮かべるのみである。その辺りは彼が尊敬するギブソンに通じるものがあるのだが、居心地が悪い気がするのは彼女達がどこか、自分の内心を見通しているようなところがあるからだろう。
「まぁ、ネスティの言葉は半分、当たっているのだけれどね」
「は?」
 意味不明なの言葉に目を丸くしたネスティだったが、さすがに長年相方を務めているには台詞の意味を汲み取れたようだ。軽く肩を竦めながら、の言葉を通訳(?)する。
「トリスとマグナに頼まれたの。自分達が言っても聞かないから、私達に少しは休むように言って欲しいってね」
「あいつらは・・・」
 眉間に皺が寄るのも自分ではっきりと分かる。少しは今の状況を真剣に考えて欲しいのに、一体何を考えて休めなどと言うのか。
「ネスティ」
 静かな声に思考を中断し、視線を上げればそこには声と同様、静かな瞳をしたがネスティの顔を覗き込んでいた。
「何を、焦っているの?」
「この状況で、焦らないほうがおかしいだろう」
「でもね、ネスティ。焦って冷静な思考を失った頭ではいい考えも的確な判断も出来ないわ」
 極々冷静に指摘してくるにぐっ、と反論を失う。彼女の言うことは正鵠を射ていると分かっているが為に。
「・・・けれどっ!」
「だから、落ち着きなさいと言っているでしょう」
 ポンポン、と半ば腰を浮かせたネスティの肩を叩き、椅子に座らせたは向かい側にある椅子に自分も腰を落ち着けた。その隣に、当然のようにも腰を落ち着ける。
「私もお嬢も、この世界に来て日が浅いから、周囲の国の状況とかよく分からないんだけど」
「でも、分からないなりにある程度の推測を立ててはいるわ」
 足と腕を組み、真っ直ぐにネスティを見つめると傍にあった本をパラパラと捲るという、対照的な二人の姿にネスティもようやく落ち着きを取り戻したのか、眼鏡を押し上げながら居住まいを正した。
「・・・その推測とは?」
「まず、ネスティも分かったと思うけど、村を襲った連中は統一された動きで無駄な行動は一切なかったわ」
 余計なことは一切行わず、やるべきことだけをやりとげる者達。黙々と動く彼等の姿は余分な事をしないが為に、余計恐怖を感じさせた。
「村を包囲し、火を放ち、そして殲滅。これらのことを遣り遂げるには大体、100から200の人数が必要」
「それだけの人数を纏め上げるには、司令官にも相当の技量が求められるわ。そして、命令系統もしっかりしていなければ、ただの烏合の衆と化すだけ」
「あの黒騎士は、それだけの技量を持っているということか・・・」
「直接打ち合ったから、確信を持って言えるわ」
「あの人物は、只者じゃない」
 二人の断言にネスティの顔も自然と厳しいものになる。
「あれだけ手際よく物事を進める集団が、ただの民間人だとはとても思えない」
「間違いなく、どこかの国に属する集団よ」
「やはり、軍人か・・・」
 予測はしていたが、それでも厳しい現実に呻くように呟くネスティの目の前に、すっと一つの地図が差し出される。
「ここで、ネスティに質問。襲われたあの村・・・レルムの村は、どこの国に属するの?」
「それは・・・ここ、聖王国だが?」
「ならば、あの軍人達はここ以外の国の人間ということね」
 自分の国に属する村に焼き討ちをかけ、聖女を奪おうとする行動は矛盾でしかない。その村が国に対して反逆行動を起こしていたというのなら納得もするだろうが、聖女がいるという以外はまったくの平和な村だったのだ。
 自分の国に属するのならば、聖女に求めればいい。城に出てくるようにと。
 つまり、逆に考えればこの事件を起こしたのは他国だと推測できる。
「ネスティ、この近辺で大きな国はどれぐらいあるのかしら」
「聖王国以外では帝国と旧王国がある」
「軍に力を入れているのは?」
「・・・帝国も旧王国も軍には力を入れている。帝国は軍学校があるし、旧王国も軍に力を入れていると聞き及んでいる」
 二人に誘導され、質問に答えるうちに思考も徐々に定まってきたネスティがはっと顔を上げた。
「・・・ちょっと、待ってくれ。そうすると、この二つの国のどちらかが、この事件を起こしたと、君達は推測しているのか!?」
 驚きに声を上げれば、二人はあっさりと頷く。
「今のネスティの情報からの推測だけれど」
「でも、どこかの国がやったことだと思っている」
「なんてことだ・・・」
 相手とするモノの大きさにネスティの眉間に皺が寄る。
「とはいえ、私達が推測できるのはここまで」
「おそらく、資料もないでしょうしね」
 は仰け反るように上を向いてため息を吐き、は片手を頬に当ててため息を吐きながら自分達の推測の限界を口にすると、ネスティが眼鏡を押し上げながら不思議そうに問いかけた。
「何故、そう思う?そこまで絞れれば、何かに載っていると思うが」
「レルムの村を襲った集団は秘密裏に行動することに慣れた動きだったわ。おそらく・・・いいえ、まず間違いなく隠密行動を目的とした部隊」
「隠密行動の部隊・・・つまりは、人に知られれば無意味になってしまうの。そんな部隊の情報を正直に資料として正式公文書に出す国があって?」
「それは・・・そうかもしれないが・・・」
 まだ諦めきれない様子のネスティに何かを感じたのか、が僅かに首を傾げる。
「ネスティ、今度は何に焦っているの?」
 外見からは予測できない、野生のカンの持ち主は青年の内心を見事に射抜いたらしい。問われた彼は面白いように狼狽えている。
「相手の正体が分からないこと?でも、それも今更のような気がするけれど・・・」
「じゃあ、トリスやマグナの事かしら?」
「!?」
 更なる動揺を見せた青年に二人は彼の動揺の元を察し、更にあっという間にその理由さえも察してしまった。
「あの二人の事で焦っているってことは・・・」
「ああ、なるほど。『見聞の旅』が順調ではないと、そう思っているのね?」
 まさにドンピシャリと恐ろしいほどにネスティの焦りを見抜いてしまう彼女達。今まで鉄面皮で通し、他人に内心を悟らせるようなことはなかったネスティだけに、あっさりと心の内を察してしまうこの二人はある意味脅威だった。幼い頃から一緒だった弟妹弟子達にさえ、ひた隠しに隠している秘密も、二人に見抜かれているのではないかと、勘繰ってしまう。
「ネスティ、そんなに眉間に皺を寄せるものではないわ。貴方の気持ちも分からないでもないけれど」
「大体ね、『見聞の旅』って言うものはつまり、『見て』『聞いて』その経験を自分の糧にするってことでしょ?」
「それは、そうだが・・・」
「こらこら。そんなに焦るんじゃないの。あらゆる事を自分のものにしようって旅よ?長旅になるのは当然でしょうが」
「今の状態だって考えようだわ。あの子達がどう、采配するのか。それによって起こった事をどう、切り抜けていくのか。そういった経験は確実にあの子達の成長の糧になるわ」
「確かにまだまだ呑気なところも見受けられるし、だからこそ、ネスティが気を揉んでいるんだろうけれど。それをフォローするのが私達の役目だと思うんだよね」
 滔々と現実と現状を把握するような二人の言葉にネスティの眉間に刻まれていた皺が緩やかになっていく。
「ネスティ、口では厳しいことを言っておきながら、結構過保護していたのではないの?」
「あの呑気さって、まぁ、あの子達の元々の性格もあるけれど、それだけではあの純粋さは説明しきれないよ」
「聞くからに『蒼の派閥』は閉鎖的で血統重視。そんな場所に長年いたら、性格的に歪んでもおかしくはないのだけれど・・・」
「・・・・・こっちが心配するぐらい、あの双子は素直だもんねぇ」
「まぁ、それはネスティが一番知っているとは思うけど」
「言ってみれば、あの子達は初めて籠の外に出た鳥。世間知らずもいいとこのね」
「そんな子達を守り、そして教えるのもネスティ、貴方の役目でしょ?」
「・・・まいったな・・・本当に、君達ときたら・・・」
 すっかり眉間の皺を解き、苦笑を零すネスティの言いたいことを察したがくすり、と笑みを零した。
「こんな姿だけれど、私達は貴方よりも年上なのよ?」
「実年齢を強調するのは女としてはあまりしたくないけど・・・ま、そういうことだね」
「ネスティが・・・ネスティだけでなく、仲間の皆が何か不安に押しつぶされそうになっていたら、それに気づくぐらいの余裕はあるつもりだもの」
「私も仕事柄、人の不安を見抜く力は持っているつもりだし?話を聞くぐらいはするよ」
 微笑みながら話す彼女達は確かに年上の包容力を持っているのだろう。仲間達が『安心する』と言っていたのはこのことかと納得する。
「そうだな。その時は頼むとしよう」
 非常に珍しい、ネスティの柔らかな笑顔に二人もふんわりと微笑み返したのだった。



「と、言うわけで、ネスティ、少し休憩」
「え?いや、だが」
「言ったでしょう、焦りは禁物だと。少し休憩をして、また調べなさいね」
「しかし・・・」
「ネースティ?(にいぃぃっこり)」
「ネスティ?(にっこり)」
「・・・・・お茶を、貰おうか・・・・・」
 冷気の篭った笑顔に逆らえず、冷や汗を流しながらお茶を手にするネスティの姿を誰にも(特に弟妹弟子に)目撃されなかったことは、彼の名誉のためにも僥倖だったと言えよう。









・・・・・事前準備はどこへいった?(汗)
いえ、盗賊退治とバイトでお金を稼いで買い物をするはずだったんですけど・・・
そうしているのだけれど・・・いつの間にか、ネスティの悩み相談室をしているし。
さて、次はいよいよピクニックイベント。あの瞬間をどうやって回避させましょうかね?



では、今回の「いきなり次回予告」は。



死んだと思っていたがルヴァイドの目の前に現れた。
喜びに胸を震わせ熱く抱き合う二人。
しかし、の正体はクローンだったのだ。
世界征服の野望をたくらむゼルフィルドに操られる
果たして二人の運命は…。
次回「真実の愛は地球を救えるか?」乞うご期待!



ゼルフィルド・・・主人一筋ではなかったか?
んで、ロレイラルって世界征服を企んでいたのか?(違)
しかし、『真実の愛』・・・ルヴァイドに似合うのか似合わないのか、微妙だ・・・。