紛れ込んだ泡沫の世界
第三章〜傾向と対策〜

「・・・と、言うわけじゃ。お前さん達の話からするとどうやら、『名も無き世界』からお前さん達は召喚されたようじゃな」
「・・・・・はぁ・・・・・」
 話している課程での二人が召喚術等とは無縁の世界の住人だということが判明し、アグラバインはリィンバウムやその周りを囲む世界、その世界から住人達を呼び出す召喚術の事を説明する。ゲームをしている二人にとって、その説明は殆ど確認事項のようなものだったがそれをおくびにも出さず、小さく頷いた。
「えっと、アグラさん。お話では召喚術の特徴として、光と呼び声があるとおっしゃいましたよね?」
「そうじゃが」
 肯定の返事に二人は視線を交わす。付き合いの長さ故か、はたまたそれ以外の要因か、言葉を交わすことなくお互いの視線のみで相方の心の内を読み取り、二人は同時に軽く眉を顰めた。
「お嬢。私達の場合、その特徴っていうものはなかったわよね」
「あの時酔っていたのは確かだけど。でも、そんなはっきりとした特徴を見落としたり聞き落としたりするほど酔い潰れてはいなかったわよ」
「じゃ、私達がここにいるのはどうして?」
「それは私が聞きたいわよ、姉様」
 あまり知識の無い者が説明するのは返って混乱の原因となるだろうと、アグラバインに説明を任せていた三人だったがロッカはの会話に疑問を覚えたらしい。穏やかに疑問を口にした。
「二人とも、召喚されたのではなかったのですか?」
「・・・だったら、どんなによかったことか」
「少なくとも、召喚の特徴らしきものが一つもないのは確かだし」
「召喚されていたとしたら、召喚師とかいう人も近くにいるということですけど」
「影も形もなかったわね」
 うんうん、と頷き合う二人に周囲も困惑気味である。彼女達がこの世界の住人ではないことは明らかだが、召喚によるものではないとすると、何故ここにいるのかという疑問が残る。
 正に謎だらけだ。
「確かに不思議ではあるが・・・その疑問は取り合えず置いておいて、。今日はもう遅いし、ここに泊まるといい。落ち着いてゆっくり考えるといいじゃろう」
 アグラバインの宿泊の勧めにの目が軽く見開かれる。それに対して猛反対をかけたのはリューグだった。
「ちょっと、待てよ!何を考えているんだ!!こんな得体の知れない奴を家に泊めるだと!?」
「リューグ!!」
 は『ああ、やっぱりな』としか思わなかったのだが、真面目なロッカは弟の暴言を諌めようと声をあげる。
「召喚されていないのに、どうしてここにいるのか分からない奴なんかを泊めようって方がおかしいだろうが!」
「だからといって、もう日も暮れるこんな時間に、女の子二人を放り出すのか、お前は!」
 実際には二人は『女の子』という年齢ではないのだが、何故か外見は十代の少女である。そして、そんな外見である彼女達を双子の兄が庇護しようとするのは当然と言えば当然かもしれない。
 たちまち始まった兄弟喧嘩ではあったが、そんなものはどこ吹く風、といった様子では自分が持っていた荷物を掻き回していた。
「姉様?何をしているの?」
「ん〜、ちょっとね。あ、アグラさん、少し聞きたいのですが、ここに宿屋はありますか?」
「あることは、あるが・・・」
「宿に泊まるの?でも、私達、ここの通貨を持っていないでしょ?」
「それは、これでどうにかならないかな?」
 ごそごそと漁っていた荷物の中からが取り出した物を見たが驚きの声を上げる。
「それって、姉様のお気に入りのピアスじゃない!」
 が上げた声に言い争いをしていた双子も驚いて振り返った。それに気づいていながらもは平然とに頷く。
「確かにそうだけど。それが何?」
「何、じゃないわよ、姉様!それを通貨に変えるっていうの!?」
「もちろん」
 平然と頷いただったが、途端に複雑な表情を浮かべたに苦笑を浮かべた。
「お嬢が言いたい事も分かるけど、私達はこの世界で生き抜かなきゃならないの」
「それは、そうだけど・・・」
「なら、物に拘っている場合ではないのも分かるわよね?」
 言い分を認めても心情的には納得していないのだろう。未だに複雑な表情を浮かべたままの親友に気づいていながらもは更なる物を探して荷物を掻き回す。
「あとは・・・これがいいかな?」
「って、それは姉様のお母さんへのプレゼントじゃないの!それまで持ち出すつもり!?」
「買い直せばいいだけの話よ」
「・・・それを買うのに何軒、店を梯子したと思っているのよ。しかも、それがあるとは限らないでしょうに・・・」
「生き抜くことが先決。私はそう言ったはずよ、お嬢」
「でも、姉様のばっかり・・・」
「あの、ちょっといいですか?」
 唖然と二人の会話を聞いていた双子だったが、ようやく気を取り直したらしい兄が二人の会話に入り込んできた。
「はい、何でしょう?」
「さっきから、何の話をしているのですか?」
「ああ、宿に泊まる算段を考えているだけですよ。リューグさんは私達が泊まる事に対してすごく反対をなさっていますし、私達もそんなに反対する人間がいる状況で泊まろうと思うほど神経が太いわけでもありませんし」
「でも、私達は異世界の人間ですから当然、ここの通貨を持っていません。そうしたら、姉様が手持ちの装飾品を通貨に変えるって言い出して・・・」
「プレゼントも、ですか?」
 おずおずと問いかけたアメルにもは曇った顔のまま頷いてみせる。
「ええ。姉様のお母さんがもうすぐ誕生日だからって、プレゼントを買ったんですよ。それなのに、それまで手放すって言うんですもの」
 の台詞に一同が『ん?』と首を傾げた。その疑問を代表するようにアグラバインが二人に問いかける。
「お前さん達、姉妹ではないのか?」
「ああ、違いますよ。確かにお互いに『姉様』『お嬢』と言っていますけど、血の繋がりはまったくありません」
「見れば分かると思いますけど。私達、似ているところなんてありませんよ?」
 肩を竦めてみせるの言う通り、二人の共通点というものは見当たらない。
 は漆黒のストレートの髪に漆黒の瞳でどちらかと言えば理知的な容貌であるのに対し、は栗色の緩やかなウェーブの髪と栗色の瞳に可憐な顔立ちである。
 誰が見ても二人に血の繋がりがあるとは思わないだろう。
「血の繋がりなんてないのに、色々な面で恐ろしいほど一致するんです、私達」
「で、誰が言い出したか『前世の双子』とか言われだして」
「姉様が私より一つ年上だから私は『姉様』と呼び出して」
「お嬢の雰囲気から私が『お嬢』って言い出して、あまりにも違和感がない為に今に至っている訳です」
 説明をしたものの、どう反応していいのか分からない様子の周囲に二人は顔を見合わせ、苦笑を零した。本当はこんな表面的な繋がりではない自分達ではあるが、今の時点で話すべきではないと判断し、話の方向を修正する。
「それはともかく。宿の場所を教えてもらえませんか?」
「ああ、そうじゃったな。二人には悪いが村の宿はもう、どこも一杯なんじゃよ」
 予想できていたアグラバインの言葉には狼狽することなくあっさりと頷いた。
「一杯なら、しようがないですね」
「野宿、決定か。ま、まんとかなるでしょ」
「ちょ、待ってください!女の子二人だけで野宿なんて、危険すぎます!」

『女の子』

 改めて自分達の外見がどうなっているのか考えさせられる言葉である。相方の台詞で十歳は確実に若返っている事を知ってはいるが、まだ実際に自分の姿を見ていない二人にとっては違和感バリバリの単語だった。
 だが、いつまでも遠い目をしている訳にもいかない。
 慌てて止めるロッカが何を心配しているのか分かっているは青年に向い、にっこりと笑ってみせた。
「大丈夫ですよ、ロッカさん。そこらのゴロツキや野党なんかに遅れを取るような私達ではありませんから」
「・・・・・は?」
「見えないでしょうけど・・・これでも私達、それなりの腕を持っているんです」
 確かに、知的美人といった感じのと保護欲をそそる可憐なの二人に荒事は似合わない。
「それに関してはお嬢と一緒で良かったと、しみじみ思うわ」
「それは私も同感よ、姉様」
「お嬢と一緒なら大抵の出来事は回避できるものね」
 頷き合う二人の会話に周囲はただ、目を点にするしかない。突っ込みたくともどこに突っ込めばいいのか分からないぐらい、混乱していた。
「あの、さん、さん」
 そんな混乱の中、アメルの小さな声が二人の名前を呼び、呼ばれた二人はほぼ同時に首を傾げる。
「はい、なんでしょう?」
「お爺さんの言う通り、ここに泊まってください」
「えーと。そう言われましても・・・」
「私、お二人ともう少し、色々な事を話してみたいのです。ですから・・・ね、いいでしょう?リューグ」
 唯一人、反対していた青年にアメルの懇願の瞳が向けられ、今にも反対しようとしていたリューグはその声を飲み込んでしまう。
「・・・ちっ。好きにしやがれ」
 他の人間ならともかく、大事な『妹』の願いを無碍にできるほど冷たいわけでもなく・・・いや、寧ろ、その大事な『妹』に対してはやたらと甘い傾向のある青年は舌打ちをするとふいっと視線を逸らした。
「リューグもこう言ってくれましたし・・・駄目、ですか?」
「駄目も何も・・・そうさせてもらえるのなら、すごく助かるのは私達ですよ」
「何せ、屋根のある場所で寝泊りできるのですから」
 二人の言葉にアメルの顔が明るくなる。言葉に含まれた了承の意を汲んだからだ。
 なんとなく、アメルは気づいていた。もし、本当に泊まる気がなければこの二人はどんなに引きとめようとあっさり出て行くだろう事を。
「じゃあ、お部屋を用意しますから!」
 輝く笑顔を浮かべたまま、パタパタと動き出したアメルの行動で二人の今晩の身の振り方は決まったのだった。


     





ヒロイン達、外見は少女ですが、しっかり成人しています。ちゃんと働いていたりします。
何の仕事をしていたのかは、次の章で朧気に分かるかと。
ロッカ達はそれを知らない為、ヒロイン達に対してどことなく保護的です。