紛れ込んだ泡沫の世界
第四章〜始めての夜会話?〜

 パタパタと部屋の準備を始めたアメルを手伝おうと、の二人も椅子から腰を上げる。
「アメルさん、私達も手伝いますから」
「自分の事ですからね、『手伝わなくてもいい』なんて事、言わないでくださいね」
 まさに今、自分が言おうとしていた事を言い当てられ、アメルは目を丸くして立ち上がった二人を振り返った。
「でも、お二人とも、疲れて・・・」
 振り返ったアメルは気遣う視線を二人に向けるが、その視線が驚きに見開かれる。
さん、さん、怪我をしているじゃないですか!」
「え?」
「腕とか、首のところに擦り傷が・・・」
 言われてお互いの姿を改めて見れば、確かに二の腕や首筋に草木で掠ったらしい傷がついている。腕の内側だったり、髪で隠れたりしていて今まで傷に気づかなかったようだ。
「森の奥にいたのだもの・・・擦り傷ぐらいできても不思議じゃないわね」
 自分についた傷を確認しながら極々冷静にが呟く。
「あの、手を出してもらえますか?」
 アメルが何をしようとしているのか察したリューグが勢い良く顔を上げる。だが、止めようとした彼の声は発せられる事はなかった。
「アメルさん、いいですよ。たかが擦り傷で貴女の力を使うことはありません」
 さらり、と告げられた言葉にアメルの目が驚きで見開かれる。そして、その言葉に過剰反応したのがリューグだった。
「お前・・・っ、やっぱり他の奴らと同じかよっ!」
 勢いよく噛み付いてきたリューグに二人は少しばかり、頭痛を覚える。気持ちは分からなくもないがあまりにも、余裕がなさすぎる。
「落ち着いてください、リューグさん。さっきから何度も違うと言っているでしょう」
「だったらどうして、アメルの事を知っているんだよ!?」
「うーん、推測によるカンというか、カンによる推測というか・・・」
「・・・どういうことですか?」
 じっと二人を見ていたロッカの言葉には視線を交わした。

(彼は冷静ね)
(私達の出方を観察していたわ)
(説明は私がする)
(ええ、よろしく)

 素早くお互いの意思を交換した後、が口を開き、自分の推測とカンを説明する。
「まず、最初に出会ったリューグさんの態度で変だな、と思いました」
「俺の?」
 思いがけない言葉にリューグの怒気が僅かに揺らいだ。そんなリューグには頷いてみせる。
「ええ。村の人なら聖女に会いに来た人には親切に村へ連れて行くのが普通でしょう。けれども、リューグさんは少しもそんな素振りを見せませんでした。逆に、迷惑そうに・・・『来るな』という雰囲気を私達に隠すことさえしていません。そのことから『聖女』と呼ばれている人と近しい関係にあるのだろうと思いました。そして、『聖女』という単語から連想するのは『癒しの力』です。実際、村を訪れているらしい人々のほとんどはどこかを悪くされている様子でした」
 リューグに向けていた視線をアメルに向け、は微かな笑みを浮かべると説明を続けた。
「リューグさんに連れられてここに来て・・・アメルさんに対する態度と会話でほぼ、確信しました。アメルさんが度々話に出ていた『聖女』だと」
「見事、ですね」
 初めから説明を受ければ納得できる。だが、驚くべきは彼女達の冷静な観察眼と得た情報から組み立てる推察の正確さ。見知らぬ世界であろうに、その能力を発揮できる精神の制御力の強さ。その全てに感嘆さえ覚える。
「・・・納得、いただけましたか?」
「ええ、十分に」
 頷くとほっと吐息を零す姿は自分達とほぼ変わらない、十代の少女だ。(・・・事実は違うが)
 その事が更に驚きを深める。
「アメルさんは朝から晩まで、一人で『癒し』をされているのでしょう?疲れないはずがありません」
「だから、お断りをしました」
 アメルの不安そうな、不満そうな表情を見たのだろう、は柔らかく微笑み、『癒し』を断った理由を口にした。
「でも、そのままにして傷が残って・・・お嫁の貰い手がなくなったらどうするんですか?」
「・・・・・・・・・・・」
 アメルの言葉に二人の視線が遠くへ泳いだ。
 自分達の外見が原因だと分かっていても、実際年齢は遥かに上である二人にとって先程の『女の子』発言同様、違和感ありまくりの台詞だった。
「・・・?さん?さん?」
「あ、えっと、気にしないでくださいね」
「傷が残っているとかそんな程度で私達を拒否する男なんて、こっちからお断りしますから」
 きっぱり言い切るも頷き、同意を示す。
「傷を気にするような器の小さい男なんて、こっちから願い下げですね。外見しか見ていないってことですもの」
 言い切っている彼女達の気持ちはなんとなく分かりはするものの、その心持ちが男前だと感じるのは気のせいではないだろう。
「でも、それじゃ、せめて消毒ぐらいは・・・」
「あ、それはしますよ」
 忠告にはあっさりと頷いたはまたもや自分の荷物を探り、やや大きめのポーチを取り出した。
「・・・姉様。消毒液やガーゼがあるのはなんとか納得するけれど・・・どうして、聴診器や血圧計までそこにあるわけ!?」
「うーん、ウケ狙い?」
「そんなもので、荷物が嵩張るような物を持ち歩かないでちょうだい!」
「まあまあ、お嬢。嵩張るっていっても一応、これらは携帯用よ。それよりも、腕を出して」
 頭を抱えるを宥めながらは手持ちの救急セットで親友と自分の簡単な手当てをした後、再び鞄の中へそれらを仕舞い込む。
「さて、と。アメルさん、遅くなっちゃいましたけど、部屋の準備の手伝い、させてくださいね」
「その後、夕食の支度もあるのでしょう?それも手伝わせてくださいね」
 二人の申し出に躊躇うアメルを見た二人は『仕方がないなぁ』と苦笑を浮かべた。
「リューグさんの言うように、得体の知れない人間を泊めてくれるんです。これぐらい、お礼として手伝わせてください」
「部屋の準備も夕食の準備もさせて、自分達は胡坐をかいているだけだなんて、あまりにも申し訳なさすぎます」
 少し強めに言うとようやくアメルも二人の申し出に頷き、はほっとため息をついた。親切なのは有難いが、それが過ぎると逆に居た堪れない場合もあるのだということを、この善良過ぎる聖女様は気づいていないらしい。
「ま、人生経験がない故のことでしょ」
 そう言った後で、自分の実際年齢を鑑みて少しばかり落ち込みかけただった。





 夕食を食べながら質問されるままに自分達の世界の事を話していた二人だったが、夜遅くなった事に気づくと椅子から立ち上がった。
「夜も遅くなったようですし、そろそろ休みますね。アメルさんも、早めにお休みになった方がいいのではありませんか?」
 穏やかに告げられたの言葉に、思ったよりも話し込んでいたことに気づいたアメルも慌てて立ち上がる。
「すみません、遅くまで・・・」
「気にしないでください。私達は多少、夜更かししても大丈夫ですから」
「私達よりもアメルさんの方がお休みは必要でしょう?」
「しっかり休んで、疲れを癒してくださいね」
 気遣う二人にアメルは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは、お休みなさい」
「ええ、おやすみなさい」
 極々穏やかに挨拶を交わし、二人はあてがわれた部屋へと入り込んだ。
 パタン、と自分達の後ろで扉が閉まり、視線を交わして自分達だけだということを確認した二人はほぼ同時にため息をつく。
「・・・・・参った、わね・・・・・」
「本当に・・・」
 普通の召喚とは違うことは確認済みで・・・よって、帰還方法も闇の中。
 しかも。
「・・・これから、この村は・・・」
「お嬢。それは言わないで」
「姉様・・・」
 ストーリー上、この村はいずれ壊滅する。アメルという唯一人の『聖女』の捕獲だけのために、村人だけでなく聖女の奇跡に縋ってきた人々まで未来を奪われる。
 虚言と姦計の悪魔に踊らされた黒い軍団によって。
 ただすれ違っただけの人々の顔がの脳裏を横切る。
「このまま、何も関わらない人間として・・・この村を出て行くという選択肢がある。お嬢はそれを選ぶこともできる」
「それは・・・出来ないわ、姉様」
 の示した選択肢には緩くかぶりを振った。
「姉様も感じたでしょう?彼女から受ける感じが・・・とても、よく似ている事を」
 なにが『似ている』のか、理解したの頭が小さく頷かれる。
「プレイしていた時はそんなこと、ちっとも思わなかったけど・・・」
 何かを思い出すかのように二人の瞳が優しく細められた。
「・・・守りたいの・・・」
 小さなの呟きにも同調する。
「ええ。・・・今度こそ、後悔はしたくない・・・」
「なら、姉様」
「そうね。守ろう。・・・彼女だけでなく・・・これから来るだろう、あの子達も」
 辛い運命を背負い、切り開いていかなければならない兄弟弟子達。彼らもまた、これから降り掛かる重い運命を知らない。
「なら、お嬢。私達も覚悟を決めなければならない」
「全てを知っている者の重みを受ける覚悟ね」
「これから沢山の命が失われる。私達はそれを回避する方法を知っている。けれども、それを行ってはいけない」
「未来が変わる、から・・・」
「未来を変えないのなら、これから起きる出来事で失われる命の重みを私達は受け止めなければならない。お嬢、覚悟はある?」
「愚問だわ、姉様。今更、私達に覚悟の有無を問う必要があって?」
「それも、そうね」
 問い返されたの顔に苦笑が浮かんだ。その苦笑を浮かべたまま、はずっと持ち続けていた疑問を口にする。
「ねえ、お嬢。私達の腕、どこまで通用すると思う?」
 ふいに緊迫した口調で問われた問いに、の顔も緊張に満ちたものになった。
「得物があれば、一般の方々は退けられると思うわ。けれども・・・それ以上の腕の人は難しいかも」
「つまり、黒騎士さんとか、金髪美人の槍使いさんとか、真っ黒な機械兵士さんとかですか」
「そういうことね」
「・・・厳しい、わねぇ」
「確かに厳しいけど。でも」
「分かっている」

(私達は、この世界で生き抜いていく)

 森の中で目覚めた時よりも格段に強い想いをお互いの視線で確認する。
 ふと、二人の視線が扉へと向けられ、その外にいるだろう気配を捉えた。
「聞かれた、かしら」
「今、ここに来た様子だから大丈夫だと思うわ」
 今までの自分達の会話を思い出し、決定的な言葉を言ってはいないものの、聞かれればまず疑われるだろう会話の数々に小声でお互いの確認を取る。
 そんな二人の会話の合間に静かなノックが部屋に響いた。
「はい」
 今までの会話の名残など露ほども見せず、綺麗に拭い取った穏やかな表情でが扉を開く。
「・・・ロッカさん」
「夜遅くに、すみません」
 双子の兄の訪問に二人の瞳が驚きで僅かに見開かれた。
「どうしました?」
「その、リューグのことで謝りに」
 告げられた台詞に今度は苦笑を浮かべる二人である。
「別に、気にしていませんよ?」
「リューグさんの気持ちも分かりますし」
 それでも、すまなさそうに眉を寄せるロッカに二人の苦笑は更に深まった。
「・・・不器用な人ですよね、リューグさんは」
「え?」
 突然話し出すにロッカの瞳が戸惑うように揺れる。
「一途で、真っ直ぐで・・・あまりにも真っ直ぐすぎて、自分というものを曲げることが出来ない、とても不器用な人」
「アメルさんを大切にするあまりに、周りを見る余裕さえなくしている。少し、余裕を持って周囲を見回せばいくらでも手助けする人間がいるのにね」
 くすくすと笑みを零す二人に・・・そして、リューグの言動の奥底にある理由を見抜いた事にロッカは驚いた。
「気づいて・・・?」
「気づかないはずがないでしょう?」
「本当に。アメルさんに何かをしでかそうものなら、容赦なく切り捨ててやるっていう殺気をまったく隠していなかったのだし。本当に、余裕がないですよねぇ」
「でも、姉様。それは仕方がないのではないかしら?リューグさんはまだ十代だもの、余裕はそんなに持てないと思うわよ」
「これからってことかしらね」
 笑みを湛えながら交わす二人の会話にロッカはただ驚くしかない。
 それほど年は変わらないはずなのに、二人の落ち着き様はまるでずっと年上のようで。
(彼が知らないだけで本当に彼女達はずっと年上なのだが)
 弟が投げかける言葉の数々にもサラリと受け流す態度は余裕と見守ろうとする落ち着きがあって。
(出会った直後に皮肉・毒舌の応酬があったことを、当然彼は知らない)
 ・・・自分と弟がまだ、未熟だと思い知らされたようで・・・少し、悔しい気になる。
「ロッカさんも、これからですよ?」
「え?」
 心の内を見透かされたような台詞にロッカの瞳が見開かれた。
「ロッカさんだってまだ、十代ですよ?」
「経験不足はこれから積んでいけばいいことです」
「自分を磨く機会はいくらでもありますし」
「どんな出来事でも、それを自分の物にしていけばいいんです」
 二人が告げる言葉に驚いていたロッカの顔が穏やかな笑みに変わる。彼女達が自分を励ましている事に気づいたからだ。
「・・・ありがとうございます」
「別に、お礼を言われるようなことはしていませんよ?」
「それでも。お礼を言わせてください」
 素知らぬふりで応対する彼女達が実は照れていることに気づいたロッカの笑みが更に深くなる。大人に見えていた二人が急に、可愛く見えた。
「では、遅くにすみませんでした」
「気にしないでくださいね」
「おやすみなさい、リューグさん」
「はい、おやすみなさい。さん、さん」
 扉が閉められた後、は顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑が交わされる。
「彼もまた、悩める少年ね」
「そうね。・・・ね、お嬢」
「なぁに?」
「今、気づいたんだけど。もしかして今の会話、サモナイで有名な『夜会話』にならない?」
 のいかにも思いついた、と言った台詞に対し、は冷静だった。
「私達が好感度を上げてもなにもならないわよ?」
「・・・・・冷静なツッコみをありがとう」
 がっくりと肩を落とすだったが、すぐにくすり、と笑みを零す。
「取り合えず、明日に備えて寝ようか」
「そうね」
 も頷くと明かりを消した。
 月明かりの中、二人で一つのベッドに入り、小声で就寝の挨拶を交わす。
「おやすみなさい、姉様」
「うん、おやすみ、お嬢」





 こうして、異世界での怒涛のような一日が終了したのだった。


     





まずは双子兄と少し、親密度をあげてもらいました。ヒロインの仕事、なんとなく察していただけたかと思います。
いやぁ、サモナイキャラとの年齢差を考えると少しばかり、眩暈が・・・(なら、こんな設定を考えるな、自分)
次はお待たせしました、調律者御一行様の登場です。
それにしても、一日を書くだけで四章・・・この先、一体何章になるんだろう・・・。