村が染まっていた。
 炎のように赤く。
 血潮のように紅く。



紛れ込んだ泡沫の世界
第六章〜二人の鬼神〜




 爆音が鳴り響いた直後、バタバタと泊まっていた者達が部屋から飛び出して来た。
「何だ、今の音は!?」
「た、大変!村が・・・っ!」
 外を見たトリスの叫びに窓の外を見れば、村の方々から火の手が上がっている。
「一体、何が起こっているんだ!?」
 混乱しているらしいネスティに視線を向けただったが、何も言わずに自分の武器を手に窓を開け放った。
 熱気が一気に部屋の中へ入り、軽く混乱していたらしいネスティの思考を正常に戻す。
「アグラさんがいない・・・おそらく、アメルさんのところへ行ったのでしょう」
 呟くの言葉に双子達がはっと顔を見合わせた。
「そうだよ、お兄ちゃん!助けに行かなきゃ!」
「ああ!行こう、トリス!」
 自分達の武器を取りに行く二人にが声を掛ける。
「私達は一足先に行きます。皆さん、お気をつけていらしてください」
「って、、ここ、二階・・・っ!?」
 驚くケイナの声を背に、二人は窓を乗り越え、外へと飛び出した。
 窓枠に足を掛け、軽く跳躍するとくるりと空中で綺麗に一回転。そして二人とも危なげなく地面に降り立つと、瞬時にアメルがいるらしい方向へ走り出した。
「何なんだ、あの二人は・・・」
 見かけによらない運動神経を見せ付けられたネスティが呆然と呟く隣でマグナが顔を赤くして突っ立っている。
「お兄ちゃん、顔が赤いよ?どうしたの?」
「あ、いや、そ、その・・・」
 不思議そうに首を傾げる妹に対し、更に顔を赤くしてどもる兄。理由に気づいたフォルテがニヤニヤと質のよろしくない笑みを浮かべる。
「はっはーん。察するに、アレだな。さっきお嬢ちゃん達が飛び降りた時、あの綺麗なお御足が太腿までばっちり見えたもんなぁ」
「何を見てんのよ、あんたはっ!」

 ドゴォッ!

 図星を指され、更に真っ赤になるマグナとすかさず相棒に突っ込みを入れるケイナ。
「お姉ちゃん達・・・行かないの・・・?」
「どーでもいいけど、ここで焼け死ぬってオチはごめんだぜ」
「ご主人様ぁ・・・早くしないとまずいですよぉ」
「一刻モ早ク、ココヲ離レナケレバ危険デス」
 思わずいつものノリになりかけた御一行様であったが、護衛獣達の進言で現状を思い出し、慌ててそれぞれの武器を掴んで外へと飛び出したのだった。





 大気が・・・
 赤く染まる。
 村が・・・
 紅く染まる。





 熱気が全身を包み、錆びた鉄の匂いが充満する大気の中、はアメルがいるだろう場所へ向って走っていた。
 炎の赤に染まり、血潮の紅に染まった村の中を二人は疾走する。
「ああ、もう、邪魔っ」
 熱風で散り散りになる髪を一振りしたは苛苛したように叫んだ後、自分の武器をへと手渡す。
「お嬢、ちょっと預かっていて」
 が刀を持つとは胸元を止めていた紐を無造作に引き抜き、その紐で自分の黒髪を首の後ろできつく結わえた。止めていた紐がなくなった事で胸元が多少、肌蹴るが下着が見えるほどでもない為、は気にも止めていない。
「姉様、私のも預かってくれない?」
 が刀を受け取ると今度はが自分の武器を差し出した。が三節棍を持つとは荷物の中から取り出したゴムで自分の柔らかな髪をポニーテールに纏める。
 改めて自分達の得物を握り締めた時、二人の視線の先に今にも連れ去られようとするアメルの姿が映った。
「待ちなさいっ!」
「アメルさんを離しなさいよねっ!!」
 アメルの手を掴んでいた黒騎士の手をが三節棍で叩き落し、アメルと兵士の間に滑り込んだが鞘付きのままの刀で喉を突いた。
 不意を突かれた為か、黒騎士はあっさりと後方へ吹っ飛ぶ。一応、加減をしたので彼の喉が潰れる事はないだろうが、もしかするとしばらく声を出すことができなくなるかもしれない。
「アメルさん、大丈夫ですか?」
「怪我はありませんか?」
さん、さん・・・」
 気遣う二人の姿を呆気に取られたように見つめた後、アメルは泣き出しそうな表情を浮かべる。何が起こったのか分からず、しかも無理矢理連れ去られそうになっていたのだ。そんな恐怖の中、助け出してくれた、見知った人の姿を見て安心し、気が抜けるのも無理はない。
 瞳に涙を浮かべたアメルを安心させるように抱きしめた二人だったが、すぐに自分達の後ろへと庇った。
「とにかく、ここから逃げないと」
「そのためには、歓迎したくないお迎えを叩き潰す必要があるわね」
 いつの間にか再び現れていた複数の黒い影にアメルの顔が恐怖で強張る。それに気づいたが優しくアメルの髪を撫でた。
「大丈夫。私達がアメルさんを守りますから」
「私達だけじゃない。トリスさん達もですよ」
 安心させるように微笑んだが視線を向ければ、そこには駆け寄って来る複数の影。
「大丈夫!?」
「待ってて、今助けるから!」
「トリスさん、マグナさんっ!」
 次々と駆け寄ってきた人物達にアメルの顔が安堵で彩られる。心配していた人物達の無事を確認して安心したのだろう。
「皆さん、アメルさんの安全と援護をお願いします」
「え?さん、さん!?」
 驚くトリスの声を背に、二人は黒い人影へと走り出した。

 刀を鞘から抜き放つ。三節棍を振り放つ。
 それぞれの武器が炎の照り返しを映し出し、白銀と紺色の光を放った。

 刀を手にしたは相対した黒騎士が剣を振り下ろすのを見切り、僅かに体を逸らすことで攻撃を避ける。避けたことにより生じた隙を逃さず、相手の剣を叩き落し、狼狽する暇も与えず峰打ちで昏倒させた。
 ドサッ、という重たい音に視線を向けることなく次の相手へと刀を向ける。
 一瞬、躊躇った様子だったが、それでも剣を向けてくる相手には手にした刀で弾き返す。弾き返すと同時に振り返り、背後にいた黒騎士の脇を走り抜けながら腹部に刀を叩き込み、背後に回ると同時に首筋へと峰打ちを叩き込んだ。
 昏倒する黒騎士の上を飛び越え(飛び越える際、昏倒した黒騎士を踏み付け、下から「ぐげっ」等という呻き声が聞こえたがきっぱりあっさりと無視)、先程の相手へ攻撃を仕掛けるが今度は自分の刀が弾かれる。即座に距離を置くが再び走り出し、目前に迫った瞬間、横へと回り込んだ。一瞬、自分の姿を見失った相手の隙を逃さず、首筋を強打する。強打された黒騎士は堪らず、倒れ込んだ。
 の漆黒の髪と蒼いスカートが舞い踊る側ではが栗色の髪と深緑のスカートを翻し、手にした三節棍を変化自在に扱って次々と黒騎士達を戦闘不能に陥らせている。
 右手で振り上げた三節棍が黒騎士の剣を弾き飛ばし、すかさず持ち変えた左手で腹部を薙ぎ払う。薙ぎ払われた黒騎士が後方へ吹っ飛んだのを見た召喚師’Sや冒険者’Sが戦闘中であるにも関わらず、唖然とを見た。
 華奢な体躯に今は髪を纏め上げているため多少はきりりとしているものの、それでも保護欲をそそる可憐な容貌で、似合わない(というか、違和感ありまくりの)無骨な見慣れない武器を操り(それはも同様だが)、自分よりも大柄な黒騎士(しかも、フルアーマー装備)を吹っ飛ばせば、そりゃ唖然とするだろう・・・。
 だが、周囲のそんな思惑など(察してはいたが)あっさりすっぱり無視をしては次の黒騎士へと攻撃を仕掛ける。
 左手で三節棍を振り下ろし、相手の剣を持つ手を叩き落とす。逆の手で棍の逆端を掴み、背後に迫っていた剣を振り返ることなく弾いた。再び左手に戻った三節棍の勢いを殺すことなく、目の前にいる黒騎士の側頭部へと棍を叩き込む。遠心力も加わった衝撃は相手に脳震盪を与えたようで、ドサリ、と地面に倒れこんだ。左手から右手へと移った三節棍は体勢を立て直しかけている、背後にいた黒騎士の側頭部を襲い、先程と同様に彼もまた、地面と交友を深める事となった。
「何なんだ、あの二人は・・・」
 二人が窓から外へと飛び出した時とまったく同じ台詞をネスティが呟く。
 先程は幾分か呆れが混じっていたかもしれないが、今度のは畏怖が混じっている。
 それほど、二人の戦闘能力は飛び抜けていた。少しばかり、運動神経がいいというレベルではない。明らかに経験のある・・・しかも、半端ではない場数を踏んでいる戦い方だった。
 最後の一人を戦闘不能へと追い込んだ一同は疲労を覚えながらも、それぞれが無事であることに安堵を覚える。
「大丈夫?」
 心配そうに顔を覗き込んでくる紫紺の少女に、聖女と呼ばれた少女はなんとか笑顔を浮かべて見せる。
「はい・・・ありがとうございました」
 確かに笑顔を浮かべるものの、それは今にも壊れそうな、儚いもので。それを目にした者達は胸を突かれる想いを味わう。
 少し離れた場所で周囲を警戒していたにもそれは見て取れ、皆と同様に胸の痛みを覚えた。
 ずっと、自分が育ってきた村の惨状を見れば無理もないだろう。それでも、助けてくれた者達に心配をかけまいとして無理にでも笑顔を浮かべようとする。
「アメル、無事か!?」
 なんともいえない空気が漂い始めた直後、ロッカとリューグが走り込んできた。
「ロッカ、リューグ!村の皆は?無事に逃げられたんでしょう!?」
 願うようなアメルの声に、双子達は黙り込む。
 それを見ていたもそっと自分の唇を噛んだ。
 分かっていた。この村にはもう、生存者がいないことなど。
 相手は軍人・・・それも、秘密裏に動くことを専門とした軍隊なのだ。
 一般人である村人に逃れる術はない。・・・それは、分かっていた。だが、分かるのと納得するのは別物。何が起こるのか、初めから分かっていた自分達でさえ、こうなのだ。村の住人であるアメルやロッカ、リューグは尚更だろう。
「嘘、でしょう・・・?」
 呆然と呟くアメルに、リューグはギリッ、と唇を噛んだ。
「あいつら、一人残らず殺しやがった・・・女も子供も病人でさえもっ!」
 言葉の重みが圧し掛かる。
 何も言わないでいるが故に、失われた命達がの心に圧し掛かる。
 分かってはいたが・・・覚悟をしていたつもりだが・・・それでも、その重責に二人の瞳が悲痛で歪んだ。
 だが、悲しみに暮れていた空気の中に、圧倒的な威圧感を持つ気配を感じ取った彼女達ははっと顔を上げ、ひとっとびにアメルの側へ駆け寄る。アメルを背後に庇い、気配を感じた方向へ武器を向け、誰何の声を放った。
「そこにいるのは、誰!?」
「出てきなさい!!」
 二人の声にゆっくりと出てきたのは髑髏の兜を被った黒騎士。
「随分手間が掛かると思っていたが・・・冒険者如きに遅れを取っていたとはな」
 その場を支配するような圧倒的な威圧感と闘気。

(さすがは、黒の旅団の総指揮官・・・)

 これほどの存在感があるからこそ、一軍を統率できるのだろう。
 だが、こちらとて怖気づくわけにはいかない。
「無駄な抵抗はよせ。抵抗しなければ苦痛を感じる間もなく、全てを終わらせてやろう」
 威圧感を漂わせる立ち姿であるのに、その言葉の奥にある悲哀の感情をは確かに感じ取った。
 彼の胸奥深くに沈めている苦しみを、感じ取った。
「終わらせたくないからこそ、人は抵抗します」
 静かな、凛とした声が辺りに響く。
「人を害そうとすれば、抵抗があるのも当然の事」
 可憐で、けれども意思の強さを秘めた声が後に続いた。
「何が全てを終わらせてやろうだ・・・ふざけんじゃねぇっ!!」
 怒りに震えたリューグが髑髏の黒騎士へと襲いかかった。だが、それはあっさりと弾かれる。彼の、腕の一振りで。
 その動作で相手の力量を悟ったのだろう。フォルテの顔が切羽詰っている。
「何て野郎だ・・・片手であの小僧の斧を弾きやがった!」
「我々の邪魔をする者には等しく死の制裁が与えられる」
 その言葉と同時に、自分の方へと体を向けた黒騎士にアメルの体がビクリ、と震えた。
「させません」
 黒騎士の行く手を遮るように進み出る二つの華奢な影。
「引かぬ、と言うのか」
「大人しくアメルさんを渡すような人間なら初めからここにはいませんし、先程の戦闘も起こりません」
 己の武器を手に立ちはだかる二人の体から、先程の戦闘とは比べ物にならないほどの覇気が噴き出した。
「・・・・・ほう。ただ者ではないな、お前達・・・・・」
 冷静さを窺わせる美しい顔だちの少女と守られるのが当たり前のような可憐な容貌の少女。だが、彼女達の瞳に宿るのは歴戦を潜り抜けた戦士が持つ意思の強さと覇気。
「お前達が阻むと言うのなら、排除するまで」
「させませんと、言いました」
 闘気と殺気がぶつかり合い、その迫力に気配に疎い者達まで鳥肌がたった。
 瞬時にが攻撃を仕掛けた。
 大剣を振り下ろしてくるのをが刀で受け止め、弾く。
「リューグを跳ね飛ばした力を受け止めた!?」

(・・・ロッカ、それ、リューグに対して止めを刺しているよ・・・)

 ロッカの驚きの声が聞こえたは内心、一筋の汗を流す。視界の端に映っているリューグの肩がかなり落ち込んでいるように見えるのはおそらく、気のせいではないだろう。
「お前・・・」
 しかし、驚いたのは味方だけでなく、相手も同様だった。
 自分よりも二周りは確実に小さな体格の少女に、自分の大剣を弾かれたのだ。驚かないほうがおかしい。
 しかし、今は呑気に驚いている場合でも、突っ込みを入れている場合でもない。気を抜けば即座にあの世への特急便に乗る羽目になる場面なのだ。
 再び大剣と刀が交差し、金属音が辺りに響き渡った。
 振り下ろされる大剣を刀が弾き返し、返す刀で袈裟懸けに切り下ろそうとする。それを大剣が跳ね上げ、即座に胴を薙いだ。剣の軌跡を見切り、最小限の動きで剣を避けると手首を狙って刀を振り下ろす。僅かに手首を捻り、手首を狙ってきた刀を剣で受け止めると、即座に離れた。離れたと同時に三節棍が襲いかかる。
 先程の戦闘で敵方を翻弄したの変化自在な三節棍の攻撃だったが、悉く大剣に叩き落されていた。
 腹部を襲う棍を大剣が弾き、頭上から襲いかかってくる大剣を棍が弾き返す。華奢な両手が扱う三節棍は上下左右、変化自在に軌跡を変える。刀の攻撃が直線的なイメージであれば、この三節棍の攻撃は曲線的なイメージだろう。そして、それを扱うの動きはまるで舞を舞っている様な、一種の優雅さがあった。

 ギィィィーーーンッ!!!

 一際高い金属音と共に、三つの影が距離を置いた。
「・・・・・お前達、一体、何者だ・・・・・?」
 微かな戸惑いが感じられる問いに、は自嘲の笑みを浮かべた。
「・・・・・まさか、今更、こんなところでこの名を告げる事になるとは思わなかったわ・・・・・」
 低く、陰の篭った声と表情。それを見たも、親友が何を告げるつもりなのか悟った。
「・・・・・そう、ね。本当、再びこれを名乗るとは思わなかったわ・・・・・」
 少女達には似会わない、暗い炎を瞳に宿らせ、静かな声が辺りに響いた。





 漆黒の髪と瞳の少女が凛とした声で名乗る。

「『蒼の夜叉姫』」

 栗色の髪と瞳の少女が可憐な声で名乗る。

「『碧の阿修羅姫』」





「過去に捨てたこの名を」
「今、ここで再び、名乗る」

 優しい微笑みしか見せた事のなかった二人の陰が篭った表情に、レルムの生き残り達も、聖女を助けようと尽力した者達も、驚きを隠せなかった。
 出会ってからまだ、ほんの少ししか経っていない彼女達に妙な親しみを感じていたが故に、その負の表情−−−感情は衝撃を伴った驚愕を彼らに与えたのだ。
、さん・・・さん・・・」
「それは、一体・・・・・?」
 紫紺の双子達の小さな呟きはしかし、突然飛び出してきた人影に遮られる。
 辺りに響く雄叫びと共に黒騎士へ突っ込んでいったのはアグラバイン。その勢いでか、咄嗟に受け止めたものの黒騎士の体が2、3歩下がった。
「な、何!?」
 黒騎士の驚愕の声。
「ワシの家族を殺されてなるものか・・・」
 相手に勝るとも劣らない威圧感が口調に篭る。
「命の重みを知らぬ輩に好きにさせてたまるものかぁぁぁぁぁ!!!」
 ガキィッ!!、という音と共に黒騎士の大剣が弾かれた。僅かな体勢の崩れを逃さず、が三節棍を打ち込む。
「皆、今の内に逃げてくださいっ!!」
 武器がぶつかり合う音と共に、可憐な声が辺りに響き渡る。
っ!?」
 マグナが驚きの声をあげるがその声に被せる様に、アグラバインの声も辺りに響いた。
「アメルを・・・孫を頼む!」
「冗談じゃねぇっ!俺もやる!!」
 斧を手にいきり立つリューグだったが、ピシャリ、とが遮る。
「あの子の方が、貴方よりも腕は上です」
 油断無く周囲を警戒していたの言葉に、殺気だったリューグの視線が突き刺さった。
「俺に、後ろを向いて逃げろって言うのか!?」
「間違えないで下さい。貴方が一番に優先するべき事は、アメルさんを守ることです」
 向けられた視線の殺気を遥かに上回る、怒りを含んだの声音にリューグは声を詰まらせる。に言わせれば『アメルを守るよりも復讐を優先するのか、このどあほ』であるが、どうやら怒りの矛先とその内容をリューグは理解したようで・・・言い返そうにも完全に気迫負けである。
「あたしは嫌です!お爺さんを・・・さんを置いて逃げるなんて・・・っ!」
「聞き分けのないことを言わないで!貴女が逃げなくちゃ、あの人達がしていることは全部無駄になるのよ!?」
 首を横に振るアメルにケイナが叱咤をし、それを聞いたの視線が交わるとお互いに小さく頷き合う。
「さぁ、早く行くのじゃ!!」
「皆、『いきなさい』!」

「『いきなさい』!!!」

 の叫びと共に、一際大きく金属音が鳴り響いた。
「こっちだ!!」
 フォルテの声に一同は一斉に走り出す。
「お爺さん!!さん!!」
 アメルの悲痛な叫び声を最後にその場は再び、炎と闘気に支配された空間へと戻った。
、お前さんも・・・」
「いいえ」
 『逃げなさい』と言いかけたアグラバインの声を遮り、は三節棍を振るう。
「アグラさん一人よりも、私と二人の方が彼らの逃げる時間を稼ぐことが出来ます」
「・・・・・済まんな」
「気になさらないでください。私が、アメルさんを守りたくて、こうして残ったのですから」
 音を立てて振り下ろされる大剣を避けて数歩下がったと入れ替わりに、アグラバインが斧を打ち込む。
「どこから来たのか分からない、得体の知れない私達に優しくしてくれたアメルさんを・・・そして、皆を守りたいから『碧の阿修羅姫』である私がここにいるのです」
 炎の音に掻き消されそうなの台詞に、アグラバインの表情が一瞬、優しげに緩んだ。だが、すぐさま厳しい顔に戻り、斧を構えた時。
 ずっと、が待っていた瞬間がやってきた。
 ゴォォォッ!という音と共に風向きが変わり、炎が黒騎士へと向かう。
、今の内じゃ。離脱するぞ!!」
「はい!」
 今が引き際だというのはも理解していた。アグラバインの言葉に即座に頷き、アメル達が逃げた方向へと足を向ける。
、二手に分かれる。お前さんの腕ならば、十分に逃げ切れるじゃろう」
「アグラさんは、どうされるのですか」
「心配するな。この森はワシの庭のようなものじゃ、そうそう捕まるようなヘマはせん。アメル達にもそう伝えてくれんか?」
「分かりました。どうぞ、ご無事で」
 アグラバインの言葉の奥にある意味を汲み取り、はふわりと微笑んだ。
 ほとぼりが冷めた頃を見計らい、村に戻って惨殺された村人達の埋葬をするのだろうと。
 そして、お互いに頷き合った二つの影は別々の方向へと分かれた。





 ゼラムへと向かう街道へ出ようと、必死になって走っていた一団は突然のの叫びに足を止めた。
「フォルテさん、止まって!!」
 危機感を孕んだ静止の声に、フォルテは咄嗟に足を止める。
「むぎゅっ!」
 そのすぐ後ろを走っていたトリスとハサハが盛大にぶつかったが、小柄な少女達だったため、フォルテが揺らぐことはなかった。
「いったぁーい」
「おいおい、冗談だろ・・・?」
 フォルテの背で鼻を打ったトリスが小さく呟くが、それに気を回すこともなくフォルテの乾いた呟きがその場に響く。
「そこにいるのは聖女か?」
 まだ若い青年の声と共に一団の前に現れたのは。

(お嬢、予想が的中したわよ)

 アグラバインと共に、敵方の総指揮官を足止めしているだろう親友の姿を想い、はそっとため息をついた。
「てめぇも、村を襲った奴らの仲間かよ」
 敵意も露わに睨みつけるリューグの視線の先には金糸の髪とルビーの瞳を持つ、女性とも見紛う美貌の青年。だが、いくら女性めいた容貌であろうと、その身に纏う殺気と手にした槍が彼の立場を否応にも教えている。しかし、纏う殺気とは裏腹にルビーの瞳には気を付けて見なければ分からないが、微かな悲哀が確かに滲んでいた。
 その悲哀の青年の前に、が進み出る。
「貴方の相手は私がします。・・・聖女が目的だと言うのでしたら、まず私を退けてからにしなさい」
 のその言葉に誰かの息を飲む音が聞こえた。それを耳にしていたものの、は振り返る事なく背後の者達に自分が残る事を告げる。
「ここは、私が引き受けます。皆さんは先へ行って下さい」
さん・・・っ!!」
 泣き出しそうなトリスの声に、の優しい声がやんわりと諭した。
「トリスさん、私達が優先するべき事を間違えないで。大丈夫、必ず、後から追いかけますから」
「貴女を置いては行けません!」
 穏やかなロッカの叫びが聞こえてもが振り返る事はない。
「行って下さい。この為に、私はこちらに来たのですから」
 が語る言葉の意味にネスティが気づいた。
「君は・・・気づいていたのか?待ち伏せがあるということを」
「予想していただけです。けれども・・・その予想は的中したようですね」
「君が残る必要があるのか!?」
 マグナの悲鳴に近い問いに、鞘から刀身を引き抜きながらは静かに頷く。
「この場を引き受ける事が出来るのは私達だけでしょう。だからこそ、『碧の阿修羅姫』があの場に残り、『蒼の夜叉姫』である私がこの場に留まるのです」
 構えたの全身に黒騎士と対峙した時と同様の圧倒的な覇気が纏われる。その覇気で目前の青年を牽制しつつ、が叫んだ。
「さあ、『いきなさい』!!」

「皆、『いきなさい』!!!」

 の叫びを合図に、全員が走り出す。
「必ず、後から来い、と一緒にな!」
「ええ、必ず!」
 フォルテの言葉にも目の前の青年から目を離さず、返答を返した。その遣り取りに対峙した青年が冷たく笑う。
「大した自信だ・・・僕に敵うとでも思っているのか?」
「女だからといって、侮らないでください。貴方をあっさりと行かせるほど、私は甘くありません。私を無視してあの人達を追いかけさせるような事も・・・させません」
「あくまで邪魔をすると言うのならば、お前を打ち倒すまで」
「させませんと、言いました」
 お互いの闘気がぶつかり合い、一瞬、静寂が訪れる。次の瞬間、槍と刀が交差し、金属音が森の中に響いた。
 振るわれる穂先を弾き、前へと踏み込む。鋭く切り込む刀身を避け、槍を振るう。
 何度か武器が交差した後、再びお互いの距離が置かれた。
「・・・哀しい瞳をしていますね、貴方は」
 ポツリ、と呟いた言葉に対峙した青年が明らかに動揺する。
「な、何を・・・」

 ガゥン、ガゥン、ガゥン!!

 何かを言いかけた青年の声を遮るように、銃声が辺りに響き渡った。
「うぐっ・・・」
 肩に激痛が走り、は思わず蹲る。激痛の走った肩を押えた手に、ぬるりとした感触が伝わった。
「夜叉姫っ!!」
 遠くから聞こえる親友の声に、激痛に顔を顰めながらは顔を上げる。駆け寄って来る可憐な姿を視界に入れたの表情が僅かに綻んだ。
 駆け寄って来たと青年の間に走り込み、親友を庇うように三節棍を構える。
「阿修羅姫、大丈夫。弾は貫通したし、動脈は避けているから」
「でも、無理はしないで」
 膝をついていた親友が立ち上がる気配を感じたが心配そうに気遣うが、は軽く頷くだけで肩の激痛を耐え、改めて片手で剣を構えた。
「・・・何故、そこまでして聖女を守ろうとする?」
 理解しがたいとでも言うような青年に、は僅かに微笑む。
 彼女達が浮かべた優しく、暖かな微笑みに一瞬、青年は見惚れた。
「私達が何も分からない時に手を差し出してくれた・・・優しくしてくれた人を守りたいと思うのは、おかしいですか?」
「彼女は得体の知れない私達に躊躇いもなく助けの手を出してくれた人。そんな優しい人を、私達も守りたいだけ」
「その意味は・・・お前達がはぐれであるということなのか?」
 低い声と共に現れた髑髏の黒騎士に青年が驚いて振り返った。黒騎士の背後には漆黒の機械兵士がいつでも射撃できるように構えている。
「ルヴァイド様!」
「・・・お前も、足止めされていたか」
「申し訳ありません」
 頭を下げる青年に、黒騎士は微かに苦笑の気配を醸し出した。
「この者達相手では致し方あるまい。尋常ではない腕の持ち主のようであるしな」
 低く重圧感に満ちた声でありながら、悲哀の響きが宿るそれに、がポツリと呟く。
「何故、そんなに哀しい声をしているのですか?」
 はっとしたように自分達を見る男性達に、彼女達の見透かすような瞳が向けられる。
 深い漆黒の瞳と澄んだ栗色の瞳の美しさに、彼らは息を飲んだ。
「将ヨ。コノママデハ埒ガアカナイ。指示ヲ」
 感情の篭らない声に、気を呑まれていた二人の意識が現実に戻る。
「・・・近くにゼラムがある。逃げるとすればそこだろう。何人かの偵察兵を送り込み、聖女の居場所を特定せよ」
「了解シタ」
 与えられた任務を遂行するために漆黒の機械兵士はガチャリ、と踵を返した。
「・・・私達をどうするつもりです?」
 撤退しようにも、その隙を見せない二人にが静かに問い掛ける。
「我々と共に来い」
「え?ぐっ・・・」
 低い声と共に、腹部に受けた衝撃にの意識が失われた。
「何を・・・あうっ」
 親友の体がぐったりと倒れこむのを見たが足を踏み出そうとした瞬間、首筋に衝撃を受け、親友と同様に意識を失う。
「・・・ルブァイド様。彼女達をどうされるおつもりですか?」
「聖女を必死で守ろうとしたことといい、聖女達がこの少女達を残すのを躊躇ったことといい、この二人が人質としての価値がある事は確かだろう」
「人質、ですか」
「そうだ。・・・我々はなんとしてでも、聖女を確保せねばならぬ」
「・・・・・はっ」
 自分に言い聞かせるように呟く黒騎士に、青年は静かに頭を下げる。
 そして、黒騎士がを、青年がを抱き上げ、その場を去った後にはただ、樹木のざわめきだけが残っていた。





 森の・・・樹木のざわめきと、焼け落ちたレルムの村の残骸だけが残っていたのだった。


     




村が燃えました。んで、ヒロイン達、拉致られました(笑)
いや、こうでもしないとデグレア組とゆっくり顔合わせが出来ないんですよねー。
そして、戦闘シーンを書くのが実は好きなのだとこれを書いていて自覚しました(爆)