闇の中、少女が泣いていた。

『・・・ごめんなさい』

 姿は見えず、ただ泣き声と謝る声が切れ切れに聞こえる。

『ごめんね・・・ごめんなさい』

 大切な・・・何よりも大切な愛しい少女。

『巻き込んで、ごめんね・・・・・』

 姿の見えない少女はただ謝罪する。

『貴女達にしか・・・頼めないの』

 泣きながら願う声。

『・・・・・お願い・・・・・』

 闇に遮られて姿は見えず、聞こえる声も闇に溶け消えた。



紛れ込んだ泡沫の世界
第五章〜そして関わる物語〜




 まだ朝早いと思える時間、はふと目を醒ました。見覚えのない天井に戸惑うが徐々に思考がはっきりしてくるにしたがって、今自分が置かれている状況を思い出す。朝に弱いはずの自分がこんな早朝に目を醒ましたのも、これが原因かと理解した。
 静かに体内の『気』を整えるとよく分かる。身に触れる大気が、取り込んで体内を循環する『気』が、ここは異世界だと如実に身にも心にも訴えるのだ。
「ん・・・」
 隣から聞こえた小さな声にはっとしては眠っている親友の顔を伺った。起きたかと思わず息を詰めたがただの寝言だったようで、穏やかな寝息は変わらない。・・・外見に反してこの親友はかなり肝が座っているのだ。もっとも、同じ事が自分にも当てはまる事をはさっくりと脳裏から削除していたりするが。
 眠っている親友を起こさないように気をつけながらベッドから出ると、は簡単に身支度を整える。当然だが、夜着など持っていない二人はブラジャーにショーツ、そしてキャミソールという下着姿でベッドに入ったという、人には見せられない格好で眠っていたのだ。
「お嬢が朝食になっても起きてこなかったら、私が起こしに来ないとなぁ・・・」
 アメルならまだしも、年頃の青年であるロッカやリューグにこの姿を見られるわけにはいかない。
「・・・もう少し、眠っていなさい、お嬢」
 未だに夢の中の住人である親友にそっと、優しい声を掛けたは部屋を出ると台所を目指して歩き出したのだった。





 朝食を取り、アメルや双子達を送り出した後。朝食の後片付けをしながらは小声でこれからのことを相談していた。
「・・・なにはともあれ、得物を手に入れる事が先決じゃなくて?」
 綺麗に洗った皿をに手渡しながらが言えば。
「そうね。流石に素手で鎧を殴ったり蹴ったりはしたくないし。こっちが痛いだけだもの」
 から受け取った皿の水気を拭き取り、戸棚に仕舞いながらは頷く。
「この村に、あるのかしら・・・?」
「あると、いいなぁ、なんて」
 乾いた笑みを浮かべる親友にも同様に乾いた笑みを浮かべた。
 ・・・元は、平和で長閑な村。仕入れる刃物の類は農耕用具や狩猟・木こりの道具、台所用品ぐらいであろう事が容易に予想できる。
「ここで悩んでも仕方がないし・・・取り合えず、村の中を探してみようか」
「そうするのがいいかもね」
 ついでに村の配置や街道へ出る道なども見ておく方がいいだろう。
「ストーリーを変える事は出来ないけど・・・でも、少しでも誰かを助けられたら」
 それは、儚い希望。それでも、思わずにはいられない。
「・・・周囲の把握は大切なことよ」
 希望は、持ってこその希望。叶える努力をするための指標。
「行こうか」
 最後の皿を片付けたは顔を見合わせると小さく頷き合った。





「おや、出かけるのかな」
 二人が玄関へ向おうとしたところに、アグラバインも斧を手にして部屋から出てきた。どうやら、これから仕事へ行くらしい。
「はい。少し村の中を回ろうかと思いまして」
「あの、剣とか、そういうものを売っているお店、ありませんか?」
「お前さん達、それを買うのか?」
「ええ。素手でもある程度、自分の身を守ることは出来ますけど・・・」
「でも、やはり徒手空拳は厳しいものがありますので」
「そうか。・・・すまぬが、この村には武器を売っている店はないんじゃよ」
 予想、的中。
「ないのですか・・・」
「うーん・・・ちょっと、厳しくなったわねぇ・・・」
 眉間に皺を寄せ、ため息をつく二人を見ていたアグラバインだったが、ふいにポン、と二人の頭に手を置いた。
「二人とも。こっちに来なさい」
 キョトン、と自分を見上げてくるに笑ってみせるとアグラバインは体を返し、家の奥へと歩いていく。その後を二人も言われたようについて行った。
「どうじゃ?この中から、使えそうなものはあるかの?」
 連れて行かれた部屋の中を見た二人は思わず目を丸くした。
 その部屋の中は少しずつではあるが、多種多様の武器が揃っていて・・・ちょっとした武器庫並。
「自警団の者が使うのでな。時々、ゼラムへ仕入れにいっとるんじゃよ」
 ロッカが自警団長であることを考えると、自警団の武器類をここで管理していることは非常に納得できる。それに、アグラバインは元獅子将軍。武器の目利きはお手の物だろう。
 そっと部屋の中に入った二人はそれぞれ自分達の得物を探し出した。
 ゆっくりと武器を検分していたはふと、目の端に惹かれるものを感じ、視線を向ける。
 視線の先には一本の刀。漆を塗っているのだろうか、艶やかに光る漆黒の鞘に銀色の鍔。鍔元には金色の組み紐が巻きつけられている。鞘は金箔で桜(ここではアルサックの花だろうか)が押されており、鍔にも桜が透かし彫りをされていた。
 美しい刀だったが、それだけではない何かを感じたは刀を手に取る。しっくりと手になじむその刀の刀身を引き抜き、その刃の見事さに目を見開いた。
「姉様、何か見つけて?」
「うん。業物の刀を見つけた。お嬢は何かあった?」
「えっと・・・その、ね・・・」
 妙に躊躇いがちな親友に不審を感じ、は刀に注いでいた視線を外して後ろを振り返る。
「お嬢?どうしたの?」
「実はね・・・三節棍、見つけちゃった・・・」
「・・・・・はぁ?」
 が手にしている物を見たの目が丸くなった。
 夜空を思わせる深い紺色の表面は滑らかで艶やかな光を放っている。両端には銀とエメラルドで月と星を意匠した、邪魔にならない程度の装飾が施されており、三本の棒を繋げている鎖も銀色の光を放っていた。
 が見つけた刀同様、美しいがそれだけではない何かを感じる『それ』は・・・どこからどう見ても、自分達の国のお隣さんから伝わってきた特徴的なあの武器である。
「ちょっと、待て。この世界に三節棍なんてあったっけ?」
 ざっとゲーム中に出てくる武器を思い出してみるが、そんなものを見た覚えはない。
「ほう、お前さん達、その武器を知っておるのかね」
「え、ええ、まぁ」
「ワシもそれはよく分からなんだが、興味が湧いてな。つい、仕入れたんじゃよ」
「興味で仕入れたんですか・・・」

(それでいいのか、元獅子将軍)

 思わず、心の中でツッコんでしまった二人である。
 元の職業柄、どうしても気になってしまったのだろう。上物の武器だという事は確かであるし、仕入れておいて損はないと判断したのだろうが・・・ある意味、博打である。
「それらが気に入ったのなら、持っているといい」
「いいのですか?」
「ああ。どうせ、誰も扱えなかったのじゃしな」

(だったら、仕入れても何にもならなかったのじゃ・・・)

 タラリ、と額に一筋の汗を流しながら二人は顔を見合わせた。
「では・・・お言葉に甘えまして」
「ありがとうございます」
 何はともあれ、無事に得物を手に入れられたことは間違いがないため、はアグラバインに頭を下げる。
「何、食事の礼代わりじゃよ」
 飄々と言ってのけるアグラバインだったが、二人があまり気にしないようにとの気遣いであることが二人には分かっていた。食事を作ったのは、怪しいはずの自分達を泊めてくれたお礼としてだったはずなのだから。
 だが、それにはあえて何も言わず、もただ、黙って微笑んだ。
「あの。甘えついでに・・・どこか、広い場所を貸してくれませんか?」
「ああ・・・少し、この武器を手に馴染ませたいものね」
 の申し出の理由をすぐに感づき、もたった今、手に入れた刀を見下ろして頷く。
「それはかまわんが・・・二人とも、その格好で動けるのかね?」
 アグラバインが訊ねるのも無理はない。は水色のシャツに蒼いロングスカート、は黒いシャツに深緑のロングスカートである。かろうじて二人ともスニーカータイプの靴を履いてはいるが、足首まで隠しているロングスカートは動きやすいとは言えないだろう。
「ああ、大丈夫ですよ」
「これでも結構、自由に動けるんです」
 のスカートは両横にスリットがかなり深い位置まで入っており、また、のスカートは巻きスカートで動きが制限されることはないという。
 そんな風に否定した二人に、アグラバインもそれならと頷く。
「そうか。ならば、裏庭がいいじゃろう。・・・こっちじゃよ」
 アグラバインに連れて行かれた裏庭は確かに軽い運動が出来るほどの広さがあり、それを見た二人は中央部分へと足を踏み入れた。
「お嬢。軽く、手合わせをしよう」
「分かったわ」
 短い応答の後、は刀の鯉口を切り、は両手に三節棍を構える。
 一呼吸、置いた後。
「はっ」
「やっ」
 二人は同時に動いた。
 動くと同時にスカートの裾がヒラリ、と舞うが二人の動きは滑らかで自分達で言う通り、動きを制限されている様子は一切ない。
 刀を抜き様、左下から右上へと切り上げようとするに対し、手にした三節棍で迫る白刃を弾き返す。無理に力押しをすることなく、弾かれた勢いを利用して反対側から攻めればまた、弾かれる。
 上下左右、続けざまに攻める刃をことごとく、弾き返す棍。そのスピードは驚くほどに速い。
 そして、一瞬の呼吸の後に攻守が逆転する。
 今まで守備に徹していたが三節棍を左右の手に持ち変えながら変化自在にへと攻撃を仕掛け、勢いと予想のつかない軌跡を描く三節棍を白刃が受け流す。
 手合わせであるはずなのに、息詰まる攻防だった。この手合わせを見るだけで、この二人が尋常ではない腕を持っている事が分かる。
 ギンッ、と一際高い金属音が響き、二人が距離を置いた時。いきなり、二人の間にあった張り詰めた空気が四散した。
「・・・・・こんなものかしら?」
「これだけ動ければ、上等よ」
 自分が得た武器を仕舞いながら、二人は言葉以上にこの得物が自分の手にしっくりと馴染む事を感じていた。
。二人とも・・・修羅を潜り抜けたことがあるようじゃな」
 さすがは元獅子将軍。二人の手合わせで何かを感じ取ったようだ。
「分かりますか」
「昔、ちょっとした事情がありまして」
 どことなく陰のある苦笑を浮かべる二人に、言いたくない事情があるのだと察したアグラバインはただ頷くだけでそれ以上は何も聞かない。
「そうか。ワシはこれから仕事に行って来るから、二人とも村の中を好きに歩いて見るといい。気をつけるんじゃよ」
「はい、ありがとうございます」
「アグラさんもお気をつけて。行ってらっしゃい」
 何も聞かずにいてくれる事に感謝の視線を送りながら、二人はアグラバインと家の前で別れると昨日と同じく、人で溢れかえる村の中へと足を進めたのだった。





 二人が村の中を見て回っていた時、その騒ぎが起こった。
「そこの野郎っ!なに勝手に列に割り込んでやがるんだ!!」
 非常に、聞き覚えのある声と台詞。
「もしかして・・・」
「もしかしなくても、そうかと」
 取るのも取り合えず、声の聞こえた方向へ走り出した二人は衝撃の事実を目の当たりにする。
 赤い髪の青年が背の高い男に食って掛かり、その背後でおろおろとしている紫紺の髪と瞳を持つ似通った顔立ちの二人。

(トリスとマグナの同時存在って・・・お約束な展開が)

 深いため息をつくが、更に4つの影を見つけたは思わず眉間に指を当ててしまう。

(おまけに、護衛獣カルテットというお約束まで果たしてくれているのですか)

 (どちらか分からないが)主人と同じくおろおろとしている少年にリューグの剣幕に怯えている少女。事の次第を面白そうに眺めている(外見は)少年に何を考えているのか一見、よく分からないロボット。
 ・・・・物語の序盤からえらい大所帯である。
「これから更に人が膨れ上がるっていうのに、ねぇ」
 軽い頭痛を覚えている間にもリューグの怒声は続いている。
「さぁ、さっさと帰りやがれっ!」
「何ていうか・・・」
「本当に、不器用・・・」
 彼がアメルの身を心配していることはよく分かっている。しかし、その為に起こしている行動はほとんどが空回りしていて・・・。彼という人物を誤解させる。
「そこまでだ、リューグ!」
 止めに入った双子の兄の登場で険悪だったその場の雰囲気が少しばかり、和らいだのを確認した後、はくるりと体を返した。
「お嬢?」
「帰りましょう、姉様。この後は私達が口出ししなくても大丈夫だと思うわ」
 確かに、ゲームでは冒険者二人組が改めて列の最後尾に並びに行き、兄弟子がロッカに事情説明をするために彼について行き、弟妹弟子と護衛獣達は宿を探すようにと言われたにも関わらず、呑気に昼寝をかまして『聖女』と出会うことになっている。
 そう、この『出会い』が彼らの運命を動かしていく。
 大切だと思った少女のために、彼らは後に大悪魔と対決する事になる。
 『守りたい』『大切』その言葉と心だけを武器にして。
 そして、それが何よりも彼らの力となる。
「・・・邪魔をしちゃ、駄目ってことね」
「何よりも大事な出会いだもの。・・・それよりも」
 ふわり、と微笑んだの顔がふいに曇る。
「今晩、なのね」
 何を思ったのか察したの顔も同様に曇る。
「・・・来るのが早すぎだよ、あの集団・・・」
 出来れば、もう少し村の様子とかを見て回りたかったのだが。
「来てしまったものは、仕方がないでしょう?私達は私達で出来る事をするまでよ」
「そう、ね。物語は動き出してしまった。なら、私達はせめて、最悪の結果にならないように手助けをするまでのこと」
「では、私達が今する事は」
「帰って、夕食の準備をすること、かな?」
 何せ、冒険者’S+召喚師’S+召喚獣’S(機械兵士は除く)+アグラバイン+自分達=11人の夕食を作らなくてはならないのだから。
「ああ、そっか。アメルは『聖女』の仕事で夕食もあっちだって言っていたわね」
「双子達も、今晩は見回りの当番だからって、自警団の本部で夕食を取るって言っていたでしょう?」
「・・・アメルが『聖女』という肩書きを背負ってから、あの家族は揃って夕食を取る機会が激減したのだろうね」
 しんみりした空気が場を覆いかけるが、急いでは頭を振った。
「それはともかく、大急ぎで作らなきゃ、夕食に間に合わなくなるわ」
「女性陣はともかく、フォルテは物凄く食べそうだものね」
 何せ、あの大柄な体に加え、冒険者家業をやっているのだ。食べないわけがない。
「でも、まぁ。いざとなれば、草の根を齧ってでも空腹を凌ぎそうではあるけれど」
「ね、姉様・・・。ちゃんと食事が出る場所で彼にそれを言うのは・・・」
 確かに、冒険者をやっていればそれなりのことも経験しているだろうが。の言う通り、まともな食事が出来る場所でそれを言ってはさすがに気の毒である。
「分かっているって。冗談だから」
「姉様の冗談って、時々、笑えないものがあるのだもの」
 苦笑を浮かべてさらりと流すだが、苦笑程度で済ます彼女の神経も笑えない気がするのは決して気のせいではないだろう。
 苦笑を浮かべていただったが、ふいに表情を変えて振り返った。ほとんど同時にも視線をと同じ場所に向ける。
さん、さん。会えてよかった」
 人込みから現れたロッカには首を傾げて(言われる内容はほぼ、分かっていたが)不思議そうに問いかけた。
「どうかしましたか、ロッカさん」
「実は、何人かのお客様を家に泊めることにしましたので。お爺さんに伝えて貰えませんか?」
「それは、かまいませんが・・・リューグさんは反対されなかったのですか?」
 何せ、あれだけ警戒心バリバリの彼が、しかも、アメルを頼ってきた人間には無条件で嫌う彼が、反対しないわけがないはずなのだが。
 ゲーム中にも不思議に思っていた事を口にしたに、ロッカは輝くような笑顔を見せた。
「どうせ今晩、僕達は家にいないのですし。リューグに文句は言わせませんよ」

(・・・・・黒ロッカ・・・・・?)

 輝く笑顔の後ろに、黒い何かを見たような気がした二人の背に、一筋の冷や汗が流れる。こんな場面で、噂の黒さを拝めるとは思わなかった二人だった。
「あ、えーっと。それで、何人の人を泊めるのですか?」
「夕食の準備もありますし・・・大体の人数でかまいませんから」
「ああ、そうですね。すみせん、気づかなくて。大体・・・十人程だったと思いますよ」
 冷や汗を流しながらとりあえず話の方向を変えるとすぐにロッカは穏やかな笑顔に切り替え、泊める事になった人数を二人に伝える。
「分かりました」
「アグラさんにも伝えておきますね」
「お願いします」
 頷く二人に軽く頭を下げ、再びロッカは人込みの中へと戻って行った。
 それを見送ったも再び歩き出す。
 今晩のメニューを何にしようかと考えながら。





「すみません。自警団のロッカさんの紹介で・・・」
 聞いた事のある声に台所で夕食を作っていたは顔を見合わせた。
 いよいよ、本格的に自分達はこの物語に関わっていく。
 そんな想いが二人の交わす視線の中に宿っていた。
 呼びかけに応えてアグラバインが椅子から立ち上がる。
「ワシが出よう」
「はい、分かりました」
「すみません、手を離せなくて」
「気にする事はない。こっちは感謝しているぐらいじゃからな」
 いくらワシでも、その大人数分の夕食を作るのは無理じゃ。
 ため息混じりに呟きながら玄関へ向うアグラバインに思わず二人は(心の中で)合掌した。確かに、がいなければこの大人数の夕食を作る羽目になるのはアグラバインで。

(もしかしてロッカ、私達の事を計算に入れていた?)

 穏やかな笑顔を浮かべるロッカを思い浮かべ。

(・・・・・有り得る)

 微妙に疲れたため息をついた二人だった。
 せっせと夕食を作っている背後が急に賑やかになったと同時に、村の入り口で見かけた人物達がどやどやと入ってくる。
 それを見たが手早くお茶を用意して台所から出て行った。
「大変でしたね。どうぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
 戸惑いながらカップを受け取る巫女装束の女性に微笑み、他の者達にもお茶を配っていく。
「アグラさんも、お代わりを入れましょうか?」
「忙しいのに、済まんな」
「これぐらい、かまいませんよ」
 ふわり、と微笑んではアグラバインのカップを取り替えた。
「もう少しで夕食ができますから・・・しばらく、お待ちくださいね?」
「夕食か。それはありがたい」
 快活に笑う大柄な男性にくすり、と笑みを零し、は台所に姿を消した。それからすぐにと共に次々と料理を運んでくる。
「どうぞ。お口に合うか分かりませんが・・・」
 手早く給仕をする二人の姿を泊まりに来た集団がじっと見つめる。それに気づいた二人が目を瞬かせて困ったように首を傾げた。
「あの、何か・・・?」
「あ、ごめんなさい。その、なんだか変わった格好をしているものだから・・・」
 紫紺の髪と瞳の、小柄な少女が全身から『ごめんなさい』オーラを出して頭を下げる。あまりにも素直なその行動にくすり、と二人から笑みが零れた。
「謝る事はありませんよ?えっと・・・私はと言います」
「私は。昨日、森で迷っていたところをこの家の人に助けられました」
「そうか。俺はフォルテ。冒険者だ」
 相変わらず快活に自分の名前を告げる男性。
「ケイナよ。冒険者兼こいつの相棒ってところかしらね」
 優しい微笑みを浮かべながらも何故か相棒であるはずの男性を鋭い目で睨む女性。
「あたしはトリス。蒼の派閥の召喚師なの。で、この子達があたしの護衛獣のハサハとレシィ」
「・・・・・ハサハ、なの・・・・・」
「は、はじめまして・・・・・レシィ、です・・・・・」
 元気一杯の笑顔で自分と護衛獣を紹介する少女とその少女の影に隠れるように挨拶をする妖狐の少女に獣人の少年。
「俺はマグナって言って、トリスの双子の兄なんだ。トリスと同じく蒼の派閥の召喚師で、俺の護衛獣のバルレルとレオルド」
「・・・・・けっ」
「ヨロシク、オ願イシマス」
 れっきとした青年に向っては失礼だろうが、妙に可愛い笑顔で自分の名前と護衛獣の紹介をする青年にそっぽを向く悪魔の少年と生真面目に頭を下げる機械兵士。
「ネスティ・バスクだ。蒼の派閥の召喚師でこいつらの兄弟子でもある。ところで・・・迷っていた、とは?」
 真打登場とでも言いたくなるような、眼鏡を掛けた青年の自己紹介の後に続いた質問に二人の視線が一瞬、交わされた。
「途方に暮れていた、とも言いますね」
「はぐれ、なのか・・・?」
 ネスティの言葉に二人の眉が嫌そうに顰められる。
「なんだか、ものすごく抵抗がありますね、その単語」
「私達はれっきとした人間のつもりなのだけど・・・獣扱いっていうか・・・下等生物扱いをされている気分になります」
「す、すまない」
 非常に不機嫌な二人の台詞に流石に悪かったと思ったのか、彼にしてはあっさりと謝罪をしてきた。
「そ、それにしても、広い家だな」
 フォローのつもりなのか、マグナの台詞にアグラバインが苦笑を浮かべる。
「ワシ一人なら狭くてもかまわないが、子供達がいるからな」
「子供達?」
 疑問を浮かべる彼らにアグラバインはロッカとリューグのことを話し、そして次第に話題は聖女の事へと移っていく。マグナとトリスが森の中でアメルに出会った事を聞いたアグラバインが僅かに体を乗り出した。
「アメルは元気じゃったか?」
「ええ、元気でしたよ」
「木の上から落っこちてくるぐらいだもの」
「どーゆー聖女だよ」
 にこやかに笑う双子の召喚師に冒険者の青年が呆れた顔で突っ込む。
「フォルテさんが何を思っているのか知りませんが、アメルさんは本当に普通の女の子なんですよ?」
 の台詞には少し首を傾げた。
「姉様。アメルさんは普通の女の子じゃないと思うのだけど」
 親友の台詞に目を見開いただったが、の瞳を見て言いたい事を理解する。
「ああ、そうね。アメルさんは可愛くて、優しくて、料理上手なとっても素敵な女の子だわ」
「そういうこと」
 微笑み合う二人の台詞にアグラバインは嬉しそうな表情を浮かべた。
 『普通ではない』と言った彼女達だが、言っている内容は『普通』だと言っているのと同じで。
 それが、とても嬉しかった。孫娘に聞かせればどれだけ喜ぶだろうかと。
 そして、が交わした言葉の裏を彼らも察したらしい。どことなく神妙な表情を浮かべている。
「ある日、突然『聖女』としての力に目覚めるまで・・・アメルさんはここで、アグラさんとロッカさんとリューグさんと一緒に暮らしていて」
「美味しいご飯を作って仕事から帰ってくる皆を迎えて、一緒にご飯を食べて・・・そんな生活が一転して『聖女』として祭り上げられたのよね」
「でも、アメルさんはとても優しくて・・・自分の力が誰かの役に立てるのならと、朝早くから夜遅くまで人を癒し続けて」
「人を癒すだけ、その分だけ、その人の心に触れて・・・心をも癒して」
「疲れないはずはないのです。けれども、そんなことなどおくびにも出さない・・・優しい、子」
「ロッカさんもリューグさんも、それを知っているから・・・本当に癒しを求めている人ならともかく、いい加減な気持ちの人にはいい顔をしないのも当然です」
 二人の言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう。ふと、ネスティが首を傾げる。
「君達は・・・あの騒ぎを見ていたのか?」
 ネスティが指す騒ぎがなんのことか分かった二人は首を縦に振り、肯定する。
「リューグさんの声が聞こえたので・・・行ってみたら、貴方達がいました」
「リューグさんの対応は、貴方方にとって確かに失礼だったと思います」
「けれども、ずっと側でアメルさんを見ている彼にとって、いい加減な態度を取られるととても腹が立つのだと思うのです」
「アメルさんがどれだけ、身を削って『癒し』を行っているのか見ているだけに、余計に」
 の言葉に何人かの視線がフォルテに向かい、フォルテ自身も居心地悪そうに頬を掻いた。
「あー、その・・・なんだ。悪かったな」
「それは、私達ではなく、リューグさんやロッカさんに言ってくださいね」
 柔らかな微笑みを浮かべる二人にフォルテも頷き、やがてその場は夕食の賑やかさで満たされていったのだった。





 夕食の後片付けを済ませ、部屋に戻ったは武器と荷物の点検を行う。
 空気が教えていた。すでに、この村を黒い集団が囲んでいる事を。
「おそらく、襲撃するのは人が寝静まるだろう時間でしょうね」
「人が一番無防備になっている時を狙っているってところかしら」
 小さく会話しながら点検をしていた二人だったが、扉の外に人の気配を感じた途端に黙り込み、点検していた荷物をベッドの近くにまとめて置いた。その直後に部屋の扉がノックされる。
「はい」
 小さく応えを返しながら扉を開くと双子の兄妹が並んで立っていた。
「あら、マグナさんにトリスさん」
「どうしました?」
 とりあえず部屋の中へと促し、適当に座るように勧める。
 それぞれが落ち着いたところで、トリスが可愛らしく首を傾げながら二人に質問して来た。
「あのね。さっきはあまり聞けなかったんだけど。さんもさんもここに召喚されてきたの?」
「ネスとの会話でそうらしいとは思ったんだけど、それにしてはなんだか引っかかるものがあってさ」
「うーん、さすがは召喚師さんですね」
「実を言えば私達、本当に召喚された身なのか、はぐれになっているのか、よく分からないんですよ」
「・・・・・は?」
 二人のある意味常識外れな言葉に兄妹が目を丸くする。
 そんな兄妹に昨日からの出来事を簡単に話すと二人の目はますます丸くなった。
「召喚されているはずなのに、召喚の特徴がまったくないって・・・」
「それに、二人の世界が『名も無き世界』だなんて・・・」
 首を傾げ、うんうん唸りだしそうな二人にがヒラヒラと手を振る。
「そんなに深刻にならなくていいですよ。腕にはそれなりの自信がありますから、お嬢と二人でゆっくり帰る手段を探して旅をしようかと思っていましたからね」
「あの、なら・・・あたし達と一緒に来ない?」
「トリスさん?」
 急に言われた言葉には不思議そうにトリスを見ると、真剣な瞳でを見ていた。
「あたし達も、見聞の旅をしているの。いろいろと召喚に関して何か分かるかもしれないし・・・それに、二人ともこの世界の事、あまりよく分からないのでしょう?」
「俺も一緒に行くといいと思うよ。腕に自信があるって言っても、やっぱり女の子二人だけっていうのは危ないと思うし・・・一緒に行かないか?」
 再び聞く羽目になった『女の子』発言には苦笑を浮かべた。とはいえ、二人の申し出は渡りに船状態である。
「心配されるほど、弱いつもりはないのですけど。・・・でも、召喚術に関してはほとんど何も分からない状態なので、一緒に行かせていただければ、こちらも助かります」
 柔らかな微笑みを向けられたマグナの顔が赤くなった。逆にトリスは飛び上がって大喜びしている。
「あ、そ、そう・・か。なら、一緒に・・・」
「ホント?一緒に旅が出来るんだ!ね、ね、仲良くしようねっ」
 対照的な喜び方が可愛くて、も浮かべた笑みが深くなった。
「ええ。こちらこそ、仲良くしてくださいね」
「じゃあ早速、ネスにこのことを・・・」
 ニコニコ顔で自分達の兄弟子にこのことを伝えようとしたトリスの行動を遮るように、村で爆音が鳴り響いた。





 ドオオオォォォーーーンッ!!!





 村が赤く、紅く染まった。


     





武器を入手しました、ヒロイン達。過去の出来事で磨かれた戦闘能力は超一流です。
ついでに少しだけ、伏線を張ってみたり・・・・・。